学位論文要旨



No 120368
著者(漢字) 神人,正寿
著者(英字) JINNIN,MASATOSHI
著者(カナ) ジンニン,マサトシ
標題(和) 皮膚線維芽細胞におけるtransforming growth factor(TGF)-βによるtenascin-C産生促進作用の機序
標題(洋)
報告番号 120368
報告番号 甲20368
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2517号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 助教授 滝澤,始
 東京大学 助教授 武井,陽介
 東京大学 講師 渡邊,孝宏
 東京大学 講師 吉村,浩太郎
内容要旨 要旨を表示する

 Tenascin-C(TN-C)は通常胎生期にのみ一過性に発現し成人組織ではほとんど発現が見られないのに対し創傷治癒、炎症および腫瘍形成など特殊な状態下においては再びその間質に発現する、時期および場所特異性を有する細胞外マトリックスの一つである。その機能は未だ明らかではないが、細胞接着を抑制し細胞遊走、分化、分裂やアポトーシスを誘導することで形態形成、創傷治癒、腫瘍進展に何らかの役割を果たしているものと考えられる。

 一方皮膚におけるTN-C発現は様々な病態において亢進していることが報告されている。悪性腫瘍では悪性黒色腫や有棘細胞癌において腫瘍間質に強く発現し、予後と相関することが知られ、創傷治癒においては受傷後24時間以内に強いTN-C 発現が確認される。さらに、汎発性強皮症やケロイド病変においても、病変部真皮にTN-Cの発現亢進が見られる。

 これらの病態に共通して関与すると考えられているサイトカインの一つがtransforming growth factor (TGF)-βである。我々は、様々な皮膚疾患におけるTN-C発現亢進がTGF-βによりもたらされている可能性に着目した。そこで本研究において、胎児の背部皮膚由来の線維芽細胞を用いて、免疫ブロッティングおよびノーザンブロッティングによりTGF-βがTN-C蛋白およびmRNA発現を誘導することを確認し、そのメカニズムについて検討した。

 TN-C 遺伝子promoter領域の5'-deletionの解析により、同遺伝子promoterの-133〜-29bp領域にTGF-βに対するresponsive elementが存在すると考えられた。この領域のCAGA motifに対するSmad2/3の結合能がTGF-β刺激で増強することをDNA affinity precipitation assay を用いて確認した。Smad3、Smad4、加えてEts1およびSp1の強発現により無刺激下においてもTN-C プロモーター活性の上昇がみられ、またTGF-βのプロモーター活性化作用は増強した。CAGA motifおよびこの領域のEts binding siteおよびSp1/3 binding siteのsubstitution mutationではTGF-βの作用が抑制されたのに加え、免疫沈降法ではTGF-β刺激によりSmad3・Sp1・Ets1間のinteraction が誘導された。また、TGF-βのTN-Cに対する作用はCBPおよびp300 dominant negative form強発現で阻害された。

 以上の結果より、TGF-βによるTN-C遺伝子転写活性亢進にはSmad3とEts1、Sp1、CBP/p300間のinteractionが必要であると考えられた。

 汎発性強皮症を初めとした線維化病変の形成におけるTN-Cの関与は未だ明らかではないが、TN-CノックアウトマウスではPDGFレセプターの発現が低下し、逆にTN-Cを強発現することでその発現が増加することから、TN-CはPDGFレセプターの発現を制御していると考えられる。一方汎発性強皮症では線維芽細胞や血管周囲におけるPDGFおよびPDGFレセプターの強発現が認められる。PDGFは主に血小板より分泌されるサイトカインで強い細胞遊走能および細胞増殖能を誘導することから、TN-CはPDGFレセプター発現量増加を通して炎症あるいは血管障害に影響することで本症の線維化に対しpositiveに機能していると考えられ、本症におけるTN-C過剰発現の是正には治療的意義が存在する可能性がある。今後汎発性強皮症、TGF-βそしてTN-Cの3者の関係についてさらなる検討を重ねる予定である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、anti-adhesive moleculeの一つと目される細胞外マトリックス蛋白であるTenascin-C(TN-C)の様々な皮膚疾患における発現亢進がtransforming growth factor (TGF)-βによりもたらされている可能性に着目し、皮膚線維芽細胞におけるTGF-βによるtenascin-C産生促進作用の機序について検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 胎児の背部皮膚由来の線維芽細胞を用いて、免疫ブロッティングおよびノーザンブロッティングによりTGF-βがTN-C蛋白およびmRNA発現を誘導することを確認した。さらにTGF-β刺激下あるいは無刺激下におけるmRNA のstabilityを比較したところ、半減期に有意差は認められなかった。TGF-β刺激によってTN-C mRNAが増加する一方でmRNAの半減期が増加しないことより、TGF-βによるTN-C mRNAの発現亢進は転写レベルで調節されていることが示唆された。

2. chloramphenicol acetyltransferase assayを用いたTN-C 遺伝子promoter領域の5'-deletionの解析により、同遺伝子promoterの-133〜-29bp領域にTGF-βに対するresponsive elementが存在すると考えられた。また、この領域に存在するCAGA motifに対するSmad2/3の結合能がTGF-β刺激で増強することをDNA affinity precipitation assay を用いて確認した。

3. Smad3、Smad4、加えてEts1およびSp1の強発現により無刺激下においてもTN-C 蛋白発現およびプロモーター活性の亢進がみられ、またTGF-βの蛋白誘導作用およびプロモーター活性化作用は増強した。さらに、CAGA motifおよびこの領域のEts binding siteおよびSp1/3 binding siteのsubstitution mutationではTGF-βの作用が抑制されたのに加え、免疫沈降法ではTGF-β刺激によりSmad3・Sp1・Ets1間のinteraction が誘導された。以上より、これら3つの転写因子はTGF-β刺激により複合体を形成することでTN-C遺伝子の転写活性を調節している可能性があると考えられた。

4. wild type CBPあるいはp300強発現下ではTN-Cプロモーター活性に対するTGF-βの作用は増強するが、逆にこれらのdominant negative mutantの強発現によりTGF-βの作用は抑制された。よって、両者もまたTGF-βによるTN-Cの発現増強に関与すると考えられた。

 以上、本論文はTGF-βによるTN-C遺伝子転写活性亢進にはSmad3とEts1、Sp1、CBP/p300間のinteractionが必要であることを明らかにした。本研究はこれまで解析が進んでいなかったTN-Cのサイトカインレギュレーションについて包括的な検討を加えており、その解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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