No | 120382 | |
著者(漢字) | 曹,雪源 | |
著者(英字) | CAO,XUEYUAN | |
著者(カナ) | ソウ,セツゲン | |
標題(和) | スナネズミ胃癌モデルにおけるHelicobacter pylori感染時期の影響についての研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 120382 | |
報告番号 | 甲20382 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2531号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | Helicobacter pylori (Hp) 感染が慢性胃炎および消化性潰瘍の原因となるばかりでなく、胃発癌における重要な因子であることが明らかとなり、1994年にはWHO/IARC (World Health Organization / International Agency for Research on Cancer) によりHpはgroup 1 carcinogenと認定された。疫学的データに基づき、Hp感染獲得の年齢は胃粘膜へのダメージに影響する重要な因子であり、Hp に感染した個体は感染時の年齢が若いほど胃癌の相対危険度が高いことが示された。しかし、これまでに、小児期のHp感染の発癌との関連性を成人の感染と比較検討した文献的に明らかな実験的検証は存在しない。全人類の約半数がHpに感染し、日本では6,000万人以上が感染していると推定されるが、その感染経路や感染時期については不明な点が多く、感染時期と胃発癌のリスクに関する臨床的エビデンスの確立には検討方法や倫理面など様々な障壁がある。過去の検討から、N-methyl-N-nitrosourea (MNU) あるいはN-methyl-N'-nitro-N-nitrosoguanidine (MNNG) によるinitiationを加えたスナネズミ(Mongolian gerbils) における腺胃発癌の頻度はHp感染により著明に促進されることが判明している。本研究では、スナネズミモデルを用いた実験的検討を中心に、Hp感染時期による胃癌発生にどのように影響するかについて検討した。 [研究1] Hp感染時期がスナネズミ腺胃発癌に及ぼす影響 研究目的 Hpの若年感染と胃癌との関連が報告されているが、感染時期が胃癌発生に及ぼす影響についての実験的証明はなされていない。従って本研究はスナネズミHp感染モデルとして用いた発癌実験を通じて、Hp感染時期の相違が発癌に及ぼす影響について比較検討することを目的とした。 材料と方法 4週齢雄性スナネズミ(MGs/Sea)を用い、早期・中期・後期感染群に分け、Hp株 (ATCC43504) 約1.0x108 cfu/mlを含むHp菌液をそれぞれ実験0・14・28週に経胃投与した。Hp非感染群には液体培地のみを投与し対照群とした。MNU投与群には上記の経胃投与の2週後から10ppm MNUを20週間連続投与した。感染期間が一定となるように、いずれの群も経胃投与後52週の時点にてエーテル深麻酔後に屠殺し腺胃標本を採取し、さらに下大静脈血を採取し抗Hp血清IgG抗体価と血清ガストリン値を測定した。 結果および考察 胃癌発生率は、早期Hp感染+MNU投与群60.0% (12/20匹)、中期Hp感染+MNU投与群18.2% (2/11)、 後期Hp感染+MNU投与群10.0% (2/20)で、早期群では後期群よりも有意に高い発癌率が観察された (P<0.01, Fisher's exact test)。また早期MNU単独投与群の発癌率は14.8% (4/27)で、Hp感染によるMNU誘発胃癌に対する発癌促進作用が確認された。早期Hp感染+MNU投与群では抗Hp血清IgG抗体価および血清ガストリン値も後期群より有意に高い値が計測され(P<0.05)、感染期間が一定であっても感染時期の相違により宿主の感受性に差が生じ、発癌率へも影響を及ぼしている可能性が考察された。 [研究2] Hp感染による炎症程度の相違が発癌に及ぼす影響 研究目的 高度の組織学的胃炎は、胃癌発生におけるhigh risk groupであり炎症の程度ないし持続期間が胃発癌リスクに及ぼす影響が示唆される。しかし、ヒトにおいてはHp感染期間ないし炎症の程度が発癌に及ぼす影響に関して、生活様式や遺伝的要因など他の様々な修飾要因を完全に除去して検討することは困難である。スナネズミはHpの長期感染が成立し、Hp感染と胃癌発生リスクとの関連性を調査する上で有用となるばかりでなく、慢性萎縮性胃炎および腸上皮化生を発生することからヒトに投影しうる理想的な胃粘膜疾患モデルとなる。従って、スナネズミHp感染モデルにおけるHp感染期間の異なる群を作成し、Hp感染による炎症程度が胃粘膜病変の形成および発癌率に及ぼす影響につき検討した。 材料と方法 7週齢の雄性スナネズミを用い、3群に分け、それぞれ実験0・12・18週においてHp菌液を経胃投与した。さらに実験20週からMNU(N-methyl-N-nitrosourea) 経口投与を開始し、MNU投与前のHp感染期間がそれぞれ20週 (MNU投与前 長期感染群)・8週 (同 中期感染群)・2週 (同 短期感染群)となるように実験デザインを設計し、各標本における胃粘膜の炎症程度をUpdated Sydney Systemに準じて半定量的に判定し、Hp感染期間の差異に伴う炎症程度の相違がその後のMNU誘導発癌に及ぼす影響につき検討した。 結果および考察 胃粘膜の炎症スコアは、Hp長期感染群ではHp短期感染群と比較して有意に高値であった (P=0.006、Mann-Whitney U test)。炎症スコアおよびBrdU labeling indexにおいて各群間の差異が認められ、この実験の発癌物質暴露時点での、胃炎程度の相違が観察された。Hp長期感染群の抗 Hp 血清IgG抗体価ないし血清ガストリンの平均値は、Hp短期感染群より有意に高い値が測定された(それぞれP=0.016, P=0.007)。胃癌の発生率は長期Hp感染+MNU投与群45.0% (9/20)、中期Hp感染+MNU投与群20.0% (2/10)、 短期Hp感染+MNU投与群23.1% (3/13)で、長期Hp感染+MNU投与群では中期・短期Hp感染+MNU投与群に比較して発癌率が高い傾向が観察されたが、有意差は認められなかった (P=0.26)。長期感染群では、同条件の非感染MNU投与群に比べて、有意な発癌率の上昇が観察されたが (P=0.0019, Fisher's exact test)、中期および短期感染群では、非感染MNU投与群と比較して有意な差は確認されなかった (それぞれP=0.52, P=0.50)。 組織学的所見の各項目におけるスコアは、好中球浸潤・単核球浸潤・腸上皮化生・過形成のいずれの項目においても、Hp長期感染群はHp短期感染群より有意に高い値が計測された。Hp長期感染群のBrdU labeling indexがHp短期感染群より高値であったことから、胃粘膜のturnoverがHp長期感染群において亢進しており、Hpの持続感染状態が胃粘膜上皮の炎症・細胞破壊および再生機転に影響を及ぼしていると推察される。 実験70週目においても抗 Hp 血清IgG抗体価、血清ガストリン値ともに、Hp長期感染群では短期感染群より有意に高値であった。組織学的にも、好中球浸潤・単核球浸潤・腸上皮化生・過形成の各項目においてHp長期感染は短期感染より強い炎症を示すスコアが得られた。また、Hp長期感染群では、同条件のMNU非投与群に比べて有意に高い発癌率が観察され、Hp感染期間が発癌リスクに影響を及ぼすことが示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究は、慢性胃炎および消化性潰瘍の発生、さらには胃発癌において重要な役割を演じていると考えられるHelicobacter pylori (Hp)について、その感染時期の相違が胃発癌リスクに及ぼす影響を、スナネズミ(Mongolian gerbils)腺胃発癌モデルを通じて解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.Hp感染時期がスナネズミ腺胃発癌に及ぼす影響 Hp感染は慢性胃炎、消化性潰瘍、さらに胃癌の発生に影響する重要な因子であり、またHp感染時の年齢が若いほど胃癌の相対危険度が高いことが疫学的に示された。しかし小児期のHp感染による胃発癌リスクを成人の感染と比較検討した実験的検証は存在しない。従って本研究は、スナネズミHp感染モデルとして用いた発癌実験を通じて、Hp感染時期の相違が発癌に及ぼす影響について比較検討した。4週齢雄性スナネズミ(MGs/Sea)を早期・中期・後期感染群に分け、Hp株 (ATCC43504) 約1.0x108 cfu/mlをそれぞれ実験0・14・28週に経胃投与した。MNU (N-methyl-N-nitrosourea) 投与群には上記の経胃投与の2週後から10ppm MNUを20週間連続投与した。感染期間が一定となるように、いずれの群も経胃投与後52週の時点にて屠殺し腺胃標本を採取、さらに抗Hp血清IgG抗体価と血清ガストリン値を測定した。その結果、早期Hp感染+MNU投与群における胃癌発生率は60.0% (12/20匹)、中期Hp感染+MNU投与群は18.2% (2/11)、 後期Hp感染+MNU投与群は10.0% (2/20)で、早期群では後期群よりも有意に高い発癌率が観察された (P<0.01)。早期MNU単独投与群の発癌率は14.8% (4/27)で、Hp感染によるMNU誘発胃癌の促進作用も確認された。早期Hp感染+MNU投与群では抗Hp血清IgG抗体価および血清ガストリン値も後期群より有意に高く(P<0.05)、感染期間が一定であっても感染時期の相違により宿主の感受性に差が生じ、発癌率へ影響を及ぼしている可能性が考察された。 2.Hp感染による炎症程度の相違が発癌に及ぼす影響 高度の組織学的胃炎は胃癌発生におけるhigh risk groupであり、Hp感染の期間ないしそれに伴う炎症の程度が胃発癌リスクに及ぼす影響が示唆されるが、ヒトにおいてはHp感染期間を正確に調査することは困難であり、また生活習慣などの環境要因を完全に除去して検討することは難しい。本研究では、スナネズミHp感染モデルにおけるHp感染期間の異なる群を作成し、Hp感染による炎症の程度が胃粘膜病変の形成および発癌率に及ぼす影響につき実験的に検討した。7週齢の雄性スナネズミを3群に分け、それぞれ実験0・12・18週にHp菌液を経胃投与した。さらに実験20週からMNU 経口投与を開始し、MNU投与前のHp感染期間がそれぞれ20週 (MNU投与前 長期感染群)・8週 (同 中期感染群)・2週 (同 短期感染群)とし、胃粘膜の炎症程度をUpdated Sydney Systemに準じて半定量的に判定した。その結果、胃癌の発生率は長期Hp感染+MNU投与群45.0% (9/20)、中期Hp感染+MNU投与群20.0% (2/10)、 短期Hp感染+MNU投与群23.1% (3/13)で、長期Hp感染+MNU投与群では中期・短期Hp感染+MNU投与群に比較して相対的に(P=0.26)高い発癌率が観察され、非感染MNU投与群に対して有意な発癌率の上昇が観察された(P=0.0019)。Hp長期感染群ではHp短期感染群と比較して、胃粘膜炎症スコアは有意に高値で (P=0.006)、さらにBrdU labeling indexも有意に高値であった。また長期Hp感染群では抗Hp血清IgG抗体価ないし血清ガストリンも有意に高値であった(それぞれP=0.016, P=0.007)。すなわちHp感染期間の相違は胃癌発生リスクに影響を及ぼし、それに随伴して、炎症スコアBrdU labeling indexの高値も観察された。発癌リスク上昇の機序の一つとして、胃粘膜のturnoverがHp長期感染群において亢進し、Hpの持続感染が胃粘膜上皮の炎症・細胞破壊および再生機転を通じて発癌リスクに影響を及ぼしていることが考察された。 以上、本研究は、スナネズミ胃癌モデルを用いた解析から、Hp感染時期の相違と胃癌発生リスクとの関連性を実験的に検討し、その結果、胃癌の発生率は早期感染群で有意に高いことを明らかにした。さらに、Hp感染期間の相違と胃癌発生リスクとの関連性を実験的に検討し、Hp長期感染群での高い発癌率が認められることを明らかにした。随伴所見として、炎症の程度は長期感染群に強く、BrdU labeling indexも長期感染群で高値が観察された。すなわち、Hp感染時期ないし感染期間の相違は、宿主の免疫反応の相違あるいは胃粘膜上皮の炎症の相違に影響を及ぼし、それに伴う胃粘膜のturnoverの亢進、胃粘膜上皮の炎症・細胞破壊および再生機転の亢進を引き起こして、発癌リスクの上昇に寄与している可能性が考えられた。本研究は、これまで実験的に明らかにされてこなかった、Hp感染時期を発癌との関連性について実験的検討を加えたものであり、Hp感染による胃癌発生リスクへの影響の解明ならびにHp除菌による胃癌予防に向けて重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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