学位論文要旨



No 120393
著者(漢字) 杉山,智子
著者(英字)
著者(カナ) スギヤマ,トモコ
標題(和) 施設における認知症(痴呆)高齢者のコミュニケーションケアに関する研究 : 介護職によるケア場面の観察を通して
標題(洋)
報告番号 120393
報告番号 甲20393
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2542号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村嶋,幸代
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 講師 田高,悦子
 東京大学 講師 宮本,有紀
内容要旨 要旨を表示する

I.緒言

 現在,我が国では高齢化率の上昇に伴い,認知症高齢者数も2015年までに約100万人の増加が予測されている。そのため,日本では認知症高齢者への対策は急務である。先行研究によると,認知症高齢者へのケアは,ADLケア,痴呆の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptom of Dementia:BPSD)への対応等があるが,特にコミュニケーションケアは重要であるといわれている。そこで本研究では,施設入所中のアルツハイマー型痴呆症をもつ高齢者とケアスタッフとの1対1の言語的コミュニケーション場面の観察を通し,効果的な言語的コミュニケーションの特性を重症度別およびBPSDの観点から明らかにすることを目的とした。

II.研究方法

1.研究対象

 都内特別養護老人ホーム認知症専門棟2フロアまたはグループホームに入所し,アルツハイマー型痴呆症と診断,かつ,Functional Assessment Staging(FAST)でStage3-6に該当すると判定された高齢者26名(以下,利用者)と利用者にケアを提供するケアスタッフ45名とした。

2.調査方法

 データ収集は,認知症ケアの経験をもつ調査者1名による参加観察法,記録物からの転記ならびにケアスタッフへの自記式質問紙調査・情報の聴取により実施した。なお,痴呆疾患に関する項目は,痴呆の重症度(FAST),認知機能(Mini-Mental State Examination:MMSE),ADLレベル(N-ADL),BPSDの頻度(Troublesome Behavior Scale:TBS)とした。

 観察は,1名の利用者につき,入浴日1日を含む4日間,1日あたり10時から16時までの4〜6時間実施した。調査期間は2004年2月から7月までの6ヶ月間とした。観察方法は,無線送受信機とICレコーダーを使用して会話の録音を実施した。観察単位は,ケアスタッフと利用者間の1対1の言語的コミュニケーションがみられた場面とした。観察項目は,場面の開始,終了時間,ケア実施場所,ケアの内容,BPSDの有無,場面終了時の利用者の表情とした。

3.観察時の評価指標

 各観察場面終了時の認知症高齢者の表情を測定するためにLawtonのphiladelphia Geriatric Center Affect Rating Scaleを用いた。なお,本研究では,観察場面終了時にそれぞれpositive affect(楽しみ,関心,満足)が観察された場面で効果的な言語的コミュニケーション,negative affect(抑うつ,不安,怒り)が観察された場面で非効果的な言語的コミュニケーションが行われたと判断した。

4.分析方法

 (1)内容分析

 逐語録化した観察データを,繰り返し検討しながら,区切り,要約した。そして,効果的であると考えられた言語的コミュニケーション技術を抽出,分類した後,コード名をつけ,データの再分類を行った。さらに分類された各言語的コミュニケーション技術の数の集計を行った。なお,1場面に同一の言語的コミュニケーション技術を1回以上確認した場合は,1場面に1回としてカウントした。

 (2)統計学的分析

 統計学的分析は,対象者の基本的属性ならびに観察データの記述統計の算出と,重症度間,BPSD間での比較検討のために用いた。群間差の検討では,目的変数が名義尺度の場合はX2検定,順位尺度の場合にはMann-WhitneyのU検定およびKruskal Wallis検定,間隔尺度の場合には一元配置分散分析を実施した。二変数間の関連の検討はSpearmanの順位相関係数を用いた。統計ソフトはSPSS Ver11.5J for windowsを用い,検定は両側検定とし,統計学的有意水準は5%とした。

 (3)分析過程

 まず,対象者の基本的属性ならびに観察データの特徴を記述統計により把握した。その後,先行研究ですでに効果的なコミュニケーション技術として提示されている技術に基づき,データの分類を行った後,分類不可能であったデータに関して内容分析を実施した。次に,効果的・非効果的な言語的コミュニケーションの頻度を比較検討した後,重症度別の特性を明らかにするために効果的な言語的コミュニケーションを重症度別にわけて頻度をカウントし,各観察場面中,70%以上観察されたコミュニケーション技術を多く観察されたとし,50%から70%をやや多く観察されたとし,比較検討した。

III.結果

1.対象者属性

 利用者26名は全員女性であり,FASTの重症度別の利用者人数は,Stage3,Stage5が6名,Stage4,Stage6が7名であった。平均年齢は84.5±5.6歳,N-ADL,MMSEの平均点数はそれぞれ31.7±14.1点,13.0±4.8点であり,TBSは17.0±9.2点であった。また,重症度が高いほど,MMSEは有意にMMSE点数が低下しており,N-ADLはN-ADL点数が低下していた(p<0.01)。なお,FASTと他の測定道具間では,負の相関関係がFASTとMMSE(rs=-.65),FASTとN-ADL(rs=-.91)の間でみられたが,FASTとTBS(rs=.38)では有意な相関関係は認められなかった。ケアスタッフは,45名中女性は29名(64.4%),有資格者は43名(95.6%),平均年齢は33.6±12.1歳,平均介護経験年数は5.3士5.2年,平均認知症ケア経験年数2.0±2.1年であった。

2.全観察場面の特徴

 観察場面は,全1,001場面であったが,観察された表情が判断できなかった12場面(1.1%)を分析対象から除外し,最終的に989場面を分析対象場面とした。分析対象場面中,観察場面終了時の利用者の表情がpositive affectであった場面は739場面(74.7%),negative affectであった場面は250場面(25.3%)であった。

3.効果的な言語的コミュニケーションの特性

 先行研究で示された言語的コミュニケーション技術は13項目(『的確な言葉を使って繰り返す/リフレージング』,『説明・確認』,『日常会話』,物品等の使用により具体的な会話を示す『直接性(direct)』,『呼名』,『実施ケアや各々の活動開始時のアナウンス』,『生活歴の配慮』,『自己紹介』,『肯定的雰囲気』,『closed-endedの質問』,『ユーモア』,相手の行動と同調する『ミラーリング』,認知症高齢者と共同する『パートナーシップ』)であり,この他に9項目が新たに見出された。9つの言語的コミュニケーション技術は,『敬語』,『賞賛』,『依頼』,『提案』,『譲歩』,『激励』,『転換』,『関係作り』,『利用者自身に関する話をする』であった。

4.重症度における効果的な言語的コミュニケーションの特徴と頻度

 場面終了時にpositive affectを示した観察場面中,70%以上の割合を占めた効果的な言語的コミュニケーションは,Stage3では,『日常会話』,『呼名』,『実施ケアや各々の活動開始時のアナウンス』,『生活歴の配慮』,『賞賛』,『依頼』,『提案』,『関係作り』,『利用者自身に関する話をする』,Stage4では,『日常会話』,『呼名』,『実施ケアや各々の活動開始時のアナウンス』,『生活歴の配慮』,『敬語』,『賞賛』,『依頼』,『提案』,『関係作り』,『利用者自身に関する話をする』であった。Stage5では『的確な言葉を使って繰り返す/リフレージング』,『直接性(direct)』,『呼名』,『生活歴の配慮』,『パートナーシップ』,『賞賛』,『提案』,『転換』であった。Stage6では,『的確な言葉を使って繰り返す/リフレージング』『説明・確:認』,『直接性(direct)』,『呼名』,『肯定的雰囲気』,『ミラーリング』,『パートナーシップ』,『賞賛』,『譲歩』,『転換』であった。また,場面終了時にpositive affectを示した観察場面中,50〜70%の割合を占めた効果的な言語的コミュニケーションは,Stage3で『敬語』,『パートナーシップ』,Stage4では,『直接性(direct)』,『パートナーシップ』,Stage5では,『説明・確認』,『日常会話』,『実施ケアや各々の活動開始時のアナウンス』,『肯定的雰囲気』,『敬語』,『依頼』,『譲歩』,『利用者自身に関する話をする』,Stage6では,『実施ケアや各々の活動開始時のアナウンス』,『敬語』,『依頼』,『激励』であった。

5.BPSDの出現時における効果的な言語的コミュニケーションの特性

 ケアへの抵抗を含むBPSDの出現時には,『譲歩』,『説明・確認』,『転換』の3つの言語的コミュニケーション技術が多く観察された。

IV.考察

 効果的な言語的コミュニケーションの特性を重症度別に比較した結果から,Stage3ではコミュニティ形成への促しや高齢者の自尊心や尊重の保持に努め,生活に重点を置いたかかわり,Stage4は,Stage3と同様に生活に重点を置くと同時に,直接的かつ具体的にコミュニケーションをとることが重要であると考えられた。また,Stage5は,譲歩や説明,転換を重視したコミュニケーションの実践が示された。Stage6は,常に安心や安定を与える言語的コミュニケーションに重点を置くことを意識したかかわりが重要であると考えられた。認知症高齢者への効果的な言語的コミュニケーションの実施には,重症度やBPSDに応じて言語的コミュニケーションを使い分ける必要性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,施設入所中のアルツハイマー型痴呆症をもつ高齢者とケアスタッフとの1対1の言語的コミュニケーション場面の観察を通し,効果的な言語的コミュニケーションの特性を重症度別ならびにBPSD(痴呆の行動・心理症状:Behavioral and Psychological Symptom of Dementia)の観点から明らかにしたものである。本研究は,特別養護老人ホーム痴呆棟またはグループホームの計3施設いずれかに入所し,アルツハイマー型痴呆症と診断,かつ,Functional Assessment Staging(FAST)でStage3-6に該当すると判定された高齢者26名(以下,利用者)と利用者にケアを提供するケアスタッフ45名とした。データ収集は,認知症ケアの経験をもつ調査者1名による参加観察法,記録物からの転記ならびにケアスタッフへの自記式質問紙調査・情報の聴取により実施した。評価指標は,各観察場面終了時の認知症高齢者の表情を測定するためにLawtonのPhiladelphia Geriatric Center Affect Rating Scaleを用いた。なお,本研究では,観察場面終了時にそれぞれpositive affect(楽しみ,関心,満足)が観察された場面で効果的な言語的コミュニケーション,negative affect(抑うつ,不安,怒り)が観察された場面で非効果的な言語的コミュニケーションが行われたと判断した。内容分析と統計学的分析を行い,以下の結果を得ている。

1.効果的な言語的コミュニケーションの特性として,本研究のケアスタッフによる言語的コミュニケーション技術は,先行研究で示された言語的コミュニケーション技術13項目(『的確な言葉を使って繰り返す/リフレージング』,『説明・確認』,『日常会話』,絵や物品を使用し,具体的な会話を示す『直接性(direct)』,『呼名』,『実施ケアや各々の活動開始時のアナウンス』,『生活歴の配慮』,『自己紹介』,『肯定的雰囲気』,『closed-endedの質問』,『ユーモア』,相手の行動と同調する『ミラーリング』,認知症高齢者と共同する『パートナーシップ』)の他に9項目が見出された。9項目の言語的コミュニケーション技術は,『敬語』,『賞賛』,『依頼』,『提案』,『譲歩』,『激励』,『転換』,『関係作り』,『利用者自身に関する話をする』であった。

2.効果的な言語的コミュニケーションの特性を重症度別に比較した結果から,Stage3では,ADLも比較的保持されており,関係作りや日常会話,賞賛などが多く観察されたことからコミュニティ形成への促しや高齢者の自尊心や尊重の保持に努め,生活に重点を置いたかかわりが重要になると思われた。Stage4は,Stage3と比較すると効果的な言語的コミュニケーションの構成がほぼ一致していたが,直接性や説明・確認という言語的コミュニケーション技術が,観察場面の半数以上を占めていた。したがって,Stage3と同様に生活に重点を置くことと同時に,直接的かつ具体的にコミュニケーションをとることが重要であると考えられた。Stage5は,Stage3,Stage4と異なる言語的コミュニケーション技術を多く用いていた。また,Stage3やStage4に比較し,BPSDの出現頻度が多くなり,譲歩や説明,転換を重視したコミュニケーションの実践が示された。Stage6は,パートナーシップや的確な言葉を使って繰り返すコミュニケーション等が多く観察されたことから,常に安心や安定を与える言語的コミュニケーションに重点を置くことを意識したかかわりが重要になると考えられた。

 以上,本研究では,無線送受信機を使用した参加観察法により,認知症高齢者の表情を評価指標として分析を行い,専門職のかかわり方を明らかにした点に独創性が認められる。また,重症度やBPSD等の症状によってケアスタッフが用いる言語的コミュニケーション技術が異なり,ケアスタッフは,認知症高齢者の重症度毎にコミュニケーションを使い分けていることを初めて明らかにした。この知見は,認知症高齢者の重症度やBPSDに応じて,言語的コミュニケーションを使い分ける必要性を提示した点で臨床実践の上でも有用性が認められる。したがって,本論文は,ケアスタッフの対人サービス技術を明らかにし,今後の認知症高齢者のケア実践において重要な貢献をなすと考えられる点で,学位の授与に値するものと認められる。

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