学位論文要旨



No 120394
著者(漢字) 細坂,泰子
著者(英字)
著者(カナ) ホソサカ,ヤスコ
標題(和) 癌専門病院におけるβ-lactam antibiotic induced vancomycin-resistant MRSA(BIVR)の検出状況と薬剤感受性試験、および遺伝学的分類方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 120394
報告番号 甲20394
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2543号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 真田,弘美
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 講師 春名,めぐみ
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 耐性菌が出現すると瞬く間に全国に拡散する。中でもmethicillin-resistant Staphylococcus aureus(MRSA)は、わが国でもっとも多い院内感染症の起炎菌である。多剤耐性を有すMRSAは難治性感染症をおこす場合が多く、入院期間の延長や予後不良に陥る症例が散見される。代表的なMRSA感染症治療薬であるvancomycin(VCM)は、1991年に静注用製剤が発売されて以来、多くのMRSA感染症の治療に貢献してきた。しかしVCMはグラム陰性菌に対する抗菌力がないため、MRSA感染症に併発するグラム陰性菌感染症への対応としてβ-ラクタム薬が併用され、その併用頻度は70%以上と考えられている。これらの併用は、MRSAに対して相加、相乗作用を示すという多数の報告に裏づけされた併用方法であったが、近年この併用で拮抗作用を示すMRSAが報告され、β-lactam antibiotic induced vancomycin-resistant MRSA(BIVR)と命名された。またBIVRの出現は、MRSAが蔓延し、かつVCMとβ-ラクタム薬の併用率が高いわが国特有の現象と考えられていたが、2004年にフランスおよび韓国でVCMとβ-ラクタム薬が拮抗するMRSA(BIVR)が報告されたことから、今後、世界中から検出される可能性が高まっている。

 MRSAの治療薬としてもっとも使用頻度の高いVCMとβ-ラクタム薬がBIVR感染症に対して併用された場合、その治療に苦慮すると考えられる。本研究ではBIVRの臨床における実態を明らかにすることで、今後のBIVRの出現抑制と耐性化の防止及び治療指標を考察し、BIVR感染症の治療に寄与することを目的として本研究1-5を行った。

研究1 癌専門病院でのBIVR検出状況に関する研究

 本研究では、癌専門病院におけるBIVRの実態を調べることを目的とし、当該病院から分離された500株のMRSAを用いてBIVRの検出を試みた。さらに最適なBIVRの検出方法を検討するために、前培養にceftizoxime(CZX)添加(添加法)と無添加の従来法の条件下でBIVRの検出率を算出した。その結果、添加法では20.4%(102株)、従来法では9.0%(45株)であり、有意に添加法で検出率が高かった(x2=53.1,P<0.001)。また1999年から2002年に一般病院から分離された先行研究とのBIVR検出率の比較では、本研究のBIVR検出率はやや高い結果であった。これは抗菌薬の使用頻度が高く、宿主の抵抗力が弱い癌専門病院の特性が反映しているためと考えられた。

研究2 MRSAとBIVRに対する単剤抗菌薬感受性の比較に関する研究

 1998年から2002年までに分離された102株のBIVRを含む500株のMRSAを対象に、抗MRSA薬としてVCM、teicoplanin(TEIC)、linezolid(LZD)、arbekacin(ABK)と、MRSA感染症に多用される抗MRSA薬以外の抗菌薬minocyclin(MINO)、rifampicin(RFP)、pazufloxacin(PZFX)、sulfamethoxazole+trimethoprm(ST合剤)の8薬剤の感受性をNCCLSに準拠した方法を用いて比較検討した。代表的な抗MRSA薬ではBIVR、non-BIVR MRSAとも耐性化はほとんど認められなかった。またRFP、ST合剤でも良好な感受性を示し、耐性化が示されたのはPZFXのみであった。MINOは特異的にBIVRに対しての耐性化が顕著であったが、これはMINO耐性遺伝子保有のMRSAからBIVRが派生しているためと考えられた。8抗菌薬による最小発育阻止濃度(MIC)の比較ではMINO以外にBIVRとnon-BIVR MRSAとの抗菌薬感受性に対する差異は認められず、単剤の抗菌薬感受性試験のみで両株を明確に区別することは困難であった。さらに、BIVRに対しても今回使用した抗菌薬の多くが感受性であり、適切な抗菌薬を投与することでBIVRを含むMRSA感染症を治療することができることが明らかとなった。

研究3 BIVR検出培地の検討とイミペネム添加によるバンコマイシンおよびテイコプラニンの抗菌力への影響に関する研究

 現在のBIVRスクリーニングで使用されるMu3培地はコストが高いために普及しにくく、そのためBIVRの検出が遅れ治療に難渋するケースが多い。そのため安価でかつ入手しやすい材料を用いたBIVRスクリーニング培地を作成し、その培地を用いて、β-ラクタム系抗菌薬であるimipenem(IPM)とグリコペプチド系抗菌薬のVCMおよびTEICの併用効果を99株のBIVR、27株のnon-BIVR MRSA、27株のMSSAについて検討した。6種類の培地でBIVR検出培地の検討を行った結果、「Brain heart infusion Agar+4%NaCl」がBIVRの特性をもっとも反映した。この培地を用いて併用効果を判定したところ、BIVRではVCM+IPM 10μg/mlを除くすべての併用で強い拮抗作用が認められた。TEICとの併用ではIPM O.01μg/mlで弱い拮抗作用が見られたが、その他の濃度における併用では拮抗作用が認められなかった。non-BIVR MRSAおよびMSSAでは相加・相乗効果のみが認められた。β-ラクタム薬が微量でも体内に存在する場合にはBIVRも視野に入れた治療が必要であることが示唆された。

研究4 バンコマイシンおよびテイコプラニンとβ-ラクタム薬併用時のBIVRに対する殺菌曲線に関する研究

 BIVRとnon-BIVR MRSAを対象にIPMとVCMもしくはTEICとの併用効果を生菌数(殺菌曲線)で検討した。BIVRに対する殺菌曲線ではVCM単剤では99.9%の殺菌効果を示したのに対し、併用では菌が増殖した。これは同様に試験したnon-BIVR MRSAとは相反する結果であった。一方、同系抗菌薬であるTEICとIPMとの併用では、BIVRでもnon-BIVR MRSAでも単剤に比べ残存生菌数は減少し、併用による相加・相乗効果を示した。BIVRに対しては、単剤では効果のある濃度のVCMを投与していても併用ではその効果は消失し、一方、単剤では効果のない濃度のTEICでも併用すれば効果的な治療法となることが示された。

研究5 パルスフィールドゲル電気泳動法(PFGE)を用いたBIVRの年次的推移の解析および院内感染に関する遺伝学的分類に関する研究

 本研究では比較的BIVRの検出率の高い癌専門病院で検出されたBIVRの起源を明らかにすることを目的として、PFGEを用いたgenotypeの解析を行い、かつ臨床における抗菌薬投与の指標となる薬剤感受性試験のphenotype(MIC値)の結果を合わせた解析を同時に行った。102株のBIVRでは85%の株がType Aに分類され、起源の同じBIVRが長期にわたって病院内で生存していたことが示唆された。また2000年に検出された49株のBIVRと51株のnon-BIVR MRSAのgenotypeが異なる分布を表したことから、BIVRは使用薬剤および免疫能によるMRSAからの変異よりも、変異したBIVRが院内感染によって伝播する可能性が示された。この結果から、BIVRでもMRSAと同様に院内感染の原因菌となりえることが強く示唆された。またgenotypeが同一なType Aにおいてphenotypeが完全に一致したのはわずかに8%で、PFGEでは同一とみなされる株でも抗菌薬に対する感受性は異なることが示された。genotypeは伝播経路の探索などの疫学調査に、phenotypeは効果的な薬剤抽出の検討に優れており、genotypeとphenotypeを組み合わせた疫学調査を行えば、より詳細な耐性菌の伝播経路および臨床的な応用が明確になると考えられた。

結論

 本研究でBIVR検出率が高かった理由として、易感染患者が多い状況で抗菌薬が多く使用される癌専門病院の特性に加え、BIVRの病院内での継続的な存続とそのBIVRのアウトブレイクが示唆された。BIVRの耐性化と蔓延の防止は、院内感染対策と抗菌薬のコントロールによって達成できると考えられる。今後、BIVRの動向に注意すると同時に、新たな耐性菌を出現させないためにも積極的な院内感染に対するコントロールが必要である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、β-lactam antibiotic induced vancomycin-resistant MRSA(BIVR)の臨床における実態を明らかにすることで、今後のBIVRの出現抑制と耐性化の防止及び治療指標を考察し、BIVR感染症の治療に寄与することを目的としてBIVR検出状況、抗菌薬感受性試験、および遺伝学的分類の調査・分析を試みたものであり、以下の知見を得ている。

研究1 癌専門病院でのBIVR検出状況に関する研究

 従来法によるBIVR検出率では、先行研究に比べやや高い結果であった。またBIVR検出法を従来法とセフチゾキシムを前培養に添加した添加法とで比較・検討した結果、BIVR検出率は添加法で2倍以上上昇したことから、添加法によるBIVRスクリーニングが従来法に比べより優れていることが示された。

研究2 methicillin-resistant Staphylococcus aureus(MRSA)とBIVRに対する単剤抗菌薬感受性の比較に関する研究

 500株のMRSAを対象にMRSA感染症に多用される8種の抗菌薬を使用して、その感受性を比較・検討した。8種の抗菌薬ではMINO以外にBIVRとnon-BIVR MRSAに有意な差はなく、単剤の抗菌薬感受性試験のみで両株を明確に区別することは困難であった。またBIVRに対しても今回使用した抗菌薬の多くが感受性であり、適切な抗菌薬を投与することでBIVRを含むMRSA感染症を治療することができることが示された。

研究3 BIVR検出培地の検討とイミペネム(IPM)添加によるバンコマイシン(VCM)およびテイコプラニン(TEIC)の抗筋力への影響に関する研究

 現在のBIVRスクリーニングで使用されるMu3培地に代わりうる、安価でかつ入手しやすい材料を用いたBIVR検出培地を作成した。検討した6培地でもっともBIVRの特性を反映したのは「Brain heart infusion agar(BHIA)+4%NaCl」で、既存のMu3培地と同じ組成である「BHIA+resting medium」よりも良好な反応を示したことから、「BHIA+4%NaCl」はMu3培地に代わりうる培地と示唆された。またこの培地を用いてVCMおよびTEICとIPMの併用効果を判定した結果、BIVRではVCMとの併用で強い拮抗作用が見られたが、TEICとの併用、およびnon-BIVR MRSA、methicillin-sensitive Staphylococcus aureusに対するVCMおよびTEICの併用では相加・相乗作用を示したことから、BIVRにはVCMとβ-ラクタム薬との併用は避ける必要があることが示唆された。

研究4 VCMおよびTEICとIPM併用時のBIVRに対する殺菌曲線に関する研究

 BIVRに対する殺菌曲線ではVCM単剤では99.9%の殺菌効果を示したのに対し、併用では菌が増殖し、同様に試験したnon-BIVR MRSAと相反する結果となった。一方、BIVR・non-BIVR MRSAに対するTEICとIPMとの併用では相加・相乗効果を示した。BIVRに対しては、単剤では効果のある濃度のVCMを投与していても併用ではその効果は消失し、一方、単剤では効果のない濃度のTEICでも併用すれば効果的な治療法となることが示された。

研究5 パルスフィールドゲル電気泳動法(PFGE)を用いたBIVRの年次的推移の解析および院内感染に関する遺伝学的分類に関する研究

 102株のBIVRでは85%の株がType Aに分類され、遺伝子型の同じBIVRが長期にわたって病院内で生存していたことが示唆された。また2000年に検出された49株のBIVRと51株のnon-BIVR MRSAのgenotypeが異なる分布を表したことから、BIVRは使用薬剤および免疫能によるMRSAからの変異よりも、変異したBIVRが院内感染によって伝播する可能性が示された。また遺伝子型が同一なType Aにおいて薬剤感受性が完全に一致したのはわずかに8%で、PFGEでは同一とみなされる株でも抗菌薬に対する感受性は異なることが示された。一般的にgenotypeは伝播経路の探索などの疫学調査に、phenotypeは効果的な薬剤抽出の検討に優れていると言われ、genotypeとphenotypeを組み合わせた疫学調査を行えば、より詳細な耐性菌の伝播経路および臨床的な応用が明確になると考えられた。

 以上、本論文では、これまで明らかにされていなかったBIVRの疫学調査を、MRSA感染症を併発しやすいcompromised hostの多い癌専門病院で実施し、その検出率および各種抗菌薬感受性を評価した。先行研究では抗菌薬感受性を年次別および臨床で多用される抗菌薬8種で評価したものはなく、本研究が初の試みである。またBIVR検出培地として、Mu3培地に代わりうる培地を作成した。コストが高く一般に入手しにくいMu3培地に代わり、コストおよび技術的な問題の少ない培地で検討したことは、今後のBIVR研究にとっても大きな意義があると考えられる。またBIVRは今まで遺伝子型による先行研究がまったくなく、その起源については論じられてこなかった。本論文ではBIVR研究における初の試みとして遺伝子型を探索することで、MRSAからの変異よりもむしろ院内感染によってその検出が増加することを明らかにした。

 よって本研究は、今後のBIVRの出現抑制および治療指標に対する重要な示唆を与えており、臨床的有用性が高いことから、学位の授与に値するものと考えられる。

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