学位論文要旨



No 120374
著者(漢字) 川西,誠
著者(英字)
著者(カナ) カワニシ,マコト
標題(和) 静水圧負荷下3次元培養による脱分化関節軟骨細胞の再分化促進効果
標題(洋)
報告番号 120374
報告番号 甲20374
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2523号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 講師 田中,栄
 東京大学 助教授 星,和人
内容要旨 要旨を表示する

背 景:荷重部関節軟骨は、関節にかかる外圧を分散・吸収するクッションの役割と、摩擦係数を低減させ滑動性を良好にする歩行生活に重要な役割を果たしている。関節軟骨は細胞とその周囲に存在する細胞外マトリックス(主にTypeIIコラーゲンと軟骨型プロテオグリカン(アグレカン))によって構成されている。関節の硝子軟骨はその無血管・無リンパ管・無神経野という特異な環境と栄養は関節液の拡散のみによって行われており一旦損傷を受けると自然修復は望めないとされている。また細胞そのものも高度に分化した細胞で、ほとんど分裂・増殖せず、その修復能力は極端に低い。何らかの原因によって生じた関節軟骨損傷部は経時的に周囲や相対する関節軟骨をも変性に陥れ、最終的には変形性関節症(以下OA)へと進行し、疼痛・可動域制限などの関節機能の低下を引き起こし日常生活に支障を来たす。

 現在日本は急速に高齢化が進んでおり、高齢者における荷重関節の機能低下は深刻かつ重要な問題である。関節軟骨損傷を引き起こす代表的な疾患である関節リウマチ(以下RA)は全人口の約1%、OAは日本だけで年間90万人も発症するとされている。これらの疾患により完全に機能を失った関節機能の再獲得には、現在のところステンレス・チタン・セラミックスなどの金属による人工関節置換術しか存在しない。しかし人工関節は生体内組織ではないため、長期間の使用による緩みや感染、イオンの溶出から人工関節の寿命が長くて15年程度といった問題や生体適合性の問題、それに付随して高齢者には想像を絶する手術による再置換といった問題などが常につきまとう。また人工物であるがゆえに個体の成長には対応できず、若年者には適応が限られる。よって関節症を招来する前に何らかの処置が必要であり、これらの損傷部が限られた範囲であるうちに生物学的修復により治療されることが理想である。

 そこで期待されるのが軟骨再生医療である。現在の再生軟骨治療の中心は自家関節軟骨細胞培養移植である。しかし、この方法には骨膜使用による骨化の問題や、患者から採取できる軟骨細胞には限りがあるために、増殖の過程が必要になり細胞は脱分化するが、移植によりこの脱分化した細胞が体内で再分化するのかといった問題が残されている。この増殖させることによる脱分化の問題解決なくして臨床現場での発展性は無いと考える。

研究の目的:軟骨細胞は単層培養し増殖させると関節軟骨特有の細胞外マトリックスであるTypeIIコラーゲンやアグレカンのmRNAの発現が低下し、間葉系細胞に脱分化するといわれている。そこで、静水圧の仮説「関節の動きや荷重によって関節軟骨内に生じる静水圧は、軟骨細胞の分化維持や分化誘導を促進する」を立てた。脱分化した軟骨細胞で、その仮説の検証をするために、今まで存在しなかった圧負荷時も培地のガス交換可能で長期負荷の可能な静水圧負荷培養装置を構築することと、脱分化した関節軟骨細胞より作製した3次元培養体(pellet)に対する間欠的な生理的な静水圧負荷を行いその再分化促進効果について検証することを目的とした。

静水圧負荷培養装置の構築:従来報告されている静水圧負荷培養装置では圧を負荷する時に系が閉鎖系になり、理論的にガス交換可能なシステムは、我々の研究室にいた水野らが報告した培地を循環させるシステムしか存在せず、長期に負荷培養可能な装置が無かった。しかし培地を循環させるシステムでは系の細菌汚染の危険を完全には排除できずにいた。そこで培養液を循環水から隔離するためにガス透過性が確認されバクテリア・ウイルス・フリーである血小板自己血輸血用のポリオレフィン製のカワスミ分離バッグを加工して細胞を封入し耐圧カラム内RO水に沈めることにより、培地と循環水系を分離し、循環水系でガス交換可能とするシステムを構築した。また実際にガス交換されているかどうかの検証は血液ガス測定器で、循環RO水とバッグ内培地のpCO2,pO2を実際に測定し判定した。

方 法:仔牛膝関節軟骨細胞は2系代目よりTypeIIコラーゲン・アグレカンのmRNA発現が減少しTypeIコラーゲンmRNAが増加し3継代目ではTypeIコラーゲンmRNAの発現はピークとなり、TypeIIコラーゲンmRNAの発現はほぼ失われる。この脱分化した仔牛膝関節軟骨細胞を用いて関節軟骨3次元培養体(pellet)を作製し、上記静水圧負荷培養装置で生理的範囲内と考えられる間欠的静水圧(5MPa, 0.5Hz)を一日4時間、計4日間負荷した。評価はpellet軟骨細胞のTypeIコラーゲン・TypeIIコラーゲン・アグレカンmRNAの発現をRT-PCR法により半定量解析し、同時に組織染色を行った。

結 果:ガス圧測定ではバッグ内pCO2は実験開始時で平均約4.3%その後圧負荷開始後24時間で5%となり平衡に達し、4日後まで持続した。一方pO2は開始時平均21%で24時間後に18.5%となり平衡に達し、4日後まで持続した。どちらもバッグで良好にガス交換されていることが分かった。

 3継代目の仔牛膝関節軟骨細胞のAggrecanとTypeIIコラーゲンのバンドはほぼ認められず、TypeIコラーゲンのバンドがはっきりとしていた。この脱分化した軟骨細胞を用いてpelletを作製し、間欠的静水圧を負荷したpelletはAggrecan とTypeIIコラーゲンのバンドが負荷していないpelletよりもはっきりと出現していた。半定量解析はそれぞれNIHimageを使用して、GAPDHで補正を行い、Microsoft Excelの統計解析用マクロプログラムのunpaired Student's t-testを用いて危険率1%未満を有意差有りとした。

 Aggrecan mRNAの発現は圧負荷を行った群で有意に上昇しており、負荷していない群の約5倍(m±SEM(n=4), P<0.01)を示した。TypeIコラーゲン mRNA発現は圧負荷を行った群も、行っていない群も有意差は認められなかった。TypeIIコラーゲン mRNAの発現は圧負荷を行った群で有意に上昇しており、負荷していない群の約4倍(m±SEM(n=4), P<0.01)を示した。以上より半定量ではあるが、3継代目で脱分化傾向に向かっていた仔牛膝関節軟骨細胞はpelletにすることでTypeIコラーゲン mRNAの発現は減少した。さらに生理的な間欠的静水圧を負荷することにより、軟骨細胞に特異的なAggrecanとTypeIIコラーゲン mRNAの発現は静水圧を負荷しない群よりもそれぞれ約5倍,4倍と増加し再分化の傾向がみられた。

 組織染色ではH-E染色を比較観察してみると、組織形成は間欠的静水圧を負荷したpelletも負荷していないpelletも壊死も無く組織形成は良好であった。アルシアンブルー染色の比較では静水圧を負荷していないpelletも染色性を認めたが、静水圧を負荷したpelletの染色性はさらに良好であった。サフラニンO染色による比較では静水圧を負荷していないpelletもわずかに染色性を認めたが、静水圧を負荷したpelletは明らかに染色性が良好であった。以上よりmRNAの発現だけでなく、間欠的静水圧を負荷したpelletでは静水圧を負荷しないpelletよりも胞外マトリックスが良好に産生されていることが伺えた。

考察・今後の展望:以上より今回用いた軟骨細胞3次元体(pellet)に対する間欠的静水圧負荷は、我々の研究室の古川らによる大量浮遊培養法で、増殖させた軟骨細胞より大量の軟骨マイクロエレメントを得ることに成功していることと組み合わせることで、自家軟骨細胞移植への道がさらに前進するのではないかと期待している。今後この装置を利用して関節軟骨細胞に対する静水圧長期負荷の影響の検証や、より生体軟骨に近い3次元関節軟骨培養体の構築の検証が可能であると考えている。そして、生理的範囲内の間欠的静水圧負荷が軟骨基質産生のみを促進し軟骨細胞の肥大化・骨化を促進しないことが証明できれば、担体にも液性因子にも頼らずに生体外で自家軟骨細胞3次元体の構築が可能になり臨床応用できるかもしれないと考えている。

結 論:1)静水圧長期負荷培養システムを構築した。

培養液を循環水から隔離するためにガス透過性が確認され、バクテリア・ウイルス・フリーである血小板自己血輸血用のポリオレフィン製のカワスミ分離バッグを加工して、細胞を封入しカラム内RO水に沈めることにより、培地と循環水系を分離し、循環水系でガス交換可能とした。このシステムで培地内のガスは良好にコントロールされ、細菌汚染のリスクも無く、静水圧負荷下の長期培養が可能であることが分かった。

2)間欠的な生理的な静水圧負荷によって脱分化した仔牛膝関節軟骨細胞より作製した軟骨3次元培養体(pellet)に対して再分化促進効果を検討した。

 mRNA発現、組織染色の結果より、単層培養から3次元体(pellet)にすることで、TypeIコラーゲンmRNAの発現は抑制され脱分化傾向が弱まり、関節軟骨細胞に対する生理的範囲内と思われる間欠的静水圧負荷は、さらにAggrecan、TypeIIコラーゲンmRNAの発現を促進し、組織染色でも基質産生の良好な染色性を示し、再分化促進効果があることが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は再生医療における荷重関節軟骨再生において細胞外マトリックスの産生に重要とされている静水圧負荷の検証をするために、今まで存在しなかった圧負荷時も培地のガス交換が可能で長期負荷の可能な静水圧負荷培養装置を構築することと、脱分化した関節軟骨細胞より作製した3次元培養体(pellet)に対する間欠的な生理的な静水圧負荷を行いその再分化促進効果について検証することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.培養液を循環水から隔離するためにガス透過性が確認されバクテリア・ウイルス・フリーである血小板自己血輸血用のポリオレフィン製のカワスミ分離バッグを加工して細胞を封入し耐圧カラム内RO水に沈めることにより、培地と循環水系を分離し、循環水系でガス交換可能とするシステムを構築した。

2.ガス圧測定ではバッグ内pCO2は実験開始時で平均約4.3%その後圧負荷開始後24時間で5%となり平衡に達し、4日後まで持続した。一方pO2は開始時平均21%で24時間後に1β.5%となり平衡に達し、4日後まで持続した。どちらもバッグで良好にガス交換されている事が示された。

3.5継代目までの2次元培養の結果、仔牛膝関節軟骨細胞は2系代目よりTypeIIコラーゲン・アグレカンのmRNA発現が減少しTypeIコラーゲンmRNAが増加し3継代目ではTypeIコラーゲンmRNAの発現はピークとなり、TypeIIコラーゲンmRNAの発現はほぼ失われ、仔牛関節軟骨細胞では3継代目の細胞が脱分化しているとみなせる事が示された。

4. この脱分化した軟骨細胞を用いてpelletを作製し、間欠的静水圧を負荷したpelletはAggrecan とTypeIIコラーゲンのバンドが負荷していないpelletよりもはっきりと出現していた。半定量解析はそれぞれNIHimageを使用して、GAPDHで補正を行い、Microsoft Excelの統計解析用マクロプログラムのunpaired Student's t-testを用いて危険率1%未満を有意差有りとした。Aggrecan mRNAの発現は圧負荷を行った群で有意に上昇しており、負荷していない群の約5倍(m±SEM(n=4), P<0.01)を示した。TypeIコラーゲン mRNA発現は圧負荷を行った群も、行っていない群も有意差は認められなかった。TypeIIコラーゲン mRNAの発現は圧負荷を行った群で有意に上昇しており、負荷していない群の約4倍(m±SEM(n=4), P<0.01)を示した。以上より半定量ではあるが、3継代目で脱分化傾向に向かっていた仔牛膝関節軟骨細胞はpelletにすることでTypeIコラーゲン mRNAの発現は減少した。さらに生理的な間欠的静水圧を負荷することにより、軟骨細胞に特異的なAggrecanとTypeIIコラーゲン mRNAの発現は静水圧を負荷しない群よりもそれぞれ約5倍,4倍と増加し再分化の傾向がある事が示された。

5.組織染色ではH-E染色を比較観察してみると、組織形成は間欠的静水圧を負荷したpelletも負荷していないpelletも壊死も無く組織形成は良好であった。アルシアンブルー染色の比較では静水圧を負荷していないpelletも染色性を認めたが、静水圧を負荷したpelletの染色性はさらに良好であった。サフラニンO染色による比較では静水圧を負荷していないpelletもわずかに染色性を認めたが、静水圧を負荷したpelletは明らかに染色性が良好であった。以上よりmRNAの発現だけでなく、間欠的静水圧を負荷したpelletでは静水圧を負荷しないpelletよりも胞外マトリックスが良好に産生されている事が示された。

 以上、本論文は脱分化した仔牛膝関節軟骨細胞より作製した3次元培養対に対してガス交換可能なシステムで間欠的静水圧負荷を行うことにより再分化の傾向が起こる事を明らかにした。本研究はさらに改良を進めることにより、これまで脱分化を起こしたまま自家軟骨細胞移植を行っていた関節軟骨再生医療の現場で再分化した状態で移植可能になると考えられる。実現すれば関節軟骨治療に新たな局面をもたらすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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