学位論文要旨



No 120424
著者(漢字) 平井,隆寛
著者(英字)
著者(カナ) ヒライ,タカヒロ
標題(和) 転移交差飽和法を用いたケモカイン受容体CCR5とそのリガンドとの相互作用解析
標題(洋)
報告番号 120424
報告番号 甲20424
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1123号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 船津,高志
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 ケモカインは、低分子量の蛋白質であり、標的細胞上のレセプターを介してシグナル伝達を誘起し、走化性などに関与することが知られている。ケモカインレセプターはいずれも 7 回膜貫通型受容体であり、G 蛋白質共役型受容体に属する (Fig.1)。

 近年、ケモカイン受容体の一つ CCR5 が、HIV-1 の標的細胞への感染時に CD4 とともに共受容体として作用することが明らかにされた。HIV の感染は、CCR5 の本来のリガンドであるRANTES によって競合的に阻害されることから、CCR5 とそのリガンドとの相互作用メカニズムの解明により CCR5 をターゲットとした HIV 阻害剤の開発に重要な知見が得られると期待されている。

 CCR5 は分子量約 42kDa で、7 つの膜貫通ヘリックスをもち、リガンドとの結合には細胞外領域の高次構造が深く関与している。一方、RANTES は 68 残基からなる分子量 7851 のケモカインである。これまでに X線結晶構造解析・NMR 解析により立体構造の解析がなされ、いずれも dimer 構造として構造が決定されている。

 RANTES は血管内皮細胞などの表面に発現している glycosaminoglycan (GAG)と結合し、濃度勾配を形成することが知られている。形成された濃度勾配により、RANTES は中性条件下で非常に強く会合したdimer を形成する。一方で炎症部位では pH が低下しており、RANTES は GAG 上で弱く会合した dimer として存在している。

 CCR5 結合時の dimer RANTES の状態を明確にすることは、RANTES と CCR5 の結合メカニズムの解明につながる非常に重要な問題である。しかしながら、これまでに行われた変異実験の結果からは、相反する monomer・dimer 両方の説が提唱されており、明確な結論を得るためには構造生物学的手法による解析が必須である。そこで本研究では、CCR5 と dimer RANTES との相互作用を NMR 法により解析し、RANTES 上の CCR5 結合面およびストイキオメトリーを明らかにすることとした。

【方法】

研究戦略

 CCR5 と RANTES との相互作用を構造生物学的手法で解析するには、活性を保持したCCR5 を調製し、生体内に近い状態で NMR解析を行う必要がある。そのため、NMR 解析に用いるサンプルは可溶化過程を回避して調製し、脂質二重膜に保持された CCR5 を用いて解析することが望ましいと考えられる。

 近年、バキュロウイルス発現系において発芽する budded virus (BV)上に活性を保持した膜蛋白質が移行することが報告された。そこで BV 上に CCR5 を大量発現させ、RANTESとの相互作用を NMR 法により観測することとした。

 また、BV を試料として用いると、NMR 観測のターゲットは非常に大きな分子量をもった複合体となるため、BV 上に発現した CCR5 と RANTES との複合体を直接観測することはできない。巨大分子との複合体が解析可能な NMR 測定法として、当研究室で確立された転移交差飽和法 TCS 法を用いることとした (Fig.2)。

CCR5 発現 BV の調製

 産業技術総合研究所生物情報解析研究センター 清水浩之氏より供与された CCR5 をコードするplasmid を元に、CCR5 の C 末端に 1D4 タグを付加した配列を作成した。CCR5-1D4 をコードした plasmidと Sf9 細胞を用い、相同組み換えにより CCR5-1D4 をコードしたウイルスストックを作成した。ウイルスストックはプラークアッセイにより純化した後、PCR 法により純度を確認した。Sf9 細胞に CCR5-1D4 ウイルスを感染させた後、培養液から細胞を除去した培養上清を遠心することによりウイルス画分を抽出した。ウイルス画分を PBS で懸濁・遠心を繰り返すことにより BV 溶液を精製した。

RANTES の調製

 ヒト Th1 細胞 cDNA ライブラリから PCR 法を用いて RANTES をコードする DNA 配列をクローニングし、大腸菌を用いた大量発現系を構築した。RANTES は不溶性画分に発現するため、可溶化・リフォールディングの後、陽イオン交換クロマトグラフィー・逆相 HPLC により精製した。RANTES は機能発現する部位でdimer として存在するため、TCS 実験条件として RANTES が dimer で存在する溶液条件を検討した。

TCS 実験

 TCS 実験は 100 μM 2H-15N RANTES / CCR5-BV (500 mL culture) / PBS (pH 3.2) / 80 % 2H2O, 313 K の条件下 800 MHzの測定周波数で行った。

【結果】

BV 上に発現した CCR5 の定量

 抗 1D4 抗体を用いたウェスタンブロッティングにより精製したBVを分析したところ、BV 上への CCR5-1D4 の発現と、精製により均一な CCR5 が得られていることが確認された (Fig.3)。また、デンシトメトリーによる定量から、500 mLの昆虫細胞培養液から少なくとも 5 μg 程度の CCR5が得られることが明らかとなった。

RANTES の構造情報取得

 精製した RANTES は逆相 HPLC による分析で単一ピークを与える純度であることを確認した。TCS 実験に用いるサンプルとして重水素標識された RANTES を調製し、1L の大腸菌培養液あたり約 3mg を調製することができた。1H-15N HSQC スペクトルを観測し、調製した RANTES が正しい立体構造を保持していることを確認した。RANTES の HSQC スペクトルを測定する条件を検討した結果、RANTES が pH と濃度に依存して会合状態を変化させることが確認され、monomer-dimer 平衡の調節が可能となった。炎症部位では RANTES は GAG 上で dimer となっていることが考えられるため、RANTES が dimer で存在する条件を検討した。その結果、100 μM, pH3.2 の条件で TCS 実験を行うこととした。

TCS 実験結果

 RANTES の dimer シグナルのみが観測される条件で RANTES と CCR5 発現 BV (CCR5-BV)に対してTCS 法を適用し、I15・V49 など一部の残基がシグナル強度減少を示すことが明らかとなった。シグナル強度減少率を各残基に対して算出し、RANTES dimer の立体構造上にマッピングした。その結果、溶媒から遮蔽されていると考えられる領域にもシグナル強度減少が観測されていることが明らかとなった。そこで、RANTES dimer 中の monomer コンポーネントに同様のマッピングを行った。

 その結果、図に示した主に 3 箇所の領域にシグナル強度減少を示した残基が分布した。コントロール実験として、CCR5 を発現していない BV(mock-BV)および CXCR4-BV との TCS 実験を行ったところ、CCR5-BV との TCS 実験でシグナル強度減少をしめした領域のうち、2 箇所については mock-BV・CXCR4-BV においてもシグナル強度減少を示した。このことから、この領域が非特異的な BV 表面への結合に関与しており、CCR5 に対する特異的な結合には I15・V49 などで形成される領域が関与していることが明らかとなった。

 TCS実験の結果 CCR5 結合面であると同定された領域を RANTES の dimer 界面と比較したところ、dimer 界面の残基がCCR5との結合に関与していることが明らかとなった(Fig.4)。

 以上の結果から、RANTES が CCR5と結合する際、RANTES は dimer 界面近傍の残基で CCR5 と相互作用し、dimer から monomer に解離した状態で結合していると結論した。

【考察】

RANTES の CCR5 結合メカニズム

 近年、蛍光共鳴エネルギー転移(FRET)法の開発などにより、CCR5 がdimer として細胞上に存在し、deimer CCR5 が細胞内にシグナル伝達を誘起することが明らかにされた。また、dimer 受容体の一方のみにリガンドが結合しただけではシグナル伝達が起こらず、シグナル伝達を誘起するためには、2 分子のリガンドが同時に dimer を形成する受容体に結合する必要があることが明らかにされた。

 以上の報告から、CCR5 は dimer で存在し、dimer に同時にリガンドが結合することによってシグナル伝達が誘起されるというメカニズムを考えた。CCR5-RANTES の系では、RANTES が機能発現する細胞表面上で dimer を形成しているため、CCR5 dimer の同時刺激に有利であると考えられる。

RANTES の dimerization による炎症部位特異的な活性発現

 CCR5 は炎症部位のみならず、非炎症部位にも広く発現している。炎症部位は非炎症部位と比較して低いpHを示し、低いpHにおいてはRANTESのdimer形成能が低下する。中性条件では強く会合したdimerが形成され、CCR5 結合面がマスクされて CCR5 と結合できないのに対し、酸性条件では dimer が緩み、CCR5 近傍で monomer に解離して dimer CCR5 を同時に刺激する。このように、dimer RANTES の dimer界面を用いた受容体刺激では、炎症部位選択的シグナル伝達が可能となる。

【総括】

 本研究において、BV システムとTCS実験を組み合わせることで、RANTES-CCR5の相互作用解析に成功した。ここで開発した両手法の組み合わせは、本実験系に限らず、他のリガンド・受容体膜蛋白質に応用することが可能であると考える。

Fig.1 RANTES の CCR5 を介したシグナル伝達

RANTES は細胞表面に存在する糖鎖によって局所的に濃度が増加し、効率よくシグナルを伝達するとされる。

Fig.2 BVを用いた TCS 実験

BVとの複合体状態で伝播した交差飽和現象を解離状態の RANTESのシグナル強度減少として観測する。

Fig.3 CCR5-BVの発現

抗 1D4 抗体を用いたウェスタンブロティングによりCCR5 の BV 上への発現を確認した。

Fig.4 CCR5-BV を用いた TCS 実験結果

(a) CCR5-BV との TCS 実験結果

(b) CXCR4-BV との TCS 実験結果

(c) mock-BV との TCS 実験結果

シグナル強度減少の大きさに応じて RANTES の分子表面上に色付けした。コントロール実験と比較することにより、CCR5 との特異的な相互作用部位を同定した。

審査要旨 要旨を表示する

 転移交差飽和法を用いたケモカイン受容体 CCR5 とそのリガンドとの相互作用解析と題する本論文は、NMR 法を用いて炎症反応に関わる蛋白質 RANTES とその受容体である CCR5 との結合メカニズムを明らかにした研究成果を述べたものである。本論分は 4 章からなり、第 1 章において序論を述べ、第 2 章において実験方法を記述している。第 3 章において実験の結果をまとめ、第 4章で実験結果に対する考察と、RANTES と CCR5 の相互作用メカニズムに関して考察を加えている。

 第 3 章において、RANTES と膜蛋白質である CCR5 との相互作用を解析する研究戦略について述べている。膜蛋白質を対象とした NMR 解析を行うにあたり、budded virus(BV)システムを利用することを考え、転移交差飽和(TCS)法を BV システムに適用する研究戦略をたてている。たてた研究戦略に基づき、各蛋白質の発現、NMR 測定の条件検討を行っている。

 大腸菌により大量調製された RANTES を用いて HSQC スペクトルの測定を行い、水溶液中でのRANTES 濃度・pH 依存的に単量体・二量体平衡が観測されることを明らかにしている。この情報に基づき、生体内の炎症部位の環境と類似した状態での RANTES-CCR5 間相互作用解析を行う条件を確立している。CCR5 発現 BV を用いた TCS 実験の結果、CCR5 との特異的な相互作用界面を決定している。同定された相互作用界面は、CXCR4 を発現した BV および強制発現蛋白質をコードしていない mock-BV では観測されておらず、このことから RANTES 上の CCR5 結合界面を同定したことを結論している。この相互作用界面は RANTES の二量体界面と重複すること、さらにRANTES が dimer として存在する実験条件であることから、CCR5 結合時に、dimer RANTES がmonomer に解離して結合していることを明らかにしている。

 第 4 章において、TCS 実験の結果得られた CCR5 相互作用界面から、RANTES の CCR5 結合様式を考察している。CCR5 が発現細胞上で dimer としてシグナル伝達を担うという仮説のもと、dimer 状態にある RANTES が CCR5 結合時に monomer となるメカニズムの生物学的な優位性について論じている。Dimer で存在している RANTES が monomer に解離して CCR5 と結合すると、dimer状態の CCR5 と同時に結合することが可能になり、シグナル伝達が誘起されるという仮説を提唱している。

 以上の考察から、生体内での RANTES-CCR5 間相互作用による炎症部位への白血球遊走メカニズムについてさらに考察を加えている。考察の背景として、非炎症部位において RANTES は強く会合した dimer を形成しているのに対し、炎症部位では pH 低下によって RANTES の会合は弱くなる事実を挙げている。このことから、炎症部位において弱く会合した RANTES が高濃度に存在するという環境においてのみ、白血球遊走シグナルが伝達されるとし、炎症部位特異的な白血球遊走メカニズムが発揮されると説明している。

 以上、本研究の成果は、膜蛋白質-リガンド間相互作用を構造生物学的に解析する新規手法を開発しただけでなく、CCR5 と RANTES の相互作用メカニズムの解明ならびに CCR5 を対象とする創薬に大きく貢献するものであり、本研究を行った学位申請者は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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