学位論文要旨



No 120376
著者(漢字) 村木,重之
著者(英字)
著者(カナ) ムラキ,シゲユキ
標題(和) 骨粗鬆症性骨折患者の予後および骨密度値による骨粗鬆症診断の信頼性に関する研究
標題(洋)
報告番号 120376
報告番号 甲20376
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2525号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 教授 数間,恵子
 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 講師 大西,五三男
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 高齢化社会にとって、骨粗鬆症は重大な問題となっている。骨粗鬆症の最大の合併症は大腿骨頚部骨折であり、ADLやQOLを低下させるだけでなく、生命予後も悪化させると言われてきた。特に1年生存率は悪いとされている。ただし、その後の生存率は、健常人と変わらないといわれている。しかし、過去の報告は、いずれも古く、特に本邦での最近のまとまった報告はない。医療の進歩および社会の高齢化により、状況は変化していることが容易に推察される。従って、大腿骨頚部骨折患者の予後が現在どのような状況にあるかを知ることは、骨粗鬆症の治療を行ううえで、必要不可欠なことである。また、生命予後に影響する因子に関しても、さまざまな報告があり、議論の一致しないところである。さらに、過去の報告では、合併症を慢性疾患の有無や心疾患、呼吸器疾患などに分類しており、詳細に調査しているとは言いがたい。心疾患でも慢性心不全と不整脈が同じ死亡リスクを持っているとは考えられず、合併症を詳細に分類した調査が必要である。

 しかし、さらに重要なのは、骨粗鬆症の予防であり、そのためには、まず骨粗鬆症の評価を行う必要がある。現在、骨粗鬆症の評価としては、二重エネルギーX線吸収法(DXA)による腰椎骨密度値の測定が汎用されている。しかし、骨粗鬆症患者の高齢化に伴い、骨粗鬆症の評価を必要としている患者が、変形性脊椎症を合併しており、それらが腰椎骨密度値に影響を与えていることが考えられる。腰椎変形には、骨棘形成、椎体終板の骨硬化、椎間狭小化、辷り症、圧迫骨折など様々な変形があるが、これまでの報告では、骨棘形成のみの評価で、腰椎骨密度への影響を評価している報告や、変形の有無のみで程度を評価していない報告が多い。実際には、各変形はそれぞれ相関関係にあり、また、その程度によっても腰椎骨密度に与える影響は異なると考えられる。したがって、各変形を同時に、程度も含めて評価し、腰椎骨密度への影響を解析することが必要である。

 そこで、本研究では、大腿骨頚部骨折の生命予後および生命予後に影響する因子を調査するとともに、変形性脊椎症が腰椎骨密度値に与える影響を詳細に検討した。

大腿骨頚部骨折患者の生命予後に影響する因子

 本研究の目的は、大腿骨頚部骨折患者の生命予後および生命予後に影響する因子を検討することである。対象は、大腿骨頚部骨折にて本センターにて手術を施行した患者441例である。調査項目は、身長、体重、既往歴、合併症、受傷前歩行能力、退院時歩行能力、退院先である。既往歴および合併症は、痴呆、陳旧性心筋梗塞、不整脈、慢性心不全、弁疾患、肺結核、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、肺炎の既往、気管支喘息、糖尿病(DM)、胃腸切除の既往、胃潰瘍、胆石、慢性腎不全、関節リウマチ(RA)、慢性肝炎および肝硬変を調査した。入院中の合併症として、肺炎、尿路感染症、褥瘡、創部感染の発症の有無を調査した。また、2002年1月1日の生存の有無を調査した。厚生労働省が毎年発表している生命表をもとに、対象者の期待生存率を計算した。統計には、Cox proportional hazards modelを用い、信頼区間は95%とした。大腿骨頚部骨折患者の1年生存率は、男性85.1±4.4%、女性90.4±1.6%であり、期待生存率の89.3%、92.2% と比較して軽度低下していた。1年以降の生存率も、期待生存率よりも、低値であった。生命予後に影響する因子は、男性では、高齢、外側骨折、女性では、高齢、外側骨折、痴呆、慢性心不全、入院中の肺炎の発症、受傷前歩行能力が伝い歩き以下であることであった。

変形性脊椎症が腰椎骨密度値に与える影響

 本研究の目的は、変形性脊椎症が腰椎骨密度値にどの程度影響を与えているかを詳細に解析することである。対象は、本センターにて登録した60歳以上の女性630例(平均年齢73.3±6.9歳)である。対象者の腰椎レントゲン正面および側面像を撮影し、Kellgren-Lawrence分類、骨棘形成、骨硬化、椎間狭小化、辷り症の程度をグレード分類するとともに圧迫骨折数を読影した。骨棘形成は、Nathan分類にて、辷り症はMyerding分類にて、グレード分類した。また、骨硬化は、2mm未満をグレード1、2mm以上をグレード2とし、3段階に分類した。椎間狭小化は、正常より2mm未満の狭小化をグレード1、2mm以上の狭小化をグレード2とし、3段階に分類した。圧迫骨折は、井上らの報告にしたがって、読影した。また、同時に、腰椎および大腿骨頚部骨密度を測定した。Kappa 法を用いて、各変形疾患のintraobserver reliabilityおよびinterobserver reproducibility を、Spearmann順位検定を用いて、各変形疾患の程度が互いに相関しているかどうかを、また、重回帰分析を用いて、各変形疾患の程度が腰椎・大腿骨頚部骨密度と相関しているかどうかを検討した。本研究では、大腿骨頚部骨密度は年齢と有意に相関していたが、腰椎骨密度は相関していなかった。本研究の対象者のほぼすべてが何らかの変形疾患を有していた。Kellgren-Lawrence分類、骨棘形成、骨硬化、椎間狭小化の程度は互いに、強度から中等度の相関を示していた。Kellgren-Lawrence分類、骨棘形成、骨硬化、椎間狭小化、辷り症の程度は、腰椎骨密度値と有意な正の相関を示したが、大腿骨頚部骨密度値とは相関しなかった。多変量解析の結果、腰椎骨密度と強く相関しているものは、骨棘形成、骨硬化、椎間狭小化であった。この結果をもとに、腰椎変形がないと仮定した場合の補正腰椎骨密度値を計算したところ、本研究の対象者の場合、平均15%程度、実際の腰椎骨密度値より低い結果となった。さらに、変形のスコアをもとに、対象者を3群に分類したところ、一番重度の変形をもつ群では、腰椎骨密度と年齢は相関しなかったが、他の群では、有意に相関していた。

まとめ

 骨粗鬆症の最大の合併症は、大腿骨頚部骨折である。大腿骨頚部骨折を受傷すると、ADL/QOLを悪化させるだけでなく、生命予後を悪化させるといわれてきた。しかし、本研究では、男女とも、1年生命率の悪化は、期待生存率と比較して、軽度にとどまっていた。これは、医療水準の進歩ももちろんのことであるが、合併症管理の徹底が良好な1年生存率につながっていると思われる。本研究の結果では、死亡のリスク因子は、男性では、高齢、外側骨折、女性では、高齢、外側骨折、痴呆、入院中の肺炎の発症、慢性心不全、受傷前歩行能力が伝い歩き以下であることであった。このうち、入院中にコントロールできるものは、入院中の肺炎の発症であり、肺炎発症の予防が、予後に影響する重要なファクターとなる。

 本研究では、1年以降の生命予後も期待生存率と比較して、悪化していた。これは、骨折そのものよりも、健常人よりも合併症が多いことや、ADLの低下などが原因となっているとおもわれるが、そのことを検証するには、コントロール群との比較が不可欠であり、今後の課題である。

 しかし、最も重要なのは、大腿骨頚部骨折の発症を予防することであり、そのためには、大腿骨頚部骨折のリスク評価を適確に行う必要がある。その指標として、現在最も汎用されているのが、骨密度値である。そのうちでも、腰椎骨密度が骨粗鬆症の評価に汎用されているが、本研究の結果より、高齢者の多くは腰椎変形を合併し、そのことが腰椎骨密度値に無視できない影響を与えており、腰椎骨密度値だけでは、骨粗鬆症を見逃す可能性がある。また、骨粗鬆症の最大の合併症である大腿骨頚部骨折のリスク評価には、大腿骨頚部骨密度が一番よいとの報告(31-34)もあり、骨粗鬆症の評価には、可能な限り大腿骨頚部骨密度を用いるのが最良かと思われる。ただし、変形性股関節症などにより大腿骨頚部骨密度では骨粗鬆症の評価が困難と考えられる場合には、腰椎変形を読影し、補正した上で、腰椎骨密度値での骨粗鬆症評価を行うべきであろう。

 しかし、DXAは、装置が大きく、高価であるため、実際にはある程度以上の規模の病院にしかないのが現状である。したがって、骨密度測定の必要な高齢者が、気軽に測定できるという状況ではない。また、被爆の問題がある上、携帯性がないため、健診などのスクリーニングにも不向きである。これらの問題を解決できうるものとして、最近期待されているのが、超音波測定法である。この方法は、被爆もなく、携帯性にも優れているため、骨粗鬆症のマススクリーニングなどでの使用が期待されている。これまで、脛骨超音波測定法の再現性や骨密度との相関、健常日本人を対象とした報告はあり、我々の研究でも、大腿骨頚部骨折患者の方が、年齢を一致させたコントロール群よりも、有意に超音波伝播速度が低く、今後の活用が期待される。ただし、未だデータの蓄積に乏しく、信頼性に欠けるため、さらなるデータの蓄積・解析が必要である。将来的には、超音波骨密度装置を用いた骨粗鬆症健診を幅広く行い、骨粗鬆症の疑いがある症例について、さらにDXAにて、大腿骨頚部骨密度を測定するというのが、理想であろう。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、骨粗鬆症の最大の合併症である大腿骨頚部骨折患者の生命予後に関する解析、および、骨粗鬆症診断のgold standardである、二重エネルギーX線吸収法による腰椎骨密度値に与える変形性脊椎症の影響についての詳細な解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.  大腿骨頚部骨折患者の生命予後は、これまで、受傷後1年間は悪化するが、その後は、一般健常人と同等の生存曲線を描くとされていた。しかし、その報告はいずれも古く、また、本邦での報告はほとんどなかった。本研究では、男女とも、受傷後1年間の生命予後は期待生存率と比較して、軽度の悪化を認めるのみであった。しかし、受傷後1年以降も、大腿骨頚部骨折患者の生存曲線は、期待生存曲線と比較して、悪化していた。この理由として、医療水準の進歩および合併症の徹底的な管理が1年生存率を向上させたことが考えられる。また、大腿骨頚部骨折患者は、一般健常人よりも合併症をもつ割合が高く、そのことが、1年以降も生命曲線が悪化していた理由のひとつと考えられる。

2.大腿骨頚部骨折女性患者の生存率を悪化させるリスクファクターとして、高齢、外側骨折、痴呆、入院中の肺炎の発症、慢性心不全、受傷前の歩行能力が伝い歩き・歩行不能であることが挙げられた。特に、入院中の肺炎の発症による死亡リスクは高く、肺炎の予防および発症時の迅速な対応が生命予後を改善させる大きな要因と考えられた。

3.変形性脊椎症が腰椎骨密度にあたえる影響については、これまで、いくつか報告があるが、いずれも変形性脊椎症の有無のみを評価しており、程度の評価を行っていないものや、骨棘形成のみなど一つの変形のみを評価の対象にしており、詳細に調査しているとはいいがたい。本研究では、骨棘形成、椎体終板の骨硬化、椎間の狭小化、すべり症の程度、および圧迫骨折数を詳細に読影した。その結果、骨棘形成、骨硬化、椎間の狭小化の程度は、腰椎骨密度値と有意な正の相関を示しており、これらの変形により、腰椎骨密度値が高く測定されていることが明らかとなった。さらに、多変量解析を用いて、これらの変形が腰椎骨密度値に与える影響を解析したところ、変形がないと仮定した場合の補正腰椎骨密度値を求める計算式は、以下のようになった。

 補正腰椎骨密度値=腰椎骨密度値-0.006x骨棘形成のスコアー0.02x骨硬化のスコアー0.012x椎間狭小化のスコア

 上記の計算式に、本研究対象者の各変形の平均スコアを代入してみたところ、実際の骨密度値よりも0.119mg/cm2低い結果となった。この値は、本研究の対象者の平均腰椎骨密度の15.0%であり、無視できない値である。また、強い腰椎変形を持つ群においては、補正腰椎骨密度値や大腿骨頚部骨密度値での診断と比較して、実際の腰椎骨密度値での診断では、骨粗鬆症患者が30%以上少なく、これらの患者は見逃される可能性が高く、注意を要すると考えられた。したがって、高齢者において、腰椎骨密度値を用いて骨粗鬆症を診断する場合には、腰椎変形を読影し、補正した上で評価しないと、骨粗鬆症を見逃すリスクが非常に高いと考えられる。

 以上、本論文は、骨粗鬆症の最大の合併症である大腿骨頚部骨折患者の最近の生命予後を解析し、これまでの報告とは異なってきていることを明らかにした。さらに、変形性脊椎症が、骨粗鬆症のgold standardである腰椎骨密度値に与える影響を詳細に解析し、与える影響の大きさを明らかにした上に、補正の必要性およびその方法を提示した。これらは、今後の骨粗鬆症の診断および治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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