No | 120423 | |
著者(漢字) | 西躰,元 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ニシタイ,ゲン | |
標題(和) | ストレス応答性SAPK/JNK系のアポトーシス誘導における役割の解明 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 120423 | |
報告番号 | 甲20423 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1122号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 機能薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序】 ストレス応答性 MAP キナーゼである SAPK/JNK や p38 は、細胞の生死に深く関わることが知られている。しかしながら、これらシグナル伝達系がアポトーシス誘導に必須の役割を果たしているか否かについては混沌としている。SAPK/JNK シグナル伝達系が神経細胞や繊維芽細胞においてアポトーシス誘導に必須であるという報告がある一方、肝臓細胞ではむしろ生存促進に関わるというように、細胞の生死における役割については未だ明確な説明がなされていないのが現状である。そこで私は、「SAPK/JNK シグナル伝達系は、細胞の分化や継代等の状態変化を経ることによって、アポトーシス誘導能や生存促進能を獲得する」という仮説を立て、このような混沌とした現象を説明できるのではないかと考えた。本研究で私は、SAPK/JNK シグナル伝達系のアポトーシスや生存における役割を、最も未分化な細胞の一つで哺乳動物細胞の原型と考えられるマウス胚性幹(ES)細胞を用いて検討した。また、細胞が分化や継代の過程で SAPK/JNK シグナル系依存性のアポトーシス誘導能を獲得する可能性を見出したので報告する。 【結果】 1. SAPK/JNK 活性化因子 SEK1 と MKK7 を欠損した ES 細胞の作出 SAPK/JNK の活性化を完全に抑えることを目的に SAPK/JNK の活性化因子である SEK1 と MKK7 をコードする両遺伝子を相同組換えを利用して破壊した。両遺伝子を破壊された(DKO) ES 細胞ではSEK1, MKK7 の発現が完全に消失した。また各種の刺激によって誘導される SAPK/JNK 活性も完全に消失した(図1)。しかしながら、DKO 細胞は野生型と同様の増殖能を保持していた。 2. SAPK/JNK シグナル系の遣伝子発現への関与についての検討 SAPK/JNK は c-Jun、ATF2 などの転写因子をリン酸化し、遺伝子発現を制御すると考えられている。そこでこの転写因子が結合する配列を上流にもつ IL-6 遺伝子の発現について、ノザンブロット法により検討した。ES 細胞は刺激となる IL-1 に対する受容体を発現していないので、レチノイン酸によって分化させ IL-1 受容体を発現させた細胞を用いた。その結果 DKO 細胞では著しく IL-6 の発現が抑制されることが観察された(図2)。これらの結果は、SAPK/JNK 活性化が IL-1 による IL-6 の遺伝子発現において必須の役割を果たすことを示唆している。 3. SAPK/JNK の活性化を欠く DKO 細胞を用いたアポトーシス誘導の解析 i) ゲノムの断片化を指標にした検討 細胞にストレス刺激を加えると、シトクロム cがミトコンドリアから放出され、細胞質中のcaspase 9 が Apaf1 と複合体をつくる。この複合体が様々なタンパク質の分解を担う caspase 3を活性化させ、その結果、ゲノムの断片化などアポトーシス固有の現象が引き起こされると考えられている。野生型 ES 細胞では各種ストレス刺激によってゲノムの断片化が観察された。SAPK/JNK シグナル系がアポトーシス誘導に必須であるならば、ゲノムの断片化も抑えられるはずであるが、DKO 細胞では野生型と同程度に断片化が観察された。対照的に Apaf1 を欠損した ES細胞では全く断片化が観察されなかった (図3a)。これらの結果は、ES 細胞において SAPK/JNKシグナル系がアポトーシス誘導に必須ではないことを示唆する。さらなる確認のため他の指標でアポトーシスを検出した。 ii) Caspase 3 様活性を指標にした検討 Caspase 3 等に切断される配列をもち、切断されると蛍光を発する人工基質を用いて、各ストレスに対する活性を調べた。その結果、野生型および DKO 細胞で同じように刺激に応じた活性が観察された。対照的に Apaf1 ノックアウトでは活性が全く観察されなかった(図3b)。 iii) p38 阻害剤 (SB203580) を用いた検討 p38は SAPK/JNK と共にアポトーシス誘導へ関与することが示唆されている。そこで、p38 が SAPK/JNK によるアポトーシスの活性を相補しているのではないかと考え、p38 の活性を阻害剤により抑えることで caspase 3 様活性へ影響を与えるかを調べた。その結果野生型でも DKO 細胞においても阻害剤存在下、非存在下と同程度に活性が見られた(図4)。このことから p38 も ES 細胞においてはアポトーシス誘導に必須ではないことが示唆された。 iv) Bax の局在変化を指標にした検討 ミトコンドリア周辺に存在する Bax はアポトーシス誘導時細胞質からミトコンドリアに移動し、ミトコンドリア内部からのシトクロム c 放出を促すと考えられている。SAPK/JNK はこの Bax の活性化を制御することが報告されている。そこで、刺激後ミトコンドリア膜を分画し Bax のミトコンドリアへの移動を調べた。その結果、野生型、DKO 細胞でほぼ同様の移行が見出された。これらの結果から ES 細胞においてアポトーシス誘導時の Bax の活性にも SAPK/JNK シグナルが影響を与えていないことが示された(図5)。 4. ES 細胞における p53 のアポトーシス誘導への寄与 以上の結果より、ES 細胞においてはストレス応答性 MAP キナーゼ以外のシグナル伝達系がミトコンドリアの上流にてアポトーシスを誘導することが示唆された。そこで候補として p53 について検討した。p53 は DNA 損傷が起きたときなどに発現が誘導され、様々な因子の転写を促すことで損傷の修復あるいはアポトーシス誘導に関わると考えられている。そこで私は RNAi によってDKO 細胞の p53 の発現を抑え、様々な刺激に対するアポトーシス誘導への影響を調べた(図6)。その結果、RNAi によって刺激に応じた p53 の発現誘導が大幅に抑えられる状況において、DNA 損傷を起こす刺激である紫外線やエトポシドだけでなく小胞体にストレスを与えるツニカマイシンにおいても caspase 3 様活性の抑制が観察された。これらの結果から、ES 細胞において p53 が広くミトコンドリア上流でアポトーシス誘導に関わっていることが示唆された。一方、アニソマイシンやアドリアマイシンといった翻訳や転写を抑制するような刺激においてはRNAi による差が観察されず、アポトーシスが誘導された。このことから p53 の発現誘導を必要としない他のシグナル伝達系が関与していることが示唆された。 5. 細胞の継代によるアポトーシス誘導能の変化 ES 細胞においては SAPK/JNK シグナル系がアポトーシス誘導に必須ではないことが明らかになった。そこで次に分化をすることで、SAPK/JNK シグナル系がアポトーシス誘導能を獲得するかを調べた。レチノイン酸により繊維芽細胞状に分化された ES 細胞を用いてcaspase 3 様活性を調べたところでは野生型と DKO 細胞でストレスによる活性上昇に差が見出されなかった。一方興味深いことに、MKK7 を欠損したマウス胎児より調製した胚性繊維芽細胞では、野生型と同じように細胞死が見られたが、継代を繰り返すことで細胞死の抑制が観察された。これらの結果は、継代によって、SAPK/JNK シグナル系がアポトーシス誘導能を獲得したことを示唆する(図7)。 【まとめ】 本研究において私は、混沌としている SAPK/JNK シグナル系の生理的役割を統一的に理解することを目的として、「SAPK/JNK シグナル伝達系は、細胞の分化や継代等の状態変化を経ることによって、アポトーシス誘導能や生存促進能を獲得する」という作業仮説を考えた。これを検証する目的で、哺乳動物細胞の原型と考えられる ES 細胞での SAPK/JNK シグナル系のアポトーシス誘導能の検討を行った。その結果、ES 細胞では SAPK/JNK シグナル系がアポトーシス誘導に必須ではなく、むしろ p53 が広く誘導に関わっていることが示された。また、分化による影響を検討したところ、レチノイン酸処理によって調製した繊維芽細胞や胎児から調製した直後の繊維芽細胞では SAPK/JNK シグナル系依存性のアポトーシス誘導は見出されないが、継代を繰り返すと依存性のアポトーシス誘導が観察された。以上の結果から、未分化な細胞が分化や様々な要因によってSAPK/JNK シグナル系依存性のアポトーシス誘導経路を獲得することが示唆された(図8)。 図1 SEK1, MKK7両欠損ES細胞はSAPK/JNKの活性を完全に失う 図2 SAPK/JNKはIL-6の遺伝子発現に必須である 図3 ES細胞においてSAPK/JNKシグナルはアポトーシス誘導に必須ではない 図4 p38 阻害剤( SB203580 )によっても両欠損ES細胞におけるアポトーシスは抑制されない 図5 ES細胞においてBaxはSAPK/JNKシグナル非依存的に細胞質からミトコンドリアへ移行する 図6 ES細胞においてp53は様々な刺激によるアポトーシス誘導に関わっている 図7 MKK7を欠損しているマウス胚性線維芽細胞では継代と共に細胞死に対する抵抗性が増大する 図8 分化等の要因によってアポトーシス誘導、生存促進機能を獲得するSAPK/JNKシグナル | |
審査要旨 | ストレス応答性 MAP キナーゼである SAPK/JNK や p38 は、細胞の生死に深く関わることが知られている。しかしながら、これらのシグナル伝達系がアポトーシス誘導に必須の役割を果たしているか否かについては混沌としている。JNK シグナル伝達系が神経細胞や繊維芽細胞においてアポトーシス誘導に必須であるという報告があるが、その一方で、肝臓細胞ではむしろ生存促進に関わるというように、細胞の生死における役割については未だ明確に説明されていないのが現状である。「ストレス応答性 SAPK/JNK 系のアポトーシス誘導における役割の解明」と題する本論文においては、これら各種の細胞が分化・成熟する前の未分化細胞において、JNK 経路が細胞の生死にどのように関わっているかを解析し、マウス胚性幹 (ES) 細胞においては JNK シグナル系がアポトーシス誘導に必須ではないことを明らかにしている。また、初代細胞の状態を変化させると、JNKシグナル系に依存したアポトーシス誘導経路を獲得する可能性を提示している。 1. JNK の活性化因子 SEK1 と MKK7 を欠損した ES 細胞の作出 JNK の活性化を完全に抑えることを目的に、JNK の活性化因子である上流キナーゼのSEK1 と MKK7 をコードする両遺伝子を相同組換えを利用して破壊した。両遺伝子を破壊した(DKO) ES 細胞では、SEK1、MKK7 の発現が完全に消失した。また各種の刺激によって誘導される JNK の活性化も完全に消失していた。しかしながら、DKO 細胞は野生型と同様の増殖能を保持していた。 2. JNK の活性化を欠く DKO 細胞を用いたアポトーシス誘導の解析 i) ゲノムの断片化を指標にした検討 細胞にストレス刺激を加えると、シトクロム c がミトコンドリアから放出され、細胞質中の caspase 9 及び Apaf1 と複合体をつくる。この複合体が様々なタンパク質の分解を担う caspase 3 を活性化させ、その結果、ゲノムの断片化など、アポトーシス固有の現象が引き起こされる。野生型 ES 細胞では各種ストレス刺激によってゲノムの断片化が観察された。JNK シグナル系がアポトーシス誘導に必須であるならば、ゲノムの断片化も抑えられるはずであるが、DKO 細胞では野生型と同程度に断片化が観察された。これとは対照的に、Apaf1 を欠損した ES 細胞では全く断片化が観察されなかった。これらの結果は、ES 細胞において JNK シグナル系がアポトーシス誘導に必須ではないことを示唆する。さらなる確認のため他の指標でアポトーシスを検出した。 ii) Caspase3 様活性を指標にした検討 Caspase 3 等に切断される配列をもち、切断されると蛍光を発する人工基質を用いて、各種のストレスに対する活性を調べた。その結果、野生型および DKO 細胞で同じように刺激に応じた caspase 3 様の活性化が観察された。これとは対照的に、Apaf1 欠損型では活性化が全く観察されなかった。 iii) p38 阻害剤 (SB203580) を用いた検討 p38 は JNK と共にアポトーシス誘導へ関与することが示唆されている。そこで、p38が JNK によるアポトーシスの活性を相補しているのではないかと考え、p38 の活性を阻害剤により抑制することで caspase 3 様活性へ影響を与えるかを調べた。その結果、野生型でも DKO 細胞においても、阻害剤存在下と非存在下とで同程度のアポトーシスが認められた。このことから、p38 も ES 細胞においてはアポトーシス誘導に必須ではないことが示された。 iv) Bax の局在変化を指標にした検討 ミトコンドリア周辺に存在する Bax は、アポトーシス誘導時に細胞質からミトコンドリアに移動し、ミトコンドリア内部からのシトクロム c 放出を促すと考えられている。JNK はこの Bax の活性化を制御することが報告されている。そこで、刺激後ミトコンドリア膜を分画し、Bax のミトコンドリアへの移動を調べた。その結果、野生型、DKO 細胞でほぼ同様の移行が見出された。これらの結果から、ES 細胞においてはアポトーシス誘導時の Bax の活性にも JNK シグナルが影響を与えていないことが示された。 3. 細胞の継代によるアポトーシス誘導能の変化 ES 細胞においては、JNKシグナル系がアポトーシス誘導に必須ではないことが明らかになった。そこで細胞を分化することで、JNK シグナル系がアポトーシス誘導能を獲得するかを調べた。レチノイン酸により繊維芽細胞に分化された ES 細胞を用いて caspase 3 様活性を調べたところでは、野生型と DKO 細胞でストレスによる活性上昇に差が見出されなかった。一方、MKK7 を欠損したマウス胎児より調製した胚性繊維芽細胞では、野生型と同じように細胞死が見られたが、興味深いことに、継代を繰り返すことで細胞死の抑制が観察された。これらの結果は、継代によって、JNKシグナル系がアポトーシス誘導能を獲得したことを示唆する。 本研究は、ES 細胞のような未分化な状態の細胞においては、JNK シグナルに依存したアポトーシスの誘導経路は認められず、継代など細胞の状態が変化することによって、JNK 依存性のアポトーシス誘導能を獲得する可能性があることを見出している。これらの研究成果は、細胞の分化・成熟による機能獲得を解明する上で重要な知見を提供しており、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。 | |
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