学位論文要旨



No 120373
著者(漢字) 亀倉,暁
著者(英字)
著者(カナ) カメクラ,サトル
標題(和) 変形性関節症動物モデルの確立とその分子生物学的解析
標題(洋)
報告番号 120373
報告番号 甲20373
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2522号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 助教授 高取,吉雄
 東京大学 助教授 鄭,雄一
内容要旨 要旨を表示する

 近年生物学研究において劇的な発展を遂げたマウスゲノミクスを変形性関節症 (OA) の研究へ応用するため、本研究ではマウス変形性関節症(OA)実験モデルを確立した。微小外科の技術を用いて関節不安定性をマウス膝関節に手術的に作製し、切離・切除する靱帯と半月板の組み合わせを変えることで、不安定性が異なる4種類のモデルを確立し、severe, moderate, mild, medial modelとした。これらのマウスOAモデルの関節軟骨では、術後早期にはsuperficial zoneの脱落、safranin-O染色の染色性の低下が生じた。さらに術後経過とともに、軟骨基質の変性破壊が進行し、関節適合性の悪化がみられた。これらのcatabolic changeのみならず、術後早期には局所の関節軟骨細胞の増殖、後期には軟骨下骨硬化、骨棘形成などのanabolic changeも観察された。以上の変化はヒトOAの病態・病理像に一致していた。各マウスOAモデルはそれぞれ関節不安定性が異なり、それに応じてOAの進行速度・重症度が異なっていた。Severe modelは不安定性が高度で進行速度が速いため、OA後期にみられる骨棘形成などの骨増殖性変化の検討に適している。Moderate modelは術後早期のOA変化がsevere modelよりも緩やかであるので、OA早期の病変を観察することも可能であり、軟骨基質の破壊に先行して軟骨細胞が病的な肥大分化を生じる過程が観察できた。Mild modelは進行速度が緩やかであり、OA早期にみられる軟骨細胞の形態・形質の変化を検討するのに適していると考えられた。

 Severe, moderate, mild modelの3つのOAモデルでは、前十字靭帯の切離を行っているため、脛骨が前方に亜脱臼し脛骨後方の関節軟骨にOA病変が観察された。Medial modelは前述の3つのOAモデルとは異なり、ACL切離を行っていないので脛骨の前方亜脱臼を生じず、軟骨破壊は脛骨内側後方部ではなく、生理的な荷重部である脛骨内側中央部に生じていた。ヒトOAが必ずしも関節の亜脱臼や不適合性を伴うわけではないこと、生理的な荷重部にOA病変が生じやすいことから、medial modelはヒトOAの病態により近いと考えられた。

 本研究で確立したOAモデルを用いて、免疫染色とin situ hybridizationでの解析から、X型コラーゲンとMMP (matrix metalloproteinase) -13がOA関節軟骨細胞で共局在していることが明らかとなった。関節軟骨は永久軟骨であり、石灰化軟骨層(calcified cartilage)を除き、X型コラーゲンを発現する肥大軟骨細胞は通常局在していない。sham手術を行った膝関節軟骨のtidemarkより表層では、X型コラーゲンの発現はみられなかった。一方、OA関節軟骨のtidemarkより表層にある軟骨細胞ではX型コラーゲンが強く発現していた。過去の文献の報告では、OAの関節軟骨細胞ではX型コラーゲン発現が増強しており、また他の軟骨分化マーカーが異所性に発現していることも報告されている。一方、MMP-13は関節軟骨基質の主要な構成コラーゲンであるII型コラーゲンを最も強力に分解する酵素であり、ヒトOA関節軟骨で発現増強していることが報告されている。恒常的活性型ヒトMMP-13を過剰発現するトランスジェニックマウスは生理的条件下でOAを発症することが示されており、MMP-13はOAの軟骨基質破壊において重要な働きをしていることが示唆されている。

 成長板では軟骨細胞は増殖・分化の厳密な制御の下に軟骨内骨化によって骨の長軸方向への成長を司っている。分化した肥大軟骨細胞はX型コラーゲンを発現するようになり、その肥大軟骨細胞がさらに最終分化段階に達して成長板最下端部においてMMP-13を発現するようになる。一方、OA関節軟骨では、成長板でみられるような分化マーカーの発現パターンの制御がみられなかった。すなわち、OA関節軟骨ではtidemarkより表層にある軟骨細胞がX型コラーゲンを発現し、またMMP-13も共発現し軟骨基質分解に関与していた。このことからメカニカルストレスによって軟骨細胞の病的な肥大分化が誘導され、MMP-13を発現して基質分解を促進し、OAを進行させている可能性が示された。

 Runx2は、骨・軟骨形成に必須な転写因子である。Runx2ホモノックアウトマウスでは、前肥大化軟骨細胞の前段階で細胞の分化が止まっており、軟骨細胞の成熟障害がみられた。また、Runx2を初期軟骨培養細胞に強制発現させると軟骨細胞肥大分化を促進し、ドミナントネガティブ型 (DN)- Runx2の強制発現では肥大分化を抑制した。さらに、軟骨細胞特異的プロモーターによりRunx2を過剰発現させたRunx2トランスジェニックマウスでは、軟骨細胞は早期から異所性に成熟肥大化して軟骨内骨化を促進し、関節軟骨、気管軟骨、鼻軟骨、椎間板軟骨などの永久軟骨が軟骨内骨化を生じていた。逆にDN- Runx2トランスジェニックマウスでは軟骨細胞の成熟と軟骨内骨化が抑制された。したがって、Runx2は軟骨細胞の肥大分化に必要な因子であることが明らかになった。また、Runx2トランスジェニックマウスでは関節は癒合し、軟骨細胞は異所性に肥大分化していた。一方、DN- Runx2トランスジェニックマウスでは成長軟骨の殆どの細胞が永久軟骨細胞の形質を維持していた。すなわち、Runx2は永久軟骨と成長軟骨の性格決定にも重要な因子であることが明らかとなった。また、永久軟骨細胞も最終分化の形質を獲得できることがin vitroに実験系で示された。以上のことから、軟骨内骨化を生じる潜在的可能性があるにもかかわらず永久軟骨が肥大分化や基質の石灰化を生じないのは、Runx2の発現が抑制されるようなメカニズムが永久軟骨において存在しているためであると考えられている。

 生理的条件下におけるRunx2の成長軟骨や永久軟骨での役割から、OAにおける病的な関節軟骨肥大分化にもRunx2が関与している可能性が考えられた。そこで、Runx2ヘテロノックアウトマウスと野生型マウスにOAモデル(medial model)を作製して、OAの進行過程を比較検討した。術後比較的早期において野生型マウスの関節軟骨でみられるX型コラーゲンを発現する異所性の肥大軟骨細胞が、Runx2ヘテロノックアウトマウスの関節軟骨ではほとんどみられなかった。また、野生型マウスの関節軟骨では、軟骨細胞の異所性の肥大分化の出現より少し遅れて、MMP-13の発現が強く誘導されていたが、Runx2ヘテロノックアウトマウスではMMP-13の発現は著明に減弱していた。このことからOA関節軟骨における軟骨細胞の病的肥大分化とMMP-13の発現誘導をRunx2が促進している可能性が示された。Medial model術後12週では、野生型マウスの関節軟骨では軟骨基質破壊がtidemarkより深層のcalcified cartilageまで達していた。一方、Runx2ヘテロノックアウトマウスの関節軟骨では、OAによる関節軟骨破壊が著明に抑制されていた。以上の結果から、メカニカルストレスによって誘導される関節軟骨細胞の病的な肥大分化およびMMP-13の発現増強がRunx2 haploinsufficiencyによって抑制され、その結果OA関節軟骨破壊が抑制されたと考えられた。さらに、野生型マウスの脛骨内側では、内軟骨性骨化の過程により発達した骨棘形成がみられたが、Runx2ヘテロノックアウトマウスでは未成熟な軟骨様組織の増生に止まっており、骨棘形成が著明に抑制されていた。Runx2ヘテロノックアウトマウスではOAによる関節軟骨破壊が抑制されたため、その結果二次的な骨棘形成が抑制された可能性が考えられる。または、Runx2 haploinsufficiencyが骨棘形成過程における軟骨内骨化を直接阻害した可能性も考えられた。Runx2ヘテロノックアウトマウスは、頭蓋骨における結合組織内骨化の遅延と鎖骨の低形成がみられ、この表現型はヒトでみられる鎖骨頭蓋異形成症(cleidocranial dysplasia; CCD)と似ていることから、Runx2のhaploinsufficiencyがCCDの原因であると考えられている。生理的条件下では、Runx2ヘテロノックアウトマウスは正常に成長し、主要な臓器にも異常はなかった。以上のことから、Runx2 haploinsufficiencyはCCDを生じるが、個体の発生・成長・骨格系に異常を与えずに、メカニカルストレスによるOAの発症を抑制することが示された。

 本研究で得られた知見から、Runx2は変形性関節症治療の重要な標的分子となる可能性があり、また再生医療分野における変性軟骨の治療・再生への応用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は変形性関節症(OA)の病態における分子メカニズムの解明のために、まず新規のマウス変形性関節症モデルを確立・解析し、さらにRunx2ヘテロ欠損マウスにOAモデルを適用して下記の結果を得ている。

1. メカニカルストレスによって誘導される4種類のマウス変形性関節症モデルを新規に確立した。このOAモデルはマウスの膝関節内外の靱帯・半月板を切離・切除して関節不安定性を誘発し、過剰なメカニカルストレスよってOAを発症させた。靱帯と半月板の切離・切除の組み合わせを変えることによって、OAの進行速度の異なる4種類のマウスOAモデルを新規に確立した。OAの関節軟骨破壊と骨棘形成について独自に作製した組織学的grading systemを用いて定量化すると、これらのモデルは再現性よくOAが発症・進行することが確認された。

2. マウスOAモデルでの免疫染色、in situ hybridizationの解析から、関節軟骨細胞の病的な肥大分化とMMP-13の発現誘導がOAの発症に重要であることを示した。OAモデルを作製した関節軟骨では、OA発症早期において、生理的には発現していない肥大分化マーカーであるtype X collagenの発現が見られ、異所性の肥大分化を生じていることが示された。またこれらの肥大分化した関節軟骨細胞は軟骨基質分解酵素であるMMP-13を強く発現しており、関節軟骨破壊において重要な働きをしていることが示唆された。

3. 軟骨細胞の肥大分化促進因子Runx2がマウスOAモデルの関節軟骨で発現増強していた。OAモデルを作製したマウスの関節軟骨よりmRNAを抽出し、正常関節軟骨とmRNA発現量をreal time PCRにて定量的に比較したところ、OA関節軟骨ではRunx2の発現が増強していることが示された。

4. Runx2のOAにおける役割を解析する目的で、Runx2ヘテロ欠損マウスの解析を行った。Runx2ヘテロ欠損マウスは、正常に発育し、生理的条件下では関節軟骨や成長軟骨板には異常を示さなかった。一方、Runx2ヘテロ欠損マウスにOAモデルを作製して、OAの発症を組織学的に解析したところ、野性型マウスに比較してOAにおける関節軟骨破壊と骨棘形成が抑制されていた。また、Runx2ヘテロ欠損マウスでは、OAの関節軟骨細胞でみられるtype X collagenとMMP-13の発現が抑制されていた。このことから、過剰なメカニカルストレスを介して関節軟骨細胞にRunx2の発現が誘導され、病的な肥大分化とMMP-13の発現が促進して、OAの関節軟骨破壊と骨棘形成が進行することが考えられた。

以上、本論文は新規に開発したマウスOAモデルをRunx2ヘテロ欠損マウスに応用して、変形性関節症におけるRunx2の役割を明らかにした。本研究はこれまで知られていなかった変形性関節症の病態の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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