No | 120416 | |
著者(漢字) | 荒木,陽一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アラキ,ヨウイチ | |
標題(和) | 新規カドヘリン関連分子Alcadeinの機能解析-新規小胞輸送カーゴ受容体と神経変性疾患発症における役割 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 120416 | |
報告番号 | 甲20416 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1115号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 機能薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1. 序論 アルツハイマー病(AD)は進行性の神経変性疾患で、AD の罹患者数は全世界で2000万人にもなるうえ、その数は増加の一途をたどっており、経済的、人道的な面から早急な診断、予防、治療法の開発が望まれている。AD 脳に特徴的に観察される老人斑の主要構成成分は Aβで、これは1回膜貫通型タンパク質アミロイド前駆体タンパク質(APP)より、βおよびγ-secretase 切断を受けることにより生じる。Aβ産生、蓄積は AD の発症原因に深く関連する病理であると考えられている(アミロイド仮説)ことからこの分子機構を解明することが重要である。 APP は1回膜貫通型の構造を持つ膜タンパクであり、細胞内ドメインに結合する分子によってその細胞内輸送や代謝調節を担われていると思われる。当研究室において単離された APP の細胞質ドメインに結合する分子 X11-like(X11L)は、APP の代謝を制御し、Aβ産生量を減少させるがその詳細な分子機構は明らかになっていない。X11L は生体内で他の様々な機能分子と結合することが報告されていることから、X11L に結合し APP 代謝を制御する分子の探索を目的として Yeast two-hybrid 法が行われ、新規カドヘリン分子 Alcadein α(Alcα)が単離された。データベースサーチによりヒトおよびマウスにおいて Alc はα、β、γのホモログ分子を持つ新規ノンクラシカルカドヘリンファミリーを形成することが明らかになった。 Alc の細胞質ドメインは X11L の PI(Phosphotyrosine Interaction)ドメインに結合する。APP の細胞質ドメインも X11L の PI ドメインに結合することから、その結合様式の解析を行い、APP,Alcadein は同時に X11L の PI ドメインに結合して、APP/X11L/Alcadein の三量体を形成することを明らかにした。この三量体が形成されると、APP の代謝が安定化されて、Aβの産生が抑制されることを明らかにしてきた。 本研究において、私は AD との関連において Alcadein が APP とともにどのように細胞内で輸送・代謝を受けているかなどの機能解析を通じて、AD の発症機構の一端を明らかにしていくことを目的とした。 2. Alcadein と APP のγ-secretase による協調的代謝機構 APP は細胞内で1回目の切断により、CTF α/βを生じ、次いでγ-secretase により膜内で切断され、Aβを培地中に放出するとともに、AICD(APP Intracellular domain)を細胞質に放出する。そこで、類似した構造をとり細胞内で APP と複合体を形成している Alcadein についてその代謝様式を調べた。Alcadein はまず細胞外で1回目の切断を受けて、培地中に sAlc を放出し、CTF1 になる。ここにγ-secretase の阻害剤である L-685,458 を作用させると APP CTF α/β同様、AlcαCTF1 が細胞内に蓄積することからこれがγ-secretase の基質であることが示唆された。さらに CTF1 が細胞内でγ-seceretase により切断されると、培地中にβ-Alc が、細胞内にその細胞内ドメインである AlcαICD が放出された。β-Alc は、Aβと異なりその2次構造内にβ-turn 構造を持っていない。Aβはβ-turn 構造によりその N 末端側のα-helix 構造が容易にβ-sheet に変換し、異常に凝集して神経細胞毒性を持つとされている。β-Alc も N 末端側にα-helix 構造、C 末端側にβ-sheet 構造と2次構造は類似しているものの、β-turn 構造は持たないため、その溶液中での凝集性は Aβに比して低いと考えられる。代謝様式自体は類似しているため、β-Alc は、AD の進行具合を比較的反映した量がヒト髄液中に放出されていることが考えられ、AD の診断マーカーして期待できる。 AICD はその NPTY 配列を用いて、FE65 に結合し AICD-FE65 複合体が核内に移行することにより転写活性化がおこることが知られている。AlcαICD も NP 配列を持ち FE65 に AICD と競合的に結合するため、AICD-FE65 の結合を減少させ、この結果AICD-FE65 の転写活性化能を著しく抑制することを示した。 3. Alcadein は新規 Kinesin-I カーゴレセプターである Alcadein の細胞質ドメインを用いた Yeast two-hybrid 法により、モータータンパク質 Kinesin-I のサブユニットであるキネシン軽鎖 (KLC1)を単離した。Kinesin-I は、キネシン重鎖 (KHC) 2つとキネシン軽鎖 (KLC)2つのヘテロ四量体からなる微小管依存性のモータータンパク質であり細胞内での物質輸送を広く担っていると考えられている。 まず、生体内での Alcαと Kinesin-I 複合体の結合を確認するためにマウス脳の膜画分を可溶化し、Alcα,KLC1,KLC2 抗体を用いて共役免疫沈降を行った。その結果、Alcαより Kinesin-I のコンポーネントである、KHC,KLC1,2 が共役免疫沈降され、生体内でAlcα= Kinesin-I というカーゴ=モータ複合体が形成されている可能性が示唆された。次に、Alcαに蛍光タンパク質 Venus を融合し実際の細胞内での Alcαの動きを TIRFM (Total Internal Reflection Microscopy: 全反射顕微鏡)により観察した。その結果、Alcα-Venus は細胞内で〜1.2-1.6μm/sec の方向性を持った運動を行っていることが明らかになった。これは同じくKinesin-I のカーゴ受容体と言われている APP(〜3.0-3.8μm/sec)の約半分の速度であった。また微小管を破壊する薬剤である Nocodazole 処理によりこの運動が微小管依存性のものであることを確認した。 さらに GFP-KLC1 は普段は不活性化状態(カーゴを運んでいない状態)にあり、細胞質に局在するが、Alcαをここに共発現させると、GFP-KLC1 は微小管上を Alcαと共に運動するようになった(カーゴを運んでいる状態)。またこれも Nocodazole 処理により、微小管依存性の運動であることが明らかになった。Kinesin-I は生理的条件よりもやや酸性条件下で活性化され微小管上のカーゴを運ぶようになると言われているが、Alcadein の細胞質ドメインには酸性領域があり、これが Kineisin-I の活性化を担っている可能性が示唆された。 4. 総括 本研究において私は新規ノンクラシカルカドヘリン分子 Alcadein を単離し、Alcadein が APP と類似した代謝様式を受けることによって、AICD-FE65 の転写活性化能を制御していることを明らかにした。さらに Alcadein は APP 同様、Kinesin-I に対するカーゴ受容体として働いていることを明らかにした。dAlcαを過剰発現させたショウジョウバエはシナプス小胞が蓄積し、はい回れなくなることが予備的に明らかになっている。これより、1種類のカーゴ受容体を過剰に発現させると、モーター分子を過剰に独占してしまうため、他のカーゴが運ばれなくなることを示唆しており、生体内で Alc がカーゴ受容体として機能している証拠と考えられる。今後、APP や Alcadein、または他のシナプス小胞のカーゴベシクルがどのような機序でモーター分子につなぎ換えを行っているのかを明らかにしていくことで、細胞生物学上の課題である"カーゴ問題"の一端を明らかにするばかりでなく、AD の発症原因やその予防・治療法に知見をもたらしていく可能性が考えられる。 | |
審査要旨 | ベータ・アミロイド・ペプチド(Aβ)は、アミロイド前駆体タンパク質(APP)より、βおよびγ-secretase 切断を受けることにより生じる。Aβ産生、蓄積はアルツハイマー病(AD)の発症原因に深く関連する病理であると考えられている。従って、その分子機構を解明することが重要である。APP は、1回膜貫通型タンパク質で、その細胞内ドメインに結合する分子によって、細胞内輸送や代謝調節が行われていると考えられている。X11-like(X11L) はそのようなタンパク質分子の一つである。更に、X11L に結合し APP 代謝を制御する分子の探索を目的として Yeast two-hybrid 法が行われ、新規カドヘリン分子 Alcadeinα(Alcα)が単離された。ヒトおよびマウスにおいて Alc はα、β、γのホモログ分子を持つ新規ノンクラシカルカドヘリンファミリーを形成することが明らかになった。 荒木は、これまでに、Alc の細胞質ドメインが X11L の PI (Phosphotyrosine Interaction) ドメインに結合すること、及び、APP の細胞質ドメインも X11L の PI ドメインに結合することから、その結合様式の解析を行い、APP,Alcadein は同時に X11L の PI ドメインに結合して、APP/X11L/Alcadein の三量体を形成することを明らかにしていた。この三量体が形成されると、APP の代謝が安定化されて、Aβの産生が抑制されることを明らかにした。 本博士論文研究において、荒木は、AD との関連において Alcadein が APP とともにどのように細胞内で輸送・代謝を受けているかなどの機能解析を通じて、AD の発症機構の一端を明らかにした。 1. Alcadein と APP のγ-secretase による協調的代謝機構 APP は細胞内で1回目の切断により、CTFα/βを生じ、次いでγ-secretase により膜内で切断され、Aβを培地中に放出するとともに、AICD(APP Intracellular domain)を細胞質に放出する。そこで、類似した構造をとり細胞内で APP と複合体を形成している Alcadein についてその代謝様式を調べた。Alcadein はまず細胞外で1回目の切断を受けて、培地中に sAlc を放出し、CTF1 になる。ここにγ-secretase の阻害剤である L-685,458 を作用させると APP CTFα/β同様、Alcα CTF1 が細胞内に蓄積することからこれがγ-secretase の基質であることが示唆された。さらにCTF1 が細胞内でγ-seceretase により切断されると、培地中にβ-Alc が、細胞内にその細胞内ドメインである AlcαICD が放出された。β-Alc は、Aβと異なりその2次構造内にβ-turn 構造を持っていない。Aβはβ-turn 構造によりその N 末端側のα-helix 構造が容易にβ-sheet に変換し、異常に凝集して神経細胞毒性を持つとされている。β-Alc も N 末端側にα-helix 構造、C 末端側にβ-sheet 構造と2次構造は類似しているものの、β-turn 構造は持たないため、その溶液中での凝集性はAβに比して低いと考えられる。代謝様式自体は類似しているため、β-Alc は、AD の進行具合を比較的反映した量がヒト髄液中に放出されていることが考えられ、AD の診断マーカーして期待できる。 AICD はその NPTY 配列を用いて、FE65 に結合し AICD-FE65 複合体が核内に移行することにより転写活性化がおこることが知られている。AlcαICD も NP 配列を持ち FE65 に AICD と競合的に結合するため、AICD-FE65 の結合を減少させ、この結果 AICD-FE65 の転写活性化能を著しく抑制することを示した。 2. Alcadein は新規 Kinesin-I カーゴレセプターである Alcadein の細胞質ドメインを用いた Yeast two-hybrid 法により、モータータンパク質 Kinesin-I のサブユニットであるキネシン軽鎖 (KLC1)を単離した。Kinesin-I は、キネシン重鎖 (KHC)2つとキネシン軽鎖 (KLC)2つのヘテロ四量体からなる微小管依存性のモータータンパク質であり細胞内での物質輸送を広く担っていると考えられている。 まず、生体内での Alcαと Kinesin-I 複合体の結合を確認するためにマウス脳の膜画分を可溶化し、Alcα,KLC1,KLC2 抗体を用いて共役免疫沈降を行った。その結果、Alcαより Kinesin-I のコンポーネントである、KHC,KLC1,2 が共役免疫沈降され、生体内で Alcα = Kinesin-I というカーゴ=モータ複合体が形成されている可能性が示唆された。次に、Alcαに蛍光タンパク質Venus を融合し実際の細胞内での Alcαの動きを TIRFM (Total Internal Reflection Microscopy: 全反射顕微鏡)により観察した。その結果、Alcα-Venus は細胞内で〜1.2-1.6μm/sec の方向性を持った運動を行っていることが明らかになった。これは同じく Kinesin-I のカーゴ受容体と言われている APP(〜3.0-3.8μm/sec)の約半分の速度であった。また微小管を破壊する薬剤であるNocodazole 処理によりこの運動が微小管依存性のものであることを確認した。 さらに GFP-KLC1 は普段は不活性化状態(カーゴを運んでいない状態)にあり、細胞質に局在するが、Alcαをここに共発現させると、GFP-KLC1 は微小管上を Alcαと共に運動するようになった(カーゴを運んでいる状態)。またこれも Nocodazole 処理により、微小管依存性の運動であることが明らかになった。Kinesin-I は生理的条件よりもやや酸性条件下で活性化され微小管上のカーゴを運ぶようになると言われているが、Alcadein の細胞質ドメインには酸性領域があり、これが Kineisin-I の活性化を担っている可能性が示唆された。 以上のように、本研究は、新規ノンクラシカルカドヘリン分子 Alcadein が APP と類似した代謝様式を受けることによって、AICD-FE65 の転写活性化能を制御していることを明らかにした。さらに Alcadein は APP 同様、Kinesin-I に対するカーゴ受容体として働いていることを明らかにした。その成果は、AD の発症原因やその予防・治療法につながるものであり、細胞生物学、生化学、神経病理学、及び基礎創薬科学に貢献するものである。よって、本論文は、博士(薬学)の学位を授与するに値するものであると判定した。 | |
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