学位論文要旨



No 120357
著者(漢字) 畑,啓介
著者(英字)
著者(カナ) ハタ,ケイスケ
標題(和) 潰瘍性大腸炎に合併するdysplasia・大腸癌に対する早期発見方法および治療方針に関する検討
標題(洋)
報告番号 120357
報告番号 甲20357
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2506号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 助教授 川邊,隆夫
 東京大学 助教授 大橋,健一
 東京大学 助教授 大西,真
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

背景

 潰瘍性大腸炎では大腸癌の発生率が高く、内視鏡下生検を行い大腸癌の監視を行ういわゆる内視鏡的サーベイランスが勧められている。内視鏡的サーベイランスの有用性は欧米では一般的に受け入れられているものの現行の方法は問題点も指摘されている。そこで以下の3点を目的として検討を行った。

1. 東京大学腫瘍外科にて施行した潰瘍性大腸炎に合併する大腸癌サーベイランスプログラムにおけるdysplasia・浸潤癌の累積発生率およびサーベイランス内視鏡の意義を明らかにする。

2. 潰瘍性大腸炎に合併する大腸癌に対する新たなサーベイランスの方法として注目されている拡大内視鏡およびpit pattern診断の有用性を明らかにする。

3. 潰瘍性大腸炎に合併する腺腫様dysplasiaに対する内視鏡的ポリープ摘除の是非を明らかにする。

第1章 サーベイランス内視鏡による潰瘍性大腸炎合併大腸癌早期発見プログラムに関する検討

対象と方法

 1979年1月より2003年12月までの25年間に東京大学腫瘍外科にてサーベイランス内視鏡を施行した潰瘍性大腸炎症例236症例を対象とした。サーベイランス内視鏡を施行した集団におけるdysplasiaおよび浸潤癌の累積発生率をKaplan-Meier法を用いて推定した。また、サーベイランス内視鏡により見つかった浸潤癌症例をサーベイランス群、同期間にサーベイランス内視鏡を経ずに症状により浸潤癌が発見されて他院より紹介された症例を非サーベイランス群とし、2群に分けて進行度、生存期間に関し検討した。

結果

 累積dysplasia発生率は10年で3.3%、20年で9.7%、30年で19.2%であった。累積浸潤癌発生率は10年で0.5%、20年で4.2%、30年で9.6%であった。深達度、Dukes分類で比較すると非サーベイランス群に比べサーベイランス群で有意に早期発見がなされていた。生存期間に関してはサーベイランス群で発見された浸潤癌症例は7症例で平均96ヶ月の経過観察で全例が生存し、再発の徴候は認めていない。一方で、非サーベイランス群の浸潤癌症例は4症例で内3症例が死亡している。

考察

 本検討の潰瘍性大腸炎に合併する大腸癌の頻度は欧米の報告とほぼ同等であり、サーベイランス内視鏡が本邦でも重要であることがアジア人種において初めて示唆された。

第2章 潰瘍性大腸炎におけるpit patternと病理組織像の相関に関する検討

対象と方法

 潰瘍性大腸炎症例のうち、色素内視鏡写真にて腺口形態(Pit pattern)の判定が可能であった24症例、132部位を対象として検討を行った。Pit patternの判定はKiesslichらの報告に従い非腫瘍性pit (KudoのI、II型)と腫瘍性pit (KudoのIII, IV, V型)の2群に分類した。病理組織像はRiddellらの分類に従い、high-grade dysplasiaおよびlow-grade dysplasiaを腫瘍性病変, negative for dysplasiaを非腫瘍性病変とした。

結果

 内視鏡におけるpit pattern分類と病理組織所見の間には統計学的に有意な相関を認めた(P<0.0001)。潰瘍性大腸炎におけるpit pattern診断のdysplasiaに対するsensitivityは100%、specificityは80.0%であった。

Pit pattern

腫瘍性病変

非腫瘍性病変

p値

腫瘍性pit

17

23

非腫瘍性pit

0

92

<0.0001

考察

 内視鏡におけるpit patternは病理組織所見と有意に相関し、潰瘍性大腸炎のサーベイランス内視鏡の効率化を図る上で有用であると考えられた。

第3章 潰瘍性大腸炎に合併する腺腫様dysplasiaに対する内視鏡的ポリープ摘除の可能性に関する検討

定義

 潰瘍性大腸炎に合併したdysplasiaを腺腫様dysplasiaと狭義のdysplasiaの2つに分類した。腺腫様dysplasiaの定義は、周囲との境界が明瞭な病変で、周囲の生検からはdysplasiaを認めないdysplasiaとした。同様の形態でも周囲の生検からdysplasiaを認めた病変に加え、結節集簇型や表面型の病変は狭義のdysplasiaと定義した。

対象と方法

 1979年1月から2003年12月までに東京大学腫瘍外科で内視鏡検査を行った潰瘍性大腸炎患者490症例のうち、dysplasiaの認められた46症例を対象とした。腺腫様dysplasiaが26症例に認められ、内視鏡的ポリープ摘除を行った。一方で狭義のdysplasia症例は20症例に認められた。腺腫様dysplasia症例および狭義のdysplasia症例の性別、潰瘍性大腸炎罹患範囲、年齢、潰瘍性大腸炎罹患期間を比較した。

 腺腫様dysplasiaに対し内視鏡的ポリープ摘除を行った症例に対し、内視鏡的経過観察を行った。その後の腺腫様dysplasia、狭義のdysplasiaおよび浸潤癌の発生に関して検討した。また、腺腫様dysplasia症例および狭義のdysplasia症例で浸潤癌を認めた症例数を検討した。

結果

 潰瘍性大腸炎の罹患範囲、罹患年数、年齢において2群間に有意差を認めた。性別に関しては2群間に有意差は認められなかった。

腺腫様dysplasia

狭義のdysplasia

p値

罹患範囲

0.0067**

全大腸炎型

14

18

左側大腸炎型

7

2

直腸炎型

5

0

平均年齢

56.2

46.4

0.019**

平均罹患年数

8.5

14.2

0.012**

 腺腫様dysplasia26症例中、21症例に対し経過観察目的に計99回の内視鏡を施行した。そのうち1症例に狭義のdysplasiaを認めた。6症例に新たに腺腫様dysplasiaが発見され、内視鏡的ポリープ摘除を行った。また、1症例は大腸全摘を施行した際に腺腫様dysplasiaが認められた。腺腫様dysplasia症例のその後の経過で浸潤癌を合併した症例はなかった。一方で、狭義のdysplasia症例は20症例中17症例で経過観察が可能であり、浸潤癌を合併した症例は8症例であり、腺腫様dysplasia症例と比べると有意に多かった(P=0.0005)。

考察

 腺腫様dysplasiaは狭義のdysplasiaとは臨床病理学的因子が異なり、別の疾患概念である可能性が考えられた。腺腫様dysplasia症例で内視鏡的ポリープ摘除後に浸潤癌を認めた症例がないことからも、厳重な経過観察のもと内視鏡的ポリープ摘除で治療が可能であると考えられた。

結論

1. アジアにおいてはじめて、潰瘍性大腸炎に合併する大腸癌の累積発生率およびサーベイランス内視鏡の意義が明らかとなった。

2. 拡大内視鏡およびPit pattern診断は潰瘍性大腸炎に合併する大腸癌に対するサーベイランス内視鏡に有用であることが明らかとなった。

3. 潰瘍性大腸炎に合併する腺腫様dysplasiaは、厳重な経過観察のもと、内視鏡的ポリープ摘除で治療することが可能であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 潰瘍性大腸炎では大腸癌の発生率が高く、内視鏡下生検を行い大腸癌の監視を行ういわゆる内視鏡的サーベイランスが勧められている。内視鏡的サーベイランスの有用性は欧米では一般的に受け入れられているものの現行の方法は問題点も指摘されている。本研究は潰瘍性大腸炎に合併する大腸癌に対する早期発見方法および治療方針を明らかにするため、東京大学腫瘍外科にて施行した大腸癌サーベイランスプログラムの検討を行い、下記の結果を得ている。

1)サーベイランス内視鏡による潰瘍性大腸炎合併大腸癌早期発見プログラムに関する検討

 1979年1月より2003年12月までの25年間にサーベイランス内視鏡を施行した潰瘍性大腸炎症例236症例を対象とし、dysplasiaおよび浸潤癌の累積発生率をKaplan-Meier法を用いて推定した。その結果、累積dysplasia発生率は10年で3.3%、20年で9.7%、30年で19.2%、累積浸潤癌発生率は10年で0.5%、20年で4.2%、30年で9.6%であった。また、サーベイランス内視鏡により見つかった浸潤癌症例をサーベイランス群、同期間にサーベイランス内視鏡を経ずに症状により浸潤癌が発見されて他院より紹介された症例を非サーベイランス群とし、2群に分けて進行度、生存期間に関し検討した。その結果、深達度、Dukes分類で比較すると非サーベイランス群に比べサーベイランス群で有意に早期発見がなされていた。また、生存期間に関してはサーベイランス群で発見された浸潤癌症例は7症例全例が生存していたが、非サーベイランス群の浸潤癌症例は4症例中3症例が死亡していた。本検討の潰瘍性大腸炎に合併する大腸癌の頻度は欧米の報告とほぼ同等であり、内視鏡サーベイランスが本邦でも重要であることがアジア人種において初めて示唆された。

2) 潰瘍性大腸炎におけるpit patternと病理組織像の相関に関する検討

 潰瘍性大腸炎症例のうち、色素内視鏡写真にて腺口形態(Pit pattern)の判定が可能であった24症例、132部位を対象として検討を行った。その結果、内視鏡におけるpit pattern分類と病理組織所見の間には統計学的に有意な相関を認めた。潰瘍性大腸炎におけるpit pattern診断のdysplasiaに対するsensitivityは100%、specificityは80.0%であった。内視鏡におけるpit patternは病理組織所見と有意に相関し、潰瘍性大腸炎のサーベイランス内視鏡の効率化を図る上で有用であると考えられた。

3) 潰瘍性大腸炎に合併する腺腫様dysplasiaに対する内視鏡的ポリープ摘除の可能性に関する検討

 潰瘍性大腸炎に合併したdysplasiaを腺腫様dysplasiaと狭義のdysplasiaの2つに分類した。1979年1月から2003年12月までに内視鏡検査を行った潰瘍性大腸炎患者490症例のうち、腺腫様dysplasiaが26症例に認められ、内視鏡的ポリープ摘除を行った。一方で狭義のdysplasia症例は20症例に認められた。腺腫様dysplasia症例および狭義のdysplasia症例の性別、潰瘍性大腸炎罹患範囲・期間、年齢を比較した。その結果、潰瘍性大腸炎の罹患範囲・罹患期間、年齢において2群間に有意差を認めた。また、腺腫様dysplasia26症例中その後の経過で狭義のdysplasiaを1症例に認めたが、浸潤癌を合併した症例はなかった。一方で、狭義のdysplasia症例は20症例中浸潤癌を合併した症例は8症例であり、腺腫様dysplasia症例と比べると有意に多かった。腺腫様dysplasiaは狭義のdysplasiaとは臨床病理学的因子が異なり、別の疾患概念である可能性が考えられ、厳重な経過観察のもと内視鏡的ポリープ摘除で治療が可能であると考えられた。

以上、本論文はアジアにおいてはじめて、潰瘍性大腸炎に合併する大腸癌の累積発生率を明らかにし、pit pattern診断がその効率化を図るのに有用であることを明らかにした。さらに、治療面では潰瘍性大腸炎に合併する腺腫様dysplasiaは内視鏡的ポリープ摘除で治療することが可能であることを明らかにした。本研究は、潰瘍性大腸炎に合併する大腸癌に対する早期発見方法および治療方針に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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