学位論文要旨



No 120349
著者(漢字) 孫,輔卿
著者(英字)
著者(カナ) ソン,ボーキョン
標題(和) 血管石灰化の分子機序 : HMG-CoA還元酵素阻害剤の石灰化抑制作用におけるアポトーシスの役割
標題(洋) Cellular and Molecular Mechanisms of Vascular Calcification-Essential Role of Apoptosis and its Regnlation by HMG-CoA Reductase Inhibitor-
報告番号 120349
報告番号 甲20349
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2498号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 助教授 重松,宏
 東京大学 講師 大野,実
内容要旨 要旨を表示する

 加齢、糖尿病、腎不全の際におこる血管の石灰化は心血管疾患の発生と深い関係があることが知られている。近年、アポトーシスが血管石灰化に関与していることが報告されている。しかしながら、その分子機序は明らかではない。Growth arrest-specific gene 6 (Gas6) ならびにその受容体であるAxlは細胞の分化、接着、遊走、増殖、survivalを調節する重要な因子として知られている。またGas6とAxlはvascular pericyteにも発現しており、骨芽細胞様細胞への分化を抑制することからGas6-Axlが血管の石灰化にも関与する可能性が示唆されている。細胞培地のリン濃度を上げることによって培養ヒト大動脈血管平滑筋細胞(HASMC)は石灰化するが、そこにはsodium-dependent phosphate cotransporter (NPC) による細胞内へのリンの取り込みとそれに伴う平滑筋細胞から骨芽細胞様細胞へのフェノタイプの変換が重要であることが報告されている。今回、我々はリン刺激によるHASMCの石灰化の新たな機序として、アポトーシスの重要性に関して検討し、さらにそれに対するGas6, Axlの関与を調べた。また、HMG Co-A還元酵素阻害薬(スタチン)は血清脂質低下作用以外に、様々な機序によって動脈硬化の進展を予防する作用を有すること(pleiotropic effect)が注目されている。近年、スタチンの使用者において、大動脈弁の石灰化の出現頻度が低い、もしくは進展が遅延すること、またスタチンの使用者は石灰化を伴う大動脈弁狭窄症の進行が遅延することが報告されている。今回我々は、リン刺激によるHASMCの石灰化に対するスタチンの抑制効果についても検討した。

 HASMCの石灰化は培地中のリン濃度を上げることにより誘導し、o-cresolphthalein complex法によるCa蓄積量の定量、ならびにvon Kossa法による石灰化染色によって評価した。また、リン刺激によるHASMCのアポトーシスは露出したhistoneをDNAとのsandwichにより検出する ELISA法で検討した。また、NPCの活性は既報にしたがってNa依存的なH3[32P]O4の取り込みにより測定した。Gas6, Axlの発現とGas6の分泌は、immunoblottingと 免疫沈降法で確認した。アポトーシス関連因子であるAkt, Bcl2, Badのリン刺激による蛋白レベルの変化はimmunoblottingによって検討した。

 生理的なリンの濃度(1.4 mmol/L)に対して、高濃度(2.6、3.2 mmol/L)のリンを添加することによって、濃度依存的に、また時間依存的に(3, 6, 10日)HASMCの石灰化は促進した。また、2.6、3.2 mmol/Lのリンは濃度依存的、時間依存的にHASMCのアポトーシスを増加した。リンにより誘導されたアポトーシスはcaspase依存的であり、caspaseの阻害薬であるZVAD.fmkの添加によってアポトーシスも石灰化も有意に抑制された。すなわち、アポトーシスは石灰化の誘導に必要であることが判明した。

 リン刺激によるアポトーシス誘導にGas6-Axl系が関与していることを検討するため、Gas6, Axlのタンパク発現とGas6の分泌を調べた結果、2.6 mmol/Lのリン刺激によってGas6, Axlともに発現が減少し、Gas6の培地中への分泌も減少した。次に、recombinant human Gas6(rhGas6)を外因性に培地に添加すると、アポトーシスも石灰化も濃度依存的に抑制された。また、rhGas6のアポトーシス、石灰化抑制効果は、受容体であるAxlの細胞外ドメイン(Axl-ECD;rhGas6と結合し、その作用を消去する)の添加によってブロックされることからrhGas6の効果はAxlを介すると考えられる。Gas6-Axl系の下流のシグナル分子としてphosphatidylinositol 3'-phosphate kinase (PI3K)-Akt pathwayが知られている。2.6 mmol/Lのリン刺激によってリン酸化Akt(p-Akt;活性型Akt)の発現が減少し、rhGas6の添加によってp-Aktの発現が非リン刺激状態に戻ること、またPI3Kの阻害薬であるwortmannin添加によってrhGas6によるAktリン酸化の復元効果ならびにrhGas6による石灰化抑制効果が消去されることから、リン刺激によって誘導されるアポトーシスはPI3K-Akt依存的であることが判明した。Bcl2 familyはアポトーシスに密接に関わる因子であり、リン刺激によって起こるアポトーシスにおいてもBcl2、Badのリン酸化が低下することが分かった。rhGas6の添加はリン刺激によるBcl2とBadのリン酸化の低下を復元させることから、Bcl2 familyもGas6-Axl survival 経路に関与していることが示唆された。

 もう一つの石灰化の機序として報告されているNPC活性は、2.6 mmol/Lのリン刺激によって上昇し、NPC特異的阻害薬であるphosphonoformic acid(PFA)の同時添加によって抑制され、また、HASMCの石灰化もPFAの濃度に依存して、有意に抑制された。この結果は、リン刺激による細胞の石灰化がアポトーシスのみならず、NPCを介していることを示している。

 次に、スタチンによる血管石灰化の抑制効果を検討したところ、水溶性スタチンであるプラバスタチンと、脂溶性スタチンであるアトルバスタチン、フルバスタチンはいずれも濃度依存的に、リン刺激(2.6 mmol/L)によるHASMCの石灰化を有意に抑制した。3種類のスタチンはまた、リン刺激によって誘導されるアポトーシスを抑制し、同時にGas6, Axlの発現の増加、Akt、Badのリン酸化を増加することが明らかになった。しかしながら、スタチンはNPC活性に対して有意な抑制効果は示さなかった。このことから、スタチンによるHASMCの石灰化抑制効果はリンによるGas6-Axl系のdownregulationを阻止し、Akt、Badを介してアポトーシスを抑制することによってもたらされると考えられる。

 本研究ではヒト血管平滑筋細胞において、リン刺激による石灰化にアポトーシスが重要であり、その分子機序として、Gas6-Axl survival 経路の低下、その下流のPI3K-Aktの活性の低下、Bcl2 family (Bcl2, Bad)のリン酸化の低下、caspase 3の活性化が関与することを明らかにすることができた。スタチンはリン刺激によっておこる上記の機序を抑えることによって石灰化を抑制すると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は心血管疾患の発生と深い関係がある血管石灰化においてその分子機序、またHMG Co-A還元酵素阻害薬(スタチン)による影響を明らかにするため、培養ヒト大動脈血管平滑筋細胞(HASMC)にリンを刺激することにより血管石灰化を誘導する系にて、アポトーシスの関与と分子機序、またスタチンの効果を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. HASMCの石灰化は培地中のリン濃度を上げることにより誘導し、o-cresolphthalein complex法によりCa蓄積量の定量した結果、濃度(1.4〜3.2 mmol/L)及び時間(3, 6, 10日)依存的に増加した。また、von Kossa's法による石灰化染色によった評価でも同じ結果が得られた。リン刺激によるHASMCのアポトーシスは露出されたhistoneをDNAとsandwichして検出するELISA法を用いて検討した結果、Ca蓄積量と同じように濃度及び、時間依存的に増加した。リンにより誘導されたアポトーシスはcaspase依存的であり、caspaseの阻害薬であるZVAD.fmkの添加によってアポトーシスも石灰化も有意に抑制された結果からアポトーシスは石灰化の誘導に必要であることが示された。

2. Gas6, Axlのタンパク発現とGas6の分泌が2.6 mmol/Lのリン刺激によって減少することをimmunoblottingにより示した。さらに、recombinant human Gas6(rhGas6)を培地に添加すると、リン刺激によるアポトーシスも石灰化も濃度依存的に抑制された。また、rhGas6のアポトーシス、石灰化抑制効果は、受容体であるAxlの細胞外ドメイン(Axl-ECD;rhGas6と結合し、その作用を消去する)の添加によってブロックされることからリン刺激によるアポトーシス誘導にGas6-Axl系が関与していることが示された。

3. リン刺激によって活性型Aktが減少すること、rhGas6の添加によってp-Aktの発現が非リン刺激状態に戻ることがimmunoblotting により示された。またPI3Kの特異的阻害薬であるwortmannin添加によってrhGas6によるAktリン酸化の復元効果ならびにrhGas6による石灰化抑制効果が消去されることが示され、Gas6-Axl系の下流のシグナル分子としてPI3K-Akt pathwayがあることが考えられた。リン刺激によるアポトーシスにおいてBcl2、Badのリン酸化が低下し、またrhGas6の添加によりBcl2とBadのリン酸化の低下を復元させることから、Bcl2 familyもGas6-Axl survival 経路に関与していることが示唆された。

4. スタチンの血管石灰化に対する影響において、水溶性スタチンであるプラバスタチンと、脂溶性スタチンであるアトルバスタチン、フルバスタチンはいずれも濃度依存的に、リン刺激(2.6 mmol/L)によるHASMCの石灰化を抑制した。von Kossa's法による石灰化染色によった評価でもスタチンの抑制効果が得られた。

5. リン刺激によって誘導されるアポトーシスを3種類のスタチンともに抑制し、同時にGas6, Axlの発現の増加、Akt、Badのリン酸化を増加させることが明らかになった。しかしながら、スタチンはもう一つの石灰化の機序として報告されているNPC活性に対して有意な抑制効果は示さなかった。このことから、スタチンによるHASMCの石灰化抑制効果はリンによるGas6-Axl系のdownregulationを阻止し、Akt、Badを介してアポトーシスを抑制することによってもたらされると考えられた。

 以上、本論文はリン刺激による血管平滑筋細胞の石灰化において、アポトーシスの役割から、機序としてGas6-Axl survival pathwayの関与を明らかにした。また様々な機序によって動脈硬化の進展を予防する作用を有すること(pleiotropic effect)が注目されているスタチンの血管石灰化の抑制効果及びその機序を明らかにした。本研究は血管石灰化の分子機序の解明及びその調節に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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