学位論文要旨



No 120361
著者(漢字) 竹谷,剛
著者(英字)
著者(カナ) タケタニ,ツヨシ
標題(和) 大動脈瘤における遺伝子発現様式の検討
標題(洋) Gene expression pattern in aortic aneurysms.
報告番号 120361
報告番号 甲20361
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2510号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 宮田,哲郎
 東京大学 特任教授 山崎,力
 東京大学 助教授 山岨,達也
 東京大学 講師 本村,昇
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要旨

研究の背景・目的:

 本邦において胸部大動脈瘤は年々増加傾向にある。大動脈瘤における遺伝子発現の研究は、これまで動物モデルによる検討や、主に閉塞性動脈疾患を持つ人の大動脈、血管病変を持たない人の遺体より採取した大動脈を対象として行われ、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)をはじめとしたいくつかの遺伝子の発現が増強していることが報告されている。しかしこれらの研究は個体差や患者背景の違い、検体採取における条件の違いを見ている可能性があった。また、報告されている大動脈瘤の動物モデルでは、動脈瘤の成因がヒトのそれと異なっていると考えられ、ヒトにおける動脈硬化性大動脈瘤の発生と進展に関わる詳細なメカニズムは未だ明らかにされていない。

また、MMPは血管のリモデリングに関与することが知られており、動脈硬化や動脈瘤形成への直接的な関与が報告されている。しかし血管壁においてMMP発現増強に至るプロセスは明らかとなっていない。

研究(A)本研究は約13,000遺伝子を搭載したマイクロアレイを用い、手術時に採取した同一個人の胸部大動脈瘤壁と正常径大動脈の遺伝子発現の相違を調べることで大動脈瘤の発生と進展に関わる遺伝子を同定することを目的とした。研究(B)培養大動脈平滑筋細胞を用い、心筋梗塞や脳梗塞など血管病の強力な危険因子とされるCRPとMMPの関連について検討した。

方法:

研究(A)遠位弓部大動脈瘤手術時に瘤の頂部(TAA)および人工血管に置換される範囲内の正常径部(NTA)よりそれぞれ標本を採取した。(N=25、50検体)

検体よりRNAを抽出したが、動脈硬化が極度に強かったTAAの5検体ではRNAの収量が不十分で、以下のアッセイから除外した。残りの検体のうち無作為に選んだ5対の検体についてマイクロアレイアッセイを行った。さらにマイクロアレイでTAAに発現増強が見られ、大動脈瘤への関与が疑われた遺伝子について、残り15対の検体でreal-time reverse transcriptase polymerase chain reaction (real-time RTPCR)を行いその発現変化を証明した。

研究(B)ヒト大動脈培養平滑筋細胞(HASMC)にCRPを作用させ、MMP群遺伝子の発現変化を観察した。また種々のプロテインキナーゼ阻害薬、転写因子阻害薬の存在下に同様の実験を行った。以上よりHASMCにおけるMMP発現誘導へのNF-κB経路の関与が疑われたためこれを確認するためEMSAを行った。

結果:

研究(A)胸部大動脈瘤においていくつかのsubtypeのMMPの発現が増強していることが示された。さらに、これまで動脈瘤との関連が指摘されていなかったその他の細胞外マトリックス分解酵素や、炎症、アポトーシス、ストレス応答、細胞内情報伝達関連遺伝子などで大きく発現が増強しているものがあった。(Table 1)また、RT-PCRによりMMP-2、-9、ADAMTS-1、caspase4がTAAで有意に発現増強していることが示された。

研究(B)CRPはHASMCに対し、生理的範囲の濃度で用量依存性に、(Figure 1)また観察時間内で時RN間依存性にMMP-1、-2、-3の発現を増強させた。(Figure 2) この反応はIkappaB kinase inhibitorであるParthenolideにより抑制された。(Figure 3)さらにCRPを作用させたHASMCより得られた核抽出物を用いてEMSAを行ったところ、NF-κBコンセンサス配列を含むプローブのシフトが確認された。この配列はMMP-3プロモータ領域に認められるものであることから、CRP → NF-κB → MMP経路の存在が示された。

考察:

これまで大動脈瘤への関与が報告されてきたMMP群のみならず、今回の実験により細胞外基質分解酵素であるADAMTS-1、caspase 4やTNF family遺伝子等のアポトーシス関連遺伝子、pleckstrin等の細胞内情報伝達関連遺伝子、heme oxygenase等のストレス関連遺伝子その他、これまで大動脈瘤への関与が知られていなかった多くの遺伝子の発現がTAAで増強していることが示され、大動脈瘤の発生と進展への関与が疑われた。これらの遺伝子の、動物モデル等による更なる機能解析が大動脈瘤発生の機序解明につながると考えられる。

また、心血管系の重要な危険因子と考えられているCRPは、ヒト大動脈平滑筋細胞を活性化し、NF-κB経路でMMP発現を増強させた。この事実と、未だ同定されていないCRPレセプターの同定が動脈硬化や動脈瘤形成を抑止するための新たな方法の開発につながることが期待される。

Table 1. The 30 most profoundly up-regulated genes in TAA/NTA comparisons

Figure 1

CRP20ug/mL負荷後MMP発現の経時的変化

Figure 2

CRP濃度によるMMP-3発現の変化

CRPは濃度依存的に大動脈平滑筋細胞にMMP-3を誘導した。

Figure 3

HMSMCにおけるCRPによるMMP-3の誘導は

Partenolide(NF-kB inibitor)

Calphostin C(PKC inhibitor)

U0126(MEK inhibitor)

PD98059(MEK inhibitor)

Herbimycin A(tyrosine kinase inhibitor)

により抑制された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は2部より構成されており、第1部ではヒトにおける大動脈瘤の発生機序を解明するため、手術時に採取した動脈硬化性胸部真性大動脈瘤瘤壁とその近傍の正常径大動脈壁における遺伝子発現の相違を、マイクロアレイを用いて検討している。また、第2部では、近年心血管病の強力な危険因子と考えられるようになったC反応性タンパク(CRP)のヒト大動脈平滑筋細胞(HASMC)に対する作用として、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)発現に及ぼす影響を検討したものであり、下記の結果を得ている。

(第1部)

1.マイクロアレイにより、胸部大動脈瘤瘤壁において、マトリックス分解酵素、炎症関連遺伝子、アポトーシス関連遺伝子、ストレス応答遺伝子、細胞内情報伝達関連遺伝子等で、発現の増強しているものが認められた。

2.これまで大動脈瘤への関与が指摘されてきたMMP群に関しては、全体としては発現が増強している傾向があった。しかし、どのサブタイプの発現が増強しているかは個体間で異なっており、個々の患者における大動脈瘤発生の背景の相違を反映していると考えられた。

3.マイクロアレイで大動脈瘤において発現が増強していたいくつかの遺伝子及び、これまでの知見で大動脈瘤への関与が示唆されているいくつかの遺伝子について、Real-time RT-PCR法により発現変化の検証を行ったところ、MMP-2、-9、ADAMTS-1、Cathepsin D、Caspase 4の有意な発現増強が証明された。

(第2部)

1.生理的範囲濃度の生理活性物質4種をHASMCに作用させ、MMP-1、-2、-3の発現変化をReal-time RT-PCR法により定量したところ、CRPは他の生理活性物質(MCP-1、TNF-α、Angiotensin II)に比べ強力に、かつ用量依存性にMMPを誘導することが示された。

2.各種protein kinase阻害薬、転写因子阻害薬を用いて抑制実験を行ったところ、CRPのMMP-3を誘導する作用は、PKC、MEK、Tyrosine kinase及びNF-κB経路を介している可能性が示された。

3.CRPを作用させたHASMCより得られた核抽出物を用いてEMSAを行ったところ、NF-κBコンセンサス配列を含むプローブのシフトが確認され、この配列はMMP-3プロモータ領域に認められるものであることから、CRP → NF-κB → MMP経路の存在が示された。

以上、本論文はヒト大動脈瘤の発生および進展への関与が疑われる遺伝子群を明らかにした。これらの中にはこれまで動脈瘤への関与が考えられていなかったものも多数含まれており、動脈瘤発生機序解明への端緒となると考えられる。また、CRPが動脈瘤の形成を含む血管のリモデリングに、MMPの発現誘導を介して関与すること、およびそれに至る経路を明らかにした。以上より本研究は、動脈瘤の発生及び進展の制御につながる新たな知見をもたらしたと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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