学位論文要旨



No 120407
著者(漢字) 石田,祐
著者(英字)
著者(カナ) イシダ,タスク
標題(和) 新規固定化触媒としてのマイクロカプセル化オスミウム触媒の研究
標題(洋)
報告番号 120407
報告番号 甲20407
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1106号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 眞鍋,敬
内容要旨 要旨を表示する

 現代有機化学において、用いる反応試剤や触媒を低減すること、並びにそれらを回収して再使用することは、産業廃棄物の削減や省資源化、資源のリサイクルなど、地球環境の保護につながる重要な課題である。このような観点から、高分子に固定化した触媒を用いる反応は、触媒と生成物の分離や触媒の回収・再使用といった反応操作が容易になる点や、経済性、環境保護の観点から、近年その重要性が再認識されている研究分野の一つであり、工業化の検討を含めて活発に研究が行われている。これまでに当研究室では従来法とはまったく異なる、マイクロカプセル化による高分子上への金属の固定化法を開発し、いくつかのマイクロカプセル化金属触媒の開発を行っている。今回筆者は、新規マイクロカプセル化オスミウム触媒(MC Os)の開発と、高分子中に固定化されている触媒の構造解析を行った。さらに新たに架橋型マイクロカプセル化触媒を開発した。

1. PEM-マイクロカプセル化オスミウム触媒(PEM-MC Os)を用いる水中での不斉ジヒドロキシル化反応の開発

 四酸化オスミウムを用いる不斉ジヒドロキシル化反応は、オレフィンから光学活性ジオールを効率的に得ることができる、有機合成上最も有用な反応の一つである。まず筆者は新規マイクロカプセル化オスミウム触媒、PEM-MC Os を開発し、二相系での不斉ジヒドロキシル化反応において有効に機能することを見出している。その開発過程の中で、高分子担体が疎水場として機能し、反応を効率的に進行させている可能性が示唆された。そこで疎水場として高分子担体を積極的に活用することにより、水中での不斉ジヒドロキシル化反応が効率よく進行するのではないかと考え、検討を行った。

 種々反応条件の検討を行った結果、非イオン性界面活性剤の添加が有効であり、特にTritonR X-405が効果的であることを見出した(Table 1)。また、この反応条件を用い基質一般性の検討を行ったところ、様々な基質に対しても反応は効率よく進行し、目的とする1,2-ジオール体を良好な収率および選択性をもって得ることが出来た(Table 2)。本反応においてはろ過により触媒の回収、再使用が可能であり、また反応溶液中へのオスミウムの流出も観測されなかった。

2. マイクロカプセル化オスミウム触媒の構造解析研究

 これまでに当研究室において、いくつかの高分子担体を用いたマイクロカプセル化オスミウム触媒が開発されている。しかしながら、未だ触媒中のオスミウムがどのような形で触媒中に固定化されているかについてはほとんど情報が得られていなかった。そこで筆者は高分子担体中のオスミウムの構造を明らかにすべく検討を行った。

 まずより直接的にオスミウムの電子状態等に関する情報を得るため、X 線微細吸収構造(XAFS)スペクトルの測定を行った。その結果、触媒中のオスミウムは6価以下に還元された状態で存在している可能性が高いことが明らかとなった。また、MC Os を化学量論量用い反応を行っても反応が殆ど進行しないことからも、オスミウムは8価としては存在していない可能性が強く示唆された。そこで、OsO4 が固定化のどの段階で還元されているのか詳細に検討を行った。その結果、マイクロカプセルを形成させる際に用いるメタノールによって還元され、4価の状態で固定化されている可能性が高いことが明らかとなった(Table 3)。また、EXAFS 解析の結果からOs-Os 結合が確認されず、極限構造が二酸化オスミウムと良い一致を示すこと、また透過型電子顕微鏡による触媒の観察結果では内部に金属粒子が確認できないことなどから、触媒中に含まれるオスミウムは4価の二酸化オスミウムであり、かつ透過型電子顕微鏡では確認できない微少なクラスターとして存在していると考えられる。

 さらに、マイクロカプセル化オスミウム触媒の安全性に関する検討を行い、OsO4の昇華性や高い毒性などの問題点がほとんど解消されていることを明らかにした。このことからこの触媒は回収・再使用が可能であるという点で工業スケールの反応に有用であるだけでなく、実験室レベルの反応においても安全性の点で価値が高い。

3. 架橋高分子マイクロカプセル化オスミウム触媒(PSresin-MC Os)の開発

 これまでにいくつかのマイクロカプセル化オスミウム触媒の開発を行い、不斉ジヒドロキシル化反応などに有効に機能することを見出してきたが、それらの触媒はすべて非架橋型の高分子によるものである。そのため、反応溶媒や基質によっては高分子担体が膨潤し塊状となり、触媒の表面積が減少してしまう場合がある。また反応系によっては完全に溶解し、内包されていたオスミウムが流出してしまうことがあるなどの問題点を有している。このような問題点を解決する手法として、一般的な有機溶媒に溶解しない架橋高分子を用いる手法が考えられる。しかしながら、マイクロカプセル形成に必要なコアセルベーションを行うためには、一旦担体を溶媒中に均一に分散させる必要があると考えられていた。これに対して筆者は、高分子担体として膨潤性の高い架橋ポリマーを用いることによりミクロなレベルでのコアセルベート化が行えるのではないかと考えた。そこで高分子担体として、非常に膨潤性が高く、また内部に空間を有するような架橋ポリスチレンを用いマイクロカプセル化の検討を行ったところ、固定化は効率よく進行し、架橋ポリスチレンマイクロカプセル化オスミウム触媒(PSresin-MC Os)を合成することが出来た。

 この新たな触媒の微細構造に関する情報を得るため、電子顕微鏡による観察も併せて行った。その結果、高分子担体上に微細なカプセルが新たに形成している様子が観察された(Figure 3)。

 次にこの触媒を用い、水中での不斉ジヒドロキシル化反応における触媒活性の評価を行った。その結果、PEM-MC Os とほぼ同様に反応は効率よく進行し、目的とするジオール体が高収率、かつ良好な選択性をもって得られることが分かった。また、粒子径やポリマーの自由度が反応性や金属の流出に関与することを見出した(Table 4)。さらにこの反応系を用いた基質一般性を検討し、様々な基質に対して本触媒が有効に機能すること、またPEM-MC Os では反応が効率よく進行しない基質においても、良好な収率で目的物が得られることを見出した(Table 5)。

 このように自由度の高い架橋高分子を担体として用いるマイクロカプセル化法は他の金属にも応用可能であると考えられ、金属触媒の固定化法としてより有用性の高い手法を開発できたと考えている。

Figure 1. The structure of PEM

poly(4-(2-phenoxy)ethoxymethyl-styrene-co-styrene) = PEM

Table 1. Effect of surfactants

a The catalyst and the ligand were combined before dihydroxylation. b Leaching of osmium components was determined by X-ray fluorescence analysis. [n.d.] = not detected (<1.3%) c Not determined. d The ligand was directly added. e The reaction was neutralized by aqueous H2SO4 (2N) to quench the reaction.

Table 2. Asymmetric dihydroxylation of olefins using water as a solvent a

a Leaching of osmium components was not observed in each reaction. b Enantiomeric excess was determined by chiral HPLC analysis. c (R) X-405 (5 mol%) was used.

Table 3. Effect of alcohols

a Leaching of osmium components was determined by X-ray fluorescence analysis. b 1.9 equivalents of 3-pentanone were also obtained.

Figure 2. Volatility analysis of PEM-MC Os and OsO4

Figure 3. SEM images of the polystyrene-resin particles inside the beads (left) and the PSresin-MC Os particles inside the beads (right).

Table 4. Effect of polymer-supports

a Leaching was determined by X-ray fluorescent analysis. [n.d.] = not detected (<0.8%) b The catalyst was prepared using a polystyrene-resin synthesized in water. c Larger polystyrene beads (>50 mesh) were used as a starting polymer.

Table 5. Asymmetric dihydroxylation of olefins using PSresin-MC Os

a Osmium leaching was not observed in all cases studied. b Enantiomeric excess was determined by chiral HPLC analysis. c 1 mol% of the catalyst and ligand was used. d (DHQD)2AQN was used as a ligand.

審査要旨 要旨を表示する

 現代有機化学において、いわゆる環境に優しい反応やプロセス、触媒の開発は最重要課題となっている。ここでは、用いる反応試剤や触媒をなるべく少量にすること、さらにはそれらを回収して再使用することが求められ、医薬品合成においても、廃棄物の削減や省エネルギー化、資源のリサイクルなどによる地球環境の保護が極めて重要になってきている。現在、この問題に対する様々なアプローチが世界中で行われているが、特に、高分子に固定化した触媒を用いる反応が、触媒と生成物の分離が容易な点、触媒を回収して再使用すれば廃棄物を極限にまで低減化できる点などから、その重要性が再認識されている。当研究室では、比較的早くからこの問題に取り組み、従来法とは全く異なる「マイクロカプセル化法」を開発し、高分子上への金属の新しい固定化法を開発している。本論文は、一連のマイクロカプセル化金属触媒の開発研究の中で、特に新規マイクロカプセル化オスミウム触媒(MC Os)の開発と、高分子中に固定化されている触媒の構造解析を行った結果について述べたものである。

 四酸化オスミウムに光学活性アミンを配位させて行う不斉ジヒドロキシル化反応は、オレフィンから光学活性ジオールを得る最も効率的な反応である。しかしながら、四酸化オスミウムは毒性が高く常に生成物への混入が危惧されるため、この反応を用いる医薬品合成は現在行われていない。そこで本論文では、新しい固定化オスミウム触媒を開発することにより、回収、再使用でき、また、反応系中への漏れ出しや生成物への混入を防ぐことを目的とした。すでに、新規マイクロカプセル化オスミウム触媒(PEM-MC Os)を開発し、二相系での不斉ジヒドロキシル化反応において有効に機能することを見出していたが、まず本論文第一章では、高分子担体そのものが疎水場として機能し、反応を効率的に進行させる反応機構を推定している。さらに、疎水場として高分子担体を積極的に活用することにより、有機溶媒を用いない水中での不斉ジヒドロキシル化反応が効率よく進行するのではないかという考えに至った。

 そこでこの考えを実証すべく、種々反応条件の検討を行った結果、非イオン性界面活性剤の添加が有効であり、特に(R) X-405 が効果的であることを明らかにしている。また、この反応条件下で基質一般性の検討を行い、様々な基質に対しても反応は効率よく進行し、目的とする1,2-ジオール体が良好な収率および選択性をもって得られることを見出している。本反応においては、ろ過により触媒の回収、再使用が可能であり、また反応溶液中へのオスミウムの流出も観測されなかった点は、特筆に値する。

 これまでに当研究室を中心に、いくつかの高分子担体を用いたマイクロカプセル化オスミウム触媒が開発されている。それぞれが優れた反応性や選択性を示しているが、一方、オスミウムがどのような形で触媒中に固定化されているかについては、ほとんど情報が得られていなかった。そこで第二章では、高分子担体中のオスミウムの構造を明らかにすべく、様々な検討を行っている。

 まず、より直接的にオスミウムの電子状態に関する情報を得るため、X 線微細吸収構造(XAFS)スペクトルの測定を行っている。測定の結果、触媒中のオスミウムは6価以下に還元された状態で存在している可能性が高いことが明らかされている。実際、MC Os を化学量論量用い反応を行っても反応が殆ど進行しないことも明らかにし、オスミウムは8価としては存在していない可能性を強く示唆している。

 次に、OsO4 が固定化のどの段階で還元されているのかについて、詳細に検討を行っている。その結果、OsO4 はマイクロカプセルを形成させる際に用いるメタノールによって還元され、4価の状態で固定化されている可能性が高いことが明らかにされている。また、EXAFS 解析の結果からOs-Os 結合が確認されず、極限構造が二酸化オスミウムと良い一致を示すこと、また透過型電子顕微鏡による触媒の観察結果では内部に金属粒子が確認できないことなどから、触媒中に含まれるオスミウムは4価の二酸化オスミウムであり、かつ透過型電子顕微鏡では確認できない微少なクラスターとして存在していると可能性が高いことを推定している。

 これらの極めて興味深い構造上の知見に加えて、第二章第三節では、マイクロカプセル化オスミウム触媒の安全性に関する検討を行い、OsO4 の昇華性や高い毒性などが、MC Os ではほとんど解消されていることを明らかにしている。このことから、本論文によって示されたオスミウム触媒は回収・再使用が可能であるというだけでなく、安全性の点でも優れた触媒であることが実証されたと言える。

 引き続き第三章では、新しいタイプのマイクロカプセル化触媒の開発を行っている。これまでに開発されてきたマイクロカプセル化オスミウム触媒は、本論文のものも含めすべて非架橋型の高分子によるものであり、そのため、反応溶媒や基質によっては高分子担体が膨潤し塊状となり、触媒の表面積が減少してしまう場合があった。また反応系によっては高分子が完全に溶解し、内包されていたオスミウムが流出してしまうこともあった。このような問題点を解決する手法として、一般的な有機溶媒に溶解しない架橋高分子を用いる手法が考えられる。しかしながら、マイクロカプセル形成に必要なコアセルベーションを行うためには、高分子担体を溶媒中に均一に分散させる必要があると考えられていた。これに対して本論文は、高分子担体として膨潤性の高い架橋ポリマーを用いることにより、ミクロなレベルでのコアセルベート化が行えるのではないかと考えた。そこで高分子担体として、非常に膨潤性が高く、また内部に空間を有するような架橋ポリスチレンを用いマイクロカプセル化の検討を行ったところ、固定化は効率よく進行し、架橋ポリスチレンマイクロカプセル化オスミウム触媒(PSresin-MC Os)を合成できることを明らかにしている。

 次にこの触媒を用い、水中での不斉ジヒドロキシル化反応における触媒活性の評価を行っている。その結果、PEM-MC Os とほぼ同様に反応は効率よく進行し、目的とするジオール体が高収率かつ良好な選択性をもって得られることを明らかにしている。また、粒子径やポリマーの自由度が反応性や金属の流出に関与することも見出している。さらにこの反応系を用いた基質一般性を検討し、様々な基質に対して本触媒が有効に機能すること、またPEM-MC Os では反応が効率よく進行しない基質においても、良好な収率で目的物が得られることを明らかにしている。このように自由度の高い架橋高分子を担体として用いるマイクロカプセル化法は他の金属にも応用可能であると考えられ、金属触媒の固定化法として有用性の高い新手法を提供したものと評価される。

 以上、本論文は、高分子固定化オスミウム触媒の研究を行い、新反応系の開拓、触媒構造の解明、新触媒の開発を行い、医薬品合成の一手段としての可能性を拓いた。よって、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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