学位論文要旨



No 120388
著者(漢字) 中西,三春
著者(英字)
著者(カナ) ナカニシ,ミハル
標題(和) 薬物療法における看護師と医師の連携が行われた精神科急性期病棟入院患者の特徴とアウトカムの向上
標題(洋)
報告番号 120388
報告番号 甲20388
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2537号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 教授 菅田,勝也
 東京大学 助教授 綱島,浩一
 東京大学 講師 山崎,あけみ
 東京大学 講師 村山,陵子
内容要旨 要旨を表示する

序論

 慢性の重度精神疾患である統合失調症は、抗精神病薬による薬物療法が主要な治療であり、適切な薬物療法を行うためには異なる専門家同士の連携が必要となる。看護師と精神科医の連携はとりわけ入院医療の薬物療法のマネジメントにおいて重要であり、海外では看護師が医師の処方に関する意志決定の過程に参与し合意に達することが薬物療法における看護師と医師の連携と定義されている。わが国では近年になって精神科入院医療における救急・急性期医療の充実が図られてきた。精神科急性期において薬物療法のマネジメントは治療の中心の一つであり、看護師と医師の連携はより重要性が増すものと思われる。しかしわが国の精神科急性期病棟において、看護師がどのような患者に対して薬物療法の調整が必要と認識し、医師との連携を行っているのか実態は明らかではない。くわえて、著者の知る限りでは、薬物療法における看護師と医師の連携と精神科急性期病棟入院患者のアウトカムとの関連を検討した研究は海外にもまだない。本研究の目的は、精神科急性期病棟において、1)看護師が薬物療法の調整が必要と認識する患者の特徴、2)看護師と医師の連携が行われている患者の特徴、および3)薬物療法における看護師と医師の連携が患者のアウトカムに与える寄与を明らかにすることである。

方法

 対象は全国26の精神科急性期病棟を有する施設、それ以外の国立療養所4施設および大学病院17施設を2003年11月4日から12月20日の間に退院した統合失調症患者である。診療報酬上の精神科急性期を退院した患者143名を急性期病棟群、それ以外の施設を退院した患者59名を一般病棟群とした。急性期病棟群のうち、看護師が処方変更の必要性を認識したことがあったと報告した72名を必要あり群として、それ以外の71名を必要なし群とした。さらに必要あり群の中で、看護師が処方変更の必要性を認識したときに主治医に相談や情報提供を行いかつその後に処方変更が行われたと報告した22名を、薬物療法における看護師と医師の連携が行われた連携治療群と定義して、その他の50名を対照群とした。

 対象患者のケアを主に担当した看護師に、患者の処方に関する連携として増薬、減薬、種類の変更それぞれの側面について、処方変更の必要性の認識や主治医への相談または情報提供、およびその後の処方変更の頻度を尋ねた。看護師が処方変更の必要性を認識した理由についても尋ねた。対象患者の主治医が、患者の分類を知らない状態で、振り返りで入院時と退院時の患者の社会機能および服薬の受け入れを評価した。社会機能の評価にはGlobal Assessment of Functioning(GAF)を用い、服薬の受け入れはSchedule for Assessment of Insight(SAI)の日本語版SAI-Jの1項目を用いた。GAFおよび服薬の受け入れの入院時から退院時の改善度をアウトカムと定義した。また患者の基本属性(年齢、性別、精神科入院歴の有無、罹病期間)、患者の攻撃性(言葉による攻撃、他人への身体的接触を伴う攻撃、物への物理的な攻撃、自傷・自殺企図)、入院治療(入院時および退院時の抗精神病薬の処方量、服薬指導の有無、在院日数)についても情報を得た。

 本研究では1)必要あり群と必要なし群の患者の特徴(比較1)、2)連携治療群と対照群の患者の特徴(比較2)、および3)連携治療群と対照群のアウトカム(比較3)の3つの比較を主に行った。各アウトカムについては、時点(入院時と退院時)と群(連携治療群と対照群)を独立変数とした反復測定分散分析を行い、2群間の改善度の差を検討した。アウトカムと患者の基本属性および入院治療との間に有意な関連がみられた場合には、その変数を共変量として投入する反復測定共分散分析を行った。

結果

 急性期病棟群は一般病棟群と比べて有意に男性が多く(X2=8.04,d.f.=1,P<0.01)、罹病期間が長く(t=2.04,d.f.=200,P<0.05)、入院時の抗精神病薬の処方量が高かった(t=3.54,d.f.=200,P<0.001)。急性期病棟群は、症状が改善しないという理由で看護師が増薬の必要性を認識した患者が少ない傾向があったが(X2=3.80,d.f.=1,P=0.051)、それ以外の理由や患者の処方に関する連携で一般病棟群との有意な差はなかった。

 必要あり群と必要なし群とを比較した結果(比較1)、必要あり群の患者は有意に年齢が低く(t=2.21,d.f.=141,P<0.05)、入院中に看護師に観察された言葉による攻撃(Z=5.06,P<0.001)、他人への身体的接触を伴う攻撃(Z=3.15,P<0.01)、物への物理的な攻撃(Z=3.95,P<0.001)、自傷・自殺企図(Z=2.00,P<0.05)の頻度が高かった。

 連携治療群と対照群との患者の特徴を比較した結果(比較2)、連携治療群は服薬指導を受けていた患者が有意に少なく(X2=9.09,d.f.=1,P<0.01)、症状が安定しているという理由で減薬の必要性を認識された者が多かった(X2=12.23,d.f.=1,P<0.001)。

 連携治療群と対照群とのアウトカムを比較した結果(比較3)、連携治療群は社会機能の改善が有意に高かった(表1)。服薬の受け入れは、連携治療群において入院時から退院時にかけ有意に改善したが、改善度で対照群と有意な差はなかった(表2)。

考察

 精神科急性期病棟においては、若い患者や入院中に攻撃的行動が多く観察された患者に対して、看護師は処方変更の必要性を認識していた。攻撃的行動が頻回であることは症状が重いことを表していると考えられた。また年齢の若い患者は病歴が短いために、その患者にとっての最適な薬物療法が十分に確立されておらず、薬物療法の調整がより必要になることが予想される。

 処方変更の必要性が認識された患者の中でも、症状が安定しているという理由で減薬の必要性を認識された者について、看護師が医師に相談や情報提供を行った後に処方が変更されていた。高用量の抗精神病薬の投与を続けると錐体外路症状などの副作用のリスクが高まるとされている。本研究の結果は、精神科急性期の薬物療法においてリスクとなる点から、患者の安全を守るための看護師の意見が医師の処方に反映されたことを示している。また処方変更に至った患者では服薬指導を受けた者が少なく、服薬指導が行われることで連携のプロセスに影響を及ぼした可能性が考えられたが、服薬指導と連携の時間的な順序は明らかではなく検討の余地が残されている。

 こうした薬物療法における看護師と医師の連携は、患者のアウトカム向上に寄与していた。連携治療群において社会機能が有意に高く改善した理由としては、看護師と医師の連携によって、治療における患者のニーズが把握され、それに基づいて医師が処方を見直したことが考えられた。

 今後は、研究デザインによって規定した薬物療法における看護師と医師の連携を行う施設と、従来通りの治療を行う施設とを比較する試験を行い、施設単位で連携の効果を検討することが必要である。また、患者の症状や満足度および再入院率といったアウトカムについても検討が必要である。

結論

精神科急性期病棟では、若い患者や入院中に攻撃的行動が多く観察された患者に対して、看護師は処方変更の必要性を認識していた。その中でも、症状が安定しているという理由で減薬の必要性を認識された者に対して、看護師から医師への相談や情報提供を通じて処方の変更が行われていた。こうした薬物療法における看護師と医師の連携が行われた患者ではアウトカムの向上がみられた。

表1.連携治療群と対照群における患者の入院時および退院時のGAF得点

表2.連携治療群と対照群における患者の入院時および退院時の服薬の受け入れ

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、薬物療法における看護師と医師の連携が行われた精神科急性期病棟入院患者の特徴とアウトカムの向上を明らかにしたものである。くわえて看護師が薬物療法の調整が必要と認識する患者や、その中でも看護師から医師への相談や情報提供を通じて処方変更に至る患者の特徴を検討し、薬物療法における看護師と医師の連携の実態を示した。

 本研究では、精神科急性期病棟において、1)看護師が薬物療法の調整が必要と認識する患者の特徴、2)看護師と医師の連携が行われている患者の特徴、および3)薬物療法における看護師と医師の連携が患者のアウトカムに与える寄与を検討した。全国26の精神科急性期病棟を有する施設(精神科急性期病棟)、それ以外の国立療養所4施設および大学病院17施設を2003年11月4日から12月20日の間に退院した統合失調症患者を対象とした。精神科急性期病棟を退院した患者を、入院中に看護師が処方変更の必要性を認識した必要あり群と、処方変更の必要性が認識されなかった必要なし群とに分類した。さらに必要あり群の中で、看護師が処方変更の必要性を認識したときに主治医に相談や情報提供を行い、かつその後に処方が変更された患者を、薬物療法における看護師と医師の連携が行われた連携治療群とした。それ以外の、看護師から主治医への相談や情報提供が行われなかった、あるいは相談や情報提供は行われたものの処方変更に至らなかった患者を対照群とした。本研究においては、社会機能および服薬の受け入れの入院時から退院時の改善度をアウトカムと定義した。

 まず本研究の主な対象である精神科急性期病棟を退院した患者の特徴を明らかにするために、それ以外の施設を退院した患者と比較した。次に、必要あり群と必要なし群の患者の特徴を比較した。さらに連携治療群と対照群の患者の特徴、および連携治療群と対照群のアウトカム比較を行った。各アウトカムについては、時点(入院時と退院時)と群(連携治療群と対照群)を独立変数とした反復測定分散分析を行い、2群間の改善度の差を検討した。アウトカムと患者の基本属性および入院治療との間に有意な関連がみられた場合には、その変数を共変量として投入する反復測定共分散分析を行った。

主要な結果は下記の通りである。

1.精神科急性期病棟を退院した患者を、それ以外の施設を退院した患者と比較した。その結果、精神科急性期病棟の患者は有意に男性が多く、罹病期間が長く、入院時の抗精神病薬の処方量が高かった。

2.精神科急性期病棟の中で、必要あり群と必要なし群の患者の特徴を比較した。その結果、必要あり群は有意に看護師に観察された攻撃的行動の頻度が高く、患者の年齢が低かった。

3.連携治療群と対照群とで患者の特徴を比較した。その結果、連携治療群は看護師が「患者の症状が安定しているから」という理由で減薬の必要性を認識していた者が有意に多く、入院中に服薬指導を受けた者が少なかった。

4.連携治療群と対照群とで患者のアウトカムを比較した。その結果、連携治療群は入院時から退院時にかけての社会機能の改善が有意に高かった。服薬の受け入れは、連携治療群において入院時から退院時にかけ有意に改善したが、改善度で対照群と有意な差はなかった。

 以上、本論文は、薬物療法における看護師と医師の連携と精神科急性期病棟入院患者のアウトカムとの関連を多施設で検討しており、看護師と医師の連携が患者アウトカムの向上に寄与することをはじめて示した点で独創的である。また、薬物療法における看護師と連携が行われた患者の特徴を明らかにしたことは、施設単位で連携を試みるうえでの示唆を与えるという点で、有用性をも兼ね備えており、学位の授与に値するものと考えられた。

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