学位論文要旨



No 120367
著者(漢字) 宮嵜,英世
著者(英字) MIYAZAKI,HIDEYO
著者(カナ) ミヤザキ,ヒデヨ
標題(和) 前立腺癌細胞の増殖における骨形成因子(BMP)シグナルの機能解析
標題(洋)
報告番号 120367
報告番号 甲20367
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2516号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 助教授 千葉,滋
 東京大学 助教授 仁木,利郎
 東京大学 助教授 鄭,雄一
 東京大学 助教授 武内,巧
内容要旨 要旨を表示する

 前立腺癌は本邦において 1970年のデータでは年齢調整死亡率(対10万人)が2.0以下であったが、1999年には10.0を超えており増加傾向の著しい癌のひとつとなっている。また欧米において男性における癌死の原因として第2位の癌であり、さかんに研究が進んでいるにもかかわらず、癌化、悪性化を調節する機構にはまだ解明されていない点が多く残されている。前立腺癌細胞の増殖はいろいろなステロイドホルモンや成長因子によって調節されていることが報告されている。骨形成因子 [bone morphogenetic protein (BMP)] は、その受容体の発現が前立腺癌の悪性度と逆相関の関係にあることが報告されており、また前立腺癌骨転移巣において BMP-6,7 の発現が上昇していることが報告されていることから、前立腺癌の発生および進展に重要な役割を果たしていることが示唆されている。また in vitro の系においては、10%胎児牛血清[ fetal bovine serum (FBS) ] 存在下において BMP-2 はアンドロゲン依存性前立腺癌細胞株 LNCaP 細胞の増殖は抑制するが、アンドロゲン非依存性前立腺癌細胞株 PC-3 および DU-145 細胞の増殖は抑制しないという報告がされている。

 本研究では、BMP-7 が1% 胎児牛血清存在下で、アンドロゲン非依存性の前立腺癌細胞株 PC-3 および DU-145 細胞の増殖を抑制することを、 [3H]-チミジンの取り込みと細胞数を指標にして示した。血清濃度による BMP-7 の増殖抑制作用の違いについて検討するため、血清濃度が細胞内シグナル伝達に与える効果を解析したところ、10%胎児牛血清存在下で BMP-7 を作用させると 1% 胎児牛血清存在下に比べて、細胞内のシグナル伝達因子である Smad1/5 のリン酸化が低いことが示された。BMP-7 の効果に違いが生じる原因として、血清中に BMP 活性を阻害する因子が含まれるか、あるいは血清中の何らかの因子により BMP 活性を阻害する因子が誘導されていることが示唆された。

 さらに BMP-7 による増殖抑制の機構について解析した。フローサイトメトリーを用いた細胞周期の解析では BMP-7 刺激によって G1期の細胞の割合が増加し、S 期、G2/M 期の細胞の割合が減少していた。BMP-7 は cyclin-dependent kinase inhibitor (CDKI) のひとつである p21CIP1/WAF1 の発現を上昇させ、Cdk2 のキナーゼ活性を抑制し、Rb 蛋白のリン酸化を抑制することで、G1 arrest を生じさせることが示唆された。

 次に BMP シグナルの前立腺癌の腫瘍形成における役割を調べるため、前立腺癌細胞株 PC-3 細胞にテトラサイクリン発現誘導システムを導入し、恒常的活性型のBMP IB 型受容体 (c.a.ALK-6) を発現する株を樹立した。テトラサイクリン/ ドキシサイクリンの制御による c.a.ALK-6 の発現により 、in vitro における細胞増殖が抑制され、またヌードマウスの皮下に注射して形成させた腫瘍の重量が抑制された。以上より BMP シグナルはアンドロゲン非依存性の前立腺癌の増殖、腫瘍形成に対しても抑制的に働くことが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、ヒトアンドロゲン非依存性前立腺癌細胞PC-3, DU-145細胞の増殖におけるBMPシグナルの機能について検討したものであり、下記の結果を得ている。

(1)ヒト前立腺癌細胞であるLNCaP, PC-3, DU-145細胞におけるBMPのシグナル伝達因子の発現をRT-PCR法を用いて検討した。アンドロゲン非依存性前立腺癌細胞においてもBMPシグナルを伝達するのに必要なシグナル伝達因子を発現しているということが明らかになった。

(2)PC-3, DU-145細胞に対してBMP-7を1%および10%胎児牛血清存在下において作用させ、細胞内シグナル伝達因子Smad1/5のリン酸化、BMPの標的遺伝子Id-1の発現誘導についてWestern blot法を用いて検討したところ、どちらの条件でもSmad1/5のリン酸化およびId-1の発現誘導がおこることが明らかとなった。さらにそのSmadリン酸化、Id-1発現誘導は10%胎児牛血清存在下においては1%胎児牛血清存在下よりそのレベルが低かった。

(3)PC-3, DU-145細胞に対して1%牛血清存在下においてBMP-7を作用させたところ、[3H]-チミジン取り込みアッセイおよび細胞数の測定により、細胞増殖抑制効果を認めた。PC-3細胞を用いたWestern blot法、Realtime PCR法によりBMP-7で刺激するとp21CIP1/WAF1の発現が上昇していることを明らかにした。さらにその下流としてCdk2のキナーゼ活性の抑制、Rbタンパクのリン酸化の抑制が増殖抑制のメカニズムであることを明らかにした。

(4)さらにin vivoでのBMPシグナルの効果を明らかにするため、PC-3細胞にテトラサイクリン発現誘導システムを導入し、テトラサイクリン/ドキシサイクリンによる制御で恒常活性型のBMP IB型受容体を発現する細胞株を樹立した。ヌードマウスに注射して皮下に腫瘍を形成させたところ、恒常活性型のBMP IB型受容体を発現させると腫瘍形成の速度の減少を認めた。

以上、本論文ではアンドロゲン非依存性前立腺癌細胞PC-3, DU-145細胞においてもBMPシグナルが伝達され、その増殖を抑制することをin vitroおよびin vivoにて示した。10%胎児牛血清存在下において、アンドロゲン依存性前立腺癌細胞のLNCaP細胞をBMP刺激すると増殖抑制効果が認められるが、アンドロゲン非依存性前立腺癌細胞のPC-3, DU-145細胞をBMP刺激しても増殖抑制効果が認められないとの報告があったが、今回血清濃度を変えることで悪性度が高いと考えられるアンドロゲン非依存性前立腺癌細胞においてもBMPシグナルが伝達されることおよびその増殖抑制機構を明らかにした。以上、前立腺癌におけるBMPシグナルの役割の解明に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク