学位論文要旨



No 120400
著者(漢字)
著者(英字) MOAZZAM,ALI
著者(カナ) モアザム,アリ
標題(和) パキスタンの救急産科ケア事情 : 地域差とクライアント満足度の決定因子
標題(洋) Emergency Obstetric Care in Pakistan : Regional Disparities and Determinants of Clients'Satisfaction
報告番号 120400
報告番号 甲20400
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2549号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 助教授 上別府,圭子
 東京大学 助教授 黒岩,宙司
 東京大学 助教授 渡辺,知保
内容要旨 要旨を表示する

 全ての妊娠、出産時の死亡の背景には、多くの個人の悲劇が隠されており、これらの死亡には、時には家族や地域、ヘルスシステムがうまく作動していないことや、あるいは両者がうまく機能していないことも関係している。パキスタンの女性の保健指標は、母体死亡が100,000の出生に対して約350-435人という悲惨な状況を示している。私は、この母体死亡は回避可能と理解しているため、パキスタンの年間母体死亡数16,500という圧倒的な数を軽視すべきではない。

 他の発展途上国と同様に、パキスタンの母体死亡率は高値を維持し、政策立案者や保健行政に携わる人らは、この事態を回避できないままにいる。それ故、母体死亡率と罹患率を低下させることは、政府の重要な使命である。

 生殖年齢にある女性にとって、妊娠、出産時の合併症は死亡、病気、障害の共通因子となりうる。母体死亡が多いことは、明らかに人権問題である。母体の健康増進を目的とした、専門的かつ質の高い分娩ケアは、母体の疾病や死亡を低下させる上で最も重要な要素であると理解されている。また、何らかの異常をきたした場合、救急産科ケアを受けることで、一命をとりとめるという事実もよく知られている。いかなる女性も、このようなサービスを受ける権利があって、命が危険にさらされるようなことがあってはならない。つまり、救急産科ケアを受ける権利と医療の専門家から質の高いサービスを受ける権利は認められなければならない。

 この研究結果を基に、病院は地区レベルでクライアントのニーズにあった救急産科ケアサービスを構築し、サービスの質の向上を図るべきである。

緊急時の産科ケア

目的:

 パキスタンのPunjabとNWFP地域の公衆衛生センターで、国連が推奨する基準をもとに、救急産科ケアの実態を確認、比較する

方法:

 UN(国連)プロセス指数を用いて、2003年7月から9月にかけて横断的にデータを収集した。調査地は、PunjabとNWFPそれぞれの地域から30%にあたる19の地区を無作為に抽出した。その中には、救急産科ケアサービスを提供する医療施設170が含まれる。

結果:

 170の医療施設のうち、調査地区の22の医療施設が標準の救急産科ケアサービスを、37の医療施設が包括的なサービスを提供していた。わずか5.7%の出産がこれらの医療施設内で行われていた。Met(遂行)のニードは9%であり、帝王切開術での出産は0.5%であった。致命率は0.7%と低かった。これには、記録の保管の不備が関係していると思われる。多くの病院では女性スタッフが不足しており、特に女性医師の勤務はわずか41%であった。病気やけがの場合の緊急搬送の要望はあるものの、ほとんどの病院では実施されていなかった。医療施設のアクセス率や他の統計指標はPunjabよりNWFPの方が高かった。

結論:

 ほぼ全ての指標はUN(国連)の推奨以下であった。政策立案者や保健行政に携わる人らは、母体死亡を減少させるために、地区および病院レベルで早急かつ適切な政策を練る必要がある。

クライアント満足度の決定因子

 過去、途上国の医療従事者は保健サービスに関するクライアントの意見を全く無視していた。しかし、近年、ヘルスケアの管理者らは、病院のサービスの質とクライアントの満足度に興味を持ち始めている。この調査では、クライアント中心の、クライアントにとって重要なサービスの質の因子を明らかにする。また、パキスタン国内のクライアントの満足度に関する因子を探る。

目的:

 近年、ヘルスサービスを受けるクライアントの権利は、クライアント側の意思に大きく左右され始めている。

 本研究の目的は、サービスの質の因子を調査し、パキスタンの地域病院のクライアントの満足度とサービスの質との関係を調査することである。調査は、クライアントのニーズやサービスの質に対する要望を明らかにするために、多角的に、かつ、システム的にアプローチを試みる。また、サービスの質がパキスタンの文化に適した有効なモデルとなるように、クライアントの満足度がパキスタンのリプロダクティブヘルスケアサービスの質にどのように関係しているかを明らかにする。

方法:

 本調査では、パキスタンのPunjabとNWFP地区内の4つの地域病院で、無作為横断研究を実施した。インタビューの回答者は1101名であり、リッカート尺度を用いて分析した。SPSSソフトを使用し、因子分析と重回帰分析を行った。データ収集は2004年2月から4月に実施した。

結果:

 本調査から、デモグラフィック変数、クライアントの質の認知、満足の間に有意な相関を認めた。対象の年齢、子どもの数、受診回数の増加とケアの満足度に有意な正の相関が、また、低い教育レベルとケアの満足度には負の相関が認められた。

 因子分析により、コミュニケーション、責任、規律、人との接触、アクセスの5つの因子が抽出された。重回帰分析により、5つの因子とクライアント満足度とに有意な関係が認められた。クライアントと医療従事者とのコミュニケーションは、政府が行っているサービスに対するクライアントの満足度を予測する変数として最も影響が強いという結果を得た。これは医療従事者の技術や能力より重要な変数と考えられた。

結論:

 ヘルスサービスの利用を増すために、ヘルスケアの質に関するクライアントの考えを理解することは重要である。クライアントのニーズは尊重されるべきであり、ヘルスサービスの質の向上のための本質的手段として取り入れられるべきである。このことは、サービスの利用を増加させることにつながる。本結果から、クライアント中心のヘルスサービスモデルによって、パキスタンの現行のシステムを大きく変えることなく、クライアントの満足度が増し、サービスの利用も増えると言える。

キーワード:緊急産科ケア、リプロダクティブヘルス、病院、質、満足、SERVQUAL(技法)、ヘルスケアサービス、因子分析、パキスタン

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はパキスタンの女性の母体死亡が100,000の出生に対して約350-435人という悲惨な状況にある中、パキスタンのPunjabとNWFP地域で、母体の健康増進を目的に、国連が推奨する基準をもとに、救急産科ケアの実態を確認、比較したものである。また、ヘルスケアの管理者らの病院のサービスの質の向上を図るために、クライアントの満足度を知り、クライアントにとって重要なサービスの質の因子を明らかにしたものであり、下記の結果を得ている。

1. 170の医療施設のうち、調査地区の22の医療施設が標準の救急産科ケアサービスを、37の医療施設が包括的なサービスを提供していた。わずか5.7%の出産がこれらの医療施設内で行われていた。Met(遂行)のニードは9%であり、帝王切開術での出産は0.5%であった。致命率は0.7%と低かった。これには、記録の保管の不備が関係していると思われる。多くの病院では女性スタッフが不足しており、特に女性医師の勤務はわずか41%であった。病気やけがの場合の緊急搬送の要望はあるものの、ほとんどの病院では実施されていなかった。医療施設のアクセス率や他の統計指標はPunjabよりNWFPの方が高かった。しかしながら、ほぼ全ての指標はUN(国連)の推奨以下であり、政策立案者や保健行政に携わる人らは、母体死亡を減少させるために、地区および病院レベルで早急かつ適切な政策を練る必要がある事が示された。

2. クライアント満足度の決定因子に関しては、デモグラフィック変数、クライアントの質の認知、満足の間に有意な相関を認めた。対象の年齢、子どもの数、受診回数の増加とケアの満足度に有意な正の相関が、また、低い教育レベルとケアの満足度には負の相関が認められた。因子分析により、コミュニケーション、責任、規律、人との接触、アクセスの5つの因子が抽出された。重回帰分析により、5つの因子とクライアント満足度とに有意な関係が認められた。クライアントと医療従事者とのコミュニケーションは、政府が行っているサービスに対するクライアントの満足度を予測する変数として最も影響が強いという結果を得た。このことは、医療従事者の技術や能力より重要な変数と示された。

 以上、本研究は、パキスタンでの緊急産科医療サービスの質を評価した最初の報告書である。本結果から、クライアント中心のヘルスサービスモデルによって、パキスタンの現行のシステムを大きく変えることなく、クライアントの満足度が増し、サービスの利用も増えると考えられる。このことより、本結果は、今後、発展途上国にあるパキスタンの保健医療に大きく貢献されると思われるため、学位の授与に値するものと考えられる。

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