学位論文要旨



No 120356
著者(漢字) 多田,智裕
著者(英字)
著者(カナ) タダ,トモヒロ
標題(和) 大腸重複癌における遺伝子異常の検討
標題(洋)
報告番号 120356
報告番号 甲20356
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2505号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 助教授 川邉,隆夫
 東京大学 講師 西松,寛明
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

 大腸癌は同時性・異時性を含めて多発する傾向のある癌であることが知られている。大腸癌において、同時性・異時性を含めた大腸多発癌および大腸癌他臓器重複癌の頻度は高く、その遺伝子異常を解明することは、適切な診断、治療及び経過観察を行う上で臨床的に非常に重要であると考えられる。本研究では大腸癌のうち、大腸多発癌および大腸癌他臓器重複癌を"重複癌"として扱い、それらのこれまで十分明らかになっていない遺伝子異常を検討した。

 大腸癌の発癌経路に関しては、多段階発癌モデルとDNA mismatch repair 遺伝子異常による発癌モデルの二つが知られている。多段階発癌モデルでは、癌遺伝子および癌抑制遺伝子に遺伝子異常が蓄積していくことにより、発癌のステップが正常粘膜から腺腫そして癌へと進んでいく。このモデルでは、最初にAPC癌抑制遺伝子の不活性化が生じ、K-ras遺伝子の活性化、p53遺伝子の欠失が続いて生じる。一方、DNA mismatch repair 遺伝子異常による発癌モデルは、DNA mismatch repair 遺伝子に異常が生じることにより、誤って複製された塩基配列を、正しい塩基配列に修復できないことによる遺伝子異常の蓄積により癌が生じる。

 また、大腸癌における重複癌は遺伝性のものと非遺伝性のものに分類される。大腸癌において重複癌を呈する遺伝性疾患としては、家族性大腸腺腫症(FAP)と遺伝性非ポリポーシス大腸癌(HNPCC)がよく知られている。FAPの発癌機序は多段階発癌モデルによると考えられており、第5染色体(5q21)に存在するAPC癌抑制遺伝子にgermline mutationを認める症例が多く(約70%)、大腸に多数の腺腫を生じやすい状態にある。一方、HNPCCはDNA mismatch repair 遺伝子の生殖細胞における変異により癌を生じ、その原因遺伝子として、hMLH1、hMSH2などが同定されている。HNPCCはこれらのDNA mismatch repair 遺伝子の先天的異常により、高頻度ににマイクロサテライト不安定性(MSI)を認めるのが特徴である。

 このように重複癌のうち、遺伝性大腸癌であるFAPおよびHNPCCに関しては発癌機序が詳細に研究されている。しかし、遺伝性大腸癌は重複癌の一部をしめるに過ぎず、非遺伝性重複癌の遺伝子異常については十分解明されていない。今日まで非遺伝性重複癌はMSI頻度が高いことが示されているのみである。

 大腸癌の発癌過程における遺伝子異常に関しては、このように多段階発現モデルにおける染色体欠失や変異、そして、DNA mismatch repair 遺伝子異常モデルにおけるDNA mismatch repair 遺伝子異常から引き起こされるMSIの重要性が報告されてきていたが、もうひとつの傍遺伝子異常も発癌において重要な役割を果たしていることが近年の研究で明らかになってきている。散発性の大腸癌においてMSI頻度は10%程度であるが、HNPCCとは異なり、そのMSIを来す機序としてhMLH1 遺伝子のプロモーター領域のメチル化が示唆されている。さらに、近年の研究において、CpG island methylator phenotype(CIMP)というメチル化の新しい概念が提唱されている。遺伝子プロモーター領域のCpGメチル化に関しては、腫瘍内で優先的にメチル化されているゲノム内での特定の場所が同定され、これらの場所はMINTと呼ばれている。そして、そのMINT部位がメチル化されている腫瘍は、CIMPと呼ばれ、多くの遺伝子プロモーター領域のCpGメチル化を伴っているものと考えられている。

 本研究では重複癌の発癌機序を明らかにするために、遺伝子異常であるMSI頻度、およびその臨床病理因子との関係を検討した。そして、次にMSIの原因として散発大腸癌で示唆されているhMLH1遺伝子のプロモーター領域のメチル化を、重複癌において検討した。HNPCCにおいてはMSIの機序はmismatch repair 遺伝子の変異であると判明しているが、重複癌におけるその機序はこれまで明らにされていない。さらに、これまで報告のないメチル化の新しい概念であるCIMP頻度を測定し、重複癌発生におけるメチル化の機序について検討した。

 本研究において、重複癌におけるMSI頻度を検討したところ、これまでの報告と同じく、MSI頻度は28%がMSI-highであり(5個のマーカの内、2個以上にMSIが存在)、また、5%がMSI-low(5個のマーカの内、1個にMSIが存在)と高率であった。また、重複癌におけるMSIと臨床病理学的因子の検討から、MSI陽性腫瘍では、低分化・粘液性癌の頻度が有意に高いことが明らかになった。低分化・粘液性癌の頻度が高いことはHNPCCの特徴の一つであり、また、散発性大腸癌においてもMSI性腫瘍は低分化・粘液性癌の比率が高いことがこれまで報告されている。MSI陽性腫瘍における低分化・粘液性癌の頻度が高いという臨床病理学的特徴は、重複癌においても類似しているものと考えられた。

 次に、重複癌において高頻度に認められたMSIの機序について検討した。本研究では、大部分の重複癌におけるMSI腫瘍(75%)がhMLH1メチル化を示した。散発性大腸癌においては、HNPCCとは異なりDNA mismatch repair 遺伝子における変異はほとんど存在せず、hMLH1遺伝子のプロモーター領域のメチル化がMSIの主要な原因であることがこれまでに報告されている。hMLH1メチル化は、重複癌においてもMSIの主要な原因である考えられた。

 さらに本研究では、hMLH1遺伝子のメチル化のような傍遺伝子異常が癌抑圧遺伝子不活性化おける重要な役割を果たすことが示唆されていることから、これらのメチル化の影響を受けている腫瘍の概念として提唱されている、CIMP頻度を重複癌において検討した。CIMP陽性腫瘍は、p53変異が少なく、右側結腸に多く、MSI頻度が高いなどの特徴があり、多数の遺伝子のプロモーターCpG部位が同時にメチル化されている腫瘍と同じ特徴を持つことが示されている。そのため、CIMP陽性腫瘍はメチル化の多い癌を代表すると考えられている。

 このように、CIMPはメチル化を代表する腫瘍であるが、重複癌におけるCIMP頻度はこれまで報告されていない。本研究は重複癌におけるCIMP頻度を明らかにした初めての研究である。本研究において重複癌腫瘍において高頻度でCIMP陽性腫瘍が存在することが示された。本研究では、重複癌の22%がCIMP-high(4個のマーカの内、2個以上にメチル化が存在)であり、また、46%がCIMP-low(4個のマーカの内、1個にメチル化が存在)であった。

 本研究ではさらにCIMPと臨床病理学的因子との関係を検討した。本研究における重複癌においては、CIMP陽性腫瘍は左側結腸と直腸にも多く認められた。CIMP陽性腫瘍はこれまで右側結腸にしばしば認められてきた。散発性の結腸直腸癌においては、CIMP陽性腫瘍の70%が右側結腸に位置していたと報告されている。過去に報告された散発性大腸癌と比較対照すると、重複癌においては、CIMP陽性腫瘍が散発性大腸癌と比較して、左側結腸と直腸により多く認められた。左側結腸と直腸における高頻度のCIMP陽性腫瘍は、重複癌の特徴の1つである可能性が考えられた。また、本研究では、MSIとCIMP間の相関関係も検討したが、有意な相関関係を示さなかった。しかし、MSIとCIMPともに陽性な腫瘍の内、半数以上がMSI-highかつCIMP-highであり、多くの遺伝子がメチル化された腫瘍(CIMP-high腫瘍)がMSI-highの表現型を示す頻度が高い可能性が考えられた。

 本研究の検討で、重複癌においてはCIMP陽性腫瘍が高頻度で認められた。CIMPは重複癌発生において重要な役割を果たすと考えられた。最近のCIMP陽性腫瘍が抗癌剤に対する反応性がよいことを示す報告、脱メチル化薬、5-aza-2-deoxycytidineを用いた治療で、遺伝子メチル化を生体内で変化させることが可能であるという報告とあわせて、遺伝子メチル化の遺伝子マーカーとしての重要性は高まってきている。本研究は、これらの研究結果と共に、重複癌においてCIMPを治療に対する遺伝子マーカとして応用できる可能性が考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は大腸癌において頻度の多い、同時性・異時性を含めた大腸多発癌および大腸癌他臓器重複癌を"重複癌"として扱い、それらのこれまで十分明らかになっていない遺伝子異常の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.重複癌の発癌機序を明らかにするために、遺伝子異常であるMSI頻度、およびその臨床病理因子との関係を検討した。重複癌におけるMSI頻度は28%がMSI-highであり(5個のマーカの内、2個以上にMSIが存在)また、5%がMSI-low(5個のマーカの内、1個にMSIが存在)と高率であった。さらに、重複癌におけるMSIと臨床病理学的因子の検討から、MSI陽性腫瘍では、低分化・粘液性癌の頻度が有意に高いことが示された。

2.重複癌において高頻度に認められたMSIの機序についてさらに解析を進め、大部分の重複癌におけるMSI腫瘍(75%)がhMLH1メチル化を示す事が示された。hMLH1メチル化は、重複癌においてMSIの主要な原因である考えられた。

3.hMLH1遺伝子のメチル化のような傍遺伝子異常が癌抑圧遺伝子不活性化おける重要な役割を果たすことが示唆されていることから、これらのメチル化の影響を受けている腫瘍の概念として提唱されている、CIMP頻度を重複癌において解析したところ、重複癌の22%がCIMP-high(4個のマーカの内、2個以上にメチル化が存在)であり、また、46%がCIMP-low(4個のマーカの内、1個にメチル化が存在)であった。重複癌腫瘍において高頻度でCIMP陽性腫瘍が存在することが示された。

4.CIMPと臨床病理学的因子との関係を検討し、重複癌においては、CIMP陽性腫瘍が散発性大腸癌と比較して、左側結腸と直腸により多く存在することが示された。左側結腸と直腸における高頻度のCIMP陽性腫瘍は、重複癌の特徴の1つである可能性が考えられた。

 以上、本論文は大腸重複癌における、遺伝子異常の特徴を、MSI頻度・hMLH1遺伝子のメチル化・メチル化の影響を受けている腫瘍の概念として提唱されている、CIMP頻度の観点から解明した。本研究はこれまで未知に等しかった、大腸重複癌に発生における遺伝子メチル化の関与の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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