学位論文要旨



No 120411
著者(漢字) 鈴木,理人
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,マサト
標題(和) 触媒的不斉シアノ化反応を用いるキラルアミン類合成法の開発
標題(洋)
報告番号 120411
報告番号 甲20411
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1110号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 助教授 眞鍋,敬
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

 近年、医薬品の開発において光学的に純粋な化合物を供給できる化学合成の確立が必須となっている。一方で、環境負荷の少ないより原子効率性の優れた反応開発が望まれている。従って、少量の不斉源から大量のキラル化合物を合成できる高効率的な触媒的不斉合成はもっとも魅力のある、優れた合成方法論であると考えられる。そこで著者は Lewis 酸―Lewis 塩基多点認識複合不斉触媒を基盤として、2 種類の含窒素求電子剤(ピリジンおよびケトイミン)に対する新規触媒的不斉シアノ化反応の開発を行ったのでここに報告する。

(1)ピリジン誘導体の触媒的不斉 Reissert 反応の開発

 医薬品や生物活性天然物にはピペリジン骨格を有するものが多数存在する。キラルピペリジン化合物の合成方法論が数多く報告されているなかで、N-アシルピリジニウム中間体等の活性化されたピリジン環に対する不斉求核反応はチャレンジングかつ魅力的な反応である。しかしながら、N-アシルピリジニウムの反応性が低くかつ反応点が複数存在する等の理由から、従来は当量のキラル源を用いた Grignard 試薬や有機銅試薬などを求核剤として用いる反応に限られていた。そこで著者は、これらの問題点を克服しかつ高いエナンチオ選択性を発現できる前例のない不斉触媒の創製を目的として研究に着手した。

 当研究室ではLewis 酸―Lewis 塩基複合不斉触媒(1 + Et2AlCl: 1-Al)を用いたキノリンおよびイソキノリン誘導体に対する触媒的不斉 Reissert 反応を開発し、さらに生物活性物質の触媒的不斉全合成への適用を達成している。今回新たに開発した Lewis 酸―Lewis 塩基複合不斉触媒を用いることにより、ピリジン誘導体に対する初の触媒的不斉 Reissert 反応の開発に成功することができた1。キノリンおよびイソキノリン誘導体に対する反応の際に良い結果を与えたホスフィンオキシドをルイス塩基として有する従来の触媒(1-Al) では、ピリジン誘導体 4 に対して満足できる結果は得られなかった(Table 1; entry1) 。

 種々検討した結果、Lewis 塩基としてキラルスルホキシドを持つ(S)-BINOL を母核にした新規不斉配位子 2 と Et2AlCl の2:1の混合比から調製した触媒(2-Al)を用いることで、98%収率、91% ee にて成績体を得ることができた(Table 1; entry 2) 。さらに、基質のアミド部位としてジイソプロピルアミド、アシル化剤として FmocCl を用いることで、98%収率、レジオ選択性50:1、96% ee という非常に高い選択性を得ることができた(Table 1; entry 3)。

 この反応を他の基質に適用したところ、ピリジン環上の 4 位の位置にClまたはBrを有する基質に対しては、ルイス塩基としてホスフィンスルフィドを有する 3 とEt2AlCl の1:1の混合比から調製した触媒 (3-Al)を用いることで、高い収率、レジオおよびエナンチオ選択性にて目的とする成績体を得ることができた(Table 1; entries 4 and 5)。さらに、この反応の有用性を実証すべく、ドパミンレセプターサブタイプ選択的アンタゴニストCP-293,019 の形式全合成を行った(Scheme 1)。また、本反応における ESI-MS を用いた preliminary な触媒構造研究を行った。その結果、Al とリガンドの2:3 complex が高いレジオおよびエナンチオ選択性を与える本反応の触媒活性種であると推定された。

(2)ケトイミンに対する触媒的不斉 Strecker 反応

 天然および非天然α-アミノ酸は各種工業品の中間体ならびに医薬品、食品添加物などの重要な物質であり、現在までに様々な合成法が報告されている。そのなかでも触媒的不斉Strecker 反応によるα-アミノ酸の合成はイミンよりキラルなα-アミノ酸をわずか2段階で合成できる強力な方法である。数多くの触媒的不斉 Strecker 反応が開発されているが、それら多くの適用範囲はアルドイミンに止まり、より低選択性、低反応性が問題となるケトイミンに適用できる例はごくわずかであり、基質一般性も十分ではない。ケトイミンの触媒的不斉Strecker 反応生成物から誘導されるキラルα,α-2置換アミノ酸は様々な生物活性物質(酵素阻害剤等)や機能性材料(配座固定型ポリペプチド等)のキラルビルディングブロックとして有機合成化学上極めて重要な位置を占めており、広範囲のケトイミンに適用できる触媒的不斉 Strecker 反応の開発は有機合成化学上極めてチャレンジングなテーマである。

 当研究室では、既に D-グルコースから誘導されるキラルリガンド7 と、Gd(OiPr)の2:1の混合比から調製される不斉触媒を用いたケトイミンに対する触媒的不斉Strecker 反応を報告している2。基質適用範囲の拡張を図るため複素環を含むケトイミンに従来の反応条件(触媒量10mol %)を適用したところ、33% eeの生成物が得られたにとどまった(Scheme 2; entry 1)。検討の結果、触媒量を増加させることによりエナンチオ選択性が劇的に向上することを見出した(Scheme 2; entries 2 and 3) 。この原因を以下のように考察した(Scheme 2; eq 1)。すなわち触媒調製はGd(OiPr)3と 7 の1:2の混合比で行うが、実際の触媒活性種は Gd と 7 の2:3 complex であることが ESI-MS を用いた構造論的実験から示唆されている。従って反応系内には常に過剰の7(Gd に対して 0.5 当量)が存在しており、触媒量の増加に伴って、この遊離の 7 の濃度が上昇しプロトン源として働いてエナンチオ選択性が劇的に向上するものと考えた。この考察から、2,6-ジメチルフェノールをプロトン源として添加したところ、期待通り反応性、不斉収率、基質一般性が飛躍的に向上することを見出した(Scheme 2; entry 4)3。この最適条件下、わずか 1 mol %という低触媒量で芳香族、複素環、脂肪族、環状、α,β-不飽和ケトイミンをα-アミドニトリルへと高収率かつ高エナンチオ選択性で変換できた(Table 2) 。本反応は、複素環および環状ケトイミンに対して高収率かつ高エナンチオ選択性を実現した初めての触媒的不斉 Strecker 反応である。さらに、ほとんどのアミドニトリル 9 の結晶性は良く、再結晶により 99% ee 以上の光学純度にすることができた。アミドニトリル 9 は酸加水分解によりアミノ酸および各種誘導体への変換が容易に可能であり、本法により様々な非天然2置換α-アミノ酸の合成が可能である。また、本反応の有用性を実証する為、アルドース還元酵素阻害剤 sorbinil の合成を行った(Scheme 3) 。ホスフィノイルイミン 8h の触媒的不斉 Strecker 反応は、1 mol % の触媒量、10 g スケールでも容易に実施可能で、高収率、高エナンチオ選択性で目的の 9h を与えた。得られた 9h は再結晶により光学的に純粋となり、その後数段階で sorbinil へと変換できた。なお共同研究者の加藤により2,6-ジメチルフェノールは、Gd(OiPr)3、不斉配位子と TMSCNn から生じた2つのシリルエーテルをもつ2:3 complex Aを、より活性が高く、より高いエナンチオ選択性を与えるプロトン含有触媒Bへと構造を変化させていることが ESI-MS を用いた実験から示された (Scheme

 本知見をもとに、安価な HCN を当量のシアニド源およびプロトン源とし TMSCN を触媒量用いるアトムエコノミーに優れた反応が構築されている (Scheme 5)4。本反応系では、触媒活性が劇的に向上し、触媒量を0.1 mol % まで下げることが可能であった。

References1) Ichikawa, E.; Suzuki, M.; Yabu, K.; Albert, M.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 11808. 2) Masumoto, S.; Usuda, H.; Suzuki, M.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 5634. 3) Kato, N.; Suzuki, M.; Kanai, M.; Shibasaki, M. Tetrahedron Lett. 2004, 45, 3147. 4) Kato, N.; Suzuki, M.; Kanai, M.; Shibasaki, M. Tetrahedron Lett. 2004, 45, 3153.

Figure 1. Chiral Ligand

Table 1. Catalytic Enantioselective Reissert Reaction of Pyridine Derivatives

a 5 mol % Et2AlCl was used. b 10 mol % Et2AlCl was used.

Scheme 1. Catalytic Enantioselective Synthesis of Intermediate for CP-293,019

Scheme 2. Improvement Using Heterocyclic Ketoimines

a + 1 equiv 2,6-dimethylphenol

Table 2. Catalytic Enantioselective Strecker Reaction of Ketoimines

Scheme 3. Catalytic Enantioselective Synthesis of Sorbinil

Scheme 4. Active Catalyst Generation

Scheme 5. Catalytic Enantioselective Strecker Reaction Using HCN

審査要旨 要旨を表示する

 鈴木理人は「触媒的不斉シアノ化反応を用いるキラルアミン類合成法の開発」のタイトルで博士課程の研究をおこなった。その結果、二種類の Lewis 酸―Lewis 塩基多点認識複合不斉触媒(BINOL と糖をそれぞれ母核とするもの)を用いて、ピリジンおよびケトイミンに対する新規蝕媒的不斉シアノ化反応の開発を行った。

(1)ピリジン誘導体に対する触媒的不斉 Reissert 反応の開発

 医薬品や生物活性天然物にはキラルピペリジン骨格を有するものが多数存在する。その合成法として、N-アシルピリジニウム中間体に対するシアノ基の触媒的不斉求核反応(触媒的不斉 Reissert 反応)は有用性や汎用性の高い魅力的な方法論である。しかしながら、N-アシルピリジニウムは反応性が低くかつ反応点が複数存在する等の理由から、このような反応は前例がなかった。鈴木理人は、当研究室で確立された Lewis 酸―Lewis 塩基多点認識概念を基盤として新規不斉触媒の創製に取り組み、BINOL を母核として Lewis 塩基としてキラルスルホキシドを有する不斉配位子 2 と Et2AlCl の2:1の混合比から調製した触媒(2−Al)を用いることで、ピリジン誘導体から高収率、高エナンチオ選択性、高レジオ選択性にて成績体を与える初めての触媒的不斉 Reissert 反応を開発した (Table 1)。例えば、基質の3位置換基としてジイソプロピルアミド、アシル化剤として FmocCl を用いることで、98%収率、レジオ選択性50:1、96% ee という非常に高い選択性を得ることができた。一方で、ピリジン環上の 4 位の位置に Cl またはBr を有する基質に対しては、ルイス塩基としてホスフィンスルフィドを有する 3 と Et2AlCl の1:1の混合比から調製した触媒 (3-Al)を用いることで、高い収率、レジオおよびエナンチオ選択性にて目的とする成績体を得ることができた。2-Al, 3-Al いずれの触媒においても、アルミニウムがLewis 酸としてアシルピリジニウムを活性化すると同時に、スルホキシドあるいはホスフィンスルフィドが Lewis 塩基として求核剤 TMSCN を活性化する dual activation 機構で反応が進行していることを支持する実験結果が得られている。

 本反応の有用性を実証すべく、これを鍵工程としたドパミンレセプターサブタイプ選択的アンタゴニスト CP-293,019 の形式触媒的不斉合成ルートの確立を行った。また、本反応における ESI-MS を用いた予備的な触媒構造研究を行った。その結果、アルミニウムとリガンドの2:3 complex が高いレジオおよびエナンチオ選択性を与える本反応の触媒活性種であると推定するに至っている。

(2)ケトイミンに対する触媒的不斉 Strecker 反応

 ケトイミンの触媒的不斉

Strecker 反応(シアノ化)生成物から誘導されるキラルα, α-2置換アミノ酸は、様々な生物活性物質(酵素阻害剤等)や機能性材料(配座固定型ポリペプチド等)のキラルビルディングブロックとして重要な位置を占めている。広範囲のケトイミンに適用できる触媒的不斉 Strecker 反応の開発は有機合成化学上極めて重要なテーマである。当研究室では、既に D-グルコースから誘導されるキラルリガンド 7 と、Gd(OiPr)3 の2:1の混合比から調製される不斉触媒を用いたケトイミンに対する触媒的不斉 Strecker 反応を報告していた。基質適用範囲の拡張を図るため、従来の条件では低エナンチオ選択性にとどまっていた複素環を含むケトイミンを基質として検討した。その結果、反応系に 2,6-ジメチルフェノールをプロトン源として添加することにより触媒回転効率、不斉収率、基質一般性が飛躍的に向上することを見出した。この最適条件を用いると、わずか 1 mol %という低触媒量で芳香族、複素環、脂肪族、環状、α, β-不飽和ケトイミンをα-アミドニトリルへと高収率かつ高エナンチオ選択性で変換できた(Table 2)。本反応は、現在知られているもっとも基質一般性の高いケトイミンに対する触媒的不斉 Strecker 反応である。アミドニトリル 9 は酸加水分解によりアミノ酸および各種誘導体への変換が容易に可能であり、本法により様々な非天然2置換α-アミノ酸の合成が可能となった。本反応の有用性を実証する為、アルドース還元酵素阻害剤 sorbinil の効率的触媒的不斉合成ルートを確立した。なお共同研究者によりプロトン源 2,6-ジメチルフェノールは、Gd(OiPr)3、不斉配位子と TMSCN から生じた2つのシリルエーテルをもつ2:3 complex A を、より活性が高く、より高いエナンチオ選択性を与えるプロトン含有触媒 B へと構造を変化させていることが ESI-MS を用いた実験から示された。

 本知見をもとに、安価な HCN を当量のシアニド源およびプロトン源とし TMSCN を触媒量用いるアトムエコノミーに優れた反応が構築されている。本反応系では、触媒活性が劇的に向上し、触媒量を 0.1 mol%まで下げることが可能であった。

 以上の成果は有機合成化学における重要な知見であり、博士(薬学)の授与に相当するものと考えられる。

Table 1. Catalytic Enantioselective Reissert Reaction of Pyridine Derivatives

a 5 mol % Et2AlCl was used. b 10 mol % Et2AlCl was used.

CP.293,019

(dopamine D4 receptor antagonist; treatment of schizophrenia)

Table 2. Catalytic Enantioselective Strecker Reaction of Ketoimines

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