No | 120377 | |
著者(漢字) | 三村,達哉 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミムラ,タツヤ | |
標題(和) | 角膜再生 | |
標題(洋) | Corneal Reconstruction | |
報告番号 | 120377 | |
報告番号 | 甲20377 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2526号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1. 背景・目的 本邦においては年間、約2600眼の角膜が移植されているが、移植手術を必要とする患者数に対して、提供角膜数が慢性的に不足しているため、角膜移植を必要とする患者は角膜移植の予約登録後、約2年間、見えない状態で待機することを余儀なくされているのが現状である。角膜混濁を生じる病気として遺伝性疾患、角膜血管新生、薬剤外傷、感染症、円錐角膜、など多岐にわたるがいずれも付加逆的な角膜混濁をきたした場合、角膜移植しか治療の方法がない。 近年、医療分野では再生医療が大きな注目を集めており、従来の移植医療に代わる新しい治療法になりうると考えられる。再生医療の技術を用いることにより、培養した角膜上皮細胞や角膜実質、角膜内皮細胞を人工材料に組み込むことにより、角膜を再構築することが出来れば、現在の慢性的なドナー不足を解消する解決策になるのではないかと考えられる。ヒト角膜内皮細胞(Human corneal endothelial cell = HCEC)は生体内では増殖能を失っており、このことが生体内における内皮の創傷治癒を期待できない理由となっている。我々は、培養した角膜内皮細胞を用いて、角膜を再構築することが可能であるか検討するとともに、再構築した角膜の機能解析、および動物を用いて培養角膜内皮細胞の移植を試みた。更に上皮細胞移植、人工実質移植についても検討した。 2.ヒト角膜内皮細胞の培養 培養角膜内皮細胞の培養は非常に困難であるが、我々は仔ウシの角膜内皮細胞が産生する細胞外基質(extracellular matrix, ECM)を用いることにより、HCECの状態を良好に保ちながら継代し、またバンク化することに成功した。継代培養されたHCECはドナー年齢が高い程、大型老化細胞が数多く出現し、細胞の大きさが不均一になった。またTGF-beta2が角膜内皮細胞の増殖に関与していることが判明した。プリオン感染の危険性のあるウシ材料からの脱却を目指して、ウシ血清の代わりに成人血清を用いてHCECの培養を行った。成人血清を用いてHCECの効率的な初代および継代培養に成功した。 3.培養HCECを用いた再構築角膜 培養HCECとヒト角膜実質から角膜を再構築した。内皮細胞を剥がしたヒト角膜のデスメ膜上に培養HCECを播種し、軽く遠心を加えて細胞の接着を促進させることにより3000 cells/mm2以上の細胞密度を得ることに成功した。この密度は成人の内皮密度とほぼ同等の値であった。この再構築角膜でのHCECは、正常角膜と同様にHLA class I、class II抗原をほとんど発現せず、細胞周期はG1期にとどまっていた。この再構築角膜の内皮細胞のポンプ機能をウッシングチャンバーで測定したところ、内皮の電位差は正常角膜約0.40±0.14 mVに対して、再構築角膜で0.30±0.07 mV以上であり正常角膜の75%のポンプ機能を有することが確認された。ウアバインを投与することにより電位差は低下することから、このポンプ機能はNa+-K+ATPaseに依存性であることが判明した。 4.再構築角膜のin vivoでの検討 再構築角膜を白色家兎に移植したところ、角膜の透明性が6ヶ月間維持された。蛍光色素でラベルした培養HCECを用いた再構築角膜を家兎およびヌードラットへ移植したところ、蛍光ラベルされたHCECが術後長期的に移植片上に保たれており、実質上に播種したHCECが術後の移植片の透明性維持に働いていることが分かった。拒絶反応は見られなかった。 5. 代用角膜実質 ヒト角膜実質を用いた再構築角膜は、内皮密度が少ないために通常の移植に使用できなかった角膜を利用できるという利点をもつが、供給数に限りがある。他の代替角膜実質として人工実質が培養HCECのキャリアーになりうるか検討した。アルカリ可溶化コラーゲンを用いて作成した人工実質は、透明性・生体適合性・細胞接着性が良好であった。白色家兎に移植したところ移植後炎症反応は起こさず、上皮の被覆も良好であり、長期的に角膜透明性に働いた。 6.培養角膜内皮細胞単独のデリバリー法 培養角膜内皮細胞を単独で前房内に投与し、デスメ膜内皮面に接着させる方法について検討した。Spherical iron powderを貪食させた培養家兎角膜内皮細胞をDiIでラベルし、クライオによる角膜内皮傷害後の家兎前房内に投与した後、眼瞼上にネオジウム磁石を24時間置き内皮面への接着を図った。鉄粉を貪食した角膜内皮細胞を移植した群では、対象群と比較して早期に角膜浮腫が消退し、術後1年にわたり、眼圧上昇、拒絶反応、ジデローシスは認められなかった。長期的な安全性も確認され、この細胞単独の移植法が有効であることが分かった。 7. 人工角膜実質と培養内皮細胞により作成した深層再構築角膜 培養内皮細胞をキャリアーとなるType I collagenもしくはゼラチン上に播種することにより深層角膜を再構築することに成功した。この深層再構築角膜を角膜浮腫および角膜混濁を生じた家兎に移植した所、術後早期に角膜厚が低下し角膜浮腫および混濁は治癒された。 8.自己未分化細胞の応用 自己未分化細胞を用いた拒絶反応のない角膜移植の可能性を模索する目的で、ラット骨髄中の単核球をDiIでラベルし、クライオ角膜内皮傷害後の同系ラット前房内に投与した。前房内へ投与された細胞がデスメ膜上に接着して、角膜内皮様に変化した。自己未分化細胞を角膜内皮細胞の方向へある程度誘導することができれば臨床応用可能と考えられた。 9.角膜組織幹細胞採取 角膜組織幹細胞を採取し、その遺伝子発現および分化能について検討した。白色家兎の角膜の上皮、実質、内皮より選択的にメチルセルロース法により組織幹細胞を採取することに成功した。これらの組織幹細胞は角膜幹細胞、神経幹細胞、多能性幹細胞遺伝子を発現しており、さらに分化誘導させることにより上皮系、間葉系、神経系に分化可能であることがRT-PCRおよび免疫染色にて明らかになった。 10.角膜組織幹細胞移植 角膜上皮細胞を羊膜上で培養し重層化シートを作成することは既に成功しており、臨床的にも過去に数人に移植している実績がある。今回は選択的に採取した角膜組織幹細胞を移植医療に応用できるか検討した。上皮幹細胞を用いて羊膜上で重層化させた培養角膜上皮シートを作成することに成功した。角膜上皮を傷害し角膜に血管が侵入した家兎に上皮を全摘後、健眼より得られた角膜組織幹細胞を用いて作成した培養重層化幹細胞シートを移植したところ、角膜上皮化および血管進入抑制が得られ、角膜透明性が確認された。また拒絶反応は見られなかった。更に、内皮幹細胞を用いて、内皮細胞が脱落して角膜混濁を生じている家兎に幹細胞を単独で前房内に投与し角膜内皮面に移植した所、角膜内皮面に接着し角膜浮腫および混濁が治癒された。 11.結語 本研究では従来の角膜移植で生じうる慢性的な提供角膜不足を打開するために、動物モデルを用いて角膜再生医療の戦略を多種類の方法で検討した。角膜移植を必要とする患者の約60%が角膜内皮障害による水疱性角膜症が原因であることから、角膜では内皮の再生が最も急を要する再生医療であると考えられる。本研究により培養角膜内皮細胞が移植後も角膜実質をhydrationするポンプ機能およびbarrier機能を働かせて角膜透明性に働くことが証明された。社会的、倫理的な障壁が大きい中で、本研究で検討した培養細胞および組織幹細胞を用いた再生医療を今後いかに臨床に結び付けていくかが今後の大きな課題となるだろう。 ここで、将来的なドナー角膜を必要としない再生医療を目指して、角膜再生医療を具現化するための根本的な概念および採取する細胞の起源に関する治療戦略について考察したい。一般的に幹細胞を用いた再生医療を前提に考えた場合、対象となる幹細胞は大きく分けてES細胞(胚性幹細胞)、生体骨髄幹細胞、臍帯血幹細胞、羊膜幹細胞が提唱されている。これは未分化な細胞の方が様々な組織での分化誘導が可能であるという概念に基づいている。そのため未分化な細胞ほど、再生医療への利用期待度が高いように思われるが、使用可能な幹細胞は分化誘導条件が既に明らかになっているものであり、ES細胞からの角膜を含めた臓器特有細胞への分化条件は現時点ではほとんど解明されていない。更に、胎児由来の幹細胞であるES細胞の使用に関しては生命倫理に触れる恒久的な問題を残しており、骨髄幹細胞や臍帯血幹細胞は血球細胞、神経細胞、あるいは筋肉細胞、脂肪細胞、肝細胞に分化することは可能であるが、どの程度、各臓器特有の細胞に分化誘導されうるのかは不明である。更に、羊膜幹細胞に関しても、神経系への誘導は確認されているが、その分化能に関しては限界がある。したがって、これらの幹細胞を角膜再生医療の中心的なソースとして位置付けるわけにはいかない。我々の幹細胞に対する見解では、ES細胞などの未分化な幹細胞を使用するよりも、分化の系譜ではある程度下流に属していても、角膜を構成する細胞として機能しうる角膜由来の培養細胞や組織幹細胞の方がより生体内での補填としては適していると結論づけた。 患者由来の細胞もしくは組織幹細胞を用いる移植医療は、ドナー細胞が患者自身の細胞であるため、免疫反応や未知の感染症を防ぐことができる。成人由来幹細胞が生体外において増殖可能で、任意の刺激により各種細胞に分化しうるものであれば、患者自身から幹細胞を採取する方法が最も良いと考えられる。確かに、採取する細胞が、患者が必要とする臓器特有の細胞に分化しうることが第一条件であるが、容易に利用でき、採取による患者への負担が少ないことも重要である。この概念からすると、骨髄針を用いて、骨髄幹細胞を採取するよりも、体表面に近い、角膜、皮膚、口腔などから幹細胞を採取し角膜を構成する細胞に分化誘導させて角膜を再構築する方が患者の負担は少ない。更に、移植免疫の問題が解決されたならば、同種同系の培養細胞を用いる方法や、我々が培養ヒト角膜内皮細胞で証明したように、大量に培養した細胞から選択的に採取した組織幹細胞を使用する方法は最も容易かつ患者への負担が少ない方法として位置づけられる。我々の動物モデルにおける培養細胞移植の方法および結果は、今後の患者由来の細胞もしくは組織幹細胞を用いた角膜上皮、実質、内皮の臨床における再生治療の里塚になると考えられる。近い将来、角膜のみをソースとするのではなく、口腔粘膜上皮や皮膚真皮から比較的容易に得られる組織幹細胞を角膜の各細胞に分化させて移植に応用できることを願っている。これらの応用により、多くの臓器移植を回避でき、その移植術の困難さと費用の多大さ、更に臓器のドナーの問題点を解決できることを期待している。 | |
審査要旨 | 本研究は角膜を構成する細胞を培養し、角膜を再構築することと、また再構築した角膜が移植した後も、角膜の透明性に働くか試みた研究であり、下記の結果を得ている。 1.ヒトおよび兎の角膜より角膜上皮細胞、実質細胞、内皮細胞を培養することに成功した。 2.培養した角膜内皮細胞を用いて、角膜を再構築し、再構築した角膜に生体内と同様のNa-Ka ATPaseに依存性のポンプ機能を獲得していることを証明した。 3.培養角膜内皮細胞もしくは培養角膜内皮細胞を用いて再構築した角膜をヌードラットと白色家兎に移植することにより、角膜は透明性を維持した。移植した培養角膜内皮細胞が移植後も角膜のハイドレーションに寄与していることが証明された。 4.ヒトおよび兎角膜より、自己複製能と多分化能を保持する組織幹細胞を選択的に採取することに成功した。 5.採取した角膜上皮、実質、内皮由来の組織幹細胞をそれぞれ、兎に移植することにより、角膜部分移植に利用できることを証明した。 以上、本研究はドナー角膜の提供不足を解消するために、培養細胞を用いた再構築角膜を移植するという新たな方法を試みている。培養法、移植法も動物実験において確立した方法で、臨床的にも使用可能である可能性を示唆した研究であり、学位の授与に値すると考えられる。 | |
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