学位論文要旨



No 120338
著者(漢字) 陳,秋梅
著者(英字)
著者(カナ) チン,シュウバイ
標題(和) 顆粒膜細胞のアポトーシス誘導におけるFas/FasリガンドシステムとNitric Oxideのクロストーク……一卵胞閉鎖機序に関する新たな視点
標題(洋) Cross-Talk between Fas/Fas Ligand System and Nitric Oxide in the Pathway Subserving Granulosa Cell Apoptosis-A Possible Regulatory Mechanism for Ovarian Follicle Atresia
報告番号 120338
報告番号 甲20338
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2487号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 講師 金森,豊
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

 ヒトでは、卵巣内の卵胞はgonadotropinの刺激によりrecruitmentされ発育を開始するが、通常一つの卵胞が主席卵胞として選択され、他の卵胞は発育が遅延し、やがて閉鎖に至る。この卵胞の選択的発育と閉鎖の誘導・調節機構については未だ不明な点が多く、その分子・細胞レベルでの解明は、排卵障害を有する不妊症の診断法、治療法の確立に重要な課題である。最近、卵胞閉鎖は顆粒膜細胞(GC)のアポトーシスを介して起きることが明らかになった。

 I型膜貫通タンパク質のFas (APO-1/CD95)は、Fasリガンドとの相互作用によりアポトーシスを誘導することが免疫細胞において報告されている。我々のグループは、1996年、免疫細胞以外では初めてGCにおいて、そのアポトーシス誘導過程にFas/Fasリガンドシステムが関与することを世界に先駆けて発表している。

 ガス情報伝達物質としての一酸化窒素(nitric oxide、NO)は、生体内ではL-アルギニンを基質としてNO合成酵素(nitric oxide synthase;NOS)によって生成される。NOSには現在までに、血管内皮型(endothelial NOS ;eNOS)、神経型(neuronal NOS ; nNOS)、誘導型(inducible NOS ; iNOS)の3種類のisoformの存在が知られている。特に、iNOSにより産生されるNOは、多彩な細胞・組織において細胞増殖およびアポトーシスを制御している。生殖内分泌領域においても、NOは性ステロイド産生、排卵、卵胞発育などに関与することが報告されている。我々のグループは、卵巣においてiNOS が健常な未熟卵胞の顆粒膜細胞に存在し、NOが卵胞発育・閉鎖の安定化因子としてその選択的発育を制御していることを明らかにしてきた。

 現在、Fas/Fasリガンドシステムが誘導するアポトーシスのシグナル伝達機構は、GCにおいてまだ十分に明らかにされていない。本研究では、まずこのシグナル伝達機構を検証し、NO情報伝達機構との間のクロストークについて検討した。

【方法と結果】

(1)細胞生存率

 生細胞においてmitochondrial dehydrogenase によりMTS [3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-5-(3-carboxymethoxyphenyl)-2-(4-sulfophenyl)-2H-tetrazolium, inner salt] tetrazoliumがformazan 産物に転換され蛍光発色するという性質を利用し、細胞生存率を解析した。Wistar系幼若雌ラットより採取したGCの培養系にinterferon γ (200 U/ml)を添加しFasを強発現させた後、可溶性リコンビナントFasリガンド(100 ng/ml)を添加した。48、72時間後の細胞生存率は各々0時間の86.7 ± 2.3、77.6 ± 1.7%(平均値±SE、以下同様)に有意に減少した。また,Fasリガンド添加30分前にCaspase拮抗剤を添加すると、細胞生存率は減少せず無添加群と同程度であった。

(2)Fas/Fasリガンドシステムのアポトーシス誘導に対するNOの効果

 上記GC培養系において、Fasリガンドがアポトーシスを誘導するか否かをHoechst染色法、フローサイトメトリーにより検討した。Hoechst染色法では、Fasリガンド添加72時間後のアポトーシス陽性率は18.2 ± 0.7%で、対照の6.5 ± 0.8%に対し有意に高かった。NO供与剤SNAP(0.5 mM)をFasリガンドと同時に添加すると、GCのアポトーシス陽性率は6.2 ± 0.7%で、対照と同レベルに抑制された。また、フローサイトメトリーの分析では、Fasリガンド添加72時間後のアポトーシス細胞の割合は19.6 ± 1.4%で、対照の8.1 ± 0.6%に対して有意に高かった。SNAP(0.5 mM)とFas リガンドの同時添加により、GCのアポトーシス細胞の割合はSNAP(0.05-0.5 mM)の濃度依存的に抑制された。

(3)アポトーシス関連タンパク質の発現量の変動

 上記GC培養系において、Fasタンパク発現量、およびアポトーシス実行機構としてのCaspase-3、-8、-9の活性をWestern blot法にて検討した。Fasリガンド添加72時間後、Fas発現量は対照の188.5 ± 9.5 %に有意に増加し、SNAP(0.5 mM)の同時添加はこれに影響を与えなかった。一方、Fasリガンド添加によりCaspase-3、-8、-9の活性は、各々対照の201.7 ± 6.0、158.8 ± 12.1、141.3 ±15.7%に有意に亢進した。SNAPとFas リガンドの同時添加では、Caspase-3、-8、-9の活性は各々対照の120.7 ± 5.2、112.3 ± 2.0、105.83 ± 2.9%に有意に低下した。

(4)Fas/FasリガンドシステムのiNOS mRNAレベルへの影響

 上記GC培養系において、Fasリガンド添加72時間後、GCのiNOS mRNAレベルが対照の61.1 ± 6.1%に有意に低下することをReal time RT-PCR法により確認した。

【考察】

 本研究により、ラットGC培養系において、Fas/Fasリガンドシステムの細胞死シグナル伝達機構にCaspaseカスケードが関与しCaspase-3、-8、-9が活性化される一方でiNOS mRNAレベルは低下すること、およびNOがCaspase-3、-8、-9の活性を低下させFas-Fasリガンドシステムによるアポトーシス誘導効果を抑制することが明らかになった。

 アポトーシス実行因子であるCaspaseは、特異的にアスパラギン酸残基のC末端側を切断するシステインプロテアーゼである。これらのプロテアーゼには、核ラミナや細胞骨格のような特定の細胞内標的がある。これらの基質が切断されると、最終的に細胞死を引き起こす。アポトーシス誘導タンパク質はCaspaseの活性化をもたらし、反対にアポトーシス抑制タンパク質はCaspaseの活性化を抑制する。ヒトでは、少なくとも14のisoformが報告されている。細胞内でのCaspase活性化機構には、ミトコンドリアから流出したシトクロムcがCaspase-9の活性化因子であるApaf-1に結合する系と、Fas/Fasリガンドの複合体に直接結合するCaspase-8、-10が活性化される系の2つがあるとされている。これらの系は、下流のCaspase-3、-6、-7を活性化させ、そのシグナルを増幅させアポトーシスに至る。本研究で、Fas/Fasリガンドシステムが誘導するアポトーシス経路においてCaspase-3、-8、-9活性がすべて亢進していることから、GCでは主要な2つの系がともに機能していることが示された。

 最近、我々のグループはラットGC培養系を用い、卵胞閉鎖誘導因子であるgonadotropin-releasing hormone (GnRH)あるいは卵胞発育促進因子であるEGF によりGCのiNOS mRNAレベルが低下すること、およびNO供与剤のSNAPが、GnRHにより誘導されたアポトーシスとEGFにより促進されたDNA合成を抑制することを報告した。本研究では、Fas/Fasリガンドシステムによるアポトーシス経路の活性化によりiNOS mRNAレベルが抑制されるが、反対にSNAPによりそのアポトーシス経路が抑制された。これは、NOが卵胞内の安定化因子として作用しており、卵胞発育促進因子・閉鎖誘導因子によるNOレベルの低下により卵胞が発育・閉鎖のいずれかの方向をとる、という我々のグループの仮説を支持する結果であった。

 NOがFas/Fasリガンドシステムによるアポトーシス経路を不活化するメカニズムとして、本研究では、 Caspase-3、-8、-9活性に対する間接的・直接的抑制効果が示唆された。最近、cGMPの産生亢進、HSP70の誘導、Baxの発現抑制、Bcl-2の発現促進などがCaspase-3活性の抑制に関与していることも諸家により報告されており、今後の詳細な検討が待たれる。

【結論】

 ラットGC培養系において、Fas/Fasリガンドシステムによるアポトーシス伝達機構とNOの抗アポトーシス情報伝達系との間にクロストークが認められた。両者の精緻なバランスが、卵胞の運命を決定していると考えられる。また、このクロストークに関する機序の探索により、種々の卵巣疾患の診断と治療に対する新たな指針が提示されるかもしれない。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はFas/Fasリガンドシステムが顆粒膜細胞(GC)に対するアポトーシスの誘導のシグナル伝達機構を検証し、また、NOが卵胞発育・閉鎖の安定化因子としてアポトーシスを制御していることを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1、生細胞においてmitochondrial dehydrogenase によりMTSがformazan 産物に転換され蛍光発色するという性質を利用し、細胞生存率を解析した。可溶性リコンビナントFasリガンドはGC生存率を有意に減少した。また,Fasリガンド添加30分前にCaspase拮抗剤を添加すると、細胞生存率は減少せず無添加群と同程度であった。

2、Hoechst染色法、フローサイトメトリーによりFasリガンドがアポトーシスを誘導することが示された。NO供与剤SNAとFas リガンドの同時添加により、GCのアポトーシスを抑制された。

3、Western blot法にてアポトーシス関連Fasタンパク発現量の変動を検討結果、Fasリガンド添加後、Fas発現量は有意に増加し、SNAPの同時添加はこれに影響を与えなかったことを認められた。

4、アポトーシス実行機構としてのCaspase-3、-8、-9の活性をWestern blot法にて検討した。Fasリガンド添加によりCaspase-3、-8、-9の活性は有意に亢進した。SNAPとFas リガンドの同時添加では、Caspase-3、-8、-9の活性は有意に低下した。

5、Real time RT-PCR法によりFas/FasリガンドシステムのiNOS mRNAレベルへの影響について検討した。FasリガンドはGCのiNOS mRNAレベルが有意に低下することを確認した。

 以上、本論文はラットGC培養系において、Fas/Fasリガンドシステムの細胞死シグナル伝達機構にCaspaseカスケードが関与しCaspase-3、-8、-9が活性化される一方でiNOS mRNAレベルは低下すること、およびNOがCaspase-3、-8、-9の活性を低下させFas-Fasリガンドシステムによるアポトーシス誘導効果を抑制することが示唆された。ラットGC培養系において、Fas/Fasリガンドシステムによるアポトーシス伝達機構とNOの抗アポトーシス情報伝達系との間にクロストークが認められた。本研究は卵胞の選択的発育と閉鎖の誘導・調節機構のメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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