学位論文要旨



No 120425
著者(漢字) 平松,達史
著者(英字)
著者(カナ) ヒラマツ,タツフミ
標題(和) α-tocopherol輸送蛋白質(α-TTP)によるα-tocopherolの肝細胞内輸送機構の解析
標題(洋) Molecular mechanisms of α-tocopherol transfer protein(α-TTP)-dependent α-tocopherol transfer in hepatocytes
報告番号 120425
報告番号 甲20425
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1124号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 助教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 α-Tocopherol は脂溶性ビタミンの一つであるビタミン E の別名である。食餌に含まれるα-tocopherol は、小腸から吸収され、キロミクロンにのって肝臓へと取り込まれ、さらに肝臓から分泌される VLDL へと受け渡され、最終的に末梢の組織へと運ばれる(図 1)。α-tocopherol 輸送蛋白質(α-TTP)は、α-tocopherol を特異的に結合する蛋白質として、当教室において、精製・クローニングされた。この蛋白質は、主に肝臓に発現する分子量 30kDa の可溶性の蛋白質であり、体内のα-tocopherol 量を維持する重要な機能を担っている。特に、α-TTP はヒトの先天性ビタミン E 欠乏症の原因遺伝子であることが判明し、α-TTP の欠損が、重篤なビタミン E 欠乏症を招くことがわかった。

 これまでにα-TTP の生理的機能については比較的良く解析されていたが、実際に肝細胞において、細胞質に存在するα-TTP が、エンドサイトーシスにより取り込まれたキロミクロンから、どのようにα-tocopherol を受け取り、さらにそれをどのように VLDL へと受け渡しているかについては、殆ど明らかになっていない。私は肝細胞内で、α-TTP がどのような分子メカニズムでα-tocopherol を輸送しているかについて、ヒトの遺伝病で見つかった-アミノ酸変異を利用して解明することを試みた。本研究においては、特に R59W 変異型α-TTP において興味深い結果が得られた。

 正常人では、血中のα-tocopherol 濃度は、約 9μg/ml だが、486 番目の T が欠損してα-TTPをほとんど失うような変異を持つ患者の血中α-tocopherol 濃度は、0.3μg/ml 以下と非常に低かった(図 2)。一方、R59W 点変異の患者は-アミノ酸変異であるにも関わらず、α-tocopherol 濃度は、同様に非常に低かった(図2)。また、我々が日本で発見した H101Q 点変異の場合では、血中濃度はそれよりやや高い値を示した(図 2)。そこで、私は、R59W および H101Q 点変異が、α-TTP の機能に関してどのような影響を及ぼすか、さらに解析した。

【方法および結果】

1. In vitro での wild-type および変異型α-TTP の解析

 まず、α-TTP および変異型のリコンビナント蛋白質を作製して、その生化学的性質を in vitroで調べた。R59W および H101Q α-TTP は、wild-type のα-TTP と同様にリコンビナントがとれることが分かった。したがって、これらの-アミノ酸変異によっても、蛋白質の安定性が大きくそこなわれているのではないことが示唆された。

 次に、wild-type および変異型のα-TTP のα-tocopherol に対する結合能を検討した。方法は、放射標識したα-tocopherol とα-TTP を 37℃でインキュベーションした後、ゲル濾過カラムで分画し、各フラクションのα-TTP およびα-tocopherol の放射活性を調べた。その結果、void に溶出される放射活性に加えて、リコンビナントα-TTP が溶出される位置に、放射標識されたα-tocopherolが同時に溶出されてきた(図 3)。次に、H101Q α-TTP で同様の実験を行ったところ、蛋白質は分子量 30kDa の位置に溶出されるにも関わらず、この位置に溶出されるα-tocopherol のピークは非常に低くなっており、H101Q α-TTP は、α-tocopherol との結合能が著しく低下していることが示唆された(図 3)。一方、R59W α-TTP では、興味深いことに、wild-type とほぼ同様のα-tocopherol のピークが観察され、wild-type と R59W α-TTP ではα-tocopherol に対する結合能にほとんど差がないことが明らかとなった(図 3)。

2. Wild-type および変異型α-TTP の培養肝細胞レベルでの解析

 McARH7777 細胞に細胞外から放射標識したα-tocopheryl acetate を加えると、細胞内の非特異的エステラーゼにより細胞内にα-tocopherol が生成する。α-TTP はこのα-tocopherol を細胞外へ放出する。そこで、McARH7777 細胞に myc-tag をつけた wild-type および変異型のα-TTP を定常的に発現させ、細胞外に放出されるα-tocopherol を測定することによって細胞レベルでのα-TTP の機能を評価した。親株の McARH7777 細胞でもある程度α-tocopherol が細胞外へと放出されたが、そこに wild-type のα-TTPを導入することによってα-tocopherol の細胞外への放出が著しく促進された(図 4)。一方、H101Q およびR59W 変異型のα-TTP を導入した場合、蛋白質はほぼ同程度発現しているにも関わらず、放出の促進活性はほとんどみられなかった(図 4)。

3. ホスファチジルイノシトールリン酸(PIPs)とα-TTP

 最近、あるグループが PI(3,4)P2 を結合させた beads を用いて、PI(3,4)P2 とアフィニティーを持つ新しい蛋白質を網羅的に検索した。彼らは、その過程で、偶然にもα-TTP がこの beads に結合することを見出した。そこで、α-TTP と PI(3,4)P2 の beadsをインキュベーションすると、確かに結合がみられ、さらにこの結合はα-TTP とPI(3,4)P2 をプレインキュベーションすることで阻害されることがわかった(図5(a))。次に、R59W α-TTP がPI(3,4)P2 beads に結合できるかどうか、同様に検討したところ、驚いたことに、beads への結合が全くみられないことが明らかになった(図5(b))。

 次に私は、α-TTP の機能における PI(3,4)P2 の役割について、さらに解析を行った。In vitro で、α-TTP によるα-tocopherol の膜間の輸送能に対する PI(3,4)P2 の効果ついて検討した。Acceptor 側の liposome は PC 及び PE を加えて作製し、donor 側の liposome には、それらの他にlactosylceramide 及び基質となる放射標識されたα-tocopherol を加えた。これらにα-TTP を加え、一定時間 incubationした後、RCA-120 を加え、lactosylceramide を含む donor 側の liposome のみを特異的に沈殿させ、上清中の acceptor liposomeに移行したα-tocopherol 量を測定した。このアッセイ系を用いて acceptor あるいは donor 側のliposome に PI(3,4)P2 を加えた場合の、α-TTP によるα-tocopherol の輸送活性に対する影響を調べた。まず、PI(3,4)P2 を全く加えない場合、R59W α-TTPは wild-type α-TTP より輸送活性はむしろ高かった(図 6)。

 次に、donor 側に PI(3,4)P2 を加えた場合、wild-type のα-TTP でも R59W α-TTP でも変化は見られなかったが、acceptor 側に PI(3,4)P2 を加えた場合は、wild-type のα-TTPではα-tocopherol の輸送が促進されたのに対して、R59W α-TTP においては、α-tocopherol の輸送が逆に阻害されることが分かった(図 7)。次に、この促進効果に対する他の PIPs の特異性を検討した。七種類ある PIPs、PI および PS について輸送活性に対する影響を調べたところ、PI(3,4)P2 より PI(4,5)P2 の方が促進活性は高く、ほかに PI(4)P、PI(3,5)P2 にも促進活性があることが分かった。

【まとめと考察】

 R59W 変異型α-TTP が、肝細胞からα-tocopherol を放出する活性を示さないのは、この変異体が PIPs への結合能が無いことが原因であると考えられ、言い換えれば、肝細胞からのα-tocopherolの放出には、α-TTP と PIPs との相互作用が重要であることがはじめて示唆された。

 ところで、これまでの解析から、α-TTP による肝細胞からの α-tocopherol の放出は、VLDLの放出を阻害する brefeldin A という試薬では全く阻害されず、ABC トランスポーターの阻害剤である glyburide で有意に阻害されることが明らかになっている。これらのことから、肝細胞において、α-TTP は、分泌過程にある VLDL にα-tocopherol を受け渡しているのではなく、まず形質膜にα-tocopherol を輸送し、そこで何らかの ABC トランスポーターを介して細胞の外側でα-tocopherol を VLDL へと受け渡していることが示唆されていた(図 8)。

 本研究において、肝細胞からのα-TTP によるα-tocopherol の放出には PIPs の重要性が示された。また、in vitro でのα-tocopherol 輸送促進活性は PI(4,5)P2 が最も高かった。PIPs の中で定常状態の細胞においては PI(4,5)P2 が最も多く、そのほとんどが形質膜に存在している。私は、形質膜上に多く存在する PI(4,5)P2 に R59 を介してα-TTP が結合し、そこで、α-tocopherol を形質膜に受け渡し、続いて細胞膜上に存在する何らかの ABC transporter によってα-tocopherol を細胞外へと放出する、というメカニズムを考えている(図 8)。

(図1) α-TTPの生理的機能

(図2) 先天性ビタミンE欠乏症患者の血中α-tocopherol濃度

(図3) 変異型α-TTPのα-tocopherol結合能

(図4) 変異型α-TTP発現細胞のα-tocopherol放出

(図5) Wild-typeおよびR59Wα-TTPのPl(3,4)P2結合能

(図6) Wild-typeおよびR59W α-TTPのα-tocopherol輸送活性

(図7) Acceptor側のPI(3,4)P2を増加させるとα-TTPによるα-tocopherol輸送が増加するがR59Wα-TTPでは逆に減少する

(図8) 肝細胞内でのα-TTPによるα-tocopherol輸送

審査要旨 要旨を表示する

 α-Tocopherol は脂溶性ビタミンの一つであるビタミン E の別名である。食餌に含まれるα-tocopherol は、小腸から吸収され、キロミクロンにのって肝臓へと取り込まれ、さらに肝臓から分泌される VLDL へと受け渡され、最終的に末梢の組織へと運ばれる。α-tocopherol 輸送蛋白質(α-TTP)は、α-tocopherol を特異的に結合する蛋白質として、当教室において、精製・クローニングされた。この蛋白質は、主に肝臓に発現する分子量 30kDa の可溶性の蛋白質であり、体内のα-tocopherol 量を維持する重要な機能を担っている。特に、α-TTP はヒトの先天性ビタミンE 欠乏症の原因遺伝子であることが判明し、α-TTP の欠損が、重篤なビタミン E 欠乏症を招くことが明らかになっている。

 これまでにα-TTP の生理的機能については比較的良く解析されていたが、実際に肝細胞において、細胞質に存在するα-TTP が、エンドサイトーシスにより取り込まれたキロミクロンから、どのようにα-tocopherol を受け取り、さらにそれをどのように VLDL へと受け渡しているかについては、殆ど明らかになっていない。平松は肝細胞内で、α-TTP がどのような分子メカニズムでα-tocopherol を輸送しているかについて、ヒトの遺伝病で見つかった-アミノ酸変異を利用して解明することを試みた。

 正常人では、血中のα-tocopherol 濃度は、約 9μg/ml だが、486 番目の T が欠損してα-TTP をほとんど失うような変異を持つ患者の血中α-tocopherol 濃度は、0.3μg/ml 以下と非常に低かった。一方、R59W 点変異の患者は-アミノ酸変異であるにも関わらず、α-tocopherol 濃度は、同様に非常に低かった。また、日本で発見された H101Q 点変異の場合では、血中濃度はそれよりやや高い値を示した。平松は、R59W および H101Q 点変異が、α-TTP の機能に関してどのような影響を及ぼすか、さらに解析した。

 まず平松は、α-TTP および変異型のリコンビナント蛋白質を作製して、その生化学的性質を in vitro で調べた。R59W および H101Q α-TTP は、wild-type のα-TTP と同様にリコンビナントがとれることが明らかとなり、これらの-アミノ酸変異によっても、蛋白質の安定性が大きくそこなわれているのではないことが示唆された。

 次に平松は、wild-type および変異型のα-TTP のα-tocopherol に対する結合能を検討した。方法は、放射標識したα-tocopherol とα-TTP を 37℃ でインキュベーションした後、ゲル濾過カラムで分画し、各フラクションのα-TTP およびα-tocopherol の放射活性を調べた。その結果、void に溶出される放射活性に加えて、リコンビナントα-TTP が溶出される位置に、放射標識されたα-tocopherol が同時に溶出されてきた。次に、H101Q α-TTP で同様の実験を行ったところ、蛋白質は分子量 30kDa の位置に溶出されるにも関わらず、この位置に溶出されるα-tocopherol のピークは非常に低くなっており、H101Q α-TTP は、α-tocopherol との結合能が著しく低下していることが示唆された。一方、R59W α-TTP では、興味深いことに、wild-type とほぼ同様のα-tocopherol のピークが観察され、wild-type と R59W α-TTP ではα-tocopherol に対する結合能にほとんど差がないことが明らかになった。

 続いて、平松は培養肝細胞レベルで wild-type および変異型のα-TTP の解析を行った。McARH7777 細胞に細胞外から放射標識したα-tocopheryl acetate を加えると、細胞内の非特異的エステラーゼにより細胞内にα-tocopherol が生成する。α-TTP はこのα-tocopherol を細胞外へ放出する。そこで、McARH7777 細胞に wild-type および変異型のα-TTP を定常的に発現させ、細胞外に放出されるα-tocopherol を測定することによって細胞レベルでのα-TTP の機能を評価した。親株の McARH7777 細胞でもある程度α-tocopherol が細胞外へと放出されたが、そこにwild-type のα-TTP を導入することによってα-tocopherol の細胞外への放出が著しく促進された。一方、H101Q および R59W 変異型のα-TTP を導入した場合、蛋白質はほぼ同程度発現しているにも関わらず、放出の促進活性はほとんどみられなかった。

 R59W 変異体はα-tocopherol と結合できるにも関わらず、細胞からのα-tocopherol の放出を行えないことが分かった。そこで、平松は R59W 変異体がα-TTP のどのような機能に欠損があるのかさらに追求した。彼は、α-TTP と PI(3,4)P2 の beads が結合し、さらにこの結合がα-TTP とPI(3,4)P2 をプレインキュベーションすることで阻害されることを示した。次に、R59W α-TTPが PI(3,4)P2 beadsに結合できるかどうか、同様に検討し、beads への結合が全くみられないことを明らかにした。

 次に平松は、α-TTP の機能における PI(3,4)P2 の役割について、さらに解析を行った。In vitro で、α-TTP によるα-tocopherol の膜間の輸送能に対する PI(3,4)P2 の効果ついて検討した。Acceptor側の liposome は PC 及び PE を加えて作製し、donor 側の liposome には、それらの他にlactosylceramide 及び基質となる放射標識されたα-tocopherol を加えた。これらにα-TTP を加え、一定時間 incubation した後、RCA-120 を加え、lactosylceramide を含む donor 側の liposome のみを特異的に沈殿させ、上清中の acceptor liposome に移行したα-tocopherol 量を測定した。このアッセイ系を用いて acceptor あるいは donor 側の liposome に PI(3,4)P2 を加えた場合の、α-TTP によるα-tocopherol の輸送活性に対する影響を調べた。まず、PI(3,4)P2 を全く加えない場合、R59W α-TTP は wild-type α-TTP より輸送活性はむしろ高かった。次に、donor 側に PI(3,4)P2 を加えた場合、wild-type のα-TTP でも R59W α-TTP でも変化は見られなかったが、acceptor 側に PI(3,4)P2 を加えた場合は、wild-type のα-TTP ではα-tocopherol の輸送が促進されたのに対して、R59W α-TTP においては、α-tocopherol の輸送が逆に阻害されることが分かった。そこで、この促進効果に対する他の PIPs の特異性を検討した。七種類ある PIPs、PI および PS について輸送活性に対する影響を調べたところ、PI(3,4)P2 より PI(4,5)P2 の方が促進活性が高く、ほかに PI(4)P、PI(3,5)P2 にも促進活性があることが分かった。

 平松の研究によって、R59W 変異型α-TTP が、肝細胞からα-tocopherol を放出する活性を示さないのは、この変異体が PIPs(ホスファチジルイノシトールリン酸)への結合能が無いことが原因であることが示され、言い換えれば、肝細胞からのα-tocopherol の放出には、α-TTP と PIPs との相互作用が重要であることが示唆された。

 これまでの解析から、α-TTP による肝細胞からのα-tocopherol の放出は、VLDL の放出を阻害する brefeldin A という試薬では全く阻害されず、ABC トランスポーターの阻害剤である glyburideで有意に阻害されることが明らかになっている。これらのことから、肝細胞において、α-TTP は、分泌過程にある VLDL にα-tocopherol を受け渡しているのではなく、まず形質膜にα-tocopherolを輸送し、そこで何らかの ABC トランスポーターを介して細胞の外側でα-tocopherol を VLDLへと受け渡していることが示唆されていた。

 平松は、肝細胞からのα-TTP によるα-tocopherol の放出における PIPs の重要性を明らかにし in vitro でのα-tocopherol 輸送促進活性は PI(4,5)P2 が最も高いことを示した。PIPs の中で定常状態の細胞においては PI(4,5)P2 が最も多く、そのほとんどが形質膜に存在している。平松は彼の研究によって、形質膜上に多く存在する PI(4,5)P2 に R59 を介してα-TTP が結合し、そこで、α-tocopherol を形質膜に受け渡し、続いて細胞膜上に存在する何らかの ABC transporter によってα-tocopherol を細胞外へと放出する、全く新しいメカニズムを示唆することに成功した。

 従って、平松達史は審査の結果、博士(薬学)の学位を授与できると認める。

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