学位論文要旨



No 120387
著者(漢字) 富永,真己
著者(英字)
著者(カナ) トミナガ,マキ
標題(和) 日本の情報関連・通信産業の労働職場環境特性がコンピュータ技術職の主観的健康度、職務不満足及び離職意向に及ぼす影響
標題(洋)
報告番号 120387
報告番号 甲20387
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2536号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 木内,貴弘
 東京大学 助教授 井上,和男
 東京大学 助教授 佐々木,司
 東京大学 講師 李,廷秀
内容要旨 要旨を表示する

背景

 確実な就業者数の増加や新たな職種が認められる情報関連・通信産業(以下、情報関連産業)は、急速な発展をとげる国内の主要な産業である。一方、技術革新や多様な雇用形態、評価制度など昨今の国内の労働職場環境の変化によるストレスを先取りする典型的な産業・職場である。情報関連産業のコンピュータ技術職に関する先行研究では、歴史の浅い未熟な組織を背景に、仕事ストレッサーと精神的健康度や蓄積的疲労兆候との関連性が指摘される。加えて、組織の生産性や業績の悪化に影響する離職率の高さが国内外において知られており、業界特有の労働職場環境特性の影響のみならず、コンピュータ技術職の高い成長欲求度の影響が指摘される。しかし、国内の先行研究は主にソフトウェア技術者を対象とし、昨今のインターネットの普及で増加した新たな業種を含めていない。加えて、離職意向や職務不満足、個人要因として成長欲求度をも考慮し、ストレッサーとして労働職場環境特性との関連性を検証したものは皆無である。

目的

 情報関連産業のソフトウェア技術職のみならずインターネットなどの関連職を含めたコンピュータ技術職において、1)マクロ及びミクロのストレッサーを含めた労働職場環境及び個人要因である成長欲求度の実態を明らかにすること、2)労働職場環境のマクロとミクロのストレッサーと個人の主観的健康度、離職意向及び職務不満足との関連性を明らかにすること、3)組織の生産性と労働者のウェルビーングの両方を改善する方法の示唆を得ること、を目的に実施した。

方法

 対象企業は2つの情報通信技術関連企業の労働組合連合体の加入組合の中で、調査協力の承諾が得られた53社である。割当法(標識は両労働組合連合体の性および年齢構成)を用い各社30名、計1590名の組合員を調査対象者とし、2003年5月〜6月末、各組合担当者経由で各人がパスワード及び調査の同意の有無を入力後、web上の質問票調査を無記名形式で回答した。有効回答率61.6%(979名)のうち、約8割を占める技術職種の計871名、男性718名(83%)、女性153名(17%)を分析対象とした。平均年齢は男性32.5歳(±5.5),女性29.6歳(±4.9)で、対象とした2つの労働組合連合体の性別、年齢構成とほぼ一致した結果であった。分析に用いた項目は、基本属性、就業特性、労働時間特性及び、労働職場特性を調整変数とし、それ以外に個人要因としてHackmanとOldhamの成長欲求度の6項目版を、労働職場環境のマクロとミクロのストレッサーの測定には、オリジナルの労働職場環境特性(Perceived work organizational characteristics、以下PWOC)の29項目7尺度を使用し、先行研究の概念モデルを参考にマクロ及びミクロレベルのストレッサーに分類した。従属変数には、主観的健康度に関する変数として精神的健康度にGHQ12項目版(以下、GHQ-12)を、蓄積的疲労兆候に簡約版蓄積疲労徴候スケール18項目版(以下、CFSI-18)を、職務不満足は、Mcleanの職務満足感尺度15項目版の日本語訳を、離職意向は信頼性が確認されているオリジナルの6項目版を使用した。分析方法として、まずPWOCの29項目の各質問に対し「あてはまる」の回答の割合である「ストレッサーの広まり」と、各質問の「あてはまる」の回答の負担感の程度を得点化した「ストレッサーの強度」を算出した。次に、関連要因を明らかにするため、基本属性、就業特性、労働時間特性並びに労働職場特性を調整変数に、成長欲求度及びPWOCのマクロ及びミクロレベルの各変数を独立変数として投入し、GHQ-12、CFSI-18、職務不満足及び離職意向との関連性を検証する階層的重回帰分析を試みた。

結果

 「ストレッサー広まり」の割合の高い上位5項目は全てマクロレベルのストレッサーの項目で、キャリア開発や将来の見通し及び評価制度に関する事柄であった。一方、「ストレッサーの強度」の上位3項目は「ストレサーの広まり」と同じ内容でかつ順位も同様であった。重回帰分析の結果では(表1及び2)、GHQ-12スコアは、PWOCのミクロレベルのストレッサーの各変数を投入すると2つの変数との有意な関連が認められ、成長欲求度と負の有意な関連も認められた。マクロレベルのストレッサーの各変数を投入すると、3つの変数との有意な関連が認められた。CFSI-18スコアは、PWOCのミクロレベルのストレッサーの各変数を投入すると、3つ全ての変数との有意な関連が認められ、マクロレベルのストレッサーの各変数を投入すると、2つの変数との有意な関連性が認められた。職務不満足スコアは、ミクロレベルのストレッサーの各変数を投入すると3つの変数との有意な関連が認められ、マクロレベルのストレッサーの各変数を投入すると4つの全ての変数と有意な関連性が認められた一方で、「仕事の量・質的負荷」との有意な関連性は消失した。離職意向スコアは、ミクロレベルのストレッサーの各変数を投入すると3つ全ての変数との有意な関連が認められた一方で、成長欲求度の関連性は有意ではないが正から負に変化した。マクロレベルのストレッサーの各変数を投入すると、4つ全ての変数と有意な関連性が認められた。

考察

 ミクロレベルのストレッサーである仕事の量・質的負荷は、心身の健康度のみならず、離職意向においても重要な要因であった。加えて、主観的健康度に関してのみならず、職務不満足及び離職意向の増大にマクロレベルのストレッサーが強く影響していた。また労働職場環境特性以外に、離職意向に関しては労働市場環境に影響を受ける組織の収益性が、精神的健康度に関しては成長欲求度や評価制度といった個人のモチベーションに関する事柄が、重要な要因であった。特に、いずれの従属変数とも関連性が認められたキャリア開発や将来の見通しについては、歴史が浅く、技術革新による変化とそのスピードの速さが指摘される情報関連産業の組織の特性が背景に影響すると考えられた。情報関連産業における労働職場環境特性が、個人の主観的健康度のみならず、組織の業績や生産性との関連が指摘される職務不満足や離職意向に影響することが明らかになり、それらの対策が個人と組織の双方に有益でことが示唆された。

表1.主観的健康度に関連する要因(N=670)

表2.職務不満足及び離職意向に関連する要因(N=670)

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、技術革新や多様な雇用形態、評価制度など昨今の国内の労働職場環境の変化によるストレスを先取りする情報関連・通信産業(以下、情報関連産業)の、ソフトウェア技術職のみならずインターネットなどの関連職を含めたコンピュータ技術職において、1)マクロ及びミクロのストレッサーを含めた労働職場環境及び個人要因である成長欲求度の実態を明らかにすること、2)労働職場環境のマクロとミクロのストレッサーと個人の主観的健康度、離職意向及び職務不満足との関連性を明らかにすること、3)組織の生産性と労働者のウェルビーングの両方を改善する方法の示唆を得ること、を目的に行われた。

 本研究では、2つの情報通信技術関連企業の労働組合連合体の加入組合の中で、調査協力の承諾が得られた53社に対し、割当法を用い各社30名、計1590名の組合員を調査対象者とした。2003年5月〜6月末、各人がパスワード及び調査の同意の有無を入力後、web上の質問票調査を無記名形式で回答し(有効回答率61.6%)、うち約8割を占める技術職種の計871名、男性718名(83%)、女性153名(17%)を分析対象とした。

 分析に用いた項目は、基本属性、就業特性、労働時間特性、労働職場特性、個人要因としてHackmanとOldhamの成長欲求度の6項目版、労働職場環境のマクロとミクロのストレッサーの測定に、オリジナルの労働職場環境特性(Perceived work organizational characteristics、以下PWOC)の29項目7尺度を使用した。PWOCは先行研究の概念モデルを参考にマクロ及びミクロレベルのストレッサーに分類した。従属変数には、主観的健康度に関する変数として精神的健康度にGHQ12項目版(以下、GHQ-12)を、蓄積的疲労兆候に簡約版蓄積疲労徴候スケール18項目版(以下、CFSI-18)を、職務不満足は、Mcleanの職務満足感尺度15項目版の日本語訳を、離職意向は信頼性が確認されているオリジナルの6項目版を使用した。分析方法として、まずPWOCの29項目に関し、「ストレッサーの広まり」と、「ストレッサーの強度」を算出した。次に、関連要因を明らかにするため、基本属性、就業特性、労働時間特性並びに労働職場特性を調整変数に、成長欲求度及びPWOCのマクロ及びミクロレベルの各変数を独立変数として投入し、GHQ-12、CFSI-18、職務不満足及び離職意向との関連性を検証する階層的重回帰分析を試みた。

主要な結果は下記の通りである。

1.「ストレッサー広まり」の割合の高い上位5項目は全てマクロレベルのストレッサーの項目で、キャリア開発や将来の見通し及び評価制度に関する事柄であった。一方、「ストレッサーの強度」の上位3項目は「ストレサーの広まり」と同じ内容でかつ順位も同様であった。

2.階層的回帰分析のフルモデルの結果、個人の主観的健康度との関連性では、GHQ-12スコアは、PWOCのミクロレベルの「同僚のサポートの低さ」、「仕事の量・質的負荷」の変数と、マクロレベルの「上司のサポートのまずさ」以外の全ての変数との有意な関連が認められた。また、成長欲求度と負の有意な関連が認められた。一方、CFSI-18スコアは、PWOCのミクロレベルの「仕事の量・質的負荷」の変数と、ミクロレベルの「管理方式の未整備」、「キャリア・見通しの曖昧さ」の変数との有意な関連が認められた。また、「現病歴」との有意な関連性が認められた。

3.組織の生産性と関連が指摘される職務不満足及び離職意向との関連性では、職務不満足スコアは、ミクロレベルの「同僚のサポートの低さ」、「作業環境の低い快適性」の変数と、マクロレベルの4つの全ての変数と有意な関連性が認められた。一方、離職意向スコアは、ミクロレベルの「仕事の量・質的負荷」の変数と、マクロレベルの4つ全ての変数と有意な関連が認められた。また、成長欲求度の関連性は有意ではないが正から負に変化した。さらに、収益実績が横ばいもしくは増加した組織の者ほど、有意に高い、すなわち離職意向が高い傾向であった。

4.ミクロレベルの仕事の量・質的負荷は、心身の健康度のみならず、離職意向においても重要な要因であった。また、主観的健康度に関してのみならず、職務不満足及び離職意向の増大にマクロレベルの変数が強く影響していた。

5.労働職場環境特性以外に、離職意向に関しては労働市場環境に影響を受ける組織の収益性が、また精神的健康度に関しては成長欲求度や評価制度といった個人のモチベーションに関する事柄が、重要な要因であった。

6.いずれの従属変数とも関連性が認められたキャリア開発や将来の見通しについては、歴史が浅く、技術革新による変化とそのスピードの速さが指摘される情報関連産業の組織の特性が背景に影響すると考えられた。

7.労働職場環境特性が、個人の主観的健康度のみならず、組織の業績や生産性との関連が指摘される職務不満足や離職意向に影響することが明らかとなった。

以上、本論文は、本研究は情報関連産業のソフトウェア技術者以外の職種も含めたコンピュータ技術者を対象に53社、計1590名を対象に大規模な横断調査を行った点、労働職場環境特性のミクロのみならずマクロレベルのストレッサーを検証した点、収益性の客観的データを用いた点、個人要因として成長欲求度を含め、個人および組織への影響を検証した点で独創的である。本研究は情報関連産業における労働職場環境特性の対策が、コンピュータ技術職個人と組織の双方に有益であるとの示唆を与える点で意義深く、得られた知見は有益であったことから、学位の授与に値するものと考えられた。

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