学位論文要旨



No 120337
著者(漢字) 小山,有紀
著者(英字)
著者(カナ) コヤマ,ユキ
標題(和) 高リン食による骨量減少においてのオステオポンチンの働き
標題(洋)
報告番号 120337
報告番号 甲20337
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2486号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 助教授 秋下,雅弘
 東京大学 講師 井上,聡
 東京大学 講師 久具,宏司
内容要旨 要旨を表示する

1)緒言および目的

 無機リンは骨格形成、歯牙石灰化、ミネラル代謝、細胞内エネルギー伝達、様々な伝達カスケードに不可欠な要素である。体内のリンは主に骨の構成成分として存在し、骨強度を規定する上でも重要である。一方、骨芽細胞培養において細胞外リン濃度上昇によってアポトーシスが誘導されるといった報告もあることから、骨細胞内伝達における機能的成分としても存在していると考えられる。

 骨芽細胞培養で、細胞外リン濃度によって遺伝子発現が制御されることが報告されている。オステオポンチン(OPN)はその一つであり、細胞外リン濃度上昇によって骨芽細胞でのOPN発現が誘導される。OPNは骨芽細胞、破骨細胞より分泌されており、石灰化組織の主な細胞外基質の非コラーゲン性蛋白である。RGDS配列をもちαvβ3インテグリンと結合するほか、カルシウムと高い親和性を持つ。また、OPN欠失マウスの骨の表現型は野生型と変らないが、OPN欠失マウスでは、尾部懸垂での無重力状態による骨量減少が抑制されることや卵巣摘除によるエストロゲン欠乏状態による骨量減少が抑制されることから、OPNは骨代謝回転制御に関与することが示唆されている。一方、細胞外リン濃度上昇よって骨芽細胞でのOPN発現は増大するが、リンによるOPN発現意義はまだよく分かっていない。

 高リン血症は、慢性腎疾患でみられるが、二次性副甲状腺機能亢進症を伴い高回転型骨代謝状態による線維性骨炎を引き起こす。しかし、リンによって引き起こされる骨代謝のメカニズムに関してはまだ充分に分かっていない。今回我々はリンによる骨代謝におけるOPNの役割を検証した。

2)材料と方法

1.実験プロトコール

 16週齢の野生型、OPN欠失マウスに各々通常食(0.7% カルシウム、0.7% リン含有)、高リン食(0.7% カルシウム、1.4% リン含有) を4週間与え、解体し解析した。験に使用する3日前、1日前に骨形成を評価するためにカルセインを皮下注射し、カルセイン標識を行った。

2.骨密度(BMD)測定

大腿骨、脛骨をdual-energy x-ray absorptiometry (DEXA)にて撮影し解析した。

3.大腿骨2D μCT 解析

 大腿骨をTwo dimensional micro-x-ray-computed tomography (2D μCT) にて撮影した。また大腿骨遠位端成長板直下の縦断面の撮影からの海綿骨量(bone volume (BV) / tissue volume (TV))の評価を行った。

4.骨組織学的形態計測

 大腿骨の非脱灰切片を作製し、遠位端の海綿骨のカルセイン標識から骨石灰化速度(mireral apposition rate :MAR)、石灰化面(mineralizing surface/bone surface:MS/BS)、骨形成速度(bone formation rate :BFR)を評価した。また脛骨の脱灰切片を作製し、TRAP染色を行い近位端の海綿骨表面に接したTRAP陽性多核細胞を破骨細胞として、破骨細胞数(osteoclast number / bone surface :Oc.N/BS)、 破骨細胞面(osteoclast surface / bone surface :Oc.S/BS )を評価した。

5.骨髄細胞培養

 大腿骨、脛骨より骨髄細胞を取り出し、24-well plates に細胞数5×106/wellにて細胞をまき、10 nM 1,25(OH)2 vitamin D3, 100 nm dexamethazone存在下で7日間培養し、TRAP染色を行い、破骨細胞(TRAP陽性細胞)形成を観察した。また同じく骨髄細胞を同様にしてまき、50 μg/ml ascorbic acid, 10 mM β-glycerophosphate存在下で21日間培養し、alizarin red染色を行い、石灰化結節形成を観察し、その面積を評価した。

3)実験結果

OPN欠失マウスでは高リン食負荷による骨密度減少は起きない

 通常食では両マウス間での差は見られなかったが、高リン食負荷では、野生型マウスで骨密度減少が見られたのに対し、OPN欠失マウスでは骨密度減少が見られなかった。

OPN欠失マウスでは高リン食負荷による海綿骨量減少は見られない

 通常食では両マウス間での差は見られなかったが、高リン食負荷では、野生型マウスでは海綿骨量減少が見られたのに対し、OPN欠失マウスでは海綿骨量減少が見られなかった。

OPN欠失によって、高リン食負荷による骨形成能増加は影響を受けない

 通常食では両マウス間での差は見られなかったが、高リン食負荷では、野生型、OPN欠失マウス同様に骨形成(MAR、MS/BS、BFR)は通常食に比し増大した。

OPN欠失によって、高リン食負荷による破骨細胞形成増加は抑制される

 通常食では両マウス間での差は見られなかったが、高リン食負荷では、野生型マウスにおいて破骨細胞形成(Oc.N/BS、Oc.S/BS)の増加が見られたが、OPN欠失マウスでは見られなかった。

高リン食負荷による骨髄細胞の骨芽細胞形成、破骨細胞形成への直接的影響

 骨芽細胞形成を評価するために、骨髄細胞を50 μg/ml ascorbic acid, 10 mM β-glycerophosphate存在下で21日間培養し、alizarin red染色後、石灰化結節形成を観察したが、高リン食で、野生型、OPN欠失マウスとも同様に石灰化結節形成は増加した。また、破骨細胞形成を評価するために、骨髄細胞を10 nM 1,25(OH)2 vitamin D3, 100 nM dexamethazone存在下で7日間培養し、TRAP染色後、破骨細胞(TRAP陽性細胞)形成を観察したが、高リン食では、野生型マウスでは破骨細胞形成の増加が見られたが、OPN欠失マウスでは見られなかった。

高リン食負荷による血清および尿中ミネラル値、血清PTH値

 野生型、OPN欠失マウス共に、高リン食による血清リン、カルシウム値の変化は見られなかった。血清PTH値は、両マウス同様に高リン食によって上昇した。また、両マウス同様に、高リン食によって尿中リン濃度は著明に増加し、尿中カルシウム値は、減少した。

4)考察

 高リン食負荷による骨代謝変化は、骨粗鬆症を引き起こす病態の一つである。しかし、リン負荷による骨量減少のメカニズムはまだよく分かっていない。今回、我々は、高リン食による二次性副甲状腺機能亢進を伴った骨量減少は、OPNに依存して起こることを示した。高リン食負荷したOPN欠失マウスでは、骨組織像で高リン食による破骨細胞形成増加が起きておらず、また骨髄細胞培養で高リン食による破骨細胞形成の増加が抑制されていた。この事により、OPN欠失が直接的に骨髄での高リン食による破骨細胞形成に抑制的に働くことで骨吸収が抑制され、高リン食による骨量減少が抑えられたことが推測される。

 高リン食負荷によって副甲状腺からのPTH分泌が促進されることは報告されているが、今回、OPN欠失マウスでも野生型と同様に高リン食負荷によるPTH分泌が増加しており、リンの副甲状腺への作用はOPN機能のターゲットではないことが示唆された。以前の我々の報告において、持続型PTH投与では野生型マウス、OPN欠失マウスともに海綿骨量が増加することから、高リン食に伴う骨量減少は血清PTH増加によるだけのものとは考えがたく、高リンによる影響も考えられ、このことからもPTHはOPN機能のターゲットではないことが推測された。また、高リン食負荷による尿中リン排泄、尿中カルシウム排泄は、野生型、OPN欠失マウス間で差は見られず、腎のミネラル濾過、再吸収もOPN機能のターゲットではないことが示唆された。一方、骨では、高リン食負荷にてOPN発現増加が見られた。高リン食負荷によって一時的な血清リン濃度上昇があり、骨でのOPN発現が誘導された可能性が推測された。今回の結果から、OPN機能のターゲットは骨(破骨細胞)であり、OPNはリンセンサーとして働き、高リン食による骨量減少を引き起こすことが示唆された。

 慢性腎不全で見られる高リン血症、二次性副甲状腺機能亢進伴った骨量減少のメカニズムは不明な点も多く、その治療に関しても今後の課題である。高リン食によって、二次性副甲状腺機能亢進となり、血清リン、血清カルシウム値は保たれたまま、OPN欠乏マウスでは骨量減少が抑制された。これはOPN活性を抑える薬剤が存在すれば、二次性副甲状腺機能亢進による骨量減少を抑える薬剤の開発の一助となる可能性が秘められている。

 OPN活性を抑制することは、線維性骨炎のような病態の有効な治療の一つとなる可能性が以上より考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 リンは、生体内で細胞内伝達や石灰化組織構成成分として重要な役割を果たしている。体内のリンは主に骨に貯蔵されており、機能的働きをもつ構成成分として存在していることが推測されるが、リンによって引き起こされる骨代謝のメカニズムに関してまだ充分に分かっていない。骨芽細胞では細胞外リンにて遺伝子発現が制御されるが、オステオポンチン(OPN) はその一つであり、骨リモデリング制御に関与すると考えられている。本研究では、OPNに着目し、OPN欠失マウスを用いて、リン負荷によっておきる骨代謝でのOPNの役割を検証したものであり、下記の結果を得ている。

1.DEXA、μCT解析にて骨量を解析した結果、野生型では、高リン食負荷によって著明に骨量が減少したが、OPN欠失マウスでは骨量減少はみられなかった。

2.骨組織学的形態計測で、骨形成パラメーターは、野生型、OPN欠失マウス共に高リン食負荷によって増加していた。一方、骨吸収パラメーターは、野生型では高リン食負荷によって増加したが、OPN欠失マウスでは増加はみられなかった。

3.骨髄細胞培養では、石灰化結節形成は野生型、OPN欠失マウス共に高リン食負荷によって増加していた。一方、破骨細胞形成では、野生型では高リン食負荷によって増加したが、OPN欠失マウスでは増加はみられなかった。

 以上、OPN欠失によって骨髄での破骨細胞形成が抑制され、高リン食による骨量減少が抑えられた。よって、高リン食による二次性副甲状腺機能亢進を伴った骨量減少は、OPNに依存した破骨細胞形成によって起こると考えられた。

OPN欠失によって、血中カルシウム、リンホメオスターシスは保ちつつ、高リン食による二次性副甲状腺機能亢進を伴った骨量減少が抑制された。本研究は、慢性腎不全で見られる高リン血症、二次性副甲状腺機能亢進を伴った線維性骨炎のような病態では、OPN活性を抑制することが有効な治療の一つとなる可能性が考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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