学位論文要旨



No 120358
著者(漢字) 名取,健
著者(英字)
著者(カナ) ナトリ,タケシ
標題(和) 腫瘍血管新生における骨髄由来血管前駆細胞の関与
標題(洋)
報告番号 120358
報告番号 甲20358
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2507号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 助教授 大西,真
 東京大学 助教授 菅澤,正
 東京大学 講師 今村,宏
内容要旨 要旨を表示する

 固形腫瘍の増殖には血液の供給が必要であり、そのためには新しい血管を形成しなければならない。すなわち、腫瘍の増殖、転移は血管新生に依存しており、腫瘍血管新生の抑制は腫瘍の進展を抑制する治療戦略の一つとなりうると考えられている。

 血管の発生する過程は大きく二つに分類される。すなわちvasculogenesisとそれに引き続いて起こるangiogenesisである。Vasculogenesisとは中胚葉細胞内の前駆細胞が血管芽細胞に分化し、さらに血管内皮細胞へと分化して原始血管網を形成する過程である。Angiogenesisとは既存の血管の成熟した血管内皮細胞が増殖、遊走することにより、既存の血管から新しい血管が発芽する過程である。従来、vasculogenesisは胎生初期のみに限定された現象であり、成体内での血管の発生はangiogenesisの結果によるものと考えられていた。しかし、最近、末梢血流内を循環する血管内皮前駆細胞の存在が確認された。骨髄から未分化な血管内皮前駆細胞が動員され、成体内での血管新生に寄与していることが示されている。これまで腫瘍血管新生は既存の血管から新しい血管の分岐が発生するangiogenesisの過程で生じると考えられていたが、腫瘍血管新生においてもvasculogenesis型の血管形成も関与していることが推察される。しかし、腫瘍血管新生における骨髄由来血管内皮前駆細胞の位置付けは不明である。

 顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)は糖蛋白分子からなる造血性サイトカインの一つである。G-CSFは白血球、とくに顆粒球の産生を刺激するが、末梢血に造血幹細胞を動員させることが知られている。G-CSFと同様な作用を有する造血性サイトカイン、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)が血管内皮前駆細胞を末梢循環内に動員し、虚血組織内での血管新生を増強させることが報告された。G-CSFも骨髄から血管内皮前駆細胞を末梢血流内に動員し、血管新生を増強させうることが予想されるが、これまでにG-CSFが腫瘍血管新生を増強し、腫瘍増殖を促進させたという報告はない。

 以上をふまえ、本研究の目的は、骨髄幹細胞に作用するG-CSFを用いて腫瘍増殖および腫瘍血管新生に与える効果を検討することにより、骨髄由来血管内皮前駆細胞が腫瘍血管新生において重要な役割を果たしている可能性を検証することである。

 G-CSFによるin vivoにおける腫瘍増殖への効果を調べるため、癌移植モデルを使用した。2×107個のマウス大腸癌細胞CMT93をC57BL/6Jマウスの左大腿部に皮下接種した。G-CSF(20μg/kg/日)もしくはコントロールとして生食をマウスに腹腔内投与した(各n=6)。G-CSF群において腫瘍増殖は有意に促進された(p <0.01)。

 次に、G-CSFがin vitroにおいて癌細胞増殖を直接刺激するか調べた。培地に各濃度(10−14−10−6M)のG-CSFを添加し、7×104個のCMT93細胞を培養した(各n=4)。24時間後の細胞数に有意な差は認められなかった。G-CSFはin vitroでは細胞増殖に影響を与えなかった。

 G-CSFが腫瘍血管新生に与える影響を調べるため、癌細胞移植後21日目に腫瘍を採取し、血管内皮を特異的に染色する抗CD31抗体による免疫組織染色を行った。腫瘍内に新生した血管の内皮細胞がCD31陽性として明らかとなった。G-CSF群の毛細血管密度はコントロール群と比較して有意に高かった(554±44 capillaries/mm2対273±15 capillaries/mm2,p <0.01)。

 腫瘍内の新しい血管の形成に骨髄由来細胞が貢献している可能性を調べるために、マーカー遺伝子LacZが発現しているROSA26マウスの骨髄で骨髄を置換した野生型マウスに1×107個の癌細胞CMT93を皮下接種した。マウスにはG-CSF(20μg/kg/日)を投与した。7日後、腫瘍を採取し、抗CD31抗体および抗LacZ抗体によるによる蛍光免疫二重染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡で観察した。腫瘍内のCD31陽性血管内皮にLacZが発現している骨髄細胞由来のものがみられた。

 本研究において、in vitroではG-CSFは癌細胞増殖に直接作用しないにもかかわらず、in vivoでG-CSFは腫瘍増殖を促進することが発見された。G-CSFによる腫瘍増殖の促進は腫瘍血管新生の増強との関連が示唆された。すなわち、G-CSFは腫瘍血管新生を増強することにより腫瘍増殖を促進させることが示唆された。また、マーカー遺伝子導入マウスの骨髄移植モデルを用いて、骨髄由来細胞が腫瘍血管新生に寄与している直接的な証拠を示した。通常の組織染色では血管内皮細胞が既存の血管の内皮細胞由来か骨髄細胞由来かを区別することはできない。本研究では、マーカー遺伝子導入マウスと骨髄移植を巧妙に組み合わせることにより、腫瘍中に新生した血管の内皮細胞における骨髄由来細胞の視覚化に成功した。

 G-CSFはCD34陽性細胞を末梢血中に遊離させることが知られている。最近の研究では、末梢血内を循環するCD34陽性またはFlk-1陽性細胞が血管内皮細胞に分化することが示されており、またG-CSFにより遊離したCD34陽性細胞により血管新生が増強されることが示されている。本研究ではG-CSFは骨髄細胞が寄与している腫瘍血管新生を増強していることを示している。G-CSFが新生腫瘍血管に組み込まれる血管内皮前駆細胞の分化や動員に影響していると考えられる。

 近年の幹細胞研究の進歩に伴い、G-CSFを用いて骨髄細胞から様々な細胞へ再生させる可能性に興味が高まっている。しかし、本研究の知見はG-CSFは直接的ではないにしろ癌を増殖させる可能性を示しているため、再生医療におけるG-CSFの投与には十分な注意が必要であると考えられる。

 本研究は、G-CFSにより動員された骨髄細胞が腫瘍血管新生を増強し腫瘍増殖を促進する可能性を示唆している。この結果は骨髄由来血管前駆細胞が腫瘍血管新生、腫瘍増殖において重要な役割を果たしていることを支持している。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は腫瘍血管新生における骨髄由来血管前駆細胞の関与を明らかにするため、骨髄幹細胞に作用するG-CSFの腫瘍増殖、腫瘍血管新生に与える効果の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.マウス大腸癌細胞CMT93をC57BL/6Jマウスの左大腿部に皮下接種し、マウスにはG-CSFもしくは生食を腹腔内投与したところ、G-CSF群で腫瘍増殖は有意に促進された。G-CSFはin vivoにおいて腫瘍増殖を促進させることが示された。

2.培地に各濃度のG-CSFを添加し、CMT93細胞を培養したところ、24時間後の細胞数に有意な差は認められなかった。G-CSFはin vitroでは腫瘍細胞増殖に影響を与えないことが示された。

3.癌細胞移植後21日目に腫瘍を採取し、血管内皮を特異的に染色する抗CD31抗体による免疫組織染色を行ったところ、腫瘍内に新生した血管の内皮細胞がCD31陽性として明らかとなった。G-CSF群の毛細血管密度はコントロール群と比較して有意に高かった。G-CSF群において腫瘍血管新生は増強していることが示され、腫瘍増殖は腫瘍血管新生と関連があることが示唆された。

4.マーカー遺伝子LacZが発現しているROSA26マウスの骨髄で骨髄を置換した野生型マウスに癌細胞CMT93を皮下接種し、マウスにはG-CSFを投与した。7日後、腫瘍を採取し、抗CD31抗体および抗LacZ抗体によるによる蛍光免疫二重染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡で観察したところ、腫瘍内のCD31陽性血管内皮にLacZが発現している骨髄細胞由来のものがみられた。腫瘍内に新生した血管内皮に骨髄細胞由来のものがあることが示された。

 以上、本論文は骨髄幹細胞を刺激するG-CSFが腫瘍血管新生を増強、腫瘍増殖を促進させうることを示し、マーカー遺伝子導入マウス骨髄移植モデルにて骨髄由来細胞が腫瘍血管新生に寄与していることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった骨髄由来血管前駆細胞が腫瘍血管新生に関与するという新しい概念を提唱し、血管新生の機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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