学位論文要旨



No 120421
著者(漢字) 齋藤,康太
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,コウタ
標題(和) 結節硬化症に関与する低分子量G蛋白質Rhebの機能解析
標題(洋)
報告番号 120421
報告番号 甲20421
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1120号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 船津,高志
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 助教授 青木,淳賢
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 低分子量G蛋白質スーパーファミリーは、細胞の増殖・分化をはじめ物質輸送や骨格系制御など、細胞の様々な生理機能の発揮において重要な役割を果たしている(文献 1-3)。Ras ファミリーに属するG蛋白質 Rheb は、当初分裂酵母において増殖に関与する因子として単離されたが、最近になってmTOR(mammalian target of rapamycin)キナーゼを間接的に活性化して細胞の成長を正に制御することが報告された。さらに、てんかんを主症状とする結節硬化症の原因遺伝子 TSC 複合体(Tsc1/Tsc2)が、Rheb の GTP アーゼ促進因子(GAP)として機能することが見出された(図1)。これらの知見は Rheb が既知の低分子量G 蛋白質とは異なる情報伝達系において機能していることを示唆しているが、Rheb の直接の標的分子や活性化因子は未同定であり、さらに細胞外の栄養状態を mTOR経路が感知するメカニズムやてんかんの発症機構についても全く解明されていない。

 私は、Rheb を培養細胞に発現させると巨大な細胞内小胞が出現することを見出し、それがエンドサイトーシスにおいて形成される後期エンドソームおよびリソソームの一部に属するという知見を得た。さらに、Rheb の結合因子として新たにグルタミン酸トランスポーターと水チャネルを同定し、これらが Rheb との共発現によって細胞内小胞に移行することを明らかにした。これらのトランスポーターはグリア細胞に発現し、グルタミン酸をシナプス間隙から取込み、神経細胞の保護に重要な役割を担っている。したがって、結節硬化症におけるてんかんの発症は、Rheb の不活性化機構(Tsc1/Tsc2)が欠落してトランスポーターの内在化が進み、過剰なグルタミン酸による神経細胞死の亢進にその病因があると考えられた。

【結果】

1. Rheb は細胞内に巨大小胞を形成する

 Rheb の細胞内局在を観察するために GFP タグを付与した Rheb を MDCK,HeLa,1321N1 細胞に一過的に発現させた結果、いずれの細胞においても巨大な小胞が形成され、その小胞膜上に Rheb の局在を観察した(図2)。この小胞は C 末端4残基の脂質修飾部位を欠く RhebΔC4 変異体では観察されず、変異体は細胞質全体にわたって存在した。さらに Rheb の不活性化型変異体である Rheb/D60K においては、巨大な小胞は形成されず、点状に凝集した局在が観察された。

2. Rheb 小胞の一部は後期エンドソー厶及びリソソームに属する

 次に Rheb 小胞が由来する細胞内小器官を同定するために、エンドサイトーシス経路で働くことが知られている各種G蛋白質 Rab を Rhebと共発現して局在を検討した。Rheb 小胞は、初期エンドソーム、リサイクリングエンドソームに局在する Rab5 及び Rab11 とは一致しないが、後期のエンドサイトーシス経路に属する Rab7、Rab9 とその一部が一致した。また、細胞表層から取り込まれたデキストランの一部が Rheb 小胞を経由して輸送され、さらに酸性小器官マーカーである Lysotracker が Rheb 小胞に取り込まれた。したがって、Rheb が形成する小胞は、エンドサイトーシス経路において出現する酸性オルガネラの後期エンドソームあるいはリソソームであると考えられた。

3. Rheb 小胞は後期エンドソームからリソソームへとその形状を変化させる

 Rheb 小胞が後期エンドソームあるいはリソソームのどちらの形状に類似するかを検討した。予め細胞にデキストランを取り込ませてリソソームを標識した細胞を用意し、その後に Rheb を発現させて経時変化を解析した。その結果、遺伝子導入後8時間において検出される Rheb の局在はリソソームと全く一致しなかったが、24〜48 時間後に Rheb の局在がリソソームと一致する現象が観察された。以上の知見から、Rheb は始めに後期エンドソームに発現し、エンドサイトーシスの進行に伴って次第にリソソームへ移行する可能性が考えられた。

4. Rheb 小胞の形成は PI3 キナーゼを必要とするが mTOR の活性化を要求しない

 Rheb の GAP である Tsc1/2 複合体は、Aktキナーゼによりリン酸化されて不活性化する。そこで、Akt の上流キナーゼである PI 3-キナーゼの特異的阻害剤 LY294002 を用いて Rheb の小胞形成能を検討した。LY294002 で処理した細胞では、Rheb を発現させても巨大な小胞は形成されず、細胞質に小さな小胞が点在する様子が観察された。一方、Rheb の下流で活性化される mTOR の特異的阻害剤である rapamycin で処理した細胞では、Rheb による巨大小胞の形成が依然として観察された(図 3)。これらの知見は、Rheb の局在する小胞の形成に、Rheb の活性化は必要であるが、Rheb の下流で活性化する mTOR キナーゼは不要であることを示している。

5. Rheb はグルタミン酸トランスポーター EAAT 及び水チャネル Aquaporin4(Aqp4)と結合する

 Rheb に結合する因子を yeast two-hybrid スクリーニングにより探索し、脳グリア細胞において特に発現の多い 2 種類のトランスポーター、グルタミン酸トランスポーターEAAT1/EAAT2 及び水チャネル Aqp4 を同定した。また、Rheb と両トランスポーターを共発現させた細胞において、Rheb と両トランスポーターの共沈降が確認された(図 4)。

6. Rheb の共発現により EAAT および Aqp の局在は Rheb 小胞へ移行する

 両トランスポーターの細胞内動態に対するRheb の関与を検討する目的で、MDCK 細胞に両トランスポーターを発現させた安定発現株をそれぞれ作成した。安定発現株においては、どちらのトランスポーターも細胞膜上にそれらの局在が観察された。しかしながら、Rheb を一過的に発現すると、両トランスポーターは Rheb 小胞上にその局在が移行する現象が観察された(図 5)。

【まとめ】

 本研究において私は、Rheb を細胞に発現すると、エンドサイトーシスにおいて形成される後期エンドソー厶の一部と考えられる巨大な小胞が出現することを見出した。さらにRheb の結合因子として新たにグルタミン酸トランスポーターEAAT1/EAAT2 及び水チャネル Aqp4を同定し、これらが Rheb との共発現により細胞内小胞に移行することを明らかにした。EAAT は神経終末から放出されたグルタミン酸をグリア細胞に取り込むことによって神経毒性を回避する。また Aqp4 は EAATが共輸送により取り込んだ水をグリア細胞から排除する役割を担っている(図6, A)。事実、EAAT2 のグリア細胞特異的ノックアウトマウスはてんかん症状を呈する。また、結節硬化症患者は幼児期からてんかんや精神遅滞などの神経性疾患に悩まされている。私は、以上の知見より、TSC のてんかん発症のメカニズムを以下のように考察する(図6, B)。1)TSC 患者は、Rheb に対する GAP活性が低下し、グリア細胞内の Rheb は活性化する。2)その結果、細胞内の小胞上にEAAT1/EAAT2, Aqp4 両トランスポーターが移行し、シナプス間隙のグルタミン酸の除去が適切に行なわれなくなる。3)グルタミン酸毒性によりてんかんなどの神経性疾患が発症する。

 以上のように本研究は、Rheb の分子的機能の解析という面だけでなく、結節硬化症におけるてんかん症の病因モデルの提示という観点からも意義深いものと考える。

【参考文献】1. Saito, K., Murai, J., Kajiho, H., Kontani, K., Kurosu, H. and Katada, T. (2002) J. Biol. Chem., 277, 3412-34182. Kontani, K., Tada, M., Ogawa, T., Okai, T., Saito, K., Araki, Y. and Katada, T. (2002) J. Biol. Chem., 277, 41070-410783. Kajiho, H., Saito, K., Tsujita, K., Kontani, K., Araki, Y., Kurosu, H. and Katada, T. (2003) J. Cell Sci., 116,4159-4168

図1 Rheb および mTOR の活性化経路

図2 Rheb 発現により形成される巨大小胞 (HeLa 細胞)

図3 LY294002 処理により阻害される Rheb小胞の形成

図4 Rheb と EAAT1/2 は共沈降する

図5 Rheb 発現による Aqp の細胞内小胞への移行

図6 健常者及び TSC 患者の脳内グルタミン酸代謝モデル

審査要旨 要旨を表示する

 Ras ファミリーに属する低分子量G蛋白質 Rheb は、分裂酵母において増殖に関与する因子として単離されたが、最近になって mTOR (mammalian target of rapamycin) キナーゼを間接的に活性化して、細胞の成長を正に制御することが報告された。さらに、てんかんを主症状とする結節硬化症の原因遺伝子 TSC 複合体 (Tsc1/Tsc2) が、Rheb のGTP アーゼ促進因子 (GAP) として機能することが見出された。これらの知見は Rheb が既知の低分子量G蛋白質とは異なる情報伝達系において機能していることを示唆している。しかしながら、Rheb の直接の標的分子や活性化因子は未同定であり、さらに mTOR経路が細胞外の栄養状態を感知するメカニズムやてんかんの発症機構についても未解明である。「結節硬化症に関与する低分子量G蛋白質 Rheb の機能解析」と題する本論文では、Rheb が後期エンドサイトーシス経路においてメンブラントラフィックに介在する可能性を新たに提示している。さらに、Rheb の結合因子として新たにグルタミン酸トランスポーターと水チャネルを同定し、これらの局在制御の観点から結節硬化症患者のてんかん発症のメカニズムを論じている。

1. Rheb は細胞内に巨大小胞を形成する

 Rheb の細胞内局在を観察するために GFP タグを付与した Rheb を一過的に発現させた結果、巨大な小胞が形成され、その小胞膜上に Rheb の局在を観察した。この小胞は C末端 4 残基の脂質修飾部位を欠く Rheb ΔC4 変異体では観察されず、変異体は細胞質全体にわたって存在した。さらに Rheb の不活性化型変異体である Rheb/D60K においては、巨大な小胞は形成されず、点状に凝集した局在が観察された。

2. Rheb 小胞はエンドサイトーシスにおいて形成される後期エンドソームに属する

 Rheb 小胞が出来する細胞内小器官を同定するために、エンドサイトーシス経路で働くことが知られている各種G蛋白質 Rab を Rheb と共発現して局在を検討した。Rheb 小胞は、初期エンドソーム、リサイクリングエンドソームに局在する Rab5 及び Rab11 とは一致しないが、後期のエンドサイトーシス経路に属する Rab7、Rab9 とその一部が一致した。また、細胞表層から取り込まれたデキストランの一部が Rheb 小胞を経由して輸送され、さらに酸性小器官マーカーである Lysotracker が Rheb 小胞に取り込まれた。したがって、Rheb が形成する小胞は、エンドサイトーシス経路において出現する酸性オルガネラの後期エンドソームあるいはリソソームであると考えられた。

3. Rheb 小胞は後期エンドソームからリソソームへとその形状を変化させる

 Rheb 小胞が後期エンドソームあるいはリソソームのどちらの形状に類似するかを検討した。予め細胞にデキストランを取り込ませてリソソームを標識した細胞を用意し、その後 Rheb を発現させ経時変化を解析した。その結果、遺伝子導入後 8 時間において検出される Rheb の局在はリソソームと一致しなかったが、24〜48 時間後に Rheb の局在がリソソームと一致した。以上の知見から、Rheb は始め後期エンドソームに発現し、エンドサイトーシスの進行に伴い次第にリソソームへ移行する可能性が考えられた。

4. Rheb 小胞の形成は PI3 キナーゼを必要とするが mTOR の活性化を要求しない

 Rheb の GAP である Tsc 複合体は、Akt キナーゼによりリン酸化されて不活化する。そこで、Akt の上流キナーゼである PI 3-キナーゼの阻害剤 LY294002 を用いて Rheb の小胞形成能を検討した。LY294002 処理細胞では、Rheb 発現により巨大な小胞は形成されず、細胞質に小さな小胞が点在する様子が観察された。一方、Rheb の下流で活性化される mTOR の阻害剤である rapamycin 処理は、Rheb による巨大小胞の形成に影響を与えなかった。これらの知見は、Rheb の局在する小胞の形成に Rheb の活性化は必要であるが、Rheb の下流で活性化する mTOR キーナーゼは不要であることを示している。

5. Rheb はグルタミン酸トランスポーター EAAT 及び水チャネル Aquaporin4 と結合する

 Rheb に結合する因子を yeast two-hybrid スクリーニングにより探索し、脳グリア細胞において特に発現の多い2種類のトランスポーター、グルタミン酸トランスポーターEAAT1/EAAT2 及び水チャネル Aqp4 を同定した。また、Rheb と両トランスポーターを共発現させた細胞において、Rheb と両トランスポーターの共沈降が確認された。

6. Rhebの共発現により EAAT 及び Aquaporin4の局在は Rheb 小胞へ移行する

 両トランスポーターの細胞内動態に対する Rheb の関与を検討する目的で、トランスポーターを発現させた安定発現株をそれぞれ作成した。安定発現株においては、どちらのトランスポーターも細胞膜上にそれらの局在が観察された。しかし Rheb を一過的に発現すると、トランスポーターは Rheb 小胞上にその局在が移行する現象が観察された。

 本研究は、Rheb が後期エンドサイトーシス経路においてメンブラントラフィックに関与する可能性を新たに提示している。さらに Rheb の結合因子としてグルタミン酸トランスポーターと水チャネルを同定し、これらが Rheb との共発現によって細胞内小胞に移行することを明らかにしている。これらのトランスポーターはグリア細胞に発現し、グルタミン酸をシナプス間隙から取込み、神経細胞の保護に重要な役割を担っている。したがって、結節硬化症におけるてんかんの発症は、Rheb の不活性化機構 (Tsc1/Tsc2)が欠落してトランスポーターの内在化が進み、過剰なグルタミン酸による神経細胞死の亢進にその病因があると考えられる。これらの研究成果は Rheb の分子的機能の解析という面だけでなく、結節硬化症におけるてんかん症の病因モデルの提示という観点からも意義深く、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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