学位論文要旨



No 120353
著者(漢字) 川合,一茂
著者(英字)
著者(カナ) カワイ,カズシゲ
標題(和) 緑茶カテキンのヒトリンパ球に及ぼす影響の検討
標題(洋)
報告番号 120353
報告番号 甲20353
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2502号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 朝比奈,昭彦
 東京大学 助教授 矢富,裕
 東京大学 助教授 宮田,哲郎
 東京大学 講師 金森,豊
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景と目的

 緑茶の主成分であるカテキンは種々の生理活性を持つ。その一つとしてカテキンが免疫系に抑制的に作用するとの報告がいくつかなされているが、その分子レベルの作用機序の詳細は未だ明らかではない。そこで本研究ではカテキンの持つ抗炎症効果の機序の解明を目的とし、緑茶カテキンの主な成分であるEpigallocatechin Gallate (EGCG)及びEpicatechin Gallate (ECG)がTリンパ球に対して及ぼす影響を検討した。

 白血球の中でも細胞性免疫を担うTリンパ球は炎症に重要な役割を果たし、CD4陽性のヘルパーT細胞(以下TH細胞)とCD8陽性の細胞傷害性T細胞(以下TC細胞)に分類される。本研究ではまずTH細胞のCD4分子に及ぼすカテキンの影響について検討した。CD4はTH細胞上に発現し、T細胞の活性化において重要な役割を果たす糖蛋白である。またHuman Immunodeficiency Virus (HIV)がTH細胞に感染する際、ウイルスのgp120蛋白とCD4との結合が重要であることも知られている。本研究ではカテキンによるTH細胞CD4の発現変化、そのメカニズム、および機能への影響について検討を行った。

 次にカテキンのCD11b分子への影響を検討した。CD11bはintegrinの一種であり、種々の細胞外基質や他の細胞上に発現するIntercellular Adhesion Molecule-1 (ICAM-1)との結合を介して白血球の血管外への遊走に関与する。TC細胞遊走においてもCD11bが重要な分子であると示唆されており、本研究ではTC細胞CD11bの発現変化、そのメカニズム、および分子機能への影響について検討した。

方法・結果

1)カテキンのヘルパーT細胞(TH細胞)CD4分子への影響

 カテキンによるCD4の発現変化をフローサイトメトリーにて検討したところ、EGCGは濃度依存性にCD4の発現低下を誘導した。しかし、ECGでは特に発現の変化は認められなかった。また他の表面抗原の発現は変化せず、CD4特異的であると考えられた。この現象は数分で完了する極めて速い反応であり、TH細胞だけでなくCD4を発現する他の白血病細胞株HL-60、U937においても同様のCD4発現低下が認められた。CD4発現低下のメカニズムを解明するため、まずendocytosisについて検討したが、細胞内に取り込まれるCD4はEGCGによって変化せず、endocytosisは否定的であった。またsheddingによって細胞表面のCD4が失われている可能性を考えWestern Blottingを用いて細胞全体のCD4蛋白量を評価したが、EGCG処理の有無によらずCD4の蛋白量は不変であった。このことからsheddingも機序として否定的であった。

 以上の結果より細胞表面のCD4分子の発現は実際には変化しておらず、EGCGがCD4に結合しこれをマスクすることで抗体がCD4を認識できなくなっている可能性が考えられた。すなわちEGCGが抗CD4抗体の結合を競合阻害していると考えられた。この仮説を検証するためcompetitive ELISAを用いてCD4とカテキンの結合能を評価したところ、EGCGはCD4に高結合することが確認された。しかし、ECGはCD4に対して結合能を示さなかった。

 さらにEGCGがCD4に結合することによるCD4の機能的変化を検討した。HIVがTH細胞に感染する際、CD4はgp120のレセプターとして作用する。CD4に結合したEGCGは濃度依存性にこのgp120の結合を阻害し、EGCGにはHIVウイルスの感染を抑制する効果があることが示された。

2)カテキンの細胞傷害性T細胞(TC細胞)CD11b分子への影響

 次にTC細胞CD11bについても同様の検討を行った。フローサイトメトリーではEGCGによるCD11bの濃度依存性発現低下を認め、またECGも弱いながらCD11bの発現低下を誘導した。この変化はCD11bに特異的であり、Tc細胞の他のintegrin分子の発現には変化は認められなかった。またCD4と同様、このCD11bの低下も数分で完了する極めて急速な反応であり、好中球や単球などのCD11bを発現する他の細胞においてもEGCGはその発現低下を誘導した。以上の結果はTH細胞CD4において観察された結果と酷似しており、CD11bに対してもEGCGが直接結合し、抗CD11b抗体の結合を競合阻害しているのではないかと考えられた。そこでCompetitive ELISAを用いて検討を行ったところ、EGCGはCD11bに対し強い結合能を有することが確認された。またECGも弱いながらCD11bと結合した。

 続いてカテキンの結合によるCD11b分子の機能変化を検討した。まずCD11bのリガンドの1つであるIntercellular Adhesion Molecule-1 (ICAM-1)に対する接着力の変化を測定した。EGCG・ECG共に濃度依存性にICAM-1に対する接着を抑制したが、その効果はEGCGで特に顕著であった。またCD11bは白血球の遊走に重要な分子であることから、カテキンのTC細胞の遊走に及ぼす影響について検討した。EGCGは濃度依存性にTC細胞の遊走を抑制したが、これはEGCGがCD11bに結合しその機能を抑制した結果であると考えられた。またECGは遊走に影響を与えなかった。

考察

 緑茶カテキンの生理活性の一つに抗菌作用、抗ウイルス作用がある。中でも特にHIVに対して抑制的な効果を持つことが知られており、そのメカニズムについてはウイルスの直接破壊、逆転写酵素の阻害、細胞表面へのウイルスの接着の抑制などが報告されている。本研究ではカテキンがTH細胞表面CD4に結合することが証明された。CD4はHIVがTH細胞表面へ接着する際のレセプターとしても作用することから、このCD4への競合的結合こそが上記ウイルスの接着抑制のメカニズムであると考えられた。

 CD4に結合する物質はいくつか知られている。Liらはその中でもTJU103という化合物が強いCD4結合能を持ち、TH細胞由来の自己免疫疾患に有効な治療となりうることを報告している。EGCGもまたCD4に結合することから、EGCGがHIVウイルスの感染抑制だけでなく、TH細胞を介した免疫応答をも抑制するのではないかと期待される。

 一方TC細胞に発現するCD11bに関する検討では、EGCGがCD4と同様CD11bにも結合し、その機能を抑制することが明らかとなった。動物実験では人為的に惹起した炎症の部位へ遊走するリンパ球がEGCGにより阻害されるとの報告がなされているが、その機序は明らかにされていなかった。本研究の結果から、この遊走阻害は主にEGCGによるCD11bの機能抑制によりもたらされていると考えられた。

 以上緑茶カテキン、特にEGCGがリンパ球上に発現するCD4・CD11bに高い親和性を持ち、その機能を選択的に阻害することが本研究により明らかとなった。CD4・CD11bはいずれも炎症におけるリンパ球の機能に不可欠な分子であり、EGCGはこれらの阻害を通してリンパ球を介した炎症反応を抑制するものと考えられた。今後の臨床応用へ向けて、より高濃度、より効果的、かつ副作用の少ない投与法を検討してゆくことが必要であり、抗アレルギー薬、抗炎症薬、抗ウイルス薬としての開発が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 緑茶の主成分であるカテキンは種々の生理活性を持つ。その一つとしてカテキンが免疫系に抑制的に作用するとの報告がいくつかなされているが、その分子レベルの作用機序の詳細は未だ明らかではない。本研究ではカテキンの持つ抗炎症効果の機序の解明を目的とし、緑茶カテキンの主な成分であるEpigallocatechin Gallate (EGCG) 及びEpicatechin Gallate (ECG)がヘルパーT細胞(以下TH細胞)及び細胞傷害性T細胞(以下TC細胞)に対して及ぼす影響の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1)カテキンのTH細胞CD4分子への影響

 まずTH細胞のCD4分子に及ぼすカテキンの影響について検討した。CD4はTH細胞上に発現し、T細胞の活性化において重要な役割を果たす糖蛋白である。またHuman Immunodeficiency Virus (HIV)がTH細胞に感染する際、ウイルスのgp120蛋白とCD4との結合が重要であることも知られている。

 カテキンによるCD4の発現変化をフローサイトメトリーにて検討したところ、EGCGは濃度依存性にCD4の発現低下を誘導した。しかし、ECGでは特に発現の変化は認められなかった。また他の表面抗原の発現は変化せず、CD4特異的であると考えられた。この現象は数分で完了する極めて速い反応であり、TH細胞だけでなくCD4を発現する他の白血病細胞株HL-60、U937においても同様のCD4発現低下が認められた。CD4発現低下のメカニズムを解明するため、まずendocytosisについて検討したが、細胞内に取り込まれるCD4はEGCGによって変化せず、endocytosisは否定的であった。またsheddingによって細胞表面のCD4が失われている可能性を考えWestern Blottingを用いて細胞全体のCD4蛋白量を評価したが、EGCG処理の有無によらずCD4の蛋白量は不変であった。このことからsheddingも機序として否定的であった。

 以上の結果より細胞表面のCD4分子の発現は実際には変化しておらず、EGCGがCD4に結合しこれをマスクすることで抗体がCD4を認識できなくなっている可能性が考えられた。すなわちEGCGが抗CD4抗体の結合を競合阻害していると考えられた。この仮説を検証するためcompetitive ELISAを用いてCD4とカテキンの結合能を評価したところ、EGCGはCD4に高結合することが確認された。しかし、ECGはCD4に対して結合能を示さなかった。

 さらにEGCGがCD4に結合することによるCD4の機能的変化を検討した。HIVがTH細胞に感染する際、CD4はgp120のレセプターとして作用する。CD4に結合したEGCGは濃度依存性にこのgp120の結合を阻害し、EGCGにはHIVウイルスの感染を抑制する効果があることが示された。

 緑茶カテキンの生理活性の一つに抗菌作用、抗ウイルス作用がある。中でも特にHIVに対して抑制的な効果を持つことが知られており、そのメカニズムについてはウイルスの直接破壊、逆転写酵素の阻害、細胞表面へのウイルスの接着の抑制などが報告されている。本研究ではカテキンがTH細胞表面CD4に結合することが証明された。CD4はHIVがTH細胞表面へ接着する際のレセプターとしても作用することから、このCD4への競合的結合こそが上記ウイルスの接着抑制のメカニズムであると考えられた。

 一方CD4に結合する物質はいくつか知られており、中でもTJU103という化合物は強いCD4結合能を持ち、TH細胞由来の自己免疫疾患に有効な治療となりうるとの報告がある。EGCGもまたCD4に結合することから、HIVウイルスの感染抑制だけでなく、TH細胞を介した免疫応答をも抑制するのではないかと期待される。

2)カテキンのTC細胞CD11b分子への影響

 次にカテキンのCD11b分子への影響を検討した。CD11bはintegrinの一種であり、種々の細胞外基質や他の細胞上に発現するIntercellular Adhesion Molecule-1 (ICAM-1)との結合を介して白血球の血管外への遊走に関与する。TC細胞の遊走においてもCD11bが重要な分子であると示唆されている。

 フローサイトメトリーではEGCGによるCD11bの濃度依存性発現低下を認め、またECGも弱いながらCD11bの発現低下を誘導した。この変化はCD11bに特異的であり、Tc細胞の他のintegrin分子の発現には変化は認められなかった。またCD4と同様、このCD11bの低下も数分で完了する極めて急速な反応であり、好中球や単球などのCD11bを発現する他の細胞においてもEGCGはその発現低下を誘導した。以上の結果はTH細胞CD4において観察された結果と酷似しており、CD11bに対してもEGCGが直接結合し、抗CD11b抗体の結合を競合阻害しているのではないかと考えられた。そこでCompetitive ELISAを用いて検討を行ったところ、EGCGはCD11bに対し強い結合能を有することが確認された。またECGも弱いながらCD11bと結合した。

 続いてカテキンの結合によるCD11b分子の機能変化を検討した。まずCD11bのリガンドの1つであるIntercellular Adhesion Molecule-1 (ICAM-1)に対する接着力の変化を測定した。EGCG・ECG共に濃度依存性にICAM-1に対する接着を抑制したが、その効果はEGCGで特に顕著であった。またCD11bは白血球の遊走に重要な分子であることから、カテキンのTC細胞の遊走に及ぼす影響について検討した。EGCGは濃度依存性にTC細胞の遊走を抑制したが、これはEGCGがCD11bに結合しその機能を抑制した結果であると考えられた。またECGは遊走に影響を与えなかった。

 これまで動物実験では人為的に惹起した炎症の部位へ遊走するリンパ球がEGCGにより阻害されるとの報告がなされているが、その機序は明らかにされていなかった。本研究の結果から、この遊走阻害は主にEGCGによるCD11bの機能抑制によりもたらされていると考えられた。

 以上緑茶カテキン、特にEGCGがリンパ球上に発現するCD4・CD11bに高い親和性を持ち、その機能を選択的に阻害することが本研究により明らかとなった。本研究はこれまで未知に等しかった、緑茶の炎症反応抑制のメカニズムを解明したものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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