学位論文要旨



No 120422
著者(漢字) 武田,光広
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,ミツヒロ
標題(和) NMR法を用いたCD44とヒアルロン酸との相互作用様式の解析
標題(洋)
報告番号 120422
報告番号 甲20422
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1121号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 助教授 青木,淳賢
内容要旨 要旨を表示する

 細胞接着分子 CD44 は、細胞外マトリックスの主成分であるヒアルロン酸(Hyaluronic acid; HA) と相互作用することにより、細胞接着、細胞遊走に関与する 1 回膜貫通型タンパク質である。CD44 は、細胞外 N 末端領域に HA との結合を担う HA 結合ドメイン (HA-binding domain; HABD) を有する(Fig. 1a)。CD44 HABD は、158 アミノ酸残基からなる構造ドメインであり、リンクモジュールと呼ばれる HA 結合性アミノ酸配列相同領域とその両端の付加配列より構成されている(Fig. 1a)。CD44 は、リンクモジュールと両端の付加配列とを HA 結合活性に必要とし、他のリンクモジュール含有タンパク質とは異なる HA 認識をすると考えられている。CD44 のリガンドである HA は、グルクロン酸とN -アセチルグルコサミンの 2 糖の繰り返し構造を持つグリコサミノグリカンである(Fig.1b)。HA は通常、生体内において分子量 100 万程度の高分子量ポリマーとして存在しているが、炎症時にはヒアルロニダーゼなどにより分解をうけて、低分子量化することが報告されている。最近、CD44 は低分子量の HA と結合すると、その細胞外領域においてプロテアーゼによる cleavage が促進されることが報告された(Fig. 1c)。近年の研究から、CD44の細胞外領域における cleavage は、癌細胞の遊走などに関与した重要な現象であることが明らかとなりつつある。そのため、CD44 の HA 認識ならびに低分子量 HA による CD44の cleavage 制御メカニズムに関する知見は、基礎研究的な見地に加え、CD44 を標的とした創薬の観点からも重要である。しかしながら、これらに関して得られた知見は限られている。私は CD44 の HA 認識機構の解明および HA との結合が CD44 のプロテアーゼによる切断を促進する機構の解明を目的として、NMR を用いた構造生物学的研究を行った。

結果、考察

CD44 の HA 認識機構の解明

 大腸菌発現系を用いて CD44 HABD を発現させ、NMR 解析に用いた。まず、15Nラベル化 CD44 HABD を調製して HSQC スペクトルを測定した。その結果、良好に分散したシグナルが観測され、CD44 HABD は立体構造を形成することが示唆された (Fig. 2a)。そこで、13C、15N により安定同位体標識を施した CD44 HABD を調製して 3 重共鳴測定を行い、CD44 HABD の主鎖連鎖帰属を行なった (Fig. 2a)。つづいて、Chemical shift index に基づく 2 次構造予測および NOE の形成パターンに基づいて、CD44 HABD のトポロジー構造を決定した。その結果、CD44 HABD は、リンクモジュールに付加配列領域の βa、βf、βg の 3 本の β ストランドが付加した新規のフォールドを形成することが明らかとなった (Fig. 2b)。私は、HA 結合状態の CD44 HABD についても主鎖の連鎖帰属を行なった。その後に、CD44 HABD の HA 結合界面を同定するため、交差飽和実験を行った。2H、15N により標識した CD44 HABD と非標識 HA との複合体に対して、HA のプロトン選択的にラジオ波を照射した。その結果、CD44 HABD のシグナルにアミノ酸残基選択的な強度減衰が観測された。最近解明された CD44 HABD の結晶構造上に、減衰を受けたアミノ酸残基をマッピングした。その結果、分子片側の面にこれらのアミノ酸残基は分布しこれらのアミノ酸残基が HA 結合界面であると結論した。HA 結合界面残基には、リンクモジュール領域に加えて付加配列領域の Leu24、Asn25、Asn149、Asp151、Gly152も含まれている (Fig. 2c)。一方、HA 結合時に誘起される化学シフト変化を調べた結果、α1 ヘリックスおよび C 末端付加配列のアミノ酸残基において、顕著な化学シフト変化が観測された (Fig. 2d)。リガンド結合時に化学シフト変化を誘起する要因として、リガンドと直接コンタクトする影響と、リガンド結合に伴う構造変化による影響が挙げられる。C 末端付加配列および α1 ヘリックス領域は、HA 結合界面とは異なるため、HA 結合時にこれらの部位に構造変化が生じている可能性が考えられた(Fig 2c, d)。そこで、HA 結合状態について CD44 HABD のトポロジー構造を調べた。その結果、Fig. 2e に示すように、HA結合前後において、βf と βg との間において隣接するアミノ酸残基が 2 残基ずれていることが明らかとなった。また、HA 結合状態においては、βf と βg との間において 主鎖 β ストランド間 NOE が観測されなかった(Fig. 2e)。また、異核 NOE 測定の結果、βg に分布する Val156 より C 末端において、 HA 結合に伴う運動性の上昇が観測された。この

ことから、βg ストランドは、HA 結合にともない disorder が生じることが強く示唆された。

HA 結合に伴う CD44 のプロテアーゼ感受性の変化に関する解析

 私は、HA 結合時に CD44 の Val156 より C 末端領域の構造に disorder が生じ運動性が増加することにより、この領域のプロテアーゼ感受性が促進される可能性を考えた。そこで、アミノ酸残基番号 21-268 に相当する CD44 細胞外領域ドメイン(extracellular domain; ECD)の発現系を構築し、解析に用いた。まず、リガンド非結合状態および HA 結合状態における CD44 ECD の 1H-15N HSQC スペクトルを測定し、それぞれ CD44 HABD のものと比較した。その結果、スペクトル上において、CD44 ECD に含まれる HABD 領域由来のシグナルが、CD44 HABD のシグナルと同じ位置に観測され、CD44 ECD においても、CD44 HABD と同様の HA 結合に伴う構造変化が生じることが明らかとなった。つづいて、CD44 ECD を用いて、HA 結合時と非結合時とで、プロテアーゼ感受性を比較した。プロテアーゼ感受性を評価する上で配列特異性が適当である消化酵素として、トリプシンを用いることとした。HA 結合に伴い運動性の上昇が観測される領域には、トリプシンが切断し得る箇所である Arg162―Thr163 が存在している。HA 非結合状態および HA 結合状態それぞれについて CD44 ECD をトリプシンにより消化して、その切断産物の経時変化を Tricine-PAGE およびMALDI-TOF/MS により調べた。リガンド結合時においては、トリプシン消化後、途中段階の消化産物が生成して、最終的に 21-162 の領域の産物が生成した。これに対して、HA 結合状態においては、消化後ただちに、21-162の産物が生成してきた(Fig.3)。このことは、Arg162―Thr163 における切断がHA 結合に伴い促進されたことを示している。したがって、HA 結合に伴い、Arg162付近のプロテアーゼ感受性が上昇したと結論した。

総括

 本研究において、1)CD44 HABD は、リンクモジュールの構造に加えて、その両端の付加配列領域内の3本の β ストランドが付加した新規のフォールドを形成することが明らかとなった。2)CD44 HABD の HA 結合界面残基を同定し、これらのアミノ酸残基は、リンクモジュール領域と付加配列領域のアミノ酸残基から構成されることが明らかとなった。3)HA 結合にともない、CD44 HABD の βa ストランドと βg ストランド間において 2 残基の組み替えが生じることが明らかとなった。さらに、βg ストランドがHA 結合時に disorder が生じることが明らかとなった。5)HA 結合時に、CD44 HABD のC 末端側領域における構造変化および運動性の上昇に伴い、この領域におけるプロテアーゼ感受性が増加することが明らかとなった。

Fig. 1 (a) CD44 の1 次構造 (b) HA の化学構造 (c) HA 結合により促進される CD44 の cleavage

Fig. 2 (a) CD44 HABD の 1H-15N HSQC スペクトル、(b) CD44 HABD のトポロジー、(c) 交差和和実験において影響を受けたアミノ酸残基の CD44 HABD の結晶構造上へのマッピング、(d) HA 結合時に顕著な化学シフト変化が生じたアミノ酸残基の CD44 HABD の結晶構造上へのマッピング、(e)HA 結合前後における βa、βf、βg ストランドの配置の変化

Fig. 3 CD44 ECD のトリプシンによる限定分解実験

 HA 非結合状態および HA 結合状態にて、 CD44 ECD をトリプシンにより消化した。消化時間ごとに、消化産物をサンプリングして Tricine-PAGE により電気泳動を行なった。また、切断産物について、MALDI-TOF/MS による解析を行いその切断位置を調べた。

審査要旨 要旨を表示する

 NMR 法を用いた CD44 とヒアルロン酸との相互作用様式の解析と題した本論文は、NMR を用いて細胞接着分子 CD44 とそのリガンドであるヒアルロン酸 (HA) との相互作用を解析した研究成果を述べたものである。全体は、序論、実験項、2部構成の本論、総括より構成されている。本論の前半部となる第 3 章は、CD44 の HA 認識機構の解明に関する解析、本論の後半部になる第 4 章は、HA 結合にともなう CD44 のプロテアーゼ感受性の変化の解析、と題されている。

 第 3 章においては、CD44 の HA 認識を担うヒアルロン酸結合ドメイン(HABD) (a.a. 21-178) について、その構造およびHA との相互作用に関する研究結果が述べられている。すなわち、CD44 HABD の試料調製、NOE シグナルに基づく CD44 HABD のトポロジー構造の決定、HA 結合界面残基の同定、および HA 結合に伴う CD44 HABD の構造変化の解析について示されている。

 決定された CD44 HABD のトポロジー構造は、2 本の α ヘリックスと 7 本のβ ストランドより構成されている。これは、新規フォールドであり、リンクモジュールと呼ばれるアミノ酸配列相同性領域の 2 次構造に加えて、その両端の付加配列領域に位置する β ストランドが含まれる。また、交差飽和実験により同定された CD44 HABD の HA 結合界面は、リンクモジュール領域と付加配列領域におよぶ広範な領域に分布しており、この長さは CD44 が認識する6 糖分の HA の長さに対応している。また、HA 結合に伴う CD44 HABD の化学シフト、主鎖 β ストランド間NOE および異核 NOE の変化に基づいて、HA 結合時に CD44 HABD の付加配列領域に構造変化が生じることが示されている。この構造変化は、付加配列に含まれる βa ストランド (a.a. 22-27) と、βf ストランド (a.a. 34-39) との間において 2 残基の組み換えが生じ、さらにβg ストランド(a.a. 155-158)の構造に disorder が生じて、V156 より C 末端側の領域の運動性が上昇することが報告されている。

 第 4 章においては、CD44 の細胞外領域(ECD) (a.a. 21-268) を用いた解析について述べられている。すなわち、CD44 ECD と CD44 HABD との構造の比較、CD44 ECD の HA 結合に伴うプロテアーゼ感受性の変化についての解析結果である。

 CD44 ECD と CD44 HABD との間で HSQC スペクトルを比較した結果、CD44 ECD においても、CD44 HABD と同様の構造変化が HA 結合に伴い生じることが示唆されている。さらに、CD44 ECD においてリガンド非結合状態および HA 結合状態においてトリプシンによる限定分解を行なった結果、R162 ―T163 における切断が HA 結合に伴い促進されることが示されている。この切断促進が観測された部位は HA 結合時に運動性の上昇が観測された領域に含まれている。これらの結果より、CD44 は HA 結合に伴い構造変化を生じ、プロテアーゼ感受性の高い領域が提示される機構が提唱されている。

 以上本研究の成果は、CD44 の分子認識および細胞遊走機構に関する理解を大きく促すものであり、これを行った学位申請者は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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