学位論文要旨



No 120348
著者(漢字) 狩野,光伸
著者(英字)
著者(カナ) カノ,ミツノブ
標題(和) 血管内皮・壁細胞間コミュニケーションはVEGF-Aと協調的にFGF-2によって促進される
標題(洋) Vascular mural-endothelial cell communication is facilitated by FGF-2 in cooperation with VEGF-A
報告番号 120348
報告番号 甲20348
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2497号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 井上,聡
 東京大学 助教授 岩田,力
内容要旨 要旨を表示する

要旨内容

血管新生治療は虚血性心血管疾患に対する有望な治療法として広く研究されてきている。最もよく用いられる血管新生増殖因子は、いずれもよく研究の進んでいるVEGF-AとFGF-2である。血管新生におけるVEGF-Aの役割は1996年Carmelietら、FerraraらによりVEGF-Aノックアウトマウスでの知見から確立された。一方FGF-2については以前からその血管新生作用が知られているにもかかわらず、リガンドと対応するFGF受容体のノックアウトマウスからの知見は血管新生作用機構の解明には役立たなかった。しかしトリ尿漿膜実験系、角膜アッセイ、マトリゲルプラグアッセイといった実験系においてはその血管新生作用が確認され、作用機構がよく研究されてきた。このため、これらの増殖因子をそれぞれ単独で用いた血管新生療法の臨床試験が計画され、2002年から2003年にかけてはVEGF-Aを用いた一つとFGF-2を用いた二つの大規模臨床試験の結果が報告された。しかし残念ながらいずれも確実な有意差は認められなかった。このようにヒトでのVEGF-AまたはFGF-2の単独刺激では有意な成熟血管新生が惹起されなかった一方で、実験系での結果ではあるがVEGF-AとFGF-2の共刺激による強い血管新生相乗作用が1992年以降報告されてきた。また近年ではVEGF-AとPDGF-BBあるいはFGF-2とPDGF-BBという組み合わせでの血管新生相乗効果も報告された。しかしいずれの相乗効果についてもその機構についての理解はあまりなされていない。

少なくとも胎生期の血管形成において、PDGF-B−PDGFβ受容体を介したシグナル伝達が、血管壁細胞(mural cells)の内皮細胞(endothelial cells)への接着を起こし、これが新生血管を安定化させるために必要であると報告されてきた。このことはPDGF-BやPDGFβ受容体のノックアウトが異常新生血管の形成をもたらすことからも示された。また近年(2003年)、この機構が成熟個体における癌血管新生においても新生血管の安定化に役立っている可能性が示唆された。そこで私は今回このシグナル伝達系と成熟血管新生に注目して、成熟個体での血管新生療法におけるVEGF-A-FGF-2共刺激による相乗効果の機構解析を試みた。

 マウスにおけるマトリゲルプラグアッセイと、マウス全能性幹細胞由来のVEGF 2型受容体陽性細胞を無血清単層培養した系を用いて、まずVEGF-AとFGF-2共刺激の相乗効果を検討した。この結果、この条件はVEGF-A単独刺激やFGF-2単独刺激に比較して、壁細胞の内皮細胞への接近と、赤血球を中に容れた新生血管の誘導が有意に多く引き起こされることが観察された。細胞培養系における定量的RTPCRの結果から、これらの現象が(1)VEGF-Aにより強調された内皮周囲のPDGF-BB濃度勾配と(2)FGF-2により発現上昇した壁細胞PDGFβ受容体の二つの相乗効果を介して起きていることが示唆された。これらがVEGF-AとFGF-2共刺激による相乗効果の機構であることを(1)に対しては外部からのPDGF-BBリガンド追加、(2)に対してはPDGFβ受容体特異的中和抗体追加により、共刺激の結果である壁細胞の接近と成熟血管の誘導が減少することをもって証明した。また、他に既に報告されているPDGF-BBリガンドを外部から追加する共刺激条件、すなわちVEGFとPDGF-BB、FGF-2とPDGF-BBについて同じ実験系にて効果を比較したところ、いずれもVEGF-AとFGF-2での共刺激条件に比べ、有意に成熟血管誘導の減少を観察した。

 これらの実験結果に基づき、今回私は、(1)成熟個体における血管新生治療においても、PDGF-B-PDGFβ受容体シグナル伝達を介した壁細胞の内皮細胞被覆が成熟新生血管の形成に不可欠であること、(2)VEGF-A-FGF-2共刺激による相乗効果のメカニズムは、PDGF-B-PDGFβ受容体シグナル伝達を構成するリガンドの濃度勾配の増強と受容体発現の増強との双方の相乗効果にあること、の二点を示した(下記付図参照)。この知見を応用することで、よりよい血管新生療法の確立がもたらされることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、血管新生治療において効率的な増殖因子の組み合わせの一つと考えられるVEGF-A とFGF-2 との共刺激による血管新生について、マトリゲルプラグアッセイとマウス全能性幹細胞由来のVEGF 2 型受容体陽性細胞を無血清単層培養した系を用いて、これまで明らかにされていなかったこの共刺激による血管新生に対する相乗効果のメカニズムを明らかにすることを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. マトリゲルプラグアッセイにおいて、VEGF-A 、FGF-2 各単独刺激に比較して、VEGF-A・FGF-2 共刺激条件下では、壁細胞の内皮細胞への接近と、赤血球を中に含んだ新生血管の誘導が有意に多く引き起こされることが示された。

2. 細胞培養系においても、VEGF-A・FGF-2 共刺激条件下では、壁細胞・内皮細胞の双方の出現のみならず、壁細胞の内皮細胞への接近が引き起こされることが示された。

3. 細胞培養系における定量的RTPCR の結果から、これらの現象が(1)VEGF-A により強調された内皮周囲のPDGF-B 濃度勾配と(2)FGF-2 により発現上昇した壁細胞PDGFβ受容体の二つの相乗効果を介して起きていることが示唆され、(1)に対しては外部からのPDGF-BB リガンド追加、(2)に対してはPDGFβ受容体特異的中和抗体追加により、共刺激の結果である壁細胞の接近が減少すること、ひいては成熟血管の誘導が減少することにより証明された。

4. 他に既に報告されているPDGF-BB リガンドを外部から追加する共刺激条件、すなわちVEGF とPDGF-BB 、FGF-2 とPDGF-BB について同じ実験系にて効果を比較したところ、いずれもVEGF とFGF 共刺激条件に比べ、有意に成熟血管誘導の減少することが示された。

以上、本論文は(1)血管新生治療においても、PDGF-B-PDGF β受容体シグナル伝達を介した壁細胞による内皮細胞被覆が成熟新生血管の形成に不可欠であること、(2)VEGF-FGF 共刺激による相乗効果のメカニズムは、PDGF-B-PDGF β受容体シグナル伝達を構成するリガンドの濃度勾配の増強と受容体発現の増強との双方の相乗効果にあること、の二点を明らかにした。本研究はこれまで明らかにされていなかったVEGF-A・FGF-2 共刺激による血管新生相乗作用のメカニズムを明らかにし、よりよい血管新生療法の確立に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク