学位論文要旨



No 120370
著者(漢字) 藤田,英樹
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,ヒデキ
標題(和) マウスランゲルハンス細胞におけるケモカイン産生とその制御
標題(洋)
報告番号 120370
報告番号 甲20370
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2519号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 講師 竹内,直信
 東京大学 講師 佐伯,秀久
内容要旨 要旨を表示する

 ケモカインは特定の白血球サブセットの遊走を主要な作用とするサイトカインの総称であり、その生理的機能面の特徴から、炎症性ケモカインおよび恒常性ケモカインに分類することができる。炎症性ケモカインは微生物感染や組織損傷といった生体にとっての緊急事態に対応して、好中球、単球、好酸球などを遊走して、主に急性炎症や慢性炎症に関与する。一方、恒常性ケモカインは特定の組織細胞で構成的に発現され、それによって主に恒常的な白血球の移動に関与しており、特にリンパ球や樹状細胞を遊走し、リンパ系組織の形成、維持および免疫応答に重要な役割を果たしている。エフェクターT細胞は産生するサイトカインの種類から、Th1とTh2に大別されるが、Th1細胞とTh2細胞の選択的な組織浸潤にはそれぞれ異なったケモカイン-ケモカインレセプターが関与していることが知られている。ケモカインレセプターの中でも特に、CXCR3はTh1細胞に特異的に発現し、CCR4はTh2細胞に特異的に発現する。よって、CXCR3を唯一の受容体とするCXCL10C:GetARefRefsTh1 and Th2 chemokine.ref #1,C'CXCL9,CXCLI11はTh1タイプケモカインとして、CCR4のリガンドであるCCL17, CCL22はTh2タイプケモカインと考えることができる。

 ランゲルハンス細胞(Langerhans cell; LC)は、皮膚の最外層である表皮全体の1〜3%ほどを占め、外界からの抗原刺激を最初に受ける抗原提示細胞であり、樹状細胞(dendritic cell; DC)の範疇に属する。皮膚が抗原に暴露されると、LCはそれを取り込んで表皮から真皮内のリンパ管に遊走し、所属リンパ節にてT細胞に抗原提示を行う。DCは定着している組織や表面マーカーの違いなどから様々なサブセットに分類されるが、LCもまた独立したサブセットであると考えられる。DCは重要なケモカイン産生細胞であり、末梢の炎症組織や二次リンパ組織において炎症細胞やT細胞などの集積に重要な役割を果たしている。またDCのサブセットの違いによりケモカイン産生パターンも異なることが報告されているが、LCのケモカイン産生に関しての報告は非常に少なく、特にLCそのものからのケモカイン産生をin vitroで確認した報告はない。

 本研究ではLCにおけるケモカインの産生能を詳細に検討するため、BALB/cマウス皮膚から抗MHCクラスII(I-Ad)抗体を用いたパンニング法により高純度(95%以上)で多数のLCを単離し、そのケモカインの発現を網羅的に検討した。今回はケモカインの中でも特にDCでの発現が知られている炎症性ケモカインに分類されるCCL3, CCL4, CCL5, CXCL9, CXCL10, CXCL11および恒常性ケモカインに分類されるCCL17, CCL22に着目し、研究を行った。

 はじめに、炎症性ケモカインであるCCL3, CCL4, CCL5のLCにおける発現とその制御を検討した。LCが実際に生理活性を有するCCL3, CCL4, CCL5を産生することが明らかになった。これらの3種ケモカインはCCR5をレセプターとして共有しているが、その産生のkineticsはかなり異なっていた。無刺激の培養でCCL3/4は6時間後には上清中に検出されたが、CCL5は最初の24時間ではほとんど産生されず、24時間以降に大量に産生された。それらの産生制御については、CCL3, CCL4は産生制御のパターンが非常に類似していたが、CCL5産生制御パターンはそれらとはかなり異なっていた。例えば、GM-CSF, IL-4, IL-10, IL-13はCCL3/4の産生を促進したのに対して、CCL5の産生は抑制した。また、細菌の菌体成分であるStaphylococcus aureus Cowen 1 (SAC) やlipopolysaccharide (LPS)(特にSAC)が大量のCCL3/4産生を誘導したが、CCL5産生にはほとんど影響を与えなかった。これらの結果よりLCから産生されるCCL3/4とCCL5はかなり役割が異なる可能性が示唆された。

 次に、ケモカインにおけるTh1/Th2という視点から、CXCL10, CXCL9, CXCL11 (Th1タイプケモカイン) 、CCL22, CCL17 (Th2タイプケモカイン) のLCにおける発現と制御をsplenic CD11c+ DCとの比較において検討した。Th1タイプケモカインについては、LCおよびsplenic DCの両者においてCXCL10, CXCL9, CXCL11のタンパクレベルでの産生にはIFN-γなどの外的な刺激が必要であった。さらに微生物由来分子であるLPSやpolyinosinic-polycytidylic acidもTh1ケモカインの産生を誘導した。産生量についてはsplenic DCのほうが多い傾向にあった。Th2タイプケモカインについては、LCは無刺激の状態でも恒常的にCCL22, CCL17を大量に産生していたが、splenic DCにおいては無刺激の状態ではこれらの産生は全く認められなかった。LCにおけるCCL22, CCL17産生はかなり複雑に制御されていたが、中でもIL-4はそれらの産生を促進し、IFN-γは抑制した。また、炎症性の刺激によりsplenic DCにおいてもCCL22, CCL17産生が誘導されたが、今回検討したいかなる条件下においても産生量はLCの場合よりも少なかった。また、少なくともLCより産生されたTh1タイプケモカインのCXCL10, CXCL9およびTh2タイプケモカインのCCL22, CCL17については実際に生理活性を有していることが、CXCR3またはCCR4を強制発現させた2B4 T細胞を用いたケモタキシスアッセイにより示された。この結果よりケモカイン産生の点においてもLCとsplenic DCは異なった特性を有する細胞集団であることが明らかになった。特に外的な刺激を与えなくても培養により構成的にCCL22, CCL17を多量に産生することが、splenic DCとの比較の上でのLCのケモカイン産生の特徴であると考えられた。

 本研究ではLCが実際に生理活性を有するケモカインを産生しうることがin vitroにおいて示された。in vivoでのLCのCCL22, CCL17発現を示唆する複数の報告が存在するが、今回のin vitroでの観察はこれらに合致するものであった。しかし、これらはLCと他のDCを確実に区別したものではない。よって、今後LCが実際に本研究で産生の認められたケモカインをin vivoにおいて発現することを明らかにしていく必要がある。また、LCが産生するケモカインが皮膚免疫反応においてどのような役割を果たしているのかを解析することが皮膚の免疫機構の解明の一助になると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は表皮樹状細胞であるランゲルハンス細胞における特定の白血球サブセットの遊走を主要な作用とするケモかインの発現を明らかにするため、マウス皮膚より直接高純度で単離したランゲルハンス細胞を用いて、ケモカインの発現、産生及びその制御の機構の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 炎症性ケモカインであるCCL3, CCL4, CCL5がLCにおいてmRNAおよび蛋白レベルで発現しており、さらに、CCR5を強制発現させた2B4 T細胞を用いたケモタキシスアッセイによる検討から、LCから分泌されたこれらのケモカインがいずれも実際に生理活性を有していることが示された。

2. 無刺激の培養でCCL3/4は6時間後には上清中に検出されるのに対し、CCL5は最初の24時間ではほとんど産生されず、24時間以降に大量に産生され、これらの3種ケモカインはCCR5をレセプターとして共有しているが、その産生のkineticsに相違があることが示された。様々な刺激による産生量の変化の解析により、CCL3, CCL4は産生制御のパターンが非常に類似していたが、CCL5産生制御パターンはそれらとはかなり異なっていることが示された。また、細菌の菌体成分であるStaphylococcus aureus Cowen 1やlipopolysaccharide(特に前者)が大量のCCL3/4産生を誘導したが、CCL5産生にはほとんど影響を与えなかった。

3. LCにおけるTh1タイプケモカイン(CXCL10, CXCL9, CXCL11)のタンパクレベルでの産生には外的な刺激が必要であり、特にIFN-γや微生物由来分子などの限られた刺激のみで産生が誘導されることが示された。さらに、CXCR3を強制発現させた2B4 T細胞を用いたケモタキシスアッセイによる検討から、産生されたTh1タイプケモカインは少なくともCXCL10, CXCL9については実際に生理活性を有していることが示された。

4. LCは成熟に伴い恒常的にTh2タイプケモカイン(CCL22, CCL17)を産生することが示された。CCR4を強制発現させた2B4 T細胞を用いたケモタキシスアッセイによる検討から、LC由来のCCL22, CCL17が実際に生理活性を有していることが示された。LCにおけるCCL22, CCL17産生はかなり複雑に制御されており、中でもIL-4はそれらの産生を促進し、IFN-γは抑制することが示された。

5. Th1タイプケモカインおよびTh2タイプケモカイン産生におけるLCとsplenic DCの比較から、Th1タイプケモカインについてはLCはsplenic DCよりも産生量が少ない傾向にあること、Th2タイプケモカインについてはLCは無刺激の状態も恒常的にCCL22, CCL17を大量に産生していたが、splenic DCにおいては無刺激の状態ではこれらの産生は全く認められないこと、炎症性の刺激によりsplenic DCにおいてもCCL22, CCL17産生が誘導されるものの、今回検討したいかなる条件下においても産生量はLCの場合よりも少ないことが明らかになり、ケモカイン産生の点においてもLCとsplenic DCは異なった特性を有する細胞集団であることが示された。

 以上、本論文はマウスランゲルハンス細胞において、実際に生理活性を有する炎症性ケモカイン(CCL3, CCL4, CCL5)、Th1タイプケモカイン(CXCL10, CXCL9)、Th2タイプケモカイン(CCL22, CCL17)が産生されることをin vitroの系で明らかにし、さらにそれらの産生制御を明らかにした。本研究はこれまで樹状細胞の中でも解析が非常に遅れていたランゲルハンス細胞に焦点を当て、そのケモカイン産生の特徴につき解明した。このことは皮膚免疫機構全体の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク