学位論文要旨



No 120389
著者(漢字) 松本,聡子
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,サトコ
標題(和) 覚せい剤乱用青年に対する集団精神療法の効果の査定に関する研究
標題(洋)
報告番号 120389
報告番号 甲20389
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2538号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 助教授 上別府,圭子
 東京大学 講師 山崎,あけみ
内容要旨 要旨を表示する

背景

 薬物乱用,とりわけ覚せい剤乱用はわが国の青少年をめぐる大きな社会的問題である。覚せい剤乱用の治療は急性期の精神症状に対する治療と依存を対象とする治療とに大別でき,後者の「依存」に関しては,薬物依存者同士で構成される集団精神療法が有効とされている。しかし,この種の集団精神療法を行っている矯正施設は未だ少数であり,施行錯誤しながらその方法を検討している段階である。さらに,薬物依存者を対象とした集団精神療法に関する介入研究の発表は日本国内ではほとんどなく,加えて,矯正施設における覚せい剤乱用青年を対象とした介入研究は皆無である。したがって,こうした取り組みを更に意義深いものにしていくためには,その効果を検証し,問題点を明らかにしていく必要がある。

目的

 本研究の目的は,覚せい剤取り締まり法違反で矯正施設に入所した者を対象とした集団精神療法の効果の査定と検証を行うことである。

方法

 本研究の対象は覚せい剤取締法違反により調査対象施設に入所した20歳以上の受刑者の内,調査時に実刑期の概ね1/2〜2/3の範囲内であり,かつ,IQ80以上のものの中から2002年7月〜2002年10月と2003年7月〜2003年10月の間に行われた第1群a型の集団精神療法のうちどちらかに参加した51名を介入群,2002年10月〜2003年7月もしくは2003年10月以降の第1群a型の集団精神療法の参加候補者の名前を記したウェイティングリストに載せられた58名をコントロール群とし,2002年7月〜2003年10月までを調査期間として自己記入式質問紙法を用いて調査を行った。

 効果の測定のための質問紙は,先行研究と教育専門官の意見を考慮し,ローゼンバーグの自尊心尺度,改訂版UCLA孤独感尺度,薬物への態度尺度の項目を使用した。基本属性(IQ,生年月日,在所年数)については調査対象施設が所持している,対象者に関する記録を使用した。介入群については,集団精神療法開始の約2週間前(T1)と約2週間後(T2)にグループの参加者および指導担当者が集まり,自記式質問紙の配布・回収を行った。また,コントロール群については,工場ごとに対象者を集め,教育専門官が質問紙の配布・回収を一括して行った。

 解析は,集団精神療法の効果を査定するため,ローゼンバーグの自尊心尺度と改訂UCLA孤独感尺度に関し,T2時のこれら2つの尺度の総合得点が,基本属性とT1時のこれら2つの尺度の総合得点を統計的に統制した上で2群間で差があるかを調べるため,基本属性(IQ,年齢,在所年数)ならびにT1時の各尺度の値(T1時のローゼンバーグの自尊心尺度の総合得点,改訂版UCLA孤独感尺度の総合得点)を共変量とし,T2時の各尺度の値(T2時のローゼンバーグの自尊心尺度の総合得点,改訂版UCLA孤独感尺度の総合得点)を従属変数とした計2パターンの共分散分析(ANCOVA)を行った。

 また,薬物への態度尺度に関しては,5件法の回答の分布が片方に著しく偏った分布を示した項目が非常に多かったことを考慮し,ノンパラメトリック検定を行うこととした。項目ごとに検討を加えるため,介入群とコントロール群の各群において,T1とT2時の回答の比較をそれぞれ行うため,wilcoxonの符号付順位検定を行った。さらに,T1時の回答に,介入群とコントロール群の2群間で差があるかを検討するため,Mann-WhitneyのU検定を行った。解析にはSPSS for Windows ver. 11.OJを用い有意水準は両側検定で5%とした。

結果

 介入による変化の検討の結果を表1と2に示した。表1に示したようにローゼンバーグの自尊心尺度においては両群間で10%水準の有意傾向が見られた(F=2.86,p=0.09)また,表2に示したように,改訂版UCLA孤独感尺度については有意差が認められなかった(F=1.20,p=0.19)。さらに,薬物態度尺度の各項目に関しては,コントロール群のT1時とT2時の回答の比較の結果,全項目において有意差は認められなかった。一方,介入群においては,項目(6)「使っていた薬物を止めることに対する不安はある」で5%水準の有意差が認められ(Z=-2.34,p=0.02),項目(7)「施設入寮(少年刑務所入所)は薬物使用をやめることのきっかけとなると思う」では10%水準の有意傾向が見られた(Z=-1.95,p=0.06)。これら以外の項目については,有意差および有意傾向ともに認められなかった。さらに,T1時の各項目の回答を介入群とコントロール群で2群比較した結果,全項目について有意差は認められなかった。

考察

 集団精神療法のよる効果として,自尊心が高まる傾向にあることが示された。自尊心の低さは非行と密接な関係を持つとの先行研究もあり,自尊心の回復は集団精神療法による重要な効果の1つと考えられる。この結果は,抑うつ状態の改善と関連している可能性もある。

 また,孤独感に関しては,先行研究やグループワークという取り組みの性格から変化が期待されたが,調査結果は予想に反したものであった。孤独感に変化が見られなかった理由ついては,集団精神療法の回数と内容の両面から検討していく必要があると思われるが,一つの仮説としては,対象者達が有していた孤独感は非常に根深いものであったため,全8回の集団精神療法では効果が現れなかったという可能性も考えられる。事実,表2に示されているように,介入群とコントロール群双方とも,工藤ら(1983)が報告した20代成人男性67人の平均値35.81(SD=6.95)よりもはるかに高い値を示し,非常に強い孤独感を有していることを示唆する結果となった。すなわち,自尊心には介入により変化が見られる傾向にあるにもかかわらず,孤独感に関しては有意な変化が見られなかったのは,孤独感と自尊心の関係に由来している可能性もあり,例えば,Cutroraら(1979)は,自尊心は孤独感の解消に最も重要な要因であり,人々がある社会の変動を通して孤独感を経験したとき,自尊心はそれがいっそう深刻な状態に進むのを防ぐ重要な要因であると述べていることから,集団精神療法の効果はまず自尊心の回復という形で現れ,もし仮に集団精神療法の回数が全8回ではなく,もっと回数が多ければ,自尊心の回復に次いで,孤独感の解消という形で,集団精神療法の効果が現れたのかもしれないとも考えられる。したがって,今後は,孤独感に焦点をあてた対応や回数の増加を検討する必要も考えられよう。

 本研究の結果,集団精神療法は矯正施設に在所している覚せい剤乱用青年に有益であることが示唆されたが,今後は集団精神療法の回数と内容を検討し,調査方法の問題点も改善した上で更なる調査を行い,依存の自覚を更に確かなものとし,孤独感を軽減し,自尊心をより高めていける集団精神療法のあり方を検討することが課題となるであろう。

表1 ローゼンバーグの自尊心尺度の比較

表2 改訂版UCLA孤独感尺度の比較

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,覚せい剤取り締まり法違反で矯正施設に入所した者を対象とした集団精神療法の効果の査定と検証を目的として行われたものである。

 集団精神療法に参加した51名を介入群,ウェイティングリストに載せられた58名をコントロール群とし,集団精神療法開始の約2週間前(T1)および約2週間後(T2)に自記式質問紙の配布・回収を行った。集団精神療法の効果を査定するため,ローゼンバーグの自尊心尺度と改訂UCLA孤独感尺度に関し,T2時のこれら2つの尺度の総合得点が,基本属性とT1時のこれら2つの尺度の総合得点を統計的に統制した上で,2群間で差があるかを調べるため,基本属性(IQ,年齢,在所年数)ならびにT1時の各尺度の値を共変量とし,T2時の各尺度の値を従属変数とした計2パターンの共分散分析(ANCOVA)を行った。

 また,薬物への態度尺度に関しては,介入群とコントロール群の各群において,T1とT2時の回答の比較をそれぞれ行うため,Wilcoxonの符号付順位検定を行った。さらに,T1時の回答に,介入群とコントロール群の2群間で差があるかを検討するため,Mann-WhitneyのU検定を行った。解析の結果、下記の結果を得た。

1.ローゼンバーグの自尊心尺度においては両群間で10%水準の有意傾向が見られ(F=2.86,P=0.09),集団精神療法の参加により自尊心が高まることが示された。自尊心の低さは非行と密接な関係を持つとの先行研究もあり,自尊心の回復は集団精神療法による重要な効果の1つと考えられる。この結果は,抑うつ状態の改善と関連している可能性もある。

2.改訂版UCLA孤独感尺度については有意差が認められなかった(F=1.20,p=0.19)。孤独感に関しては,先行研究やグループワークという取り組みの性格から変化が期待されたが,調査結果は予想に反したものであった。

 孤独感に変化が見られなかった理由ついては,集団精神療法の回数と内容の両面から検討していく必要があると思われるが,一つの仮説としては,対象者達が有していた孤独感は非常に根深いものであったため,全8回の集団精神療法では効果が現れなかったという可能性も考えられる。したがって,今後は,孤独感に焦点をあてた対応や回数の増加を検討する必要も考えられよう。

3.薬物態度尺度の各項目に関しては,コントロール群のT1時とT2時の回答の比較の結果,全項目において有意差は認められなかった。一方,介入群においては,項目(6)「使っていた薬物を止めることに対する不安はある」で5%水準の有意差が認められ(Z=-2.34,p=0.02),項目(7)「施設入寮(少年刑務所入所)は薬物使用をやめることのきっかけとなると思う」では10%水準の有意傾向が見られた(Z=-1.95,p=0.06)。項目(6)「使っていた薬物を止めることに対する不安はある」に関しては,「そう思わない」という回答が「どちらともいえない」の方向に変化したことは,覚せい剤はいつでもやめられる,と考えていたものが,これまでの自分は薬物に依存していたという自覚が集団精神療法の参加を通して生まれたことにより,覚せい剤をやめることは思っていた以上に困難なことなのかもしれない,という考えが得られつつあるからであるという仮説が考えられる。刑務所での処遇から,出所後,病院やDARC,NA等の社会内処遇につなぐという意味でも,出所後に薬物を絶てるかどうかということに関し,不安が増したという態度の変化が得られたことは極めて意義深いことであると考えられる。さらに,項目(7)「施設入寮(少年刑務所入所)は薬物使用をやめることのきっかけとなると思う」に関し,「だいたいそう思う」の回答が「たいへんそう思う」方向に変化したことについては,集団精神療法の効果を実感したことの現れであるという解釈もできるであろう。

 これら以外の項目については,有意差および有意傾向ともに認められなかった。さらに,T1時の各項目の回答を介入群とコントロール群で2群比較した結果,全項目について有意差は認められなかった。

 以上,本論文は,集団精神療法は,わが国の矯正施設に在所している覚せい剤乱用青年に有益であることを明らかにした。薬物乱用,とりわけ覚せい剤乱用はわが国の青少年をめぐる大きな社会的問題であるにもかかわらず,薬物依存者を対象とした集団精神療法を用いた介入研究は日本国内ではほとんどなく,加えて,矯正施設における覚せい剤乱用青年を対象とした介入研究は皆無であるため,今後、わが国の矯正施設における集団精神療法のあり方について検討を行う際に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる。

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