学位論文要旨



No 120369
著者(漢字) 常深,祐一郎
著者(英字)
著者(カナ) ツネミ,ユウイチロウ
標題(和) トランスジェニックマウスの解析
標題(洋) Thymus and activation-regulated chemokine(TARC)
報告番号 120369
報告番号 甲20369
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2518号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 助教授 朝比奈,昭彦
 東京大学 助教授 國土,典弘
 東京大学 助教授 武内,功
内容要旨 要旨を表示する

 ケモカインは、免疫や炎症反応において、各種の白血球の活性化や選択的遊走に重要な働きをしている。Thymus and activation-regulated chemokine (TARC)/CC chemokine ligand (CCL)17は、CCケモカインの1つで、CC chemokine receptor(CCR)4のリガンドである。CCR4は主にTh2細胞に発現しており、TARCとCCR4はTh2型の反応に重要なケモカインである。アトピー性皮膚炎(atopic dermatitis=AD)はTh2型の反応が強く関与する皮膚疾患であるが、ADをはじめとした様々なアレルギー疾患において、TARCの病態への関与を示す報告が多数なされている。本研究では、皮膚の表皮細胞(keratinocyte=KC)にヒトケラチン14(hK14)プロモーター支配下にマウスTARC (mTARC)を強制発現させたトランスジェニック(Tg)マウスを作製し、non-Tgマウスと比較・解析した。

 hK14プロモーターとmTARC cDNAの融合遺伝子を受精卵に顕微注入することでTgマウスを作製した。このTgマウスで、mTARC cDNAを含むtransgeneが組み込まれていることを尾より抽出したDNAのPCRにて確認し、表皮KCにおいてmTARC mRNAが多量に転写され、多量のmTARCタンパクに翻訳され、産生・分泌されていることを、耳介より単離したKCから抽出したmRNAのRT-PCR、KC培養上清および血清のELISA、耳介皮膚の免疫染色にて確認した。KCのcell lysate、培養上清のWestern blotにて、この産生されたmTARCはanti-mTARC抗体に認識され、その分子量は報告されているものと一致していた。さらにchemotaxis assayにてCCR4強制発現細胞に対して遊走活性を有し、この活性はanti-mTARC抗体にてブロックされた。以上より、このマウスの系が表皮に生物活性を有するmTARCタンパクを多量に発現するTgマウスとして機能していることが確認された。

 コンベンショナルな環境下でも、Tgマウスでは肉眼的にも組織学的にも皮膚炎の自然発症はみられなかった。Oxazolone (OX)およびfluorescein isothiocyanate (FITC)による、単回(acute)もしくは繰り返し(chronic)惹起によるcontact hypersensitivity (CHS)を行った。Tgマウスではnon-Tgマウスと比較して、耳介腫脹の程度でも組織学的にみた炎症細胞浸潤数でも、Th1型CHS反応(OX acute CHS)は抑制され、Th2型CHS反応(OX chronic CHSおよびFITC acute CHS)は増強された。OX CHSにおいて組織学的に検討したところ、OX acute CHSでもchronic CHSでも、浸潤CCR4陽性細胞数はTgマウスで多かった。またOX chronic CHSでは、Tgマウスでnon-Tgマウスと比較して肥満細胞が有意に増加していた。OX CHSにおいて、Tgマウスではnon-Tgマウスと比較して、耳介全体より抽出したmRNAのRT-PCRでIL-4mRNA発現が常に増強し、IFN-γmRNA発現が減弱していた。クロトンオイル(CO)を体幹に繰り返し塗布した慢性一次刺激では、Tgマウスでのみ皮膚炎がみられた。OXでもFICTでもchronic CHSを行うと、血清IgE濃度が増加した。これはOXよりFIITCで、耳介より腹部への塗布でより高度であった。それぞれにおいてTgマウスではnon-Tgマウスと比較して有意に血清IgE濃度が増加していた。Th2ケモカインであるMDC濃度も同様の傾向を示した。Th1ケモカインであるMIG濃度は、non-TgマウスではTh2型CHSでは無刺激時と比較して増加したが、Tgマウスでは同レベルか減少した。COによる慢性一次刺激でもTgマウスでは血清IgE濃度の上昇がみられた。末梢血中CCR4陽性リンパ球は、腹部へのOX acute CHSではTgマウスでnon-Tgマウスと比較して有意に増加した。

 以上のことより、TARCはそれのみでは炎症をひきおこさないが、一旦炎症がおこると、Th1型反応は抑制し、Th2型反応は増強することが確認された。CCR4陽性Th2細胞を遊走させ、Th2サイトカイン産生を増強し、Th2優位な状態を誘導することによると考えられた。この際、肥満細胞の増加、血清IgE濃度の上昇がみられた。これらはADにも認められる現象であるが、慢性的に抗原に暴露されるADの病態にTARCが関与していることが示唆される。このようなアレルギー性機序に加え、ADではバリア機能異常による非アレルギー性機序も重要である。Tgマウスでの慢性一次刺激で皮膚炎の発症、血清IgEの増加がみられたことは、TARCが一次刺激性皮膚炎も修飾することを示唆しており、ADにおける非特異的刺激による増悪にもTARCが関与している可能性がある。今後、さらに研究が進み、ADをはじめとしたアレルギー疾患の治療に結びつくことが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、アトピー性皮膚炎(AD)をはじめとしたTh2型の反応が強く関与するアレルギー疾患において重要な役割を演じていると考えられるケモカインThymus and activation-regulated chemokine (TARC)のうち、皮膚の表皮細胞(KC)が産生するTARCの影響を明らかにするため、KCにヒトケラチン14プロモーター支配下にマウスTARC (mTARC)を強制発現させたトランスジェニック(Tg)マウスを作製し、non-Tgマウスと比較・解析したものであり、下記の結果を得ている。

1. 作製したTgマウスで、mTARC cDNAを含むtransgeneが組み込まれており,表皮KCにおいてmTARC mRNAが多量に転写され、多量のmTARCタンパクに翻訳され、産生・分泌されていた。この産生されたmTARCはanti-mTARC抗体に認識され、その分子量は報告されているものと一致し、chemotaxis assayにてCCR4強制発現細胞に対して遊走活性を有し、この活性はanti-mTARC抗体にてブロックされた。以上より、このマウスの系が表皮に生物活性を有するmTARCタンパクを多量に発現するTgマウスとして機能していることが確認された。

2. コンベンショナルな環境下でも、Tgマウスでは肉眼的にも組織学的にも皮膚炎の自然発症はみられなかった。

3. Oxazolone (OX)およびfluorescein isothiocyanate (FITC)による、単回(acute)もしくは繰り返し(chronic)惹起によるcontact hypersensitivity (CHS)を行ったところ、Tgマウスではnon-Tgマウスと比較して、耳介腫脹の程度でも組織学的にみた炎症細胞浸潤数でも、Th1型CHS反応(OX acute CHS)は抑制され、Th2型CHS反応(OX chronic CHSおよびFITC acute CHS)は増強された。OX acute CHSでもchronic CHSでも、浸潤CCR4陽性細胞数はTgマウスで多かった。またOX chronic CHSでは、Tgマウスでnon-Tgマウスと比較して肥満細胞が有意に増加していた。OX CHSにおいて、Tgマウスではnon-Tgマウスと比較して、耳介全体より抽出したmRNAのRT-PCRでIL-4mRNA発現が常に増強し、IFN-γmRNA発現が減弱していた。クロトンオイル(CO)を体幹に繰り返し塗布した慢性一次刺激では、Tgマウスでのみ皮膚炎がみられた。OXでもFICTでもchronic CHSを行うと、血清IgE濃度が増加した。それぞれにおいてTgマウスではnon-Tgマウスと比較して有意に血清IgE濃度が増加していた。Th2ケモカインであるMDC濃度も同様の傾向を示した。Th1ケモカインであるMIG濃度は、non-TgマウスではTh2型CHSでは無刺激時と比較して増加したが、Tgマウスでは同レベルか減少した。COによる慢性一次刺激でもTgマウスでは血清IgE濃度の上昇がみられた。末梢血中CCR4陽性リンパ球は、腹部へのOX acute CHSではTgマウスでnon-Tgマウスと比較して有意に増加した。

 以上、本論文はTARCはそれのみでは炎症をひきおこさないが、一旦炎症がおこると、Th1型反応は抑制し、Th2型反応は増強すること、それはCCR4陽性Th2細胞を遊走させ、Th2サイトカイン産生を増強し、Th2優位な状態を誘導することによることを示した。この際、肥満細胞の増加、血清IgE濃度の上昇など、ADにも認められる現象が観察され、慢性的に抗原に暴露されるADの病態にTARCが関与していることが示唆された。さらにTgマウスでの慢性一次刺激で皮膚炎の発症、血清IgEの増加がみられたことは、TARCが一次刺激性皮膚炎も修飾することを示唆しており、ADにおける非特異的刺激による増悪にもTARCが関与している可能性を示した。本研究は、これまで詳細に検討されていなかった表皮KCの産生するTARCの影響の解明、さらにはADをはじめとしたアレルギ―性皮膚疾患の病態の解明、治療法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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