学位論文要旨



No 120417
著者(漢字) 上田,卓見
著者(英字)
著者(カナ) ウエダ,タクミ
標題(和) NMR法によるDNA photolyaseの修復メカニズムの解明
標題(洋)
報告番号 120417
報告番号 甲20417
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1116号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 助教授 菊地,和也
 東京大学 助教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

【序文】DNA に紫外線を照射すると、シクロブタンピリミジンダイマー (CPD) をはじめとする損傷が生じる。CPD は、DNA の転写や複製を阻害し、その結果、細胞死や突然変異を引き起こす。一方、生体内には損傷 DNA を修復する酵素群が存在する。CPD photolyase は、補酵素として FAD を持つ分子量 50 kDa の色素タンパク質であり、CPD を認識し、光を利用してもとのピリミジン塩基に修復する。

 現在提唱されている、CPD photolyase のCPD 修復メカニズムを以下に示す (Fig.1)。CPD photolyase の補酵素 FAD は、還元型、ラジカル型、酸化型の酸化還元状態をとる。CPD 修復反応において、ラジカル型、酸化型 CPD photolyase は、まず光還元反応により活性型である還元型となる。次に、還元型 CPD photolyase の補酵素 FAD は、光を吸収し励起状態となる。次に、励起状態の FAD から CPD へ電子が一つ移動する。電子移動の結果生じる CPD アニオン中間体では CPD 塩基間の C-C 結合が不安定であり、自然に切断される。最後に、電子が FAD に戻り、反応が完了する。このような CPD修復反応を効率よく行うためには、光吸収効率を増大させること、および電子移動反応速度を制御し、CPD 修復反応に必要な電子移動を促進し、反応を阻害する電子移動を抑制することが重要である。

 まず、光吸収メカニズムに関する知見を以下に示す。大腸菌およびラン藻由来 CPD photolyase はそれぞれ MTHF,8-HDF を第二補酵素として持つ。MTHF および 8-HDF は、光を吸収し、吸収したエネルギーを FAD に受け渡す光アンテナとして機能することにより、CPD photolyase の光吸収効率を増大させる。一方、高度好熱菌由来 CPD photolyase では、第二補酵素の存在は確認されていなかった。しかし、高度好熱菌由来 CPD photolyase の結晶構造では、第二補酵素結合部位と相同する部位にポケットが形成されており、そこにリン酸が結合している。この結果から、高度好熱菌由来 CPD photolyaseでは、第二補酵素が精製途中に脱落した可能性があると考えた。

 次に、電子移動反応速度の制御に関する知見を以下に示す。FAD-CPD 間の電子移動反応速度には、CPD photolyase-DNA 複合体における、FAD-CPD 間の配向および距離が重要である。これまでに当研究室で行われた NMR 解析により、CPD photolyase 中の CPD 結合部位が同定され、また複合体における CPD photolyase と DNA の配向が明らかにされた 1)。しかし、FAD-CPD 間の距離に関する情報は得られていない。

 本研究では、光吸収メカニズムの解明を目指して、高度好熱菌由来 CPD photolyase を第二補酵素を保持した状態で精製する条件を確立し、補酵素の同定および機能解明を行った。加えて、電子移動反応速度制御のメカニズムの解明を目指して、CPD photolyase-DNA 複合体における、FAD-CPD 間の距離決定を行った。

第三章 高度好熱菌由来 CPD photolyase の補酵素の同定および機能解析

 従来の研究では、高度好熱菌由来 CPD photolyase の精製に Blue Sepharose chromatography が使用されていた。Blue Sepharose chromatography による精製は、1.5 M 以上の高塩濃度のバッファーを必要とするため、第二補酵素の脱落を誘発する可能性があると考えた。そこで、Polyethyleneimine,P11 chromatography,DNA-cellulose chromatography,および DEAE-Sephadex chromatographyにより、500 mM より高い塩濃度のバッファーを使わない穏和な条件で、CPD photolyase を SDS-PAGE で単一のバンドとなるまで精製する条件を確立した。さらに、補酵素 FADの酸化還元状態を還元型,ラジカル型,酸化型に均一化する方法を確立した。

 得られた CPD photolyase の補酵素を吸収スペクトル,逆相 HPLC (Fig.2),1H-NMR,31P-NMR スペクトル,および質量分析により解析した。その結果、精製した CPD photolyase は FAD に加えて FMN を持つことが示された。

 次に、CPD 修復反応における FMN の機能を解析した。まず、1 分子あたり 1 個の FMN を持つ CPD photolyase, FMN(+) および FMN を持たない CPD photolyase, FMN(-)の調製法を確立した。次に、FMN(+)およびFMN(-) の修復活性を測定した (Fig.3)。その結果、FMN(+) は FMN(-) よりも高い修復活性を示した。この結果は、FMN が CPD 修復活性を増大させることを示している。さらに、FMN(-) とFMN(+) の修復活性の比には波長依存性が観測された (Fig.3)。光反応では一般に、光吸収効率は波長依存性があるのに対し、光吸収後の反応の効率は波長依存性を持たない。したがって、この結果から、FMN が他の種の第二補酵素と同様、CPD photolyase の光吸収効率を増大させていることが示された。

 近年、リポソームに封入した CPD photolyase の皮膚への投与や、生体への CPD photolyase 遺伝子を導入により、生体の CPD 修復能を高める研究が行われている。他の生物種由来 CPD photolyase の第二補酵素と比較して、高度好熱菌由来 CPD photolyase の第二補酵素である FMN は、生物界に広く存在しており、また、吸収極大が高波長であるため、自然光を効率よく吸収できるという特徴がある。したがって、高度好熱菌由来 CPD photolyase は、上記のような応用に適していると考えられる。

第四章 CPD photolyase-DNA 複合体中の FAD-CPD 間距離の決定 2)

 本研究では、緩和増大効果 (PRE) を用いて、複合体中の FAD-CPD 間の距離を決定することとした。FAD ラジカル等の不対電子は、近傍に存在する観測原子の NMR シグナルの強度減少を引き起こす。これを横磁化の PRE と呼ぶ。横磁化の PRE は不対電子-観測原子間の距離が近いほどより顕著となる。したがって、FAD ラジカルにより生じる NMR シグナルの強度減少に基づいて、観測原子と FADとの距離を決定することが可能であると考えた。最初に、結晶構造により FAD からの距離が分かっている、CPD photolyase 中の原子に生じる PRE を調べて、強度減少と観測原子-FAD 間の距離との関係を調べた。トリプトファン残基を選択的に 15N 標識したCPD photolyase の 1H-15N HSQCスペクトルを酸化還元状態を変えて測定した (Fig.4A, B)。その結果、還元型では CPD photolyase中のトリプトファン残基数に対応する数のシグナルが観測された。一方、ラジカル型では、一部のシグナルの強度が減少していた。シグナル強度減少は結晶構造中の観測原子-FAD間の距離と良く対応していた (Fig.4C)。得られた強度減少と距離の関係に対して理論式に基づくフィッティングをかけた結果、強度変化と FAD からの距離を直接対応づける式が得られた (Fig.4C)。

 次に、CPD 中の原子のシグナルに生じるPRE を利用して、FAD-CPD 間の距離を調べた。CPD photolyase-DNA 複合体における、13C 標識した CPD を含む一本鎖 DNA と重水素化したCPD photolyase の複合体の 1H-13C HSQCスペクトルを酸化還元状態を変えて測定した (Fig.5)。その結果、ラジカル型複合体のスペクトルでは、損傷塩基のメチル基および 6 位,ならびにデオキシリボースの1'に由来するシグナルに有意な強度減少が観測された。Fig.4C のフィッティングにより得られた式を使って、この強度減少をもとに FADからの距離を決定した。その結果、CPD photolyase-DNA 複合体において、FAD と CPDは16 Å 離れていることが示された。

 今回得られた FAD-CPD 間の距離をもとにして、CPD photolyase-DNA 複合体のモデルを構築し、修復メカニズムの考察を行った (Fig.6)。このモデルでは、FAD とCPDの間に Trp-247 および Trp-353 といった芳香環が存在する。これらの残基は、FAD-CPD間の電子移動のスペーサーとなり、FAD とCPD の直接の相互作用をなくすことで逆電子移動を抑制し、反応効率を高めているのではないかと考えた。また、CPD の 5'側の 4位の酸素原子の近傍に、正電荷を持つArg-201,Lys-240 が存在する。この酸素原子は、FAD-CPD 間電子移動後に生じるアニオン中間体において負電荷を帯びていると考えられている。したがって、これらの残基は、アニオン中間体を安定化することにより反応効率を高めているのではないかと考えた。そこで、反応に重要であることを提唱した Arg-201,Lys-240,Trp-247,Trp-353 について、アラニン変異体の CPD 修復活性を測定した。その結果、これらの変異体は野生型に対して有意に活性が低下していた。この結果から、これらの残基が CPD 修復反応に重要であることが示された。

 CPD を修復する薬剤の開発を目的として、光を利用して CPD を修復する分子を人工的に作り出すことが試みられている。しかし、現段階では、その反応効率は CPD photolyase と比較して非常に低い。本研究の結果をもとにした分子設計を行うことにより、より反応効率の高い CPD 修復分子を創製することが可能となることが期待される。

【参考文献】.1. T. Torizawa, T. Ueda, S. Kuramitsu, K. Hitomi, T. Todo, S. Iwai, K. Morikawa, I. Shimada, J. Biol. Chem. (2004) 279, 32950-329562. T. Ueda, A. Kato, Y. Ogawa, T. Torizawa, S. Kuramitsu, S. Iwai, H. Terasawa, I. Shimada, J. Biol. Chem. (2004) 279, 52574-52579

Fig. 1 CPD photolyase の CPD 修復スキーム。光を吸収した CPD photolyase から CPD への電子移動により、CPD が修復される。CPD 修復反応を効率よく行うために重要な点が二点考えられる。一つは、光吸収を効率よく行い、単位光量あたりの反応回転数を増やすことである (青)。もう一つは、電子移動反応の速度を制御するメカニズムである。 光励起した FAD から CPD への電子移動は光励起した FAD の緩和よりも早く行う一方、CPD アニオン中間体から FAD への逆向きの電子移動は後に続く反応よりも遅いことが要求される (赤)。

Fig. 2 高度好熱菌由来 CPD photolyase 補酵素の逆相 HPLC プロファイル (上)。下は標品のプロファイル。FAD,FMNと同等の保持時間を持つピーク (Fr.1,Fr.2)が確認された。

Fig.3 A. FMN(+)およびFMN(-)のCPD修復活性の波長依存性 (作用スペクトル)。FMN(+)はFMN(-)より高い修復活性を示した。B. FMN(+)とFMN(-)の CPD 修復活性の比の波長依存性。370 nm では 1:2 程度であるのに対し、450 nm では 1:3-4 程度であり、波長依存性が観測された。

Fig. 4 A, B: 還元型(A)およびラジカル型(B)の[[α, ε]15N2-Trp] CPD photolyase の1H-15N HSQC スペクトル。還元型と比較して、ラジカル型では一部の残基由来のシグナルに強度減少が観測された。C: 各残基の、シグナル強度変化と結晶構造における FAD からの距離の関係。曲線は、理論式に基づいたフィッティングの結果。

Fig. 5 損傷部位を 13C 標識した CPD を含む一本鎖ペンタマー,d(AT[CPD]TAC)と重水素化 CPD photolyase の複合体の 1H-13C HSQC スペクトル。A. 還元型複合体。B. ラジカル型複合体。どちらのスペクトルでも、CPD 中の原子に由来するシグナルのみが選択的に観測されている。B のスペクトルでは、赤で示したCPDの塩基およびデオキシリボースの 1'に由来するシグナルが有意に強度減少した。

Fig. 6 NMR 解析の結果をもとに構築された、CPD photolyase-DNA 複合体モデル。B は A の反対側から見た図。FAD,CPD,および CPD 修復への関与が示唆される残基を強調した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、代表的な紫外線損傷 DNA であるシクロブタンピリジンダイマー (CPD) を、光を利用して修復する酵素である、CPD photolyase の修復メカニズムを解明した研究成果を述べたものである。本論文は、序文の第一章、実験項の第二章、総括の第五章、展望の第六章に加えて、本論である、「高度好熱菌由来 CPD photolyase の第二補酵素の同定および機能解明」と題された第三章、および「CPD photolyase-DNA 複合体における、FAD-CPD 間の距離決定」と題された第四章から構成されている。

 本論文第三章では、CPD photolyase の光吸収メカニズムを明らかにした研究成果が述べられている。光を効率よく吸収するために、大腸菌およびラン藻由来 CPD photolyase は、光アンテナとして機能する第二補酵素 (それぞれ MTHF,8-HDF) を持つことがすでに示されている。一方、高度好熱菌由来 CPD photolyase では、第二補酵素は確認されていなかった。本研究では、熱処理や高塩濃度のバッファーを使わない、穏和な精製方法を確立し、第二補酵素を保持した状態で、高度好熱菌由来 CPD photolyase を精製している。続いて、得られた CPD photolyase の補酵素を解析し、高度好熱菌由来 CPD photolyase が第二補酵素として FMN を持つことを明らかにしている。さらに、本研究では、修復反応における FMN の機能の解明を行っている。まず、FMN を等量持つ CPD photolyase (FMN(+)) 、および FMN を持たない CPD photolyase (FMN(-)) の調製法を確立している。次に、FMN(+) と FMN(-) の修復活性を比較することにより、FMN が CPD photolyase の光吸収効率を増大させることにより、修復反応全体の効率を増大させることを示している。加えて、FMN(+) と FMN(-) の NMR スペクトルを比較することにより、FMN が第二補酵素結合部位と相同な位置に存在するポケットに結合することを見出している。以上の結果から、FMN は吸収した光エネルギーを FAD に受け渡す、光アンテナとして機能すると結論している。近年、リポソームに封入した CPD photolyase の皮膚への投与や、生体への CPD photolyase 遺伝子を導入により、生体の CPD 修復能を高める研究が行われている。他の生物種由来 CPD photolyase の第二補酵素と比較して、FMN は太陽光を効率よく吸収することが可能であり、生物界に広く存在するという特徴を持つ。したがって、FMN を CPD photolyase の第二補酵素として同定した本研究は、上記のような研究の発展に大きく貢献すると考えられる。

 本論文第四章では、CPD photolyase の光電子移動反応のメカニズムを明らかにした研究成果が述べられている。光励起した FAD から CPD への光電子移動反応の効率には、FAD-CPD 間の距離が重要である。しかし、CPD を含む DNA とCPD photolyase の複合体の立体構造は未だ解明されていない。そこで、本論文では、FAD ラジカルにより引き起こされる、緩和速度増大効果 (PRE) を利用して、CPD photolyase-DNA 複合体中における、FAD-CPD 間の距離の決定を行っている。最初に、トリプトファン残基を選択的に 15N 標識した CPD photolyase の 1H-15N HSQC スペクトルを還元型およびラジカル型に均一化した状態で測定し、観測されたトリプトファン残基のシグナルを帰属している。その結果から、ラジカル型のスペクトルでは FAD 近傍に存在する原子に由来するシグナルが強度減少しており、その強度減少率は結晶構造中における観測原子-FAD 間の距離と良く相関することを示している。加えて、強度減少率と FAD からの距離の実測値にフィッティングをかけることにより、強度減少率と FAD からの距離を直接結びつける式を得ることに成功している。次に、13C 標識した CPD を含む DNA と CPD photolyase の複合体の 1H-13C HSQC スペクトルを還元型およびラジカル型で測定することにより、損傷塩基のメチル基および 6 位,ならびにデオキシリボースの 1'に由来するシグナルに生じた、FAD ラジカルによる強度減少を観測している。以上の結果に基づいて、CPD photolyase-DNA 複合体において、FAD と CPD が 16 Å離れていることを明らかとしている。さらに、得られた FAD-CPD 間の距離に基づいて、CPD photolyase-CPD 複合体モデルを作製し、電子移動メカニズムに関する考察を行い、Trp-247, Trp-353 が FAD-CPD 間のスペーサーとなることで逆電子移動を抑制すること、および Arg-201, Lys-240 が静電相互作用により CPD アニオン中間体を安定化することを提唱している。加えて、これらの残基の変異体の CPD 修復活性が野生型と比較して減少することを示し、これらの残基が実際に反応において重要な役割を担うことを解明している。

 以上のように、本論文の成果は、皮膚癌の予防や色素性乾皮症の治療をめざした創薬にあたって重要な手がかりを与えるだけでなく、構造生物学、光生物学、光化学をはじめとした幅広い科学領域の発展に貢献するものである。したがって、本研究は博士 (薬学) の学位に値すると判断した。

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