学位論文要旨



No 120381
著者(漢字) 前野,崇
著者(英字)
著者(カナ) マエノ,タカシ
標題(和) 注意関連電位P300、P2および注意関連磁場P300m、P2mの計測と電流源推定に関する研究
標題(洋)
報告番号 120381
報告番号 甲20381
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2530号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加我,君孝
 東京大学 助教授 富田,剛司
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 高山,吉弘
 東京大学 講師 星地,亜都司
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 ヒトの注意機能はリハビリテーションにおいても重要な意味を持つが、この注意機能を電気生理学的に測定するには被験者に課題を行い、その間に脳波または脳磁図で事象関連電位・磁場を測定する方法がある。

 注意に関する事象関連電位は、注意の性質によって複数のものが知られている。今回我々は注意機能障害の診断と評価のための基礎的な知見を得る目的で、予期しない刺激に対して意識的に反応するための注意機能に着目し、その際に出現する事象関連電位・磁場を測定して注意機能の脳機能局在を求めた。

2.研究1 事象関連電位P300および磁場P300mの電流源解析

 P300は予期しない、意識的に注意を向けなければならない刺激を提示されてから約300msecに出現する、頭頂正中付近にピークを持つ陽性電位である(Sutton 1965)。標的刺激の提示頻度が低いほど、また提示刺激が提示されるかの予測がつかないほど、P300の振幅は増大する。P300を出現させるにはオッドボール課題を使用する(Ritter 1969)。また、P300に相当する脳磁場はP300mと呼ばれる。P300およびP300mの電流源解析は過去に行われているが、脳内電極によって測定した結果に比べて非侵襲的な方法で測定した結果は十分ではなかった。今回我々は脳波・脳磁図を用いて、従来両側海馬付近に求められていた電流源についてそれ以外の部位の活動を求めることを目的に実験を行った。

対象

 健康な24〜41歳のボランティア 成人7人 男性6人女性1人 右利き

方法

 17インチモニタに2種類の図形の刺激を提示した。そのうち1種類を標的刺激(出現率20%)として、座位の被検者に左手示指で正確にボタンを押すように指示した(実験1)。また、被検者の右手拇指と示指に表面刺激電極を貼り付け、電気刺激を行った。拇指への刺激を標的刺激(出現率20%)として、被検者に左手示指で正確にボタンを押すように指示した(実験2)。

 その間、脳波計または脳磁図計にて活動を計測し、70回以上の加算平均を行った。脳磁図については脳内に複数の電流双極子を仮定した電流源解析を行った。脳波については脳磁図で求められた電流源部位を初期条件として、複数の電流双極子を仮定した電流源解析を行った。

結果

 標的刺激呈示において、実験1では脳磁図で左右の海馬付近に電流双極子を認めた(7人中6人)。また脳波を併用することにより、帯状回にも電流双極子が認められた(7人中5人)。

 実験2では海馬付近(7人中6人)に電流源が認められた。また、左体性感覚野(SII)にも認められた(7人中6人)。

考察

 今回の測定では脳磁図に脳波を併用することにより、海馬のみならず帯状回にも電流源を求めることができた。P300はこれらの電流源活動の重ね合わせであり、電流源を詳細に推定することで今後の注意機能障害の診断・評価に役立つと思われる。

3.研究2 左右視野に注意を向けたときの事象関連電位P2の電流源解析

背景・目的

 P300より早期の成分であるP2は、200msec前後に出現する陽性成分であり、オッドボール課題のような注意課題を行った際に振幅が変化することが知られている。ヒトの空間への注意機能は各感覚を統合して、頭の中に空間の地図を思い描いて(表象)行われることが知られているが、空間への注意は感覚の統合よりも前の、各感覚野が活動している間にも機能している可能性がある。我々は左右半側空間へ注意を払うオッドボール課題を用いて、P300以前の活動P2に関する脳内の電流源活動を求めた。

対象

 健康な24〜32歳のボランティア 成人10人 男性5人女性5人 全例右利き 実験2ではそのうち5人。

方法

 17インチモニタの左右視野に2種類の図形の刺激を提示した。被験者は指示された側の半側視野に注意を払った。半側視野に提示される図形のうち1種類を標的刺激(出現率20%)として、座位の被検者に左手示指で正確にボタンを押すように指示した。その間、実験1では脳波計、実験2では脳磁図計にて活動を計測し、70回以上の加算平均を行った。

 実験1の加算平均した脳波波形は、電流分布モデルによるLORETAにて解析した(Pascual-Marqui 1994)。

さらにLORETAの解析結果について、各視野に注意を向けた条件と注意を向けなくてもよい非標的条件とを比較して対応のあるt検定を行った。

 実験2の加算平均した脳磁図波形は、実験1の結果を参考に電流源の初期位置を決めて複数の電流源解析を行った。

結果

(1)実験1

 刺激提示後200〜210msecにおいて活動に差があった部位は、左に注意を向けた場合、両側の眼窩回付近(P<0.05)、左後頭葉外側から中側頭回後部にかけて(Brodmann18、19、37野)であった(p<0.1)。右に注意を向けた場合、右側下前頭回眼窩部ないし上側頭回前部であった(p<0.05)。

 ただし差のあった部位は非標的刺激提示条件よりも活動が下がっている。そのため左に注意を向けた場合、左後頭葉外側の活動は減少し、右後頭葉外側は活動が保たれていた。右に注意を向けた場合、後頭葉外側は左右ともに活動の変化に差がなかったと考えられる。

(2)実験2

 P2mの電流源は鳥距溝、紡錘回などに認められた。脳磁図からは、左右視野に注意を向けたときの違いについては明らかな差は認められなかった。

考察

 P2において脳活動に変化が認められた部位は複数あったが、後頭葉外側に注目すると、左視野に注意を向けた場合に左後頭葉外側の活動が減少し右後頭葉外側の活動が保たれた。右視野に注意を向けた場合は、左右ともに活動の変化に差がなかった。これはMesulamの注意に関する説(右半球は両側視野への注意を支配し、左半球は右視野への注意のみを支配する)に合致すると思われる。Mesulamの注意の説は頭頂葉に関するものであったが、空間への視覚的注意においては後頭葉も関わっているのではないかと思われる。

4.考察

 まず注意関連電位P300と磁場P300mの電流源解析については、過去の解析では求めるのが困難であった帯状回の活動を求めることができた。脳波・脳磁図の電流源推定をより詳しくすることが可能になれば、注意機能障害患者の診断・評価に役立つと思われる。

 つぎに、P300より前の事象関連電位であるP2に関する電流源解析では、左右の空間に注意を向けたときに後頭葉外側から中側頭回後部(Brodmann 18,19,37野)の活動に有意な変化が認められた。空間への注意が、各感覚の統合より以前に視覚野で始まっている可能性がある。

 高次脳機能障害である半側空間無視の患者のリハビリテーションではいかに左側空間に注意を向けさせるかが問題となる。そのためのリハビリテーションには、注意障害モデルに従って様々な方法が考案されている。

 今回、頭頂葉だけではなく後頭葉外側も空間への注意に関わっている可能性が認められた。半側空間無視患者のうち、とくに視覚に対する注意が他の感覚に比べて悪化している患者の場合は、視覚的な注意の悪さをカバーするリハビリテーションが有効かもしれない。

5.結論

 注意機能障害の診断と評価の基礎的知見を得る目的で、ヒトの注意に関する脳機能局在について、脳波および脳磁図を用いて事象関連電位・磁場を計測、電流源推定を行った。

 まず、注意関連電位P300と磁場P300mの計測とその電流源解析を行い、海馬のみならず帯状回に電流源を求めることができた。

 さらに、左右半側空間に注意を払うオッドボール課題遂行時の視覚刺激による電位P2および磁場P2mの電流源解析を行い、P2に関する注意機能が後頭葉外側に存在することを認めた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ヒトの注意機能障害の診断と評価の基礎的知見を得る目的で、注意に関する事象関連電位P300およびP2、事象関連磁場P300mおよびP2mを計測しその解析を行ったものであり、以下の結果を得ている。

1、 健康な被験者7人に対して注意関連電位P300と磁場P300mを計測し、その電流源を推定した。視覚刺激によるP300とP300mの電流源は両側海馬(7人中6人)に位置し、さらに帯状回(7人中5人)にも認めた。帯状回の電流源は過去の同様の研究では求めるのが困難だった。

2、 空間に向けた注意に関する機能局在について基礎的知見を得る目的で、健康な被験者10人に対して視覚刺激による注意関連電位P2を計測し、その電流源を推定した。後頭葉外側から中側頭回後部(18,19,37野)にかけて、左半側視野に注意を向けたときに左後頭葉外側の活動が有意に減少し右後頭葉外側の活動が保たれた。右視野に注意を向けた場合は、左右ともに活動の変化に差がなかった。

以上、本論文は、健康なヒトの注意機能に関する機能局在について新しい知見を明らかにした。これらのことはヒトの高次脳機能障害の診断と評価に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク