学位論文要旨



No 120386
著者(漢字) 永井,成勲
著者(英字)
著者(カナ) ナガイ,シゲノリ
標題(和) CCL21による、腫瘍特異的細胞傷害性T細胞の誘導と増殖
標題(洋) EFFICIENT GENERATI0N AND EXPANSION OF TUMOR-SPECIFIC CYTOTOXIC T-CELLS WITH CC-CHEMOKINE LIGAND 21(CCL21)
報告番号 120386
報告番号 甲20386
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2535号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 講師 別宮,好文
 東京大学 助教授 朝比奈,昭彦
 東京大学 講師 角田,卓也
 東京大学 助教授 高木,智
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 ケモカインは、分子量8〜10kDの比較的小さな分泌蛋白質で白血球の遊走において重要な役割を担うサイトカインの総称である。その種類は豊富で、現在までに50種類以上のケモカインが報告されている。このケモカインの作用により、リンパ球は生体内を巡回し炎症や免疫応答での必要に応じて集積する。一般的にケモカインのアミノ酸配列にはシステイン(C)が4個あり、N末端側の2個のシステイン配列によりCC-、CXC-、C-、CX3C-の4種類に分類される。1997年に複数のグループによりクローニングされたCC-CHEMOKINE LIGAND 21(CCL21)(別名:SLC,Secondary Lymphoid tissue Chemokine)はCCケモカインの1種で、生体内ではリンパ管内皮細胞、リンパ節などのT細胞領域に存在するストローマ細胞、細静脈の高内皮細胞から分泌され二次リンパ組織への遊走に関与している。また、その受容体であるCCR7はnaive T細胞に加え、成熟樹状細胞にも発現している。この作用により炎症部位で抗原を取り込み活性化した成熟樹状細胞はCCL21に誘導されて二次リンパ組織に遊走し、T細胞に抗原を提示する。これまで、マウス皮下移植腫瘍へのCCL21の局所投与により抗腫瘍効果を得られたとする報告がされてきた。これらの報告ではCCL21により腫瘍局所へ樹状細胞、T細胞が集積し腫瘍特異的細胞性免疫が惹起されるとしているが、いずれの報告例においても細胞性免疫応答の誘導に対するCCL21に役割については明確にされていない。そこで、本研究においては腫瘍局所におけるCCL21の細胞性免疫誘導における役割について明らかにすることを目的として、in vitroの混合培養系を構築しそのシステムを使ってTh1/Th2バランス、細胞傷害性T細胞の誘導およびリンパ球増殖に対するCCL21の役割を検討した。

材料と方法

1)CCL21発現線維芽肉腫細胞株のマウス皮下腫瘍モデルの検討

 CCL21遺伝子を導入したマウス繊維芽肉腫株MCA205/CCL21及びZeocin耐性遺伝子を導入したMCA205/Zeoをマウス皮下に接種し、その腫瘍増殖および白血球遊走に及ぼすCCL21の影響を調べた。

2)in vitro混合培養系を用いたCCL21の細胞性免疫誘導に関する役割の検討

 CCR7を発現する成熟樹状細胞、naive T細胞及び放射線照射したマウス線維芽肉腫細胞株MCA205を含む腫瘍局所を想定した混合培養系で、CCL21蛋白の添加により局所でのTh1系サイトカインであるIFN-γ産生、腫瘍特異的細胞傷害性T細胞の誘導、リンパ球細胞内サイトカイン産生パターンに影響するかについて比較検討した。

3)T細胞増殖に対するCCL21の関与の検討

 naive T細胞の増殖にCCL21が及ぼす影響について固相化CD3ε抗体刺激時、非刺激時の条件下で培養24時間後のチミジンの取り込み能を用いて比較検討した。

結果と考察

1)CCL21発現線維芽肉腫細胞株を用いたマウス皮下腫瘍モデルの結果について

 MCA205/Zeoに比べ、MCA205/CCL21の増殖は有意に抑制された。また、組織学的検討でMCA205/CCL21ではMCA205/Zeoに比べ、CD4陽性細胞、CD8陽性細胞、CD11c陽性細胞の著名な浸潤を認めた。このことからこれまでの報告同様、腫瘍局所でのCCL21の発現によりリンパ球及び樹状細胞の浸潤を伴い腫瘍増殖が抑制されることを確認し得た。

2)腫瘍局所を想定したin vitro混合培養系での結果について

 CCL21の腫瘍局所での発現がもたらす環境を、上記1)の組織像を踏まえてin vitroで混合培養系を構築した。この系では、CCL21蛋白の濃度依存的な細胞培養上清中(72時間後)のIFN-γ濃度上昇を認めた。この系におけるIFN-γの産生細胞を明らかにするため混合培養系のT細胞、樹状細胞のいずれかひとつを、IFN-γ遺伝子ノックアウト(IFN-γGKO)マウスより調整し用いた。IFN-γGKOマウス由来T細胞を用いた混合培養系ではCCL21蛋白存在下でも培養液中のIFN-γの産生は認めなかった。更に、混合培養系中に0.4μmボアサイズのトランスウェルを挿入してT細胞、樹状細胞のいずれか一方を上層のウェルに分離して培養すると、CCL21蛋白存在下でもIFN-γの産生は認めなかった。これらの結果から、CCL21蛋白による濃度依存的IFN-γ産生の上昇は、樹状細胞との接触を伴う相互作用を介したT細胞に由来することが判明した。この結果を踏まえて、混合培養4日後のリンパ球細胞内のサイトカイン産生パターンについて(IL-4,IFN-γ)フローサイトメーターで解析した。CCL21蛋白の存在下では、IFN一γ産生性のCD4陽性T細胞(Th1細胞)及びCD8陽性T細胞(Tc1細胞)の割合が増加することが明らかになった(図1)。更に、このリンパ球を用いた細胞傷害活性試験でCCL21蛋白の存在下では、混合培養系に用いたマウス繊維芽肉腫細胞株MCA205に特異的な細胞傷害性T細胞の誘導が示唆された(図2)。このことから、腫瘍局所におけるCCL21はnaive T細胞及び成熟樹状細胞の遊走にとどまらず、その後の腫瘍特異的細胞傷害性T細胞の誘導にも直接的に関与していることが示唆された。

 これまでのCCL21のマウス皮下腫瘍局所投与による腫瘍増殖抑制の報告では、腫瘍局所へのリンパ球および樹状細胞の集積が見られるとともに、抗体の腹腔内投与によるCD8陽性T細胞のdepletion modelでその抗腫瘍効果が消失することから、CCL21による腫瘍特異的細胞性免疫の誘導が示唆されていた。しかし、この腫瘍特異的細胞性免疫誘導へのCCL21の直接的な関与を解析した報告はなく、CCL21の作用により遊走したnaive T細胞及び成熟樹状細胞が腫瘍局所で高頻度に遭遇することで腫瘍特異的細胞傷害性T細胞が誘導されると考えられていた。

 今回本研究の結果により、腫瘍局所においてCCL21はTh1優位な免疫応答を惹起し、腫瘍特異的細胞傷害性T細胞を誘導することが新たに証明された。

3)T細胞増殖に対するCCL21の関与についての結果

 固相化CD3ε抗体による刺激時、非刺激時でのnaive T細胞の増殖に対するCCL21の関与を調べた。CCL21単独ではT細胞の増殖に影響を与えなかったが、固相化CD3ε抗体による刺激下ではCCL21蛋白の濃度依存的にT細胞の増殖が促進していた(図3)。更に、このCCL21によるT細胞増殖は固相化CD3ε抗体刺激6時間後のT細胞では全く認めなかった。このことから、naive T細胞のTCR(T細胞レセプター)/CD3ε複合体への刺激時にCCL21が局在することで、T細胞の著しい分裂増殖が惹起されることが示された。

結論

 in vitroの混合培養系を用いた解析により、腫瘍局所においてCCL21が細胞性免疫応答の誘導に直接的に関与し抗腫瘍効果にっながることを証明した。すなわち、腫瘍局所の環境を反映した混合培養系においてCCL21は腫瘍局所でTh1優位な免疫応答を惹起し、腫瘍特異的細胞傷害性T細胞の誘導を促進した。更に、naive T細胞のTCR(T細胞レセプター)刺激時にCCL21がT細胞の分裂増殖を著しく促したことから、腫瘍局所においてはCCL21が腫瘍特異的細胞傷害性T細胞の誘導に加えその分裂増殖を惹起することが示唆された。本研究によりCCL21は成熟樹状細胞、naive T細胞の遊走のみならず、これらの細胞間相互作用による細胞性免疫応答の誘導にも関与するケモカインであることが新たに証明された。

図1:CCL21の存在下ではIFN-γ産生性のCD4陽性T細胞(Th1細胞)及びCD8陽性T細胞(Tc1細胞)への偏向を認める。

図2:CCL21は腫瘍局所環境下で、腫瘍特異的細胞傷害性T細胞を誘導する。**p<0.01

図3:CC工21単独ではnaive T細胞の増殖に影響を与えないが、固相化CD3ε抗体による刺激下ではCCL21の濃度依存的にT細胞の増殖能が上昇する。

●固相化CD3ε抗体刺激+CCL21

▲CCL21単独

**p<0.01

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、生体内で白血球の遊走に重要な役割を担うケモカインの一種であるCCL21の腫瘍特異的細胞傷害性T細胞誘導への関与について解析したもので、以下の結果を得ている。

1.マウス皮下腫瘍モデルにおいて、CCL21遺伝子導入マウス繊維芽肉腫細胞株であるMCA205/CCL21は、コントロールとしてZeocin耐性遺伝子のみを導入した同MCA205/Zeoに比して、腫瘍増殖が有意に抑制された。免疫組織学的検討では、MCA205/CCL21は、MCA205/Zeoに比して著明なCD11c陽性細胞、CD8陽性細胞およびCD4陽性細胞の腫瘍への浸潤を認めた。

2.成熟樹状細胞、naive T細胞、マウス繊維芽肉腫細胞株MCA205を含む混合培養系を用いた解析により、CCL21蛋白の添加に伴いその容量依存的に培養上清中のIFN-γ濃度の上昇が認められた。そこで、トランスウェルを用いて各々の細胞の接触を阻害したところ、このCCL21蛋白の添加に伴うIFN-γ産生には成熟樹状細胞、naive T細胞の細胞間接触が不可欠であることが判明した。更に、IFN-γ遺伝子ノックアウトマウス由来の樹状細胞、T細胞を用いた検討から、このIFN-γはT細胞から産生されていることが判明した。

3.成熟樹状細胞、naive T細胞、マウス繊維芽肉腫細胞株MCA205を含む混合培養系を用いた解析により、CCL21蛋白の添加によるnaive T細胞からのTh1、Tc1偏向が示唆された。

4.成熟樹状細胞、naive T細胞、マウス繊維芽肉腫細胞株MCA205を含む混合培養系を用いた解析で、CCL21蛋白の添加に伴いMCA205に対して特異的な細胞傷害性T細胞の誘導が示唆された。

5.固相化CD3ε抗体によるnaive T細胞のT細胞レセプター刺激と同時にCCL21蛋白を添加し24時間後にチミジン取り込み試験を行なった結果、CCL21の濃度依存的なT細胞増殖促進効果を認めた。また、72時間培養後の生細胞数、生細胞率、非アポトーシス細胞の割合は、固相化CD3ε抗体単独刺激群、CCL21蛋白単独刺激群に比較して有意に増加していた。

6.上記5に記したCCL21のnaive T細胞への作用は、固相化CD3ε抗体刺激6時間後にCCL21蛋白を添加した場合、CCL21蛋白非添加群に比較して差を認めなかった。

 以上本論文は、腫瘍局所環境下においてCCL21がタイプI免疫誘導能、T細胞増殖活性能を伴い腫瘍特異的細胞傷害性T細胞誘導に強く関与している可能性を示唆するものである。本研究は、これまで解明されていないCCL21による細胞性免疫誘導能を明らかにしたものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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