学位論文要旨



No 120345
著者(漢字) 樋渡,光輝
著者(英字)
著者(カナ) ヒワタリ,ミツテル
標題(和) 小児白血病における転座関連遺伝子とチロシンキナーゼ遺伝子の解析
標題(洋)
報告番号 120345
報告番号 甲20345
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2494号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖発達加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
 東京大学 客員助教授 小川,誠司
 東京大学 講師 金森,豊
 東京大学 講師 高見沢,勝
内容要旨 要旨を表示する

小児白血病、特に小児急性リンパ性白血病 (acute lymphoblastic leukemia: ALL)の治療成績は著しく向上したが、その中で染色体11q23転座により形成されるMLL (Mixed Lineage LeukemiaまたはMyeloid/Lymphoid Leukemia)遺伝子再構成を有するALLの予後はまだまだ不良である。N末側のMLL断片とC末側の転座相手遺伝子産物断片が融合した異常なMLL融合蛋白が生じ、このことが白血病の発症に深く関与している。これまで約40種類の転座相手遺伝子が同定されたが、これらの転座相手遺伝子全てに共通の構造はない。しかし、いくつかの相手遺伝子はその構造や機能が類似しており、しかもこれらが関与する白血病の病型はよく似ている。このことから相手遺伝子は白血病の性質を決める上で重要な働きをしていると考えられる。一方MLL融合遺伝子のみでは白血病化に十分ではないことがマウスを用いたさまざまな実験から明らかになり、白血病化にはさらに別の遺伝子変化 (2nd hit)が必要ではないかと考えられるようなってきた。その2nd hitを起こす遺伝子の候補としてクラス3受容体型チロシンキナーゼ (RTK)が注目されている。クラス3 RTKの1つであるc-KITのTK2領域中の変異が急性骨髄性白血病 (acute myeloid leukemia: AML)ではt(8;21)の約40%、inv(16)の約30%にみられ、消化管間葉系腫瘍のgastrointestinal stromal tumors (GIST)でもc-KITの傍細胞膜貫通領域中の変異および、同じクラス3RTKに属するplatelet-derived growth factor receptor α(PDGFRA)のTK2領域中の変異が認められる。

 本研究で、私は染色体11q23の異常を持つ小児ALLの解析を行った。症例は2歳女児で、B前駆型ALLと診断された。染色体分析では47, XX, +X, t(2;11)(q11;q23)を認め、サザンブロット法によりMLL遺伝子の再構成を認めたことから、2q11上におけるMLLの転座相手遺伝子の単離を試みた。2q11にはAF4やAF5q31と相同性の高いLAF4遺伝子が座位しており、病型もMLL-AF4およびMLL-AF5q31を有する白血病と同様にALLであることより、この症例におけるMLLの相手遺伝子はLAF4である可能性を考えた。MLLのエクソン5にセンスプライマー (ALL-5S)、LAF4のエクソン10にアンチセンスプライマー (LAF4-2AS)を設定し、患者白血病細胞から抽出したRNAを用いてRT-PCR法を行った。636bpのPCR産物が検出され、シークエンスの結果、MLLのエクソン8にLAF4遺伝子が融合していた。患者白血病細胞を用いたFISH解析ではder(2)およびder(11) にスプリットしたLAF4のシグナルを認めた。LAF4の切断点はMLL-AF4やMLL-AF5q31におけるAF4およびAF5q31の切断点と相同性が高い部位であり、その結果形成されるMLL-LAF4, MLL-AF4, MLL-AF5q31融合蛋白は構造が類似しており、これら3つの融合蛋白は同様の機序で白血病化に関与する可能性が示唆された。しかし一方でMLL-AF4を有するALLはCD10陰性、CD19陽性で、乳児に多く、また白血球増多が認められることが特徴で予後不良であり、これまで報告されたMLL-AF5q31を有する症例もほぼ同様の臨床像、細胞学的特徴を示していたが、本症例は2歳発症で、芽球の表面マーカーはCD10およびCD19陽性でMLL遺伝子再構成を伴うALLとしては非典型例であった。

 LAF4とAF4およびAF5q31遺伝子の発現をノーザンブロット法により正常ヒト成人および胎児組織で検討し、さらにRT-PCR法により各種白血病細胞株および正常Bリンパ芽球細胞株で検討した。その結果、8.5kbのLAF4遺伝子産物が成人の心臓、脳、胎盤に認められ、胎児では検討した全組織、特に脳で高発現を認めた。一方AF4およびAF5q31の発現は成人の心臓、膵臓、骨格筋、胎盤に等しく認め、脳では低発現だった。白血病細胞株におけるRT-PCR法による検討では、ALL細胞株全株、正常B細胞5株中4株(80%)、AML細胞株7株中4株(57.1%)、CML細胞株5株中1株に発現を認めた。AF4およびAF5q31は全ての細胞株で同じように発現していた。LAF4の発現パターンはAF4およびAF5q31とは一部異なり、正常LAF4の機能はAF4, AF5q31とは異なっている可能性が示唆された。

 次に私は二次的遺伝子変異の候補として構造および変異体の性状など類似点が多いPDGFRAおよびc-KIT遺伝子に注目し、各種白血病細胞株、患者検体を用いて発現および変異の有無の検討を行った。114例の小児AMLおよび40例の乳児ALL、127例の小児ALLを用い、RT-PCR法により発現の有無を検討した後、発現がみられた検体について直接塩基配列決定法で検討した。PDGFRA遺伝子の発現は、細胞株69株中28株 (40.6%) 、114例の小児AML中63例 (55.3%)にみられ、その中でt(8;21)もしくはinv(16)を有するCBF転座16症例中14例(82.4%)で他の核型よりも高頻度だった。FAB分類による検討ではM1での発現頻度が他のFABサブタイプよりも高かった。また乳児ALL 40例中12例 (30.0%)、小児ALL127例中38例 (29.9%)に発現を認め、これらの頻度は従来の報告と同様であった。c-KIT 遺伝子の発現は、細胞株69株中50株 (72.5%)、小児AML 114例中104例(91.2%)にみられ、これらは従来の報告と同様であったが、乳児ALL (40例中27例、67.5%)や小児ALL (127例中75例 、59.1%)における発現の頻度は従来の報告よりも高かった。c-KIT遺伝子はB細胞系ALLでの発現はなくB細胞芽球の成熟には関与していないと報告されている。しかし、今回の発現の検討の結果、乳児および小児ALLでもc-KIT 遺伝子が何らかの役割をしている可能性が示唆された。

 PDGFRAの変異は3症例にみられた。13歳男児でt(8;21) を持つAML-M1症例にTK2領域中のN870Sが、13歳女児でinv(16)をもつAML-M1症例にTK2領域中のF808L を認めた。また乳児ALLでも生後2カ月でt(4;11)を持つ症例にIg-5領域にA509Dを認めた。c-KITの変異はt(8;21) を持つ15歳男児のAML-M2症例の1例のみにTK2領域中でD816Vを認めた。AMLにおけるPDGFRAおよびc-KITの変異はいずれもt(8;21)またはinv(16)を有するいわゆるCBF転座にみられたが、一方でFAB分類ではPDGFRAの変異をもつ2例がM1であった。一般にt(8;21)の80%がM2で、 inv(16)の80%がM4Eoであり、PDGFRA の発現はFAB分類M1で他のサブタイプより発現頻度は高く、染色体転座ではCBF転座に発現頻度が高かった。 このことよりPDGFRAの変異はFAB分類M1とCBF転座の両方に関連していることが示唆された。c-KITではTK2領域の変異によりリガンド非依存性にキナーゼ活性を獲得すると考えられている。さらに、Ig-5領域中の変異体および傍細胞膜貫通領域中の変異体はいずれもリガンド非依存性にリン酸化が亢進する。今回同定したPDGFRAの変異領域はc-KITの変異領域と相同性の高い領域で、活性についても同様な意義があることが示唆された。

 c-KIT D816Vは成人ではt(8;21)-AML症例の40%、inv(16)-AML症例の約30%にみられる。 近年、8例のt(8;21)および6例のinv(16)を含む91例の小児AML患者でc-KIT 遺伝子の変異解析が行われたがc-KIT D816V変異は3%であり、t(8;21)-AMLおよび inv(16)-AML症例では変異を認めなかった。今回の結果と併せて考えると小児AMLでは成人に比べてc-KITの関与は少ないと考えられた。

 BCR-ABLチロシンキナーゼを特異的に阻害する薬として開発されたイマチニブは、その後c-KITやPDGFRAにも効果があることが明らかになったが、c-KITやPDGFRAでは傍細胞膜貫通領域の変異が存在する腫瘍には感受性が認められるが、TK2領域の変異が存在する腫瘍には抵抗性である。今回、見出したAMLにおける変異はTK2領域にあるためイマチニブの感受性は低いと予想される。一方ALLで見出した変異はIg-5に認めた。GISTでは傍細胞膜貫通領域の変異およびIg-5領域の変異を持つ腫瘍の病理学的性状や予後に差がなく、これらの変異体の機能解析で同じ性状を示した。このことからIg-5領域の変異体も傍細胞膜貫通領域の変異体と類似の働きをする可能性があり、イマチニブに感受性を示す可能性のあることが示唆された。近年、PKC412などのTK2領域への分子標的薬が開発され、レセプター型チロシンキナーゼファミリー遺伝子の新たな変異同定は分子標的療法の進歩に貢献すると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、白血病の発症には細胞の増殖や生存に関与する主としてチロシンキナーゼ活性を上昇させるような遺伝子変異(クラスI)と、細胞の分化に関与する主として転写因子活性に変化を与えるような遺伝子変異(クラスII)が関与しており、両者の協調によって初めて白血病化が起きるのではないかという考えのもと、クラスIIの遺伝子変異としてMLL異常を、クラスIの遺伝子変異として受容体型チロシンキナーゼ遺伝子の異常の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. t(2;11)(q11;q23)を有する小児ALLにおいてAF4やAF5q31と相同性の高いLAF4遺伝子がMLL遺伝子の転座相手遺伝子であることを同定した。

2. LAF4蛋白の切断点の位置はAF4やAF5q31蛋白の切断点の位置と同様に転写活性化領域にあり、この領域は3者間で相同性が高い。このことからMLL-LAF4, MLL-AF4, MLL-AF5q31融合蛋白は類似の構造を形成すると予想され、同様の機序で白血病化に関与する可能性が示唆された。

3. ノーザンブロット法によるLAF4遺伝子の正常ヒト組織での発現を検討した結果、成人の心臓、脳、胎盤、および胎児の脳、肺、肝臓、腎臓、特に胎児の脳で強く発現していたのに対して、マウスでは、脳や肺では低発現だと報告されている。このことからヒトとマウスでは正常組織におけるLAF4の役割が異なっている可能性が示唆された。また、LAF4とAF4およびAF5q31遺伝子の正常ヒト組織における発現パターンの比較を行ったところ、AF4およびAF5q31遺伝子の発現は成人の心臓、胎盤、骨格筋、膵臓で認め、ほぼ同じ発現パターンを示していたのに対し、LAF4遺伝子は骨格筋および膵臓では発現しておらず、LAF4遺伝子の発現パターンはAF4およびAF5q31遺伝子と著しく異なっており、LAF4はAF4, AF5q31とは異なった役割をしている可能性が示唆された。

4. RT-PCR法によるLAF4遺伝子とAF4およびAF5q31遺伝子の発現の検討では、LAF4遺伝子は白血病細胞株ではALL全例に発現していたが、CML, AML, EBV-B細胞株では低発現もしくは発現のない株も認めた。AF4およびAF5q31は全ての細胞株で同じように発現していた。このことよりLAF4蛋白はリンパ球系細胞の初期の分化過程で何らかの役割を持つと考えられ、AF4およびAF5q31はさらに幅広い細胞系列で役割をもつと考えられた。

5. PDGFRA遺伝子の変異を2例の小児AML患者と1例の乳児ALL患者で同定した。同定した変異はAML患者ではいずれもPDGFRAのTK2領域に存在し、乳児ALL患者ではIg-5領域に存在した。今回見いだしたAML患者でのPDGFRA遺伝子の変異はTK2ドメインのキナーゼ活性を変化させることによりt(8;21)およびinv(16)のクラスIの変異と共役して白血病発症に関与する可能性が考えられた。またc-KITではIg-5領域中の変異体および傍細胞膜貫通領域中の変異体ともにKITリガンド非依存性にリン酸化の亢進が報告されており、今回見いだした、乳児ALL症例でのPDGFRA遺伝子の変異はc-KIT遺伝子のIg-5領域内の変異と同じ意義を持ちALL発症のsecond hitである可能性が示唆された。

6. c-KIT D816V変異は小児AML症例1例にのみ認め、小児では成人よりも頻度が低い可能性が示唆された。

7. PDGFRA 遺伝子のAMLでの発現頻度はFAB分類M1で高く、染色体転座ではCBF転座で発現頻度が高かった。このことよりPDGFRA遺伝子はFAB分類M1とCBF転座の両方に何らかの形で関与している可能性が示唆された。またALLでのc-KIT 遺伝子の発現頻度は従来の報告より高かった。このような病型や転座の違いによるPDGFRAやc-KITの発現頻度の差が白血病の発症にどのように関与しているかについては、今後さらに検討が必要である。

以上、本論文は小児ALLの解析からMILLの新規転座遺伝子とひてLAF4遺伝子を同定した。本件急は予後不良であるMLL-AF4ファミリーの関与する小児ALLの生物学的機能の解明に貢献すると考えられる。また、小児白血病ではじめてPDGFRA遺伝子の変異を見いだし、FDGFRA遺伝子も小児白血病の発症に関与することを示し、受容体型チロシンキナーゼファミリー遺伝子の新たな変異の同定は分子標的療法の進歩に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものを考えられる。

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