No | 120342 | |
著者(漢字) | 土谷,聡 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ツチヤ,アキラ | |
標題(和) | 卵巣明細胞腺癌の分子マーカーの探索および治療標的分子としての検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 120342 | |
報告番号 | 甲20342 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2491号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 生殖・発達・加齢医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | [緒言] 上皮性卵巣癌は全ての婦人科悪性腫瘍の中でも最も予後が不良である。白金製剤をベースとした化学療法の導入によって、上皮性卵巣癌の予後は劇的に改善された。腫瘍減量手術と術後化学療法(パクリタキセルとカルボプラチンの組み合わせなど)は今日の上皮性卵巣癌の標準治療としての地位を確立した。化学療法の出現により予後が改善されたとはいえ、上皮性卵巣癌の治療においては未だに多数の問題点が存在する。最も困難な問題の1つとして挙げられるのが明細胞腺癌の治療である。上皮性卵巣癌における明細胞腺癌の占める割合は10%と高くはないものの、明細胞腺癌患者の予後は漿液性腺癌患者の予後よりも有意に悪い。明細胞腺癌は白金製剤をベースとした標準的化学療法が奏効しないから予後が悪いのだが、その理由に関しては未だ解明されていない。 serial analysis of gene expression (SAGE)やcDNA マイクロアレイなどのゲノムワイドな発現解析技術が出現する10年前までは上皮性卵巣癌の分子病理はごく断片的な知見しか存在しなかった。ゲノムワイドな発現解析技術の確立以降、卵巣癌の分子病理の解析が進んだ。これらの研究成果によって卵巣癌に関わる遺伝子が新しく多数同定されたが、こうして見つけられた卵巣癌に関わる遺伝子が卵巣癌発生、進展にどのように関わっているかという点に関しては未だ殆ど知見がなく、これから研究されるべき課題となっている。 そこで本研究では上皮性卵巣癌のなかでも特に悪性度が高い卵巣明細胞腺癌に的を絞り、その早期発見、治療成績向上に役立つような分子マーカーならびに治療標的分子の探索を、細胞株を用いたマイクロアレイ解析、手術組織標本を用いた免疫組織化学染色、RNA interferenceを用いた機能解析を用いて行った。 [方法] (使用した卵巣癌細胞株) 明細胞腺癌細胞株4株、漿液性腺癌細胞株3株、粘液性腺癌細胞株3株、類内膜腺癌細胞株1株を本実験に供した。 (RNAの抽出とオリゴヌクレオチドアレイ) 卵巣癌細胞株から全RNAの抽出を行い、Affymetrix社(Santa Clara, CA, 米国)のGeneChipシステムを用いて発現解析を行った。human U95Av2 oligonucleotide probe arrays を使用し約12000遺伝子について解析した。データはGeneSpring ソフトウェア (Version 4.2.1; Silicon Genetics, San Carlos, CA、米国)にて解析した。 (リアルタイムreverse transcription PCR法によるmRNAの定量) QuantiTect SYBR Green PCR kit (Qiagen) とGeneAmp 7700 Sequence Detector (Applied Biosystems, Foster City, CA、米国) を用いて行った。 (イムノブロット解析) 細胞を氷上で溶解緩衝液に溶解し各レーン等量の蛋白を10%-SDSポリアクリルアミドゲルに電気泳動し、メンブレンに転写した。ブロッキング後一次抗体をかけ、4度で一晩静置した洗浄後、二次抗体と室温で90分間作用させ洗浄後、免疫複合体を化学発光検出システムを使用して可視化した。 (免疫組織化学染色) 国立がんセンター中央病院で1998年から2001年に初回手術を受けた83症例の上皮性卵巣癌ならびに10症例の卵巣子宮内膜症および10症例の他の良性婦人科疾患患者由来の正常な卵巣表層上皮を対象とし、イムノブロット解析で用いたものと同じ抗体を用いて免疫組織化学染色を施行した。 (RNA interference) 化学合成した21塩基のヌクレオチドからなる二本鎖RNA( siRNA) をsiPORT Lipid(Ambion, Austin, TX、米国)を使用して、siRNAの終濃度100nMとなる様細胞にトランスフェクトした。 (アポトーシスの検出) TUNEL(in situ terminal transferase-mediated dUTP nick end-labeling)分析およびFACS(fluorescence-activated cell sorter)分析によってアポトーシスを検出した。 [結果] (卵巣癌細胞株11株の発現解析) 解析した全12000余りの遺伝子中207の遺伝子がMann-Whitney のU 検定で P < 0.05 となる有意差をもって明細胞腺癌とその他の組織型で発現が異なった。さらに2群間で3倍以上発現差の認める遺伝子を抽出した。最も明細胞腺癌で発現亢進していた遺伝子はSPP1であり、非明細胞腺癌細胞株に対して14.3倍の発現であった。その他にRBPMS, NNMT, TCF2(Hepatocyte Nuclear Factor-1β), RAB9A, PIG7など16遺伝子が明細胞腺癌で発現が亢進し、GAS6,ZFP36, TPM4 など12遺伝子が明細胞腺癌で発現が減弱していた。 (卵巣癌細胞株におけるHepatocyte Nuclear Factor -1β mRNA と蛋白の発現) 卵巣明細胞腺癌で発現亢進していた遺伝子のうちHepatocyte Nuclear Factor -1β)以下HNF-1βについてさらに深く調べた。まず、リアルタイムRT-PCR法を用いて卵巣癌細胞株のHNF-1β発現量を定量した。明細胞腺癌におけるHNF-1β mRNAの発現量の平均 (8.75 ( 3.89)はその他の組織型(0.75 ± 1.09)に比べ11.6倍でありこれはU検定で有意であった (P = 0.008)。 次に抗HNF-1β抗体を用いてHNF-1β蛋白の発現を調べた。免疫ブロット法においても、明細胞腺癌細胞株ではその他の組織型と比べてHNF-1β蛋白の発現量が多かった。(免疫組織化学による卵巣癌手術標本におけるHNF-1β発現の解析) 免疫組織化学によるHNF-1βの発現解析では、殆ど全ての卵巣明細胞腺癌の症例では核に染色を認めたのに対して大部分のその他の組織型の症例では核の染色を全く認めないか、ごく一部分に弱い核染色を認めるのみであった。良性疾患である子宮内膜症には核への染色を認めなかった。また、上皮性卵巣癌の発生母地と考えられている正常卵巣表層上皮にもHNF-1βの核染色を認めなかった。 (RNA interferenceによるHNF-1β発現の抑制) 明細胞腺癌細胞株(TOV-21G, JHOC-5)を用いて、siRNA実験を行った。Lamin に対するsiRNA (ポジティブコントロール実験)はトランスフェクションの試薬のみを用いたネガティブコントロールに対してLaminのmRNA発現量を4割程度まで有意に減少させた。HNF-1β に対するsiRNA はネガティブコントロールと比較して2〜5割程度まで減少させた。 免疫ブロット解析にて、TOV-21G ならびに JHOC-5 細胞株ではこれらのsiRNAがLaminやHNF-1β蛋白の発現を減弱させることが確認された。 (明細胞腺癌細胞株におけるHNF-1β 発現の減弱によるアポトーシスの誘導) TUNEL法とFACSによる解析により、HNF-1β 発現の減弱によってTOV-21G, JHOC-5細胞にアポトーシスが誘導される事が確認された。 [考察] 本研究により卵巣明細胞腺癌細胞株は固有の遺伝子発現プロファイルを持っていることがわかり、発現の亢進している遺伝子群を特定することができた。このうち, osteopontin (SPP1), nicotinamide N-methyltransferase (NNMT), HNF-1β (TCF2), RAB9, and LPS-induced TNF-α factor (PIG7) はSchwartzらによる卵巣明細胞腺癌の手術切除標本のマイクロアレイ解析でも発現が亢進していた。本研究における細胞株の解析結果と手術切除標本の解析結果の一致をみた上記5遺伝子は卵巣明細胞腺癌にとって特に重要なものであることが示唆される。 上皮性卵巣癌の手術切除標本を用いた免疫組織化学染色によってHNF-1β 蛋白の発現亢進が臨床病期や分化度とかかわりなく明細胞腺癌と非常に関連が深いことを見出した。子宮内膜症は明細胞腺癌との関連性が強く、明細胞腺癌の発生母地と考えられているが、子宮内膜症や正常卵巣表層上皮でHNF-1βの発現が免疫染色上認められないことは興味深い。この免疫染色の結果はHNF-1βが卵巣明細胞腺癌の有用な分子マーカーであることを示唆している。特に細胞診においてはHNF-1βの免疫染色は卵巣明細胞腺癌とその他の組織型を区別するのに役立つことが期待される。現時点では細胞診において明細胞腺癌とその他の組織型を区別する方法は確立されていないからである。 HNF-1β は癌においては肝細胞癌での過剰発現が認められるが、その過剰発現の意義に関しては現在までわかっていない。卵巣明細胞腺癌でのHNF-1β発現の意義を調べるためにsiRNAを用いた解析を行い、TOV-21G ならびに JHOC-5卵巣明細胞腺癌細胞株にRNAi現象を起こすことに成功した。これら2つの細胞株ではRNAiによるHNF-1β発現の減弱によってアポトーシスが引き起こされた。このことは卵巣明細胞腺癌の生存のためにはHNF-1βの発現が不可欠であることを示唆する。しかしながら卵巣明細胞腺癌においてHNF-1βの発現抑制がなぜアポトーシスにつながるかということに関しては未だ不明である。HNF-1β が直接、または間接的に細胞の生存に不可欠な遺伝子を制御しているかもしれないが、この点に関しては我々の今後の研究課題として残されている。本研究での結果はHNF-1βが卵巣明細胞腺癌の新たな治療標的分子となる可能性を示している。 | |
審査要旨 | 本研究は上皮性卵巣癌の中でも特に予後が不良である明細胞腺癌の分子病理学的特徴を明らかにし、診断、治療に有用となり得る分子マーカーを明らかにするため、細胞株を用いたマイクロアレイ解析、手術組織標本を用いた免疫組織化学染色、RNA interferenceを用いた機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている 1 卵巣癌細胞株11株の発現解析 解析した全12000余りの遺伝子中207の遺伝子がMann-Whitney のU 検定で P < 0.05 となる有意差をもって明細胞腺癌とその他の組織型で発現が異なった。さらに2群間で3倍以上発現差の認める遺伝子を抽出した。最も明細胞腺癌で発現亢進していた遺伝子はSPP1であり、非明細胞腺癌細胞株に対して14.3倍の発現であった。その他にRBPMS, NNMT, TCF2(Hepatocyte Nuclear Factor-1β), RAB9A, PIG7など16遺伝子が明細胞腺癌で発現が亢進し、GAS6,ZFP36, TPM4 など12遺伝子が明細胞腺癌で発現が減弱していた。 2 卵巣癌細胞株におけるHepatocyte Nuclear Factor -1β mRNA と蛋白の発現 卵巣明細胞腺癌で発現亢進していた遺伝子のうちHepatocyte Nuclear Factor -1β(以下HNF-1β)についてさらに深く調べた。まず、リアルタイムRT-PCR法を用いて卵巣癌細胞株のHNF-1β発現量を定量した。明細胞腺癌におけるHNF-1β mRNAの発現量の平均 (8.75 ± 3.89)はその他の組織型(0.75 ± 1.09)に比べ11.6倍でありこれはU検定で有意であった (P = 0.008)。 次に抗HNF-1β抗体を用いてHNF-1β蛋白の発現を調べた。免疫ブロット法においても、明細胞腺癌細胞株ではその他の組織型と比べてHNF-1β蛋白の発現量が多かった。 3 免疫組織化学による卵巣癌手術標本におけるHNF-1β発現の解析 免疫組織化学によるHNF-1βの発現解析では、殆ど全ての卵巣明細胞腺癌の症例では核に染色を認めたのに対して大部分のその他の組織型の症例では核の染色を全く認めないか、ごく一部分に弱い核染色を認めるのみであった。良性疾患である子宮内膜症には核への染色を認めなかった。また、上皮性卵巣癌の発生母地と考えられている正常卵巣表層上皮にもHNF-1βの核染色を認めなかった。 4 RNA interferenceによるHNF-1β発現の抑制 明細胞腺癌細胞株(TOV-21G, JHOC-5)を用いて、siRNA実験を行った。Lamin に対するsiRNA (ポジティブコントロール実験)はトランスフェクションの試薬のみを用いたネガティブコントロールに対してLaminのmRNA発現量を4割程度まで有意に減少させた。HNF-1β に対するsiRNA はネガティブコントロールと比較して2〜5割程度まで減少させた。 免疫ブロット解析にて、TOV-21G ならびに JHOC-5 細胞株ではこれらのsiRNAがLaminやHNF-1β蛋白の発現を減弱させることが確認された。 5 明細胞腺癌細胞株におけるHNF-1β 発現の減弱によるアポトーシスの誘導 TUNEL法とFACSによる解析により、HNF-1β 発現の減弱によってTOV-21G, JHOC-5細胞にアポトーシスが誘導される事が確認された。 以上、本論文は卵巣明細胞腺癌は固有の遺伝子発現プロファイルを持っている事を明らかにし、発現の亢進している遺伝子群を特定した。特にHNF-1β 蛋白の発現亢進が臨床病期や分化度とかかわりなく明細胞腺癌と非常に関連が深いことを見出し、HNF-1β が卵巣明細胞腺癌の有用な分子マーカーであることを発見した。siRNAを用いた解析では、RNAiによるHNF-1β発現の減弱によって卵巣明細胞腺癌細胞株にアポトーシスが引き起こし、卵巣明細胞腺癌の生存のためにはHNF-1βの発現が不可欠であることを示唆した。本研究はこれまで未知に等しかった卵巣明細胞腺癌の分子マーカー、治療標的分子の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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