学位論文要旨



No 120409
著者(漢字) 尾谷,優子
著者(英字)
著者(カナ) オタニ,ユウコ
標題(和) 7-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタンアミドの非平面性と新規構造単位としての応用
標題(洋)
報告番号 120409
報告番号 甲20409
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1108号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 長野,哲雄
内容要旨 要旨を表示する

【はじめに】アミド結合はタンパク質や生理活性物質の基本となる結合であり、基底状態では平面構造を持つとされている。しかし、自然界にはアミド結合の窒素- カルボニル炭素結合が回転したねじれ型アミドや、アミド窒素が平面性を失い sp3 性を有する窒素ピラミッド型アミドといった非平面アミドが存在する。当教室では、構造的に単純な非平面アミドとして、二環性構造を持つ7-アザビシクロ [2. 2. 1] ヘプタンアミドが置換様式に関わらず非平面を起こす骨格であると提唱し、このものが結晶構造において顕著にピラミッド化した構造をとることを明らかにした (Figure 1)。1) そこで筆者は、本アミドの溶液構造を調べ、非平面化の一般性や構造因子についての知見を得ることを目的として研究を開始した。次に、本二環性構造を非天然アミノ酸の骨格として利用し、非平面ペプチド結合を持つホモオリゴマーが規則構造を誘起しうる事を明らかにした。

1. 7-アザビシクロ [2. 2. 1 ] ヘプタンアミドの結晶構造

 Figure 2に示す様々なアミドの結晶構造のデータをTable 1 にまとめた。アミドの非平面性は、窒素ピラミッド化を表す角度 α(Figure 1) およびアミド結合のねじれ角の絶対値|τ|表すことができる。α は、二環性アミド 1a で 153.2°、単環性の構造類縁体である 5 員環のピロリジンアミド 5b で 171.3°であった。後者の面外角 (180°-α) は 8.7°であり少しピラミッド化しているのに対し、前者は 26.8°と窒素ピラミッド化が大きく促進されている。二環性アミドでは、アミド窒素とアルキル炭素が作る CNC 結合角がエタノブリッジの束縛により狭められていることが1つの理由と考えられる。しかし、4員環アミド 7c は二環性アミドよりも小さい CNC 角をもつにもかかわらず α は 161.0°であった。一方、ねじれ角 τ については、二環性アミドの|τ|が単環性アミドのそれよりも大きかった。

2. 温度可変ダイナミック NMR による溶液構造の評価

 溶液中のアミド結合の構造に関する手がかりとして、アミドのシス- トランス異性化におけるアミド結合回転の障壁の大きさが挙げられる。非平面アミドでは、アミドの共鳴構造の寄与の減少のためその2重結合性が減少し、回転障壁が低下することが予想される。そこで温度可変ダイナミック NMR の手法を用いて様々な単環性及び二環性アミド (Figure 2) のアミド結合の回転障壁を測定した。測定にはブリッジヘッド(橋頭位)プロトンの非等価性を利用し、テトラクロロエタン溶媒中、コアレス温度法によりΔGc‡ を算出した。

 まず各種の無置換ベンズアミド体 (X = H) について検討したところ、7-アザビシクロ [2. 2. 1] ヘプタンアミド誘導体 (1a, 2a, 3a, 4a) は、ピロリジンアミド(5a)と比較して有意に回転障壁エネルギーが低下した (Figure 3)。また線形解析(line shape analysis)により得られたエネルギー値もコアレス温度法による値と良く一致した。一方、ベンゼン環上パラ位に種々の置換基 (X) を有するベンズアミド誘導体についても回転障壁を調べたところ、二環性アミド誘導体はベンゼン環上の置換基に関わらず単環性アミド化合物よりも回転障壁が低かった。よって、溶液中においても7-アザビシクロ [2. 2. 1] ヘプタンのアミド窒素がベンゼン環上の置換基に関わらず非平面化を起こすことが示唆された。回転障壁は 5a > 7a > 1a の順に小さくなり、この順に非平面化が促進されていると予想される。

 また、アミドの回転障壁は置換基のハメットのσp+ 値と良好な直線自由エネルギー関係を示し、非平面アミドにおいても通常のアミドと同様な置換基の電子効果を受けることが分かった。

3. 7- アザビシクロ [2. 2. 1] ヘプタンアミドの非平面化の構造因子の孝察

 一連の化合物について分子軌道計算 (B3LYP/6-31G* レベル) による構造最適化を行ったところ、結晶中、溶液中で見られた窒素ピラミッド構造をよく再現した。二環性アミド化合物では CNC 角の制限 (結合角歪み) およびブリッジヘッドプロトンとアミドカルボニル酸素やベンゼン環との立体反発 (アリル位型歪み) という2つの要因が非平面化を促進していると考えられる。アミド基をベンゾイル、アセチル、ホルミルとした化合物の計算構造 (Figure 4) では窒素ピラミッド化とアミドのねじれが互いに相関している様子が分かった。置換基 R のサイズを小さくするとピラミッド化とねじれはともに減少したが、7- アザビシクロ [2. 2. 1] ヘプタン化合物の窒素ピラミッド化はホルムアミドの場合でも依然として大きく、本化合物が本質的に窒素ピラミッド化を示す骨格であることが分かる。2)

4. 7- アザビシクロ [2. 2. 1] ヘプタン化合物の新規構造単位としての応用

 天然に存在するペプチドやタンパク質の二次構造の形成には、ペプチド結合の平面構造が重要な役割を果たしていると考えられているが、溶液中で非平面アミド結合を持つホモペプチドが規則構造を取りうるかということに興味がもたれる。そこで7- アザビシクロ [2. 2. 1] ヘプタン骨格を非平面アミドユニットとして利用し、光学活性なβ-アミノ酸誘導体 R-Ah2c および S-Ah2c (Figure 5) を設計、合成した。二環性骨格は N-Boc-pyrrole と methyl 3-bromopropiolate とのDiels-Alder 反応を用いて構築し、アミノ酸のエナンチオマー分割は camphorsultam を導入し再結晶を行うことで達成した。ホモオリゴマー (R-Ah2C)n および (S-Ah2C)n をFmoc 固相法 (n = 5,8) および Boc 液相法 (n = 2,3,4,5) により合成した。

 これらの円二色性 (CD) スペクトルをメタノール中で測定したところ、大きなモルだ円率 ([θ]) を持つ特徴的な波形が得られた(Figure 6)。CDの極大,極小値は198.0 nm および 217.0 nm に存在していた。紫外吸収スペクトルを測定したところモノマーおよびオリゴマーで 200.0 nm にピークが現れた (HCl・S-Ah2c: ε〜4000, HCl・(S-Ah2c)4: ε〜23000)。また、実測 CD スペクトルのバンド (成分) 分解の結果から、オリゴマーで出現している 200 nm 付近の CD は π-π* 遷移の成分であり、217 nm 付近の CD は π-π* 遷移と光学禁制なn-π* 遷移の成分が寄与していることが分かった、モノマー (HCl・S-Ah2c) では 215 nm より長波長部分に CD シグナルが見られなかった (データ未掲載) ことから、n-π* 遷移の CD は、隣接するアミドカルボニルの π-π* 遷移との相互作用により出現すると考えられる (Schellman's mechanism)。この機構では遷移モーメントが規則的に配置されることが重要であり、α- アミノ酸のαヘリックスの CD シグナル (222 nm)はこの機構により出現することが知られている。よって、Ah2c オリゴマーは溶液中にて何らかの規則的な構造、すなわちヘリカルな構造を取っていることが示唆された。また、π-π* 遷移の成分についても励起子モデルを用いて定性的に考察した結果、筆者が計算で予測したエネルギー的に最安定なヘリックス構造を取っている可能性を支持した.

 ユニット数 n の増加に従って1残基あたりに換算した CD 強度は増大した。また3量体以上では 206.5 nm 付近に isodichroic point が見られことから、ヘリックス構造の構築には少なくとも3量体以上が必要であり、ペプチド鎖が長くなるにつれて規則構造が安定化されることが示唆される.

 ペプチドの二次構造の形成に重要であると考えられてきたアミドの平面構造であるが、今回の研究により、平面構造や分子内水素結合による安定化作用を持たないアミノ酸のホモペプチドが規則構造を形成しうることを示した。この結果がペプチド分子設計の新たな指標となることを期待する。

[参考文献](1) Ohwada, T.; Achiwa, T.; Okamoto, I.; Shudo, K. Tetrahedron Lett. 1998, 39, 865-868.(2) Otani, Y.; Nagae, O.; Naruse, Y.; Inagaki, S.; Ohno, M.; Yamaguchi, K.; Yamamoto, G.; Uchiyama, M.; Ohwada, T. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 15191-15199.

Figure 1. Crystal structure of bicyclic amide.

Table 1. Crystal structural data of cyclic amides.

a Standard deviations are shown in parentheses.

b Reference (1).

c Two kinds of molecules are involved in a unit cell.

Figure 2. Bicyclic and monocyclic amides in this study.

Figure 3. Rotational barriers of amides in solution, estimated by the coalescence temperature method.

Figure 4. Correlation between nitrogen-pyramidalization (α) and amide twisting (|τ), calculated at the B3LYP/6-31G* level.

Figure 5. Ah2c peptides.

Figure 6. CD spectra of Ah2c peptides in methanol at 20℃.

審査要旨 要旨を表示する

 尾谷優子は、「7-アザビシクロ [2. 2. 1] ヘプタンアミドの非平面性と新規構造単位としての応用」と題し、以下の研究を行なった。

1. 7-アザビシクロ [2. 2. 1] ヘプタンアミドの非平面性

 アミド結合はタンパク質や生理活性物質の基本となる結合であり、基底状態では通常平面構造を持つとされている。しかし、基底状態においてアミド結合の窒素-カルボニル炭素結合が回転したねじれ型アミドや、アミド窒素が平面性を失い sp3 性を有する窒素ピラミッド型アミドといった非平面アミドが存在する。

 当教室では、構造的に単純な非平面アミドとして、二環性構造を持つ7-アザビシクロ [2. 2. 1] ヘプタンアミド (右図) が置換様式に関わらず非平面化を起こす骨格であると提唱し、このものが結晶構造において顕著に窒素ピラミッド化した構造をとることを明らかにしている。そこで、さらに様々な環状アミド誘導体の結晶構造を解析したところ、単環性の構造類縁体である5員環のピロリジンアミドや4員環のアゼチジンアミドと比較して、本アミドが窒素ピラミッド化、アミドのねじれともに大きく、非平面アミドの特徴を有することを確認した。

 さらに、本アミドの溶液構造を調べた。非平面アミドでは、アミドの共鳴構造の寄与の減少のため窒素-カルボニル炭素結合の2重結合性が減少し、回転障壁が低下することが予想される。そこで温度可変ダイナミック NMR の手法を用いて様々な単環性及び二環性骨格を有するベンズアミドのアミド結合の回転障壁 (ΔG‡) を測定した。測定にはブリッジヘッド (橋頭位) プロトンの非等価性を利用し、テトラクロロエタン溶媒中、コアレス温度法および線形解析法により回転障壁を算出した。

 7-アザビシクロ [2. 2. 1] ヘプタンアミド誘導体は、単環性アミドと比較して有意に回転障壁が低下した。よって、溶液中においても7-アザビシクロ [2. 2. 1] ヘプタンのアミド窒素が非平面化を起こしていることが示された。また、本アミドの回転障壁はベンズアミドのベンゼン環上の置換基のハメットの σp+ 値と良好な直線自由エネルギー関係を示し、非平面アミドが通常のアミドと同様な置換基の電子効果を受けることが分かった。

 一連の化合物について分子軌道計算 (B3LYP/6-31G*レベル) による構造最適化を行ったところ、結晶中、溶液中で見られた窒素ピラミッド構造をよく再現した。非平面化の構造因子として窒素周りの結合角ひずみや、ブリッジヘッド水素部分の立体反発について調べた結果、この二環性骨格は他の単環性骨格よりも両効果が大きく、非平面化が促進されることが分かった。

2. 7-アザビシクロ [2. 2. 1] ヘプタン化合物の新規構造単位としての応用

Pauling によるペプチドのαヘリックスの発見は、タンパク質やポリペプチドの二次構造の形成におけるアミド結合の平面構造と水素結合の重要性を示した。天然に存在するペプチドやタンパク質の二次構造の形成には、ペプチド結合の平面構造が重要な役割を果たしていると考えられているが、溶液中で非平面アミド結合を持つホモペプチドが規則構造を取りうるかということに興味がもたれる。そこで7-アザビシクロ [2. 2. 1] ヘプタン骨格を非平面アミドユニットとして利用し、光学活性なβ-アミノ酸誘導体 R-Ah2c および S-Ah2c (Figure 1) を設計、合成した。二環性骨格は N-Boc-pyrrole と methyl 3-bromopropiolate との Diels-Alder 反応を用いて構築し、アミノ酸のエナンチオマー分割は camphorsultam を導入し再結晶を行うことで達成した。ホモオリゴマー (R-Ah2c)n および (S-Ah2c)n を Fmoc 固相法 (n = 5,8) および Boc 液相法 (n =2,3,4,5) により合成した。

 Ah2c ホモオリゴマーの円二色性 (CD) スペクトルをメタノール中で測定したところ、大きなモルだ円率 ([θ]) を持つ特徴的な波形が得られた (Figure 2)。CD の極大,極小値は 198.0 nm および 217.0 nm に存在していた。紫外吸収スペクトルを測定したところモノマーおよびオリゴマーで 200.0 nm にピークが現れた。また、実測 CD スペクトルのバンド (成分) 分解の結果から、オリゴマーで出現している 200 nm 付近の CD は π-π* 遷移の成分であり、217 nm 付近の CD は n-π* 遷移と光学禁制な n-π* 遷移の成分が寄与していることが分かった。モノマー (HCl・S-Ah2c) では 215 nm より長波長部分に CD シグナルが見られなかった (データ未掲載) ことから、n-π* 遷移の CD は、隣接するアミドカルボニルの π-π* 遷移との相互作用により出現すると考えられる (Schellman's mechanism)。この機構では遷移モーメントが規則的に配置されることが重要であり、α-アミノ酸のαヘリックスの CD シグナル (222 nm) はこの機構により出現することが知られている。よって、Ah2c オリゴマーは溶液中にて何らかの規則的な構造、すなわちヘリカルな構造を取っていることが示唆された。また、π-π* 遷移の成分にっいても励起子モデルを用いて定性的に考察した結果、計算で予測したエネルギー的に最安定なヘリックス構造を取っている可能性を支持した。

 ユニット数 n の増加に従って1残基あたりに換算した CD 強度は増大した。また3量体以上では 206.5 nm 付近に isodichroic pointが見られたことから、ヘリックス構造の構築には少なくとも3量体以上が必要であり、ペプチド鎖が長くなるにつれて規則構造が安定化されることが示唆された。

 以上のように、尾谷優子は7-アザビシクロ [2. 2. 1] ヘプタンが結晶中、溶液中において一般的なアミドと比べて大きく非平面化していることを示した。また、本骨格のβ-アミノ酸誘導体を設計、合成し、このホモペプチドが溶液中でヘリカルな規則構造を持つことを示した。ペプチドの二次構造の形成に重要であると考えられてきたアミドの平面性であるが、今回の研究により、平面性や分子内水素結合による安定化作用を持たないβ-アミノ酸のホモペプチドが規則構造を形成しうることを示した。

 本研究の成果は有機化学の某礎分野に有意に貢献するものであり,また構造生物科学の分野にも波及する成果であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認められる。

7-Azabicyclo[2.2.1]heptane Amide

Figure 1. Ah2c peptides.

Figure 2. CD spectra of Ah2c peptides in methanol at 20℃.

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