学位論文要旨



No 120413
著者(漢字) 濱田,知明
著者(英字)
著者(カナ) ハマダ,トモアキ
標題(和) 水系溶媒中での触媒的不斉Mannich型反応およびアリル化反応に関する研究
標題(洋)
報告番号 120413
報告番号 甲20413
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1112号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 助教授 菅,敏幸
内容要旨 要旨を表示する

 水は最も安全な天然資源の一つであり、我々の生命を維持し日常生活を支える基盤でもある。また、水は溶媒として大変興味深い特性を有し、有機溶媒中では実現できないユニークな反応性、選択性を発現させることもあり、水系溶媒中での反応開発は新しい有機化学を拓く可能性を大いに秘めていると言える。一方、イミン類に対する触媒的不斉炭素-炭素結合生成反応は光学活性含窒素化合物の効率的合成法の一つであり、これまでに優れた反応が数多く報告されている。しかしながら、それらの反応は厳密な無水条件を要することが多く、水系溶媒中での C=N 二重結合に対する触媒的不斉付加反応は非常に稀であった。このことを受けて筆者は、水系溶媒中において(最終的には水のみを溶媒として用いることを目標として)、触媒的不斉 Mannich 型反応および C=N 二重結合に対する触媒的不斉アリル化反応を開発することが大変意義深いと考え、研究を行った。

 第1章では、まず、α-ヒドラゾノエステル 2 とケイ素エノラートとの触媒的不斉 Mannich 型反応が、ZnF2 とキラルジアミン 1a の組み合わせを触媒として用いることで、H2O/THF = 1/9 中において、高い選択性をもって円滑に進行することを述べた。しかしながら、この場合、高収率を得るためには、(1)触媒量の TfOH の添加、(2)長い反応時間、(3)50 mol %以上の ZnF2、を必要とするという問題点があった(第2節-1)。

 上述の反応における TfOH の役割に関して知見を得るべく、TfOH 以外の添加剤の検討を行った結果、高収率を得るための添加剤としては、NaOTf 等の金属トリフラート塩も有効であることがわかった。このことから、TfOH はトリフラートアニオン源として働いていることが示唆された(第2節-2)。

 次に、より有効なキラルジアミンの探索を行った。その結果、芳香環上の o-位に MeO 基を有するジアミン(特に 1c や 1i)が劇的に反応速度を向上させることを見出した。またこの際、ジアミン 1a を用いたときよりも高い選択性が得られた。さらに、興味深いことに、ケイ素エノラート 3 や 5 を求核剤として用いる反応においては、ジアミン 1c や 1i を用いたとき TfOH(あるいは NaOTf)の添加が必要ないことがわかった。以上、ジアミン 1c または 1i の使用により問題点(1)、(2)が克服された(第2節-3)。ただし、問題点(1)に関して、一部のケイ素エノラートの反応では NaOTf の添加が必要であることがわかった。

 ZnF2-1c を触媒として用いる不斉 Mannich 型反応において、E 体および Z 体のケイ素エノラートから、それぞれ逆の相対立体配置を有する生成物が選択的に得られた。このような立体特異性は、これまで知られている触媒的不斉 Mannich 型反応ではほとんど例がない。また興味深いことに、チオエステル由来のケイ素エノラートと 3-ペンタノン由来のそれとで、エノラートの幾何異性と主生成物のジアステレオマーの関係が逆となった(第2節-4)。

 さて、問題点(3)に示したように、ジアミン 1a を用いる反応では 50 mol %以上の ZnF2 が必要であった。しかしながら、驚くべきことに、ジアミン 1c や 1i を不斉配位子として用いたとき、ZnF2 を 20 mol %まで減じても高収率および高立体選択性が得られた(第2節-5)。

 さて、冒頭でも述べたように、水のみを溶媒として用いる触媒的不斉炭素-炭素結合生成反応の開発は、非常に困難な課題とされてきた。そこで筆者は、本 Mannich 型反応の溶媒を水のみとする検討を行った。実際、ZnF2-1i を触媒として用いたとき、4'位置換のアセトフェノン由来のケイ素エノラートの反応では、溶媒を水のみとしても高収率および高エナンチオ選択性をもって付加体が得られた。また、α位一置換のカルボニル化合物由来のケイ素エノラートの反応では、ZnF2-1c を触媒として用い、さらにカチオン性界面活性剤である CTAB を添加することにより、高収率および高立体選択性をもって対応する Mannich 付加体を得ることができた。後者の反応では、ZnF2 を 10 mol %まで減じても遜色ない結果が得られた。本反応は水中での触媒的不斉 Mannich 型反応の初めての例である(第4節)。

 また、第2章では、上述のキラル ZnF2 触媒を用いる水系溶媒中でのα-ヒドラゾノエステルに対する触媒的不斉アリル化反応の検討結果を述べた。本反応のアリル化剤としては、アリルトリメトキシシランが最も良好な結果を与えることがわかった(第2節-1)。また、不斉 Mannich型反応と同様、不斉配位子としては芳香環上の o-位に MeO 基を有するキラルジアミンが良好な結果を与え、また ZnF2 も 20 mol %まで低減化することができた。さらに興味深いことに、ベンゾイル基の4位にアルコキシ基を有するα-ヒドラゾノエステルを求電子剤として用いたとき、高収率で生成物が得られた。また、2位に置換基を有するアリルシランの使用も可能であることがわかった(第2節-2,4)。なお、本反応の生成物のヒドラジンは N-N 結合を切断することにより、容易に対応するα-アミノ酸エステルに誘導することができた(第2節-5)。本アリル化反応は、水系溶媒中における C=N 二重結合の触媒的不斉アリル化反応としては初めての例である。また、有機溶媒中の反応も含めて、ヒドラゾンの触媒的不斉アリル化反応としても最初の例である。

 また、先に述べたように、触媒的不斉 Mannich 型反応およびアリル化反応ともに、用いる ZnF2 は触媒量で十分であった。このことと様々な実験結果から、両反応の機構としては以下のものを想定した。すなわち、ZnF2-キラルジアミン錯体(a)の Zn(II)が Lewis 酸としてヒドラゾンを活性化し、F-が Lewis 塩基としてケイ素求核剤を活性化するという二重活性化機構で反応が進行し、対応する Zn アミドとフルオロシラン(Si-F)を与える。前者は溶媒の水により分解されて生成物と ZnF(OH)錯体(g)を与える。次いで、g が Si-F と反応して a を再生することにより、触媒サイクルが完成する(Truly Fluoride-catalyzed Mechanism)(第1章-第3節-1、第2章-第2節-3)。

 以上、筆者は、水存在下でのみ有効に機能するキラル ZnF2 触媒を用いることにより、これまで困難とされてきた水系溶媒中での触媒的不斉 Mannich 型反応や C=N 二重結合に対する触媒的不斉アリル化反応を実現した。本研究は、水を溶媒として用いる不斉反応開発の研究に新たな可能性を提供するものである。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、水を溶媒として用いる有機反応が注目を集めている。水は安価で発火などの心配もなく、また、水中では有機溶媒中では実現できないユニークな反応性や選択性が期待できる。さらに、我々の生命を維持している生体内反応は、大量の水存在下で行われており、それらとの関連も興味深い。一方、イミン類を用いる触媒的不斉炭素-炭素結合生成反応は、光学活性含窒素化合物を合成するための最も有効な手法の一つを提供する。すでにこれまでにも優れた反応が数多く報告されてきているが、それらの反応は多くの場合、厳密な無水条件を必要とし、少量でも水が存在すると反応が停止してしまったり選択性が大きく低下したりすることが知られていた。従って、水中でのイミン類を用いる触媒的不斉付加反応は非常に稀であった。このことを受けて本論文は、水中での触媒的不斉 Mannich 型反応およびイミン類の触媒的不斉アリル化反応の開発に取り組んだ結果について述べたものである。

 まず第一章では、α-ヒドラゾノエステルとケイ素エノラートとの触媒的不斉反応が、ZnF2 と1,2-ジフェニルエチレンジアミンから容易に誘導されるキラルジアミンを触媒として用いることにより、H2O/THF = 1/9 中において、高い選択性をもって円滑に進行することを明らかにしている。しかしながら、ここで高収率を得るためには、触媒量の TfOH の添加が必要であること、一日を超える長い反応時間が必要であること、50 mol%以上の ZnF2 を必要とすること、といった問題点も同時に明らかになった。そこでまず、上述の Mannich 型反応における TfOH の役割に関して知見を得るべく、TfOH 以外の添加剤の検討を行い、高収率を得るための添加剤としては、NaOTf などの金属トリフラート塩も有効であり、このことから、TfOHはトリフラートアニオン源として働いていることを推定している。

 次に本論文は、より有効なキラルジアミンの探索を行い、芳香環上のo-位に MeO基を有するキラルジアミンを用いた場合、反応速度が劇的に向上することを明らかにしている。またこの際、元のジアミンを用いたときよりも、高い選択性が得られることも示している。さらに興味深いことに、新たに見出したキラルジアミンを用いると、ケイ素エノラートとの反応において、TfOH(あるいは NaOTf)の添加が必要ないことも明らかにしている。さらに、ZnF2-キラルジアミンを触媒として用いる不斉 Mannich 型反応において、E 体およびZ 体のケイ素エノラートから、それぞれ逆の相対立体配置を有する生成物が高いジアステレオおよびエナンチオ選択性をもって得られることも見出している。このような立体特異性は、これまで知られている触媒的不斉 Mannich 型反応ではほとんど例がなく大変興味深い。また、立体選択制に関しては、チオエステル由来のケイ素エノラートと3-ペンタノン由来のケイ素エノラートとで、エノラートの幾何異性と主生成物のジアステレオマーの関係が逆になることも明らかにしている。さらに、o-位に MeO 基を有するキラルジアミンを不斉配位子として用いたとき、これまで 50 mol%以上必要であった ZnF2 の量を 20 mol%まで減じても、高収率および高立体選択性をもって付加体が得られることを明らかにしている。

 さて、これまでの反応は、H2O/THF 系で行われてきたが、水のみを溶媒として用いる触媒的不斉炭素-炭素結合生成反応の開発は、非常に困難な課題とされてきた。そこで本論文では次段階として、Mannich 型反応の溶媒を水のみとする検討を行っている。実際、ZnF2-キラルジアミンを触媒として用いたとき、α-ヒドラゾノエステルと 4'位置換のアセトフェノン由来のケイ素エノラートとの反応では、溶媒を水のみとしても高収率および高エナンチオ選択性をもって付加体が得られることを明らかにしている。また、α位一置換のカルボニル化合物由来のケイ素エノラートの反応では、ZnF2-キラルジアミンを触媒として用い、さらにカチオン性界面活性剤である CTAB を添加することにより、高収率および高立体選択性をもって対応する Mannich 付加体が得られることを示している。本反応は、水中での触媒的不斉Mannich 型反応の初めての例である。

 続いて本論文第2章では、上述のキラル ZnF2 触媒を用いる水系溶媒中でのα-ヒドラゾノエステルに対する触媒的不斉アリル化反応の検討結果を述べている。ここではアリル化剤として、アリルトリメトキシシランが最も良好な結果を与えている。また、不斉 Mannich 型反応と同様、不斉配位子としては芳香環上のo-位に MeO 基を有するキラルジアミンが良好な結果を与え、また ZnF2 も 20mol %まで低減化している。さらに興味深いことに、ベンゾイル基の4位にアルコキシ基を有するα-ヒドラゾノエステルを求電子剤として用いたとき、高収率で生成物が得られることを明らかにしている。また、2位に置換基を有するアリルシランの使用も可能であることを示している。なお、本反応の生成物のヒドラジンは N-N 結合を切断することにより、容易に対応するα-アミノ酸エステルに誘導できることも明らかにしている。本アリル化反応は、水系溶媒中におけるイミン類の触媒的不斉アリル化反応としては初めての例である。また、有機溶媒中の反応も含めて、ヒドラゾンの触媒的不斉アリル化反応としても最初の例である。

 さて、先に述べたように、触媒的不斉 Mannich 型反応およびアリル化反応ともに、用いる ZnF2 は触媒量で十分であり、反応機構、触媒サイクルに興味が持たれる。本論文では、様々な実験を積み重ねることにより、両反応の反応機構、触媒サイクルを提唱している。すなわち、ZnF2-キラルジアミン錯体のZn(II)が Lewis 酸としてヒドラゾンを活性化し、F-が Lewis 塩基としてケイ素求核剤を活性化するという二重活性化機構で反応が進行し、対応する Zn アミドとフルオロシラン(Si-F)を与える。前者は溶媒の水により分解されて生成物とZnF(OH)錯体を与え、この錯体がSi-F と反応して ZnF2-キラルジアミン錯体を再生することにより、触媒サイクルが完成する。これまで、Si-F は大きな結合エネルギーを有するため、その切断は困難であると考えられてきた。今回、その切断がソフトな金属錯体である ZnF(OH)により実現された点は極めて興味深い。

 以上、本論文は、水存在下でのみ有効に機能するキラル ZnF2 触媒を用いることにより、これまで困難とされてきた水系溶媒中での触媒的不斉 Mannich 型反応やイミン類の触媒的不斉アリル化反応を実現したものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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