学位論文要旨



No 120335
著者(漢字) 金子,明代
著者(英字)
著者(カナ) カネコ,アキヨ
標題(和) マウス脳内モノアミンに対する半夏厚朴湯の効果
標題(洋)
報告番号 120335
報告番号 甲20335
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2484号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 講師 竹内,二士夫
 東京大学 講師 藤井,知行
 東京大学 講師 高見澤,勝
内容要旨 要旨を表示する

 脳内モノアミン(5-HT(セロトニン)、NA(ノルアドレナリン)、DA(ドパミン)はうつ状態や不安などの精神症状に強く影響を与えている。現在抗うつ剤として用いられているものはSSRI(選択的セロトニン取り込み阻害剤)、TCA(三環系抗うつ薬)などがあり、それらは脳内モノアミンに対する薬理作用を持つ。半夏厚朴湯は5つの生薬(ハンゲ6.0g、コウボク3.0g、ソヨウ2.0g、ブクリョウ5.0g、ショウキョウ1.0g以上1日量)からなる漢方薬で、うつ状態や不安およびそれらに関わる自律神経症状に用いられ、マウス行動試験ではSSRI(fluoxetine)と同程度の抗うつ作用を示すことが報告されている。今回我々は半夏厚朴湯の作用機序を明らかにするために、半夏厚朴湯が脳内モノアミンを介して精神症状や自律神経症状に重要な働きをしていると想定し、モノアミン代謝に対する薬理作用について検討を加えた。

 マウスC57BL/6N、♂7週に半夏厚朴湯エキス製剤(TJ16、(株)ツムラ)を水道水に溶解し自由経口摂取(500mg/kg/day、ヒトの10倍量)させ、7,14,21,28日間の投与後に脳を分画し視床下部と線条体のモノアミンおよびその代謝物量を高速液体クロマトグラフィーを用いて評価した。さらに半夏厚朴湯構成生薬の脳内モノアミンに対する効果と構成生薬の方剤中での役割をみるために、各構成生薬の熱湯抽出液と各一味抜き方剤(半夏厚朴湯構成5生薬から1生薬をぬいた4生薬からなる方剤)を28日間投与し、モノアミン代謝を調べた。その結果、視床下部5-HTとNAは21・28日投与でコントロールと比較し有意に増加し(5-HT p<0.05,p<0.01、NA p<0.01,p<0.01)、さらに代謝物の割合である5-HT代謝率([5-HIAA濃度]/[5-HT濃度])とNA代謝率([MHPG濃度]/[NA濃度])は28日投与にて低下した(p<0.01,p<0.01)。一方線条体DA量は14日投与後から上昇し(14日,21日,28日投与、p<0.01,p<0.01,p<0.01)、それに伴いDA代謝率([DOPAC濃度+HVA濃度]/[DA濃度])の低下(14日,21日,28日投与、p<0.01,p<0.01,p<0.05)がみられた。また生薬と一味抜き処方では5-HT代謝とNA代謝に関しては全体的に反応が弱かったが、DA代謝に関してはハンゲとソヨウでDA代謝物のDOPACが有意に低下(p<0.01,p<0.01)し、DA代謝率はソヨウで低下(p<0.05)、ハンゲでは低下傾向がみられた。以上よりTJ16はマウス脳内モノアミン量の増加と代謝率を低下させ、生薬ではハンゲが5-HT代謝率低下に、ハンゲ・ソヨウがDA代謝率低下に影響を与えることが示された。

 5-HT代謝率の減少は動物実験で様々な抗うつ薬の長期投与により認められていることが報告されており、半夏厚朴湯の精神症状への作用機序も一部は5-HT代謝と関係がある可能性がある。DA代謝の変化に関しては他のモノアミンより早期にみとめられ,複数の生薬の関与もあり、半夏厚朴湯は特にDA代謝に強く影響を与えていることが考えられた。また大脳基底核DA量低下が一部関係するといわれている誤嚥性肺炎に対し半夏厚朴湯は効果があると報告されており、誤嚥性肺炎に対する半夏厚朴湯の効果にDA量の変化が関係することが推測される。

 以上より半夏厚朴湯はマウス脳内モノアミン代謝〜特にDA代謝〜に影響を与えることが示され、それらに対する効果は、半夏厚朴湯のうつ状態や不安などの精神・神経症状に対する効果と関係する可能性があると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は漢方薬である半夏厚朴湯の抗うつ作用や抗不安作用の薬理機序を明らかにするために、うつ状態や不安の原因に強く関わっていると言われている脳内のモノアミン(セロトニン、ノルアドレナリン、ドパミン)およびその代謝物量に対する効果をマウスを用いて調べたもので、半夏厚朴湯エキス製剤TJ16と半夏厚朴湯構成生薬による効果が評価された。下記の結果を得ている。

1.TJ16の長期投与により、視床下部セロトニン・ノルアドレナリン量と線条体ドパミン・ドパミン代謝物量が増加した。またそれぞれの代謝率([代謝物濃度]/[モノアミン濃度])は低下した。

2.半夏厚朴湯構成生薬のハンゲがセロトニン代謝率を低下させ、ハンゲとソヨウがドパミン代謝率低下に影響を与えた。

3.TJ16投与によるドパミン代謝変化は他のモノアミンと比較し早期から現れ、複数の構成生薬がドパミン代謝に影響をあたえた。半夏厚朴湯が特にドパミン代謝に強く影響を与える可能性が示された。

 以上、本研究はこれまで明らかになっていなかったマウス視床下部セロトニン・ノルアドレナリンおよびその代謝物量と線条体ドパミンおよびその代謝物量の変化を明らかにすることで、半夏厚朴湯のうつ状態や不安などに対する効果の薬理機序解明に役立つものと考えられ、学位授与に価すると考えられる。

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