No | 120408 | |
著者(漢字) | 臼田,裕之 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ウスダ,ヒロユキ | |
標題(和) | 新規触媒的不斉Diels-Alder反応を用いた多環性テルペン類の合成研究 | |
標題(洋) | Synthetic Studies of Polycyclic Polyprenylated Acylphloroglucinols : Approach Using Novel Catalytic Enantioselective Diels-Alder Reaction | |
報告番号 | 120408 | |
報告番号 | 甲20408 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1107号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 分子薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年、Polycyclic Polyprenylated Acylphloroglucinols (PPAPs)と総称される多環性テルペン類がその構造的な面白さ、及び興味深い薬理活性によって幅広い分野から注目を浴びている.中でも hyperforin (1)は、西洋ハーブの1種である St. John's wort が有する抑鬱作用の起因物質であると考えられており、またgarsubellin A (2)はコリンアセチルトランスフェラーゼの誘導能を有しており、抗アルツハイマー病薬のシーズとしても考えられている.構造的には garsubellin A はPPAPs の特徴である高度に酸化された bicyclo[3.3.1]nonane-1,3,5-trione 環に、テトラヒドロフラン環が連結した中心骨格と、2カ所の4級不斉中心を含む4カ所の不斉中心を有する、複雑で魅力的な構造である.このため、多くのグループがその合成研究に取組んでいるが、全合成例はラセミ体を含めて現在まで報告されていない.これらの PPAPs の不斉全合成研究に取組む前に、鍵となるビシクロ環構築についての知見を得るために、私はモデル化合物である 8-deprenyl garsubellin A (18-epi 体:10,18-natural 体:14)の合成研究を本学修士課程で行なった(Scheme 1). 高度に酸化され、官能基化されたビシクロ[3.3.1]骨格を構築するために、ジケトンからのワンポットでの2環性ラクトン構築(3+4→5,11+4→12)とそれに続く形式転位反応(5→7,12→13)を行なった.テトラヒドロフラン環構築と2位のプレニル鎖の導入は Wacker 型酸化反応(7→8)とそれに続く Stille カップリング(9→10)によって行ない、モデル化合物の合成に成功した.1 このようにモデル化合物の合成に成功したため、博士課程ではPPAPs 全般を効率的に不斉合成する方法論の開発に着手した.モデル合成での知見より、多置換シクロヘキサノン 15 (Scheme 2) がその重要中間体と考えられたので、これらを短行程で構築できるような強力な触媒的不斉 Diels-Alder 反応の開発に取りかかることとした.触媒的不斉 Diels-Alder 反応はキラルな6員環を合成する有用な反応であり、そのため現在までに数多くの研究例が報告されている.しかしながらそれらの多くはシンプルなジエンを用いたものであり、分子間反応で複雑なジエン、とりわけ末端(4 位)が2置換のジエンを用いた有用な例は報告されていなかった. そのため、初めに 16a,17a を基質として反応の開発を行なった(Scheme 1) .キラル配位子と中心金属のスクリーニングを行なったところ、Ph-pybox (19a)とカチオン性の鉄、Fe(ClO4)3 からなる触媒を用いたときに高い不斉が誘起されることがわかった(entry 1).しかしながらこの場合、その再現性が問題となった.私は市販の Fe(ClO4)3 に含まれる結晶水がその再現性の低さの原因ではないかと考え、FeBr3 に対して銀試薬を in situ で加えることによって水を含まない、カチオン性の鉄錯体を調製しようと試みた.銀塩の種類及び添加量について検討を行ったところ(entry 2-5) 、FeBr3 と AgSbF6、1:2の割合からなる触媒を用いたときに、最も高い選択性で成績体が得られることがわかった(entry 4,6).一方、配位子側鎖のフェニル部位を脂肪鎖に変えた、iPr-pybox (19b) やtBu-pybox (19c)を配位子として用いた時は反応性、選択性ともに激減した(entry 7,8). しかしながらこの反応の成績体18a から中間体15 への変換は、その2位に置換基を導入することができなかったため、成功しなかった.そこで基質を合成的に進めて、よりチャレンジングな4置換のジエン17b (Table 2) を用いて反応を行なうことにした.この基質に対して先に最適化した触媒の条件を適用してみたところ、その不斉収率はわずか 68% にとどまった(entry 1) .そこで先の知見より、配位子のフェニル部位が不斉収率に大きな役割を占めているのではないかと考え、そのパラ位に電子供与性の置換基を導入してみた.検討の結果、パラエトキシフェニル基を側鎖に有する配位子 19d (Table 1) を用いることで不斉収率が86% に向上することがわかった(Table 2,entry 2) .以上のように最適化した条件を様々な基質に適用したところ、多くの場合成績体の多置換シクロヘキサノン誘導体を高収率、高選択的に与えた(entry 2-7) .特に hyperforin 合成の中間体を与える基質の場合、非常に高エナンチオ、ジアステレオ選択的に成績体が得られた(entry 7). この反応の想定される遷移状態をFigure 1 に示した.強力なルイス酸性を有するカチオン性の3価の鉄に求ジエン体が bidentate に配位する際、この求ジエン体は配位子側鎖の電子供与性の aryl 部位とのπ-π相互作用によって位置固定と安定化を受けていると考えられる.そして配位子側鎖の aryl 部位を避ける方向からジエンが s-trans を取っている求ジエン体と反応することによって、前述の多置換キラルシクロヘキサノン誘導体が得られたと考えている.2 このように hyperforin 合成の前駆体となる基質から連続する不斉中心が制御された成績体が得られたので、この Diels-Alder 成績体 18g を用いてその後の変換に取組んだ(Scheme 3).初めに18g の oxazolidone 部位をチオールエステルを経て MOM で保護されたアルコール 20 へと変換した.エノールエーテル部位は中和された TBAF を用いることによって収率よくケトンへと加水分解され、分離可能な6位のジアステレオ混合物 21 を与えた.モデル合成の知見より、6位の立体化学は後の変換で消滅すると考えられるので、この両ジアステレオマーともに今後の変換に用いることができると考えている.この末端のアルコールはシクロヘキサノン部位を立体選択的に還元して 22 へと変換した後、アルデヒド 23 へと酸化された.アルデヒドに対するイソプロピルアニオンの付加は Barbier 法によって立体選択的に進行し、24 へと変換された.最後に脱保護、酸化、ケトンの立体選択的α-プレニル化によってα,α'-2 置換シクロヘキサノン誘導体である 26 を得ることができた.この化合物は Scheme 2 の 15 に対応しており、モデル合成の知見より、ビシクロ環構築の重要中間体であると考えられる. しかしながら一方で、共同研究者の修士課程2年の倉持によって、8 位に置換基を有する基質の場合、ビシクロ環を構築する分子内アルドール反応(Scheme 1,6→7)が進行しないことが報告された.そこでビシクロ環構築のための汎用性の高い、新しい方法論の開発を行なった(Scheme 4) .これまでのストラテジーは 4 位に炭素-炭素結合を構築した後、分子内反応によって 6 位に炭素-炭素結合を構築する手法をとっていたが(27→28)、4 位と 6 位にあらかじめ炭素鎖を導入しておいて、オレフィンメタセシスによって最後の環を構築しようと考えた(29→30).このストラテジーは未だモデル反応の段階であるが、以下のように実証された.4 位にアリル基を有するジケトン 32 を塩基性条件化でヨウ化アリルと反応させ、アリルエノールエーテル 33 へと変換した.続いて 33 を封管中 200℃で加熱したところ、Claisen 転位が起こり、29 に対応する、6 位にアリル基が導入されたジケトン 34 へと変換された.このジケトン 34 を第 2 世代の Grubbs 触媒と反応させたところ、閉環メタセシスによって新たに 7 員環が構築され(35)、このストラテジーの妥当性が証明された.今後は 26 (Scheme 3) の 4 位にビニル基を導入して同様の反応を行なうことによって、bicyclo[3.3.1]nonane 環を構築し、hyperforin の不斉全合成につなげていきたいと考えている. 以上私は、カチオン性の Fe(III) と Ar-pybox の組み合わせからなる触媒を用いた新規触媒的不斉 Diels-Alder 反応の開発を行なった.この反応は末端 2 置換の非環状ジエンを用いた初めての実用的な不斉 Diels-Alder 反応であり、その成績体のキラル多置換シクロヘキサノン誘導体は PPAPs を初めとする多くの生理活性物質合成における重要キラルビルディングブロックとして高い有用性を宿している.そしてこの Diels-Alder 成績体から hyperforin への変換を研究し、重要中間体である、α,α'-2 置換シクロヘキサノン誘導体へと簡便な方法で誘導することに成功した.最後に、PPAPs 合成において鍵となるbicyclo[3.3.1]nonane 構築における新しい方法論の開発を行ない、hyperforin を初めとする PPAPs 全般の不斉全合成に向けての道を拓いた. Scheme 1. Synthesis of 8-Deprenyl Garsubellin A Scheme 2. Challenge toward Structural Complexity Using Asymmetric Catalysis Table 1. Optimization of the Reaction Condition a Not optimized. b Isolated yield. c Enantiomeric excess (ee) was determined by chiral HPLC using chiral stationary phases. d 2 mol % of FeBr3 and 2.4 mol % of (R,R)-Ph-pybox was used. The reaction was performed at -50℃. e Absolute configuration was determined to be R. Table 2. Catalytic Enantioselective Diels-Alder Reactiona a The absolute configurations were temporarily assigned based on the analogy to 18a. The relative configurations were determined based on NMR analysis. b Isolated yield. c Determined by 1H NMR. d Determined by chiral HPLC after appropriate conversions. e 19a was used as ligand. f Ee of exo product. Figure 1. Proposed Transition State Scheme 3. Conversion of Diels-Alder Preduct Scheme 4. Construction of Model Bicyclo Ring | |
審査要旨 | 臼田裕之は「新規触媒的不斉 Diels-Alder 反応を用いた多環性テルペン類の合成研究」のタイトルで博士課程の研究をおこなった. 近年、Polycyclic Polyprenylated Acylphloroglucinols (PPAPs)と総称される多環性テルペン類がその構造的な面白さ、及び興味深い薬理活性によって幅広い分野から注目を浴びている.中でもおだやかな抑鬱作用を発現する hyperforin (1)や、コリンアセチルトランスフェラーゼの誘導能を有し抗アルツハイマー病薬のシーズとしても考えられている garsubellin A (2)が代表的な化合物である.現在までに、多くのグループがその合成研究に取組んでいるが、全合成例はラセミ体を含めてまだ報告されていない.臼田裕之は博士は博士課程において、PPAPs 全般を効率的に不斉合成する方法論の開発に着手し、多置換シクロヘキサノンを一挙に構築できるような強力な触媒的不斉 Diels-Alder 反応の開発に成功した(Table 1).さらに開発した触媒的不斉 Diels-Alder 反応を鍵として、PPAPs の重要合成中間体の短工程合成法を確立した. 予備的な実験においてキラル配位子と中心金属のスクリーニングを行なったところ、キラル配位子としてPhpybox (19a)、中心金属として FeBr3 と AgSbF6、1:2の割合からなるカチオン性金属の組み合わせを用いたときに、最も高い選択性で成績体が得られることがわかった.そこで基質を合成的に進めて、よりチャレンジングな4置換のジエン17b を用いて反応を行なうことにした.この基質に対して Phpybox を不斉配位子とした反応を試みたところ、その不斉収率はわずか 68% にとどまった (Table 1, entry 1) .不斉収率の改善を目指し配位子のフェニル部位のパラ位に電子供与性の置換基を導入した 19d を用いたところ、不斉収率が 86% に向上することを見いだした (Table 1, entry 2) .以上のように最適化した条件を様々な基質に適用したところ、多くの場合成績体の多置換シクロヘキサノン誘導体を高収率、高選択的に与えることがわかった (entry2-7).さらに、高エナンチオ、ジアステレオ選択的に合成可能であった (entry 7) 成績体18g から、hyperforin の想定重要合成中間体へと効率良く変換できる合成ルートの確立に成功した. この反応の想定される遷移状態を Figure 1 に示した.強力なルイス酸性を有するカチオン性の3価の鉄に求ジエン体が bidentate に配位する際、この求ジエン体は配位子側鎖の電子供与性の aryl部位とのπ-π相互作用によって位置固定と安定化を受けていると考えられる.そして配位子側鎖の aryl 部位を避ける方向からジエンが s-trans を取っている求ジエン体と反応することによって、前述の多置換キラルシクロヘキサノン誘導体が得られたと考えている. 一方で、ビシクロ環骨格構築を指向して、新しい環化法の開発も行なった(Scheme 1).すなわち、 Diels-Alder 体から数工程で合成できると期待されるジケトン 32 をアリルエノールエーテル 33 へと変換した後、封管中200℃で加熱したところ Claisen 転位が起こり、6 位にアリル基が導入されたジケトン 34 が高収率で合成できた.このジケトン 34 を第 2 世代の Grubbs 触媒と反応させたところ、閉環メタセシスによって新たに 7 員環が構築された(35).本知見は、hyperforin やgarsubellin A の触媒的不斉全合成の端緒を開いたものと考えられる. 以上のように臼田裕之は、構造的にも生物活性の面からも注目を集めている PPAPs を一般性高く不斉合成するための基盤となりうる新規触媒的不斉 Diels-Alder 反応を開発するとともに、全合成上最も困難と予想される立体的に込み入ったビシクロ環構築に対する有望な解答を示した.これらの成果は有機合成化学における重要な知見であり、博士(薬学)の授与に相当するものと考えられる. 1:Hyperforin 2:Garsubellin A Table 1. Catalytic Enantioselective Diels-Alder Reaction Targeting PPAPs Synthesis Figure 1. Proposed Transition State Scheme 1. Preliminary Studies for Bicyclo Skeleton Synthesis | |
UTokyo Repositoryリンク |