学位論文要旨



No 120420
著者(漢字) 北川,大樹
著者(英字)
著者(カナ) キタガワ,ダイジュ
標題(和) DNA損傷により誘導されるSAPK/JNK活性化の分子機構の解析
標題(洋)
報告番号 120420
報告番号 甲20420
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1119号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 助教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 遺伝情報の維持、伝播において重要な役割を担う DNA は、様々な内的、外的要因によって常に損傷を受けている。DNA の損傷部位は、通常 DNA 修復因子群により修復され、細胞の恒常性が維持される。しかし、過度の DNA 損傷を受けた細胞はアポトーシス誘導される。これは、DNA 損傷を修復しきれずに過った遺伝情報をもつ危険性のある細胞を除去するシステムととらえることができ、細胞の癌化を防ぐという意味でも非常に合理的である。MAP キナーゼファミリーに属する SAPK/JNK は物理化学的ストレスや炎症性サイトカインなどにより活性化され、アポトーシス誘導に深く関与することが示唆されている。DNA 損傷時にも細胞質中の JNK は活性化されるが、核からどのような分子機構を介して JNK が活性化されるのかは不明であった。本研究では、DNA 損傷によって誘導される持続的なJNK 活性化に介在する核内から細胞質へ至るシグナル伝達経路を解析し、いくつかの興味深い介在分子を同定したので報告する。

【結果】

1. DNA 損傷により誘導される JNK の活性化は DAXX の過剰発現により抑制される

 紫外線(UV)や DNA のアルキル化試薬である methyl methane sulfonate (MMS) などによる DNA 損傷は JNK を活性化するが、その特徴は活性化状態が持続することにある。この JNK 活性化の持続性がアポトーシス誘導に必要であることがこれまでに示唆されている。そこで、この JNK の持続的な活性化を制御する因子を探索した。DAXX は形質膜に存在する細胞死受容体である Fas の結合因子として同定され、Fas 刺激による JNK 活性化に関与することが示されていた。しかし、その C 末端に核局在シグナルを持つことや核内の PML body に局在する PML蛋白質と結合することから、現在では核で機能する蛋白質と考えられている。そこで、DAXX を過剰発現させた場合に UV、MMS による JNK 活性化に影響が現れるかを検討し、JNK 活性化が顕著に抑制されることを見出した(図 1)。この結果は DAXX が DNA 損傷による JNK 活性化を負に制御していることを示唆している。

2. DNA 損傷により DAXX はユビキチン-プロテアソーム系を介して分解される

 次に、DNA 損傷時の DAXX の発現量を測定したところ、外来及び内在の DAXX の発現量が減少することを見出した。この発現量の減少はプロテアソーム阻害剤である LLnL、MG132 の添加により抑制された。そこで、DNA 損傷時に DAXX がユビキチン化される可能性を検討し、UV、MMS 刺激時にポリユビキチン化されることを見出した(図 2)。以上の結果から、DNA 損傷時には DAXX がユビキチン化を受けてプロテアソームにより分解されること、DAXX の量的変化が JNK の持続的な活性化に関与することが示された。

3. DAXX は Rassf1 と結合して核内 PML body に局在する

 DAXX に結合し、JNK の活性化に影響を与える因子を Yeast-two-hybrid 法を用いて検索した。その結果、Ras 様 G蛋白質と結合するドメインをもつ分子である Ras association domain family 1(Rassf1) を同定した。Rassf1 は乳癌や子宮癌において発現抑制されており、癌抑制遺伝子として注目を集めている。哺乳類動物細胞内での結合を検討し、Rassf1 が DAXX の N 末端領域で結合することを明らかにした。次に、DAXX と Rassf1 の細胞内局在を観察したところ、核内の PML body で共局在することが観察された(図 3)。このことから DAXX はその C 末端領域で PML 蛋白質と結合することで PML body に局在し、さらに N 末端領域で Rassf1 と結合していると考えられた。UV、MMS 刺激時には DAXX がユビキチン化され分解されることを示したが、Rassf1 に結合している DAXX の量も減少していた。さらに、核画分中に存在する Rassf1 量はUV、MMS 刺激によって減少し、この減少は DAXX を過剰発現させることによって抑制された。共焦点顕微鏡による観察でも、PML body に局在していた Rassf1 が核内から消失していく様子が観察された。以上の結果は、定常状態においては DAXX が Rassf1 と結合して PML body に共局在し、UV、MMS 刺激により DAXX が分解していくことで Rassf1 が核内から核外に移行していく可能性を示唆している。

4. Rassf1 の発現抑制により DNA 損傷による JNK の活性化は阻害される

 Rassf1 の JNK 活性化への関与を検討する目的で、Rassf1 を RNAi により発現抑制した時の DNA 損傷によるJNK の活性化状態を観察した。その結果、Rassf1 を発現抑制することで UV、MMS により誘導される JNK の活性化が顕著に抑制された(図 4)。一方、浸透圧ストレスや熱刺激などの形質膜や細胞質成分を介する JNK 活性化には影響を与えなかった。これらの結果から、JNK 活性化に対する Rassf1 RNAi の効果は DNA 損傷に特異的であり、DNA 損傷による JNK 活性化の上流には Rassf1 が介在することが示された。

5. Rassf1 は H-Ras と結合して DNA 損傷による JNK 活性化を制御する

 Rassf1 はRas association domain という特徴的なドメイン構造を有する。そこで、JNK の上流因子として知られる Ras family 分子である Rac1、Cdc42、RhoA、及び H-Ras、K-Ras との結合を検討し、Rassf1が H-Ras、K-Ras に結合すること、また GDP 型と比較して GTP 型の H-Ras、K-Ras により強く結合することを見出した。これまでに、GTP 型の H-Ras を過剰発現させることで JNK が活性化することが示されている。そこで、GDP 型の H-Ras を過剰発現させた場合に JNK 活性化に影響が現れるかを検討した結果、GDP 型 H-Ras の過剰発現によって UV、MMS 刺激による JNK 活性化は確かに抑制された。この結果は H-Ras が DNA 損傷による JNK 活性化の上流に介在していることを示している。

6. Rassf1 の発現抑制及び DAXX の過剰発現により DNA 損傷によるアポトーシスは抑制される

 細胞は過度の DNA損傷により caspase 系を介してアポトーシス誘導されるが、caspase 活性化の上流で JNKが関与していることが示唆されている。そこで、これまでに示してきた DNA 損傷による JNK 活性化の上流に介在する DAXX 及び Rassf1 がアポトーシス誘導にどのように関与するかを検討した結果、Rassf1 RNAiにより発現抑制することで UV、MMS 刺激によるcaspase の活性化が抑制された(図 5)。さらに、DAXXの過剰発現でも、caspase の活性化が抑制された。以上の結果は、DNA 損傷によるアポトーシス誘導に対して Rassf1 は正に、他方 DAXX は負に制御していることを示唆している。

【まとめと考察】

 本研究の結果から、DNA 損傷により誘導される JNK の持続的な活性化を促す分子機構として、図 6に示すモデルが提示できる。1)UV、MMS などにより DNA 損傷が誘発されると核内 PML body に存在する DAXX がユビキチン化を受けて分解される。2)結合していた Rassf1 が核内から核外へ移行する。3)細胞質で Rassf1 は活性化された H-Ras と複合体を形成する。4)Rassf1-H-Ras 複合体からのシグナルを受けJNKが持続的に活性化し、アポトーシスが誘導される。本モデルは、今まで不明であった DNA 損傷による JNK 活性化に介在する核内から細胞質へのシグナル伝達経路を初めて明らかにするものである。本研究において、Fas 受容体結合因子として先に同定された DAXX が、DNA 損傷によるアポトーシス誘導に関与することを初めて示した。また、癌抑制遺伝子である Rassf1 を DAXX 結合因子として同定し、JNK 活性化を介してアポトーシス誘導を制御することを見出した。DAXX によって Rassf1 の核内外の局在が制御され JNK が持続的に活性化する機構は非常にユニークであり、DNA損傷により誘導されるアポトーシスの分子基盤を理解していく上でも重要な知見である。

[Reference]1) Kitagawa, D., et al. (2002) "Activation of extracellular signal-regulated kinase by ultraviolet is mediated through Src-dependent epidermal growth factor receptor phosphorylation" J. Biol. Chem., 277, 366-371.2) Kitagawa, D., et al. (2004) "Genetic dissection of the formation of the forebrain in Medaka, Oryzias latipes" Mech. Dev., 121, 673-685.

図1 DNA損傷によるSAPK/JNKの活性化はDAXXの過剰発現により抑制される

図2 DNA損傷によりDAXXはユビキチン化される

図3 核内PML bodyにて共局在するDAXXとRassf1

図4 DNA損傷によるSAPK/JNKの活性化はRassf1 RNAi処理により抑制される

図5 Rassf1 RNAi処理及び DAXXの過剰発現によりDNA損傷によるアポト−シスは抑制される

図6 DNA損傷により誘導される持続的なJNK活性化の分子機構

審査要旨 要旨を表示する

 遺伝情報の維持・伝播において重要な役割を担う DNA は、様々な内的、外的要因によって常に損傷を受けている。DNA の損傷部位は通常、DNA 修復因子群により修復され細胞の恒常性は維持される。しかし、過度の DNA 損傷を受けた細胞はアポトーシス誘導される。これは、DNA 損傷を修復しきれずに過った遺伝情報を持つ危険性のある細胞を除去するシステムと考えられ、細胞の癌化を防ぐという意味でも非常に合理的である。MAPキナーゼファミリーに属する SAPK/JNK は物理化学的ストレスや炎症性サイトカインなどにより活性化され、アポトーシス誘導に深く関与することが示唆されている。DNA 損傷時にも細胞質中の JNK は活性化されるが、核からどのような分子機構を介して JNK が活性化されるのかは不明であった。「DNA 損傷により誘導される SAPK/JNK 活性化の分子機構の解析」と題する本論文においては、DNA 損傷により誘導される持続的な JNK 活性化が、核内に局在する DAXX 及び癌抑制遺伝子である Rassf1C により制御されていることを示し、DNA 損傷時におけるアポトーシス誘導の分子基盤に関して考察を加えている。

1. DNA 損傷による DAXX の分解は JNK の持続的な活性化を制御する

 紫外線 (UV) や DNA のアルキル化試薬である methyl methane sulfonate (MMS) などによる DNA 損傷は、JNK を持続的に活性化してアポトーシスを誘導することが示唆されている。DNA 損傷時のアポトーシス誘導において核内サブドメインである PML body が重要な役割を果たすことから、PML body に局在する分子の JNK 活性化に与える影響を検討した。その結果、PML 結合因子である DAXX を過剰発現させた場合に、UV、MMS による JNK 活性化が顕著に抑制されることを見出した。さらに、DNA 損傷時には DAXX がユビキチン化を受けてプロテアソームにより分解されることを明らかし、DAXX の量的変化が JNK の持続的な活性化に関与することを示した。

2. Rassf1C は DAXXと結合して核内 PML body に局在する

 DAXX に結合し、JNK の活性化に影響を及ぼす因子のスクリーニングを行い、癌抑制遺伝子である Ras association domain family 1 C (Rassf1C) を同定した。哺乳類動物細胞内での結合を検討し、Rassf1C が DAXX の N 末端領域で結合することを明らかにした。次に、DAXX と Rassf1C の細胞内局在を観察したところ、核内の PML body で共局在することが観察された。UV、MMS 刺激時には DAXX がユビキチン化され分解されることを示したが、Rassf1C に結合している DAXX の量も減少していた。さらに、核画分中に存在する Rassf1C 量は UV、MMS 刺激によって減少し、この減少は DAXX を過剰発現させることによって抑制された。共焦点顕微鏡による観察でも、PML body に局在していたRassf1C が核内から消失していく様子が観察された。以上の結果は、定常状態においては DAXX が Rassf1C と結合して PML body に共局在し、UV、MMS 刺激により DAXX が分解されることで Rassf1C が核内から核外に移行していく可能性を示唆している。

3. Rassf1 は H-Ras と結合して DNA 損傷による JNK 活性化を制御する

 Rassf1 を RNAi により発現抑制した際の DNA 損傷による JNK の活性化状態を観察した。その結果、Rassf1 を発現抑制することで UV、MMS により誘導される JNK の活性化が顕著に抑制され、DNA 損傷による JNK 活性化の上流には Rassf1 が介在することが示された。Rassf1 は Ras 様蛋白質と結合し得る domain 構造を有している。そこで、JNK の上流因子として知られる各種 Ras family 分子との結合を検討した。その結果、Rassf1 がH-Ras、K-Ras に結合すること、また GDP 型と比較して GTP 型の H-Ras、K-Ras により強く結合することを見出した。さらに、GDP 型 H-Ras の過剰発現によって UV、MMS 刺激による JNK 活性化は抑制された。この結果は H-Ras が DNA 損傷による JNK 活性化の上流に介在していることを示しており、Rassf1/H-Ras 複合体が JNK 活性化を制御していることを示唆している。

4. DAXX 及び Rassf1 の DNA 損傷によるアポトーシス誘導における役割

 これまでに示してきた DNA 損傷による JNK 活性化の上流に介在する DAXX 及びRassf1 がアポトーシス誘導にどのように関与するかを検討した。その結果、Rassf1 RNAiにより発現抑制すると、UV、MMS 刺激による caspase の活性化が抑制された。さらに、DAXX の過剰発現でも、caspase の活性化が抑制された。以上の結果は DNA 損傷によるアポトーシス誘導に対して Rassf1 は正に、DAXX は負に制御していることを示唆している。

 以上の結果から、DNA 損傷により誘導される JNK の持続的な活性化を促す分子機構として、以下に示すモデルが提示できた。1) DNA 損傷が誘発されると核内 PML body に存在する DAXX がユビキチン化を受けて分解される。2) 結合していた Rassf1 が核内から核外へ移行する。3) 細胞質で Rassf1 は活性化された H-Ras と複合体を形成する。4) Rassf1-H-Ras 複合体からのシグナルを受けて、JNK は持続的に活性化し、アポトーシスが誘導される。本モデルは、今まで不明であった DNA 損傷による JNK 活性化に介在する核内から細胞質へのシグナル伝達経路を初めて明らかにするものである。以上の研究成果は、DNA 損傷によるアポトーシス誘導の分子基盤の理解に有用な知見を提供しており、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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