学位論文要旨



No 120352
著者(漢字) 于,澎
著者(英字) Peng,Yu
著者(カナ) ウ,ホウ
標題(和) 微小血管透過性を担うシグナリング経路の研究
標題(洋) The Signaling Pathway Controlling Microvascular Permeability
報告番号 120352
報告番号 甲20352
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2501号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 重松,宏
 東京大学 教授 豊岡,照彦
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 講師 北山,丈二
 東京大学 客員助教授 小山,博之
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

 血管透過性の亢進は炎症反応を構成する重要な要素のひとつであるが、微小循環の透過性を制御するシグナリング伝達については十分に解明されていない。Mitogen-activated protein kinases (MAPKs) シグナリング経路は、さまざまな生物学的な反応を制御している重要な経路のひとつである。現在、MAPKのスーパーファミリーとしてExtracellular signal-regulated protein kinases (ERKs), c-Jun NH2-terminal kinases (JNK)、p38 MAP kinasesなどが知られている。これらは、チロシンおよびスレオニン残基のリン酸化により活性化される。さまざまな種類の細胞において、PAFにより、MAPKが活性化されることが確認されている。さらに重要なシグナリング経路のひとつとしてprotein tyrosine kinases (PTKs)経路があげられ、微小循環の透過性との関与も指摘されている。PTKは、リセプター型と非リセプター型に分けられ、しばしばERKの活性化に関与することが多種類の細胞で確認されており、またp38 MAPKを活性化することも報告されている。血小板活性化因子PAF (Platelet-activating factor) は、強力な炎症のメディエーターとして、組織の微小循環透過性の亢進をひきおこすことが知られている。PAFのリセプターはG protein coupled receptorのひとつであり、このシグナリング伝達にPTKsのなかでSrc family tyrosine kinasesが関与すると報告されている。本研究では、Src family tyrosine kinases が微小循環透過性に関与するかどうかを,これまで行われていないin vivoで検討するとともに、MAPKのうち、p42/44 (ERK1/2)や p38 MAPKがPAFのシグナリング経路で果す役割について検討することを目的とした。

研究方法

 マウス腸間膜モデルを作成後、局所の安定のため蛍光生体顕微鏡下で1時間安静とした。高分子トレーサーとしてFITC-dx 70を持続静注し、蛍光生体顕微鏡でとりこんだ腸間膜の画像のなかで任意に細静脈を含む部位を選んで、コンピューターにてinterstitial integrated optical intensity (IOI)を測定し、微小循環の透過性を定量化した。コントロール群はPAFのみを腸間膜に局所投与したもので、これとPAF投与前後にわたってMAPK阻害薬(AG126 or SB203580)またはSrcキナーゼ阻害薬(PP2)のいずれかを併用した群とで透過性の変化を比較した。次に、同様のin vivoモデルでPAF投与前後の腸間膜脂肪織を採取し、ERK1/2およびp38 MAPKの活性化の時間的経過をWestern Blotting法により検討した。

結果

1. コントロール群において、PAF投与後著明な微小循環透過性の亢進がみられた。

2. このPAFによる透過性の亢進は、ERK1/2 の阻害剤であるAG126によって、有意に抑制された。

3. 同様にPAFによる透過性の亢進は、p38 MAPK の阻害剤であるSB203580でも、有意に抑制された。

4. PAF投与前にERK1/2はすでに活性化されており、PAF投与後40分でさらに有意に活性が増強されていた。

5. p38 MAPKはPAF投与前には活性化されておらず、PAF投与後すみやかに(10分後より)活性化されていた。

6. PAFによる透過性の亢進は、PTKのひとつであるSrcキナーゼの阻害剤PP2によって、有意に抑制された。

結論

 ERK1/2, p38 MAPKおよびSrc family tyrosine kinasesは、PAFによる微小循環透過性の亢進をつかさどるシグナリング経路に関与することがin vivoで示された。

審査要旨 要旨を表示する

 微小血管の透過性は炎症反応の重要な要素のひとつであるが、本研究はこの透過性を制御しているシグナリング伝達を解明することを目的としている。はじめに、マウス腸間膜in vivoモデルにおいて、炎症のメディエーターである血小板活性化因子PAF (Platelet-activating factor)を局所投与することによって、血管の透過性が亢進することを確認した。次にMAPK (Mitogen activated protein kinase) のスーパーファミリーのうち、p42/44 (ERK1/2) や p38 MAPKが、またprotein tyrosine kinases (PTKs) のなかでSrc family tyrosine kinasesがPAF による血管透過性亢進を司るシグナリング経路に関与するかどうかを検討した。高分子トレーサーとしてFITC-dx 70を使用し、蛍光生体顕微鏡でとりこんだ腸間膜の画像上で任意に細静脈を含む部位を選んで、コンピューターにてinterstitial integrated optical intensity (IOI)を測定し、微小循環の透過性を定量化した。コントロール群はPAFのみを腸間膜に局所投与したもので、これとPAF投与前後にわたってMAPK阻害薬(AG126 or SB203580)またはSrcキナーゼ阻害薬(PP2)のいずれかを併用した群とで透過性の変化を比較した。さらに、同様のin vivoモデルでPAF投与前後の腸間膜脂肪織を採取し、ERK1/2およびp38 MAPKの活性化の時間的経過をWestern Blotting法により検討した。以上の結果、

1. コントロール群において、PAF投与後著明な微小循環透過性の亢進がみられた。

2. このPAFによる透過性の亢進は、ERK1/2 の阻害剤であるAG126によって、有意に抑制された。

3. 同様にPAFによる透過性の亢進は、p38 MAPK の阻害剤であるSB203580でも、有意に抑制された。

4. PAF投与前にERK1/2はすでに活性化されており、PAF投与後40分でさらに有意に活性が増強されていた。

5. p38 MAPKはPAF投与前には活性化されておらず、PAF投与後すみやかに(10分後より)活性化されていた。

6. PAFによる透過性の亢進は、PTKのひとつであるSrcキナーゼの阻害剤PP2によって、有意に抑制された。

 これらの結果より、ERK1/2, p38 MAPK及びSrc family tyrosine kinasesは、in vivoでPAFによる微小循環透過性の亢進をつかさどるシグナリング経路に関与することが強く示唆された。本研究はこれまで十分に解明されていないin vivoで微小循環透過性に関与するPAFのシグナリング経路の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク