学位論文要旨



No 120395
著者(漢字) 安保,寛明
著者(英字)
著者(カナ) アンボ,ヒロアキ
標題(和) 地域に暮らす精神障害者の主観的well-beingと住居支援環境に関する研究
標題(洋)
報告番号 120395
報告番号 甲20395
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2544号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 助教授 佐々木,司
 東京大学 助教授 山崎,喜比古
 東京大学 講師 田高,悦子
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 近年、精神障害者の主観的な生活の質(quality of lifb:QOL)や幸福感(well-being)は、地域における精神保健福祉の評価指標の一つとして着目されている。主観的な生活の質に着目することで、利用者自身に適切な医療の利用が可能か、生活に対する本人の制御感が高いかを明らかにすることが可能である。精神障害者の生活の質の向上に関係する施設属性や施設職員の業務などのサービス内容が明らかになれば、社会復帰施設における活動指針を提示することが可能となり、精神障害者支援政策における一定の意味を持つであろう。また、わが国においては、精神障害者の主観的な生活の質の特徴を一般人口と比較する調査がまだ行われていないため、一般人口との比較を行ってわが国における精神障害者の生活の質の特徴を知ることが必要であろう。そこで本研究では、一般人口と比較した精神障害者の主観的な生活の質の傾向を知ること、主観的幸福感に対して影響を有する施設条件ならびに施設における活動条件について検討する。

方法

 対象は、精神障害者生活訓練施設および福祉ホームから無作為に抽出された利用者676名であり、うち593名は系統抽出法により各施設5名ずつ選択されている。調査は郵送法で実施され、調査IDと対象者との対照表は各施設が問い合わせ期間のみ保管するため個人を特定することはできない。この研究は研究計画書を国立保健医療科学院の研究倫理審査委員会に諮り承認を得ている(承認番号NIPH-IBRA#03013)。

 調査票は、3種の質問紙「施設票」「利用者特性票」「利用者調査票」からなる。

「施設票」では、施設条件として設立年、設立主体、定員数、利用数、職員特性、利用料金、居室空間を、施設活動として活動内容、利用契約、生活支援に関して聞いた。「利用者特性票」は、属性として年齢、性別、紹介経路、利用期間、入院歴、通院の状況や併用する地域支援を、臨床的評価として服薬に対する意識(SAI)と全体的評価(GAF)を、生活技能評価として生活に関する援助の必要度について聞いた。「利用者調査票」は、不安(STAI)、主観的な生活の質(WHO-QOL-BREF)、利用者のサービス満足度(CSQ8-J)により聞いた。

 利用者の属性・特性を施設種類別に一元配置の分散分析またはカイ2乗検定を行った。CSQ8-J総得点、QOLおよびQOLサブドメイン(身体、心理、社会、環境)の高低を従属変数とし、利用者の属性・特性および施設特性を独立変数とする重回帰分析を行った。統計パッケージにはSPSS11.0Jを使用した。有意水準は5%とした(両側検定)。

結果

 対象者となった676名の平均年齢は47.7歳(SD=12.5)で診断名は統合失調症522人(77.8%)、気分障害58人(8.6%)などであった。訪問看護を利用するのは76人(11.2%)であった。生活における援助の必要度に関しては、多くの項目で6割以上の利用者が「意欲・能力の両面で自立している」に該当していたが、「料理(33.7%)」「掃除(50.2%)」「対人関係(34.4%)」「金銭管理(48.1%)」「服薬自己管理(58.1%)」「通所・就労(34.6%)」ではその限りでなかった。WHO-QOL全体の平均得点は82.05(SD=11.93)であり、一般人口の得点に比べて有意に低い(p<0.001)が、満足に関する質問11項目のうち5項目でのみ一般人口より高い得点を示した。サービス満足度、WHO-QOL尺度全体及び各ドメイン、STAIによる生活への不安の、施設類型による有意差はなかった。

 サービス満足度を従属変数とし、単独で有意な相関のあった変数を独立変数として重回帰分析を行った(表1)。従属変数に対する説明力を示す調整済みR2値は0.37であった。偏相関の検討において利用者への支援のいくつかが有意な関係を示しており、重回帰分析に投入しても通所授産施設の併用は有意な関係を示した。

考察

 わが国の精神障害者が感じる生活の質の特徴として、満足度の評価には一般人口に比べて高い部分もあるが生活能力や環境への評価は低いと解釈することが可能である。満足の高さと自己評価の低さが同時に起きる「あきらめの満足」は精神障害者に生じやすい現象として捉え、満足の高い利用者にはニードの有無を査定することが必要であろう。

 利用者の主観的幸福感には人口動態的属性や居室条件はほとんど関連がなかった一方で、施設における活動内容のいくつかがサービス満足度に対して有意な関係を有すると考えられた。具体的な活動としては、訪問看護や通所授産施設と連携した複合的なサービスの提供、利用計画や説明における利用者の自律的参加への援助、情報の共有に代表されるような複数職種による服薬支援が考えられた。これらの知見は海外の研究で予想された事項をわが国の当事者の立場から裏付けたものと言えるため、精神障害者支援の指針づくりの―助になるであろう。

1) 支援および施設利用者の特性とサービス満足度との偏相関係数は施設の特性を制御して算出した。

2) 参照カテゴリーは「生活訓練施設」である。

3) 参照カテゴリーは「すべてが個室である」である。

4) 施設内の平均値または割合を算出した。

5) 参照カテゴリーは「統合失調症」である。

6) 単相関で有意な関係にあった変数を投入した。

*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001,ns=有意でない。

表1.各施設の利用者や施設特性および施設での支援とサービス満足度との関連

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、地域に暮らす精神障害者を対象とした社会復帰施設のうち居住に関する施設である福祉ホームおよび生活訓練施設において、支援の複合的な実施や当事者の主体性に対する支援が主観的な生活の質や満足感に対する影響を及ぼす事を明らかにしたものである。

 本研究では、精神障害者生活訓練施設および福祉ホームから無作為に抽出された利用者676名を(うち593名は系統抽出法による選択)対象とした。アウトカム変数として主観的な生活の質(WHo-QOL-BREF、包括的QOLとして表記)、利用者のサービス満足度(CSQ8-J)を用いた。アウトカム変数に対する影響を検討した変数として基本属性、診断名、生活への援助の必要度、不安の強さ(STAI)、服薬への意識(SAI)、全体的評価(GAF)、施設での生活支援、利用計画の確認、職員研修を用いた。

 主要な結果は下記の通りである。

1.対象者の主観的QOLと基本属性の関連では、年齢のみが関連を有し初発年齢や最近の精神科入院期間、診断名などとの関連はなかった。職員から評価する基本的生活技能のうち、当事者の包括的QOLに関連があったのは食事、対人関係、睡眠、服薬、整容、入浴であり掃除、洗濯、安全管理、金銭管理とは有意な関連はなかった。訪問看護と通所授産施設を利用する群はそれぞれ、利用しない群に比べてサービス満足度の得点が高かった。

2.対象者の包括的QOL得点を一般人口と比較すると、合計得点では一般人口よりも有意に低いことが示された。さらに項目別に一般人口と今回の対象者である精神障害者の得点を比較すると、満足に関する質問項目では一般人口よりも高い得点を示すものが見られたが、評価に関する質問項目では一般人口よりも高い得点を示す項目はなかった。同様の質問でも、満足を問うか実際の生活行動を問うかによって得点傾向が異なっていた。

3.対象者の包括的QOL得点およびサービス満足度得点を施設ごとに比較すると、施設種類による有意差はなかった。すべて個室である施設と個室が全くない施設でもサービス満足度の有意差はなかった。

4.施設ごとにサービス満足度の平均値を算出し施設で実施される支援との関連を検討した。すると、服薬情報を訪問看護師と共有すること、内科検診を実施すること、職員が学会や研修会に参加すること、別の機関で研修を受けること、対象者と利用計画の評価期日を決めていること、利用開始から1週間のプログラムを個別に作成することがそれぞれサービス満足度の高い施設では実施されていることが示された。

5.施設ごとにサービス満足度の平均値を算出して、これを従属変数として重回帰分析を行った。すると、利用者の生活への不安、利用料金、通所授産施設の利用が有意に関連していた。サービス満足度に対して、訪問看護の実施、職員研修の実施、利用目標の共有や評価の実施は利用者および施設の属性を統制した偏相関の関係にあった。

 以上、本論文は、地域に暮らす精神障害者の主観的な幸福感に対する居住環境やその環境下で行われる支援との関連を多面的な指標を用いて検討しており、特にサービス満足度を用いて包括的QOLとは独立に評価した点で独創的である。また、福祉ホームや生活訓練施設において訪問看護や授産施設との連携が当事者の評価をも高めることを示した点で、有用性をも兼ね備えており、学位の授与に値するものと考えられた。

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