No | 120372 | |
著者(漢字) | 河瀬,陽子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カワセ,ヨウコ | |
標題(和) | 皮膚由来多能性幹細胞の性状解析 : 増殖に対するtransforming growth factor(TGF)-β1の作用 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 120372 | |
報告番号 | 甲20372 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2521号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年、幹細胞を用いた再生医療の研究が注目を浴びている。幹細胞は1. 自己複製能がある2. 多分化能を有する3. 組織が損傷を受けたときにその組織を再生・修復することができると一般的に定義されている。さらに、幹細胞は胚性幹細胞(ES細胞)と生体組織幹細胞に大きく二つに分けられる。ES細胞はすべての細胞に分化可能なことから全能性の幹細胞と呼ばれており、本邦でもヒトES細胞が樹立され、今後の研究の発展に期待されている。しかし、再生医療への応用を考えた際には、移植した際の免疫学的拒絶反応や倫理的問題点などが挙げられ、癌化のリスクもあることからES細胞から分化させた細胞をヒトに移植することは現段階では慎重にならざるをえない。一方、生体組織幹細胞は自己細胞を用いた臨床応用が可能となり移植の際の拒絶反応や倫理的問題点が克服でき、ES細胞より利用価値が高いと考えられている。しかし、生体組織幹細胞は分化能が限られていることや組織中に目的とする細胞が少ないこと、培養系での増殖能が低いことなどの問題点が挙げられ、さらなる検討が必要である。 最近になり、皮膚にも多能性幹細胞が存在することがマウスを用いた実験により明らかにされた(Toma , J. G. et al., Nat. Cell Biol. 2001)。皮膚由来多能性幹細胞は単一細胞より一定の条件下(EGF, bFGF およびB27 supplementを含むDMEM/F12培地)で増殖したスフェアと呼ばれる浮遊した細胞集団を形成する。これらのスフェアを単一細胞に分離した後、一定の培養条件下で培養すると、再度増殖能を有する幹細胞が同様のスフェアを形成する。また皮膚由来のスフェアは一定の分化条件下で培養することによって、神経細胞、脂肪細胞、平滑筋細胞に分化することが示された。しかし、この皮膚由来幹細胞の基礎的な性状解析すなわち分化・増殖を制御する機構や分子生物学的レベルでの解析などは未だなされていないのが現状である。そこで我々はヒトにおいて皮膚が外科的に採取が容易であることと、皮膚由来の幹細胞が多分化能を有することから今後皮膚を幹細胞ソースとして広く臨床応用が期待できると考えた。特に皮膚から神経細胞やグリア細胞が誘導できれば神経疾患の治療に応用できる可能性が開ける。本研究は幹細胞研究としてマウスの皮膚由来幹細胞の大量培養法の確立およびクローナルな増殖に焦点を当て、多能性や可塑性の解明を目指したものであり、再生医療への臨床応用も視野に入れたものである。 1. 生体組織幹細胞の欠点の一つとして挙げられる細胞数の問題点を克服するために皮膚の取得部位によるスフェアの形成率を検討した。その結果、これまでの報告である背腹部皮膚より耳介部皮膚において約4倍もの形成率が認められ、より多くの皮膚由来幹細胞の取得が可能となったことが明らかになった。 2. 皮膚由来の幹細胞(スフェア)が単一な細胞からクローナルな増殖によりスフェアを形成するか否かを検討するために、正常なマウスとGFPマウスの皮膚細胞を用いてゲル状の培地で共培養を行った。その結果、約97%は単一な細胞から増殖したスフェアが観察され、クローナルな増殖によりスフェアを形成することが明らかとなった。 3. 皮膚由来の幹細胞に自己複製能があるか否かを検討した結果、我々は約1年半の長期継代(60回以上の継代)に成功した。また、スフェアを形成する細胞が未分化能を保持し、さらには多分化能を有するかを検討した。形成されたスフェアは神経の未分化な細胞のマーカーであるnestinなどを発現しており、Tomaらと同様の未分化状態を保持していることが確認できた。さらに、分化条件下においては免疫学的手法を用い、ニューロン、グリア、平滑筋細胞、脂肪細胞にも分化するという多分化能を有することも確認できた。 4. フローサイトメトリーを用いて元々の皮膚細胞に発現している表面マーカーとスフェアに発現する表面マーカーとの差異を検討した。その結果、スフェア形成前に皮膚で発現すると知られているE-cadherin, Thy1.2, およびCD34などはスフェアにおいては発現が認められず、スフェアは元々の皮膚細胞とは異なる性質を保持していることが示唆された。 5. これまで生体組織幹細胞は培養条件下では増殖能が低いことが知られている。そこで我々は皮膚由来幹細胞の大量培養法を確立するために増殖因子に着目した。スフェアを形成する過程で神経細胞や皮膚の細胞の増殖因子としてしられている各種増殖因子を添加し、スフェアの形成率と増殖率(大きさ)を検討した。その結果、TGF-β1を添加した場合においてスフェアの形成率が約2.6倍も増加し、大きさも約1.5倍増加した。これらの結果はTomaらの報告の4倍もの形成率であった。TGF-β1の添加による細胞増殖促進傾向が認められたため、内因性のTGF-β1の産生による影響を検討した。そこで、TGF-β1の作用を阻害するために抗TGFβ1抗体をスフェア形成過程において培地に添加しスフェアを形成させた。しかし、スフェアの形成率と大きさには変化が認められなかった。このことより、細胞増殖には内因的なTGF-β1は作用していないことが示唆された。さらに、TGF-β1が濃度依存的にスフェアの形成率と増殖率に作用するか否かを検討するために0.001 -10 ng/mlの濃度のTGF-β1をスフェアの形成過程に添加した。その結果、1.0 ng/mlで形成率および増殖率とも最も有意に増加することが明らかとなった。また、TGF-β1がbFGFおよびEGFとの相乗効果によってスフェアの形成率や増殖率が促進するのか、個々の作用によって亢進するのかを確認するために、それぞれの増殖因子を単独または複数用いてスフェアを形成した。その結果、EGF, bFGFおよびTGF-β1の3つの相乗効果によりスフェアの形成率と増殖率が促進することが示唆された。さらに、TGF-β1を添加することによるスフェアの性質の変化を検討するために、フローサイトメトリーを用いてTGF-β1を添加して形成したスフェアと添加していないスフェアの細胞表面マーカーの発現の差異を検討した。その結果、両者の差異は認められなかった。また免疫化学染色法を用いて両者の分化能の差異をも検討した結果、TGF-β1を添加して形成したスフェアは添加していないスフェアと同様の分化能を示した。 6. TGF-β1が中枢神経系由来の幹細胞(ニューロスフェア)においてもスフェアの形成率および増殖率を促進するかを検討した結果、TGF-β1の添加は中枢神経系由来の幹細胞の増殖には促進作用が認められず、皮膚由来幹細胞に対してのみ促進作用があることが示唆された。また、フローサイトメトリーを用いて、皮膚由来のスフェアと中枢神経系由来のスフェアの表面マーカーの発現の差異を検討した結果、ニューロスフェアにのみThy-1.2およびCD71の発現が認められ、皮膚由来の幹細胞とは異なることが示唆された。 7. 加齢に伴うスフェア形成率および増殖率を検討するとともに各ステージにおけるTGF-β1の作用を月齢3, 6, 12, 18, 24ヶ月のマウスを用いて検討した。その結果、加齢に伴いスフェアの形成率および増殖率は減少傾向を示すものの、各ステージにおいてTGF-β1の添加はスフェアの形成率および増殖率をそれぞれの年齢群で促進させることが明らかとなった。 我々は、皮膚由来幹細胞のゲル培養を確立し、単一細胞からクローナルに増殖したスフェアの形成および約1年半の長期培養(60回以上の継代)に成功した。またTGF-β1をスフェアの形成過程に添加することにより、より多くの皮膚由来幹細胞が取得できることが明らかとなった。これは、TGF-β1の添加により、EGFとbFGFの応答性を本来示していない細胞、もしくは応答性の弱い細胞がTGF-β1の添加により応答性が上昇してスフェアの形成率と増殖率が促進した可能性が考えられた。さらに、継代を行った2次、3次スフェアにおいてもTGF-β1の添加によりスフェアの形成率と増殖率が促進したため、EGFとbFGFに本来応答性を示している細胞にもTGF-β1が促進的に作用することが示唆された。また、TGF-β1のスフェアの形成率と増殖率の促進作用は中枢神経系の幹細胞においては認められなかった。皮膚由来のスフェアは神経細胞に分化可能であるが、皮膚由来のスフェアを形成している細胞は中枢神経系のニューロスフェアを形成している細胞と比較して表面マーカーの発現も異なることが確認され、皮膚由来のスフェアは中枢神経組織から単離された幹細胞とは異なった性質を有することが示唆された。一方、我々の手法で形成された皮膚由来幹細胞の皮膚での局在は明らかにはできていないので、今後さらなる検討を行っていく予定である。 皮膚が幹細胞のソースとなるのは画期的なことであり、今後は神経細胞やグリア細胞への分化率をより高率にする条件の検討を行う必要がある。現在はドーパミン産生ニューロンやGABA nergicニューロンといった特定の神経細胞に誘導する条件を検討しているところである。最終的には本研究で確立した技術を応用してヒトの皮膚から神経細胞などを誘導する系を確立し、再生医療に応用することが目標である。 図1 図2 | |
審査要旨 | 近年、幹細胞を用いた再生医療の研究が注目を浴びている。臨床応用を考えた際に有用であると考えられている生体組織幹細胞、そのなかでも最も採取し易い部位であり、採取する際の患者へのリスクも少なく、再生医療への実現と利用価値が高いと考えられている皮膚由来多能性幹細胞に着目した。皮膚由来多能性幹細胞は他の生体組織幹細胞と同様に培養系での増殖能が低く、また長期培養にも成功していなかった。本研究はこの幹細胞の欠点でもある増殖能に焦点を当て、マウスの皮膚由来多能性幹細胞のクローナルな増殖および大量培養法の確立を試みたものであり、以下の結果が得られている。 1、 生体組織幹細胞の欠点の一つとして挙げられる細胞数の問題点を克服するために皮膚の取得部位によるスフェアの形成率を検討した。その結果、これまでの報告である背腹部皮膚より耳介部皮膚において約4倍の形成率が認められ、より多くの皮膚由来幹細胞の取得が可能となったことが明らかになった。また継代培養を重ねるごとに約4-6倍のスフェアを形成する細胞が取得できることが明らかとなった。 2, 膚由来の幹細胞(スフェア)が単一な細胞からクローナルな増殖によりスフェアを形成するか否かを検討するために、正常なマウスとGFPマウスの皮膚細胞を用いてゲル状の培地で共培養を行った。その結果、約97%は単一な細胞から増殖したスフェアが観察され、クローナルな増殖によりスフェアを形成することが明らかとなった。 3, 膚由来の幹細胞に自己複製能があるか否かを検討した結果、我々は約1年半の長期継代(60回以上の継代)に成功した。また、スフェアを形成する細胞が未分化能を保持し、さらには多分化能を有するかを検討した。形成されたスフェアは神経の未分化な細胞のマーカーであるnestinなどを発現しており、Tomaら(Nature Cell Biol. 2001)と同様の未分化状態を保持していることが確認できた。さらに、分化条件下においては免疫学的手法を用い、ニューロン、グリア、平滑筋細胞、脂肪細胞にも分化するという多分化能を有することも確認できた。 4, フローサイトメトリーを用いて元々の皮膚細胞に発現している表面マーカーとスフェアに発現する表面マーカーとの差異を検討した。その結果、スフェア形成前に皮膚で発現すると知られているE-cadherin, Thy1.2, およびCD34などはスフェアにおいては発現が認められず、スフェアは元々の皮膚細胞とは異なる性質を保持していることが示唆された。 5,皮膚由来幹細胞の大量培養法を確立するために増殖因子に着目した。スフェアを形成する過程で神経細胞や皮膚の細胞の増殖因子としてしられている各種増殖因子を添加し、スフェアの形成率と増殖率(大きさ)を検討した。その結果、TGF-β1を添加した場合においてスフェアの形成率が約2.6倍も増加し、大きさも約1.5倍増加した。これらの結果はTomaらの報告の4倍の形成率であった。TGF-β1の添加による細胞増殖促進傾向が認められたため、内因性のTGF-β1の産生による影響を検討した。そこで、TGF-β1の作用を阻害するために抗TGF-β1抗体をスフェア形成過程において培地に添加しスフェアを形成させた。しかし、スフェアの形成率と大きさには変化が認められなかった。このことより、細胞増殖には内因的なTGF-β1は作用していないことが示唆された。さらに、TGF-β1が濃度依存的にスフェアの形成率と増殖率に作用するか否かを検討するために0.001 -10 ng/mlの濃度のTGF-β1をスフェアの形成過程に添加した。その結果、1.0 ng/mlで形成率および増殖率とも最も有意に増加することが明らかとなった。また、TGF-β1がbFGFおよびEGFとの相乗効果によってスフェアの形成率や増殖率が促進するのか、個々の作用によって亢進するのかを確認するために、それぞれの増殖因子を単独または複数用いてスフェアを形成した。その結果、EGF, bFGFおよびTGF-β1の3つの相乗効果によりスフェアの形成率と増殖率が促進することが示唆された。さらに、TGF-β1を添加することによるスフェアの性質の変化を検討するために、フローサイトメトリーを用いてTGF-β1を添加して形成したスフェアと添加していないスフェアの細胞表面マーカーの発現の差異を検討した。その結果、両者の差異は認められなかった。また免疫化学染色法を用いて両者の分化能の差異をも検討した結果、TGF-β1を添加して形成したスフェアは添加していないスフェアと同様の分化能を示した。 6,TGF-β1が中枢神経系由来の幹細胞(ニューロスフェア)においてもスフェアの形成率および増殖率を促進するかを検討した結果、TGF-β1の添加は中枢神経系由来の幹細胞の増殖には促進作用が認められず、皮膚由来幹細胞に対してのみ促進作用があることが示唆された。また、フローサイトメトリーを用いて、皮膚由来のスフェアと中枢神経系由来のスフェアの表面マーカーの発現の差異を検討した結果、ニューロスフェアにのみThy-1.2およびCD71の発現が認められ、皮膚由来の幹細胞とは異なることが示唆された。 7,加齢に伴うスフェア形成率および増殖率を検討するとともに各ステージにおけるTGF-β1の作用を月齢3, 6, 12, 18, 24ヶ月のマウスを用いて検討した。その結果、加齢に伴いスフェアの形成率および増殖率は減少傾向を示すものの、各ステージにおいてTGF-β1の添加はスフェアの形成率および増殖率に対して促進傾向にあることが示唆された。 以上により、本論文は、皮膚由来幹細胞のゲル培養を確立し、単一細胞からクローナルに増殖したスフェアの形成および約1年半の長期培養(60回以上の継代)に成功したことを明らかにした。またTGF-β1をスフェアの形成過程に添加することにより、より多くの皮膚由来幹細胞が取得できることが明らかとなった。本研究は、生体組織幹細胞の欠点である増殖能の低さを克服する一つの方法として有効であることが示唆された。さらに、より効率的に神経細胞やグリア細胞への誘導が可能となれば再生医療への応用に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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