学位論文要旨



No 120351
著者(漢字) 畑尾,史彦
著者(英字)
著者(カナ) ハタオ,フミヒコ
標題(和) Endotoxin toleranceの機構解析についての研究 : 合成LPS receptor agonistによる耐性誘導ならびにToll-like receptorを介した刺激伝達経路の検討
標題(洋)
報告番号 120351
報告番号 甲20351
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2500号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花岡,一雄
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 助教授 三村,芳和
 東京大学 講師 小川,利久
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

 生体に過度の侵襲がおこるとサイトカインが過剰に増強した状態となり,その結果,後に臓器障害などが引き起こされる危険性がある."定された侵襲"である待機手術において,周術期の過度の炎症反応を抑制することが出来れば,術後の臓器障害などを軽減出来る可能性がある.亜致死量のendotoxin(Lipopolysaccharide:LPS)の前投与を行うと,引き続いて致死量のendotoxinを暴露した際の炎症反応は軽減し,その結果として生存する,という現象はendotoxin toleranceとして知られているが,そのメカニズムはまだ十分には明らかにされてはいない.この現象に着目し,術前にtoleranceを誘導することで手術侵襲の軽減がなし得るかということについて検討してきた.これまでにもendotoxin toleranceという現象を応用して炎症反応や臓器障害などを抑制するという試みは古くから報告されているが,未だ実用には至っていない.その理由は以下の2点が挙げられる.1)toleranceを誘導するために必要な刺激としてLPSを用いるならば,それ自体に毒性が存在する.2)toleranceの誘導は結果的に生体の免疫防御に必要な炎症反応までも抑制された状態になってしまい,かえって有害である可能性が否定できない.よってtoleranceのメカニズムが十分に明らかにならないと生体に有利かどうか分からないため臨床応用が難しい.

 近年,macrophageなどの細胞表面上にLPSなどの微生物構成成分を特異的に認識するToll-like receptor(TLR)が存在し,自然免疫系において重要な役割を担っていることが明らかになり,LPSをめぐるシグナル伝達のメカニズムの解明は急速に発展しており,endotoxi ntoleranceのメカニズムに関しても分子レベルでの解明が期待できる段階に近づきつつある.

[目的]

実験 1)毒性を軽減した薬剤を用い,かつ免疫反応の過度の抑制を起こさずにendotoxin toleranceの誘導がなされるか検討する(in vivo).

実験 2)LPS刺激での耐性誘導は毒性が強い点に限界があるので,他のTLR刺激薬によってLPS活性に対するcross toleranceが成立するかどうかについて検討する(in vitro).

実験 3)各TLR刺激によって,TLR signalingに共通する細胞内刺激伝達経路に関わる蛋白がどのような変化がもたらされるのかを検討することで耐性獲得のメカニズムの解明を図る(in vitro).

[方法]

実験 1)ラットにLPSまたは低毒性のlipid A誘導体であるER-803058(ER)による前処置をして,後に致死量のLPSを投与し,生存率および血漿中のサイトカイン濃度を測定した.

実験 2)培養細胞(mouse macrophage like cell line:RAW 264 cell)に対してTLR2,TLR3,TLR4,TLR9の各刺激薬で前処理を行った後に,LPSで刺激し,TNF-αおよびNOを測定した.

実験 3)RAW264cellに対してTLR2,TLR3,TLR4,TLR9の各刺激薬で刺激し,細胞質内の刺激伝達物質として重要なInterleukin-1 receptor associated kinase(IRAK)の蛋白レベルを測定した.

[結果1]

実験 1)LPS0.02mg/kg/bwによる前処置をした群は,対照群において全例が死亡する致死量(25mg/rat)のLPSを投与した場合,70%が生存した.同じ濃度のERにて前処置をした群では,その毒性(生物活性)が低い(図1)にもかかわらず90%が生存した(図2).また,致死量LPS投与2時間後の血漿中のTNF-α濃度を比較すると,対照群と比較してLPS群では有意に抑制されていたのに対し,ER群では低値を示す傾向にはあったが,統計学的有意差は見られず抑制の程度は軽いことが示唆された.(図3)

実験 2)TLR2,TLR4,TLR9の前処理によって一部の例外(TLR2の刺激の一部で,高濃度刺激をした場合抑制されなかった)を除いてTNF-αの産生が抑制された.また,TLR3,TLR4,TLR9の前処理によってNOの産生が抑制された.

実験 3)TLR2,TLR4,TLR9の刺激によってIRAK-1およびIRAK-4のdown regulationが見られた(図4).IRAK-4のdown regulationはIRAK-1よりも遅れて見られた.また,IRAK-4mRNAの発現には変化が見られず,分解産物と考えられるbandの出現すること,およびこの現象が蛋白分解酵素阻害薬,NF-KB阻害薬などによって阻害されることが示された.

[考察]

1)ERは毒性が低いにも関わらず,前処置に用いると致死量のLPS投与に対しても高い抵抗性を示した.この結果はこの低毒性であるlipid A誘導体によってもendotoxin toleranceの誘導がなされたことを示している.また,この際にTNF-αの産生はLPSの前処置と比較するとその抑制は軽度であった.すなわち耐性誘導後の免疫反応の低下は軽度であり,toleranceを誘導する薬剤としてLPSより優れている可能性があることを示している.

2)TLR2,TLR4,TLR9が刺激されると,そのシグナルはアダプター分子MyD88を介する経路(MyD88-dependent pathway)を経て,NF-KBなどの転写因子が活性化されTNF-αなどの炎症性サイトカインが産生される.また,TLR3とTLR4の刺激はTRIFを介する経路にて,Interferonの活性化を誘導し,NOの産生に影響を与えると考えられる.また,一部のTLR9刺激がInterferonを誘導するという報告もある。実験2においてシグナル伝達を共有するTLR間では概ねcrosstoleranceが成立した.すなわちLPS以外の薬剤によってもLPS刺激に対して耐性誘導がなされることが示唆された.

3)実験2.の結果から,cross toleranceのメカニズム解明にはシグナル伝達に関与するそれぞれのmediatorの及ぼす影響などを含めた更なる研究が必要であると考え,細胞質内の刺激伝達物質として重要なIRAKの蛋白レベルを測定し,その結果IRAK-4のdown regulationという新しい知見が得られた.この現象はTLR2,TLR4,TLR9刺激によって引き起こされTLR3刺激では見られなかった.すなわちMyD88-dependent pathwayが関与することを示唆している。また,刺激によってもIRAK-4 mRNAレベルに変化が見られなかった点と,刺激によって分解産物と思われる小さい分子量の蛋白が出現したことから,この現象はIRAK-4の産生抑制ではなく分解によって見られると考えられる.さらに,MyD88-dependent pathwayにおいてIRAK-4よりも下流に位置すると考えられるIRAK-1の活性化よりも遅れてIRAK-4の分解が見られる点からIRAK-1の活性化の後にfeedbackとして起きている可能性を検討した.その結果,蛋白合成阻害剤とNF-KB阻害剤は,ともにIRAK-4蛋白の減少を抑制することが示され,IRAK-1活性化の下流で起きるNF-KBの活性化およびタンパク合成がIRAK-4蛋白の減少に関係していることが示唆された.IRAK-4はTLR signalingにおいて必須と考えられている.従って刺激に応じてIRAK-4蛋白の分解が起きてその機能を失うことになれば,TLR signalingは阻害されることを意味する.すなわちこれは前章で示したTLR2,TLR4,TLR9刺激によっておきるtoleranceに関係しているものと考えられる.

[結論]

1)ラットにER-803058による前処置をすると致死量LPSに対して,免疫反応の過度な抑制をせずに高い抵抗性をもたらした.

2)シグナル伝達経路を共有するTLR間では概ねcross toleranceが成立した.すなわちLPS以外の薬剤を用いてもLPS刺激に対して耐性誘導がなされることが示唆された.

3)長時間のTLR刺激によって,TLRシグナル伝達に重要であると考えられているIRAK-4が分解されることを見出し,これがcross toleranceに寄与する可能性を示した.

図1

図2

図3

図4

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は"亜致死量のendotoxin(Lipopolysaccharide;LPS)の前投与を行うと、引き続いて致死量のendotoxinを暴露した際の炎症反応は軽減し、その結果として生存する"というendotoxin toleranceと呼ばれる現象を臨床的に応用しうるか検証し、さらにLPS receptorであるToll-like receptorを介する刺激経路においてendotoxin toleranceのメカニズムを明らかにすることを試みたものであり、以下の結果を得ている。

1)ラットにLPSによる前処置をした群は、対照群において全例が死亡する致死量のLPSを投与した場合、70%が生存した。同じ濃度の合成LPS receptor agonistであるER-803058(ER)にて前処置をした群では,その毒性が低いにもかかわらず90%が生存した。また、致死量LPS投与2時間後の血漿中のTNF-α濃度を比較すると、対照群と比較してLPS群では有意に抑制されていたのに対し、ER群では低値を示す傾向にはあったが、統計学的有意差は見られず抑制の程度は軽いことが示唆された。すなわちERによる前処置をすると致死量LPSに対して、免疫反応の過度な抑制をせずに高い抵抗性をもたらすことが示された。

2)TLR2、TLR4、TLR9の前処理によって一部の例外を除いてTNF-αの産生が抑制された。また、TLR3、TLR4、TLR9の前処理によってNOの産生が抑制された。すなわちシグナル伝達経路を共有するToll-like receptor(TLR)間では概ねcross toleranceが成立し、LPS以外の薬剤を用いてもLPS刺激に対して耐性誘導がなされることが示された。

3)TLR2、TLR4、TLR9の刺激によってInterleukin-1 receptor associated kinase(IRAK)-1およびIRAK-4のdown regulationが見られた。IRAK-4のdown regulationはIRAK-1よりも遅れて見られた。またIRAK-4 mRNAの発現には変化が見られず、分解産物と考えられるbandの出現すること、およびこの現象が蛋白分解酵素阻害薬、NF-KB阻害薬などによって阻害されることが示された。すなわちTLR刺激によって、TLRシグナル伝達に重要であると考えられているIRAK-4が分解されることを見出し、これがcross toleranceに寄与する可能性が示された。

以上、本論文は合成LPS receptor agonistによるendotoxin toleranceの誘導が可能であることを示し、また、各種TLR receptor agonistによってendotoxin toleranceの誘導がなされることを示し、さらにsignal伝達経路の解析からTLR刺激によってIRAK-4のdown regulationが起こることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかったTLR刺激によるIRAK-4自身が受ける影響について初めて示し、TLR signalingの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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