No | 120397 | |
著者(漢字) | ||
著者(英字) | Poudyal Amod Kumar | |
著者(カナ) | プディアル アモッド クマル | |
標題(和) | ネパールにおいて現代医療トレーニングを受けた呪術医の役割 | |
標題(洋) | Roles of trained traditional healers in modern medicine in Nepal | |
報告番号 | 120397 | |
報告番号 | 甲20397 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(保健学) | |
学位記番号 | 博医第2546号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 国際保健学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 要約 多くのネパール人は、病気になるとまずは現地の呪術医(local traditional healers)に相談し治療を受けようとする。その際呪術医が適切な現代医療のトレーニングを受けていると、彼らは地域のプライマリ・ヘルス・ケアの向上に大きく貢献することが知られている。現代医療のトレーニングを受けた呪術医は地域住民の精神的なケアやその他の疾病治療にも貢献できる。さらに、患者をヘルスポストや病院などの医療機関へ照会に患者のニーズを満たしうることができることが知られている。 本論文は、ネパールにおいて二つの異なるNGOによって実施された「呪術医への現代医療プログラム」を評価する。三つの研究を二つの章に分けて論述するが、第1章は二つの研究からなる。第1の研究では、呪術医トレーニングモデルについて評価する。第2の研究では呪術医の応急処置キット(First Aid kit)利用について評価する。また、第2章では、眼科ケアにおける呪術医の役割について示す。以下、三つの段落に分けて記述する。 ネパール遠隔地における呪術医トレーニングモデルと呪術医の役割 まずは、学校・地域保健プロジェクトSchool and Community Health Project(SCHP:HMG/国際協力機構JICA/日本医師会JMA)によって、ネパール遠隔地で行われた呪術医への現代医療トレーニングプログラムの評価を実施した。SCHPは1996年、ネパール・カブレパランチョーク県の10村において、50人の呪術医に対する現代医療トレーニングを実施した。評価は、初回のトレーニング終了1年後に実施した。対照群として、同じ地域内でトレーニングを受けなかった呪術医を無作為抽出し、横断研究によって両者の相違点を比較評価した。半構造式質問紙を用いて、トレーニングを受けた呪術医48人と、トレーニングを受けなかった呪術医30人を面接した。面接内容としてまずは、一般的な病気とHIV/AIDSに関し、病気の原因、兆候と症状、予防方法と治療方法について質問した。また、地域にいる政府系の医療従事者との関係についても質問した。一方、政府系の医療従事者9人にも、呪術医への現代医療トレーニングの意義について質問した。 トレーニングを受けた呪術医は、それを受けなかった呪術医に比べると、現代医療に関するより正しい知識があった。たとえば、トレーニングを受けた呪術医のうち、大多数(85%)は感染症の原因を細菌などの微生物としていたのに対して、それを受けなかった呪術医は40%しか微生物を原因とはとらえていなかった(P<0.001)。また栄養失調(P<0.0001)、急性呼吸器感染症P<0.0001)、下痢症(P<0.0001)について、トレーニングを受けた呪術医は、受けなかった呪術医に比べてより正しい知識を持っていた。初期治療キットを利用した現代治療も行っていた。また、トレーニングを受けなかった呪術医と比べ、それを受けた呪術医の殆ど(92%)は、患者をヘルスポストに照会していた(P<0.05)。トレーニングを受けた呪術医は、政府系医療従事者との関係改善にもより強い関心を示していた。 本研究は学校・地域保健プロジェクト(SCHP)が実施した呪術医への現代医療トレーニングが効果的だったことを示した。今回のモデルの規模が拡大され、呪術医と政府系医療従事者の関係が改善されれば、ネパール遠隔地の保健指標は、今後短期間に向上する可能性がある。 ネパールにおける呪術医の応急処置キットの評価 本研究では、トレーニングを受けた呪術医が利用した応急処置キットの評価を実施した。学校・地域保健プロジェクト(SCHP)は、1996年ネパール・カブレパランチョーク県の10村において、50人の呪術医に現代医療トレーニングを行った。初回のトレーニング終了時、全ての呪術医に応急処置キットが無料で提供し、キット提供から4年後、呪術医がどのようにキットを利用しているのかを評価した。 方法としては、トレーニングに参加した全ての呪術医の自宅を訪問し、構造的質問紙を用いて面接調査を実施した。50人のうち6人は死亡や移動などの理由で面接できなかった。面接できた44人に対し、応急処置キットに関する知識と、利用や維持の方法について質問し、同時に、キットの維持に関してチェックリストを用いた観察もした。 その結果、トレーニングから4年経過していたのにも関わらず、約90%の呪術医は、キットを利用していたことが確認された。医薬品を維持するため、23人(52%)の呪術医は患者に医薬品の代金を請求していた。患者から受け取った医薬品の代金を用いて、23人のうち15人の呪術医が実際に必要な医薬品を購入していた。一方、一度も患者に医薬品代を請求したことのない呪術医は21人いた。医薬品を無料で提供した理由は様々であった。中には、応急処置キット維持のために患者に費用を請求するのは自分の流儀ではないという考えも見られた。約50%の呪術医は、より多くの医薬品の入っている、より大きな応急処置キットを欲しがっていた。 本研究は、ネパール遠隔地において現代医療トレーニングを受けた呪術医にとって、応急処置キットは重要な治療器具であることを示した。しかしながら、キットの中身の医薬品の維持に関しては課題が残った。 ネパールにおける呪術医の眼科治療に関する役割 本研究では、ネパールのNGO団体Nepal Netra Jyoti Sanghが呪術医に対して行った基本的眼科ケアプログラムの評価を行った。 現代医療トレーニング実施から5年後、その参加者103人に半構造式質問紙を用いて面接調査した。トレーニング前に実施したベースライン調査の結果をもとに、実際にどのような眼科ケアを行っているのか、伝統的な方法による眼科ケアを実施しているか、必要に応じて現代医療機関に照会しているのか等の質問を行った。さらに、様々な疾患に関する知識と眼科ケアの実践に関しても質問し、これらの結果をトレーニング前後で比較した。 その結果、トレーニング前に比べて、トレーニング終了5年後では、呪術医のトラコーマに関する知識(28.2%vs.70.9%,P<0.0001)と白内障に関する知識(54.4%vs.94.2%,P<0.0001)が増加していた。またトレーニング終了後、98人(95%)の呪術医は、伝統的な方法による眼科ケアを中断した(P<0.0001)。現代医療機関への照会数も有意に増加した(15%vs.100%,P<0.0001)。また、トレーニング終了後98人(95%)の呪術医は眼の充血や単純な眼傷の治療のために、Nepal Netra Jyoti Sanghが配布した眼科ケアキットを利用していた。 本研究は、眼科治ケアトレーニングプログラムに参加したネパールの呪術医が伝統的な方法による眼科ケアを止め、現代医療機関の照会をより頻繁にするようになったことを示した。 結論として、今回の一連の研究は、現代医療トレーニングが呪術医の診断・治療能力を大いに改善しうることを示した。呪術医に関するこのような研究や、現在も実施されている呪術医トレーニングプログラムの的確な評価に基づき、ネパール政府は保健医療サービスにおいてより積極的に呪術医を活用していくべきである。 | |
審査要旨 | 本研究はネパールにおける地域のプライマリ・ヘルス・ケアを向上するために現地の人々が最初に相談する呪術医(local traditional healers)への現代医療トレーニングが効果的であるかどうかを、呪術医トレーニングモデル、応急処置キット(First Aid kit)利用、および眼科ケアにおける呪術医の役割を評価したものであり、下記の結果を得ている。 1.呪術医トレーニングモデル:トレーニングを受けた呪術医は、それを受けなかった呪術医に比べると、現代医療に関するより正しい知識があった。たとえば、トレーニングを受けた呪術医のうち、大多数(85%)は感染症の原因を細菌などの微生物としていたのに対して、それを受けなかった呪術医は40%しか微生物を原因とはとらえていなかった(P<0.001)。また栄養失調(P<0.0001)、急性呼吸器感染症P<0.0001)、下痢症(P<0.0001)について、トレーニングを受けた呪術医は、受けなかった呪術医に比べてより正しい知識を持っていた。初期治療キットを利用した現代治療も行っていた。また、トレーニングを受けなかった呪術医と比べ、それを受けた呪術医の殆ど(92%)は、患者をヘルスポストに照会していた(P<0.05)。トレーニングを受けた呪術医は、政府系医療従事者との関係改善にもより強い関心を示していた。このことから、呪術医の現代医療トレーニングが効果的であることを示した。 2.呪術医の応急処置キットの評価:トレーニングから4年経過していたのにも関わらず、約90%の呪術医は、キットを利用していたことが確認された。医薬品を維持するため、23人(52%)の呪術医は患者に医薬品の代金を請求していた。患者から受け取った医薬品の代金を用いて、23人のうち15人の呪術医が実際に必要な医薬品を購入していた。一方、一度も患者に医薬品代を請求したことのない呪術医は21人いた。医薬品を無料で提供した理由は様々であった。中には、応急処置キット維持のために患者に費用を請求するのは自分の流儀ではないという考えも見られた。約50%の呪術医は、より多くの医薬品の入っている、より大きな応急処置キットを欲しがっていた。よって。ネパール遠隔地において現代医療トレーニングを受けた呪術医にとって、応急処置キットは重要な治療器具であることを示した。 3.呪術医の眼科治療に関する役割:トレーニング前に比べて、トレーニング終了5年後では、呪術医のトラコーマに関する知識(28.2%vs.70.9%,P<0.0001)と白内障に関する知識(54.4%vs.94.2%,P<0.0001)が増加していた。またトレーニング終了後、98人(95%)の呪術医は、伝統的な方法による眼科ケアを中断した(P<0.0001)。現代医療機関への照会数も有意に増加した(15%vs.100%,P<0.0001)。また、トレーニング終了後98人(95%)の呪術医は眼の充血や単純な眼傷の治療のために、Nepal Netra Jyoti Sanghが配布した眼科ケアキットを利用していた。以上より、眼科ケアトレーニングプログラムに参加したネパールの呪術医が伝統的な方法による眼科ケアを止め、現代医療機関の照会をより頻繁にするようになったことを示した。 以上、本研究はネパールにおいて呪術医のトレーニングに関して評価を行った最初の報告書である。本結果から、現代医療従事者の数が十分ではないネパールにおいて地域に存在する呪術医を活用することで、地域のプライマリ・ヘルスを向上することが可能であると考えられる。このことより、本結果は、今後、発展途上国にあるネパールの保健医療に貢献されると思われるため、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |