学位論文要旨



No 120426
著者(漢字) 藤岡,宏樹
著者(英字)
著者(カナ) フジオカ,コウキ
標題(和) マクロファージガラクトース型C型レクチン(MGL/CD301)の細胞内ドメインのSNPによるエボラウイルス感染に対する感受性の違い
標題(洋)
報告番号 120426
報告番号 甲20426
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1125号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 助教授 東,伸昭
 東京大学 講師 楠原,洋之
内容要旨 要旨を表示する

第1章 背景と目的

 免疫初期過程において,糖鎖と糖鎖認識分子は,細胞間の認識,免疫細胞の移動と分布の調節,外来抗原の取り込みなどに重要な役割を果たしている。マクロファージガラクトース C 型レクチン(MGL/CD301)は,カルシウム依存的結合を示す糖鎖認識分子であり,未成熟マクロファージ,マクロファージ,及び未成熟樹状細胞に発現している。ヒトにおける MGL(hMGL)は,単糖ではgalactose や N-acetylgalactosamine に特異性をもち,hMGL は腫瘍糖鎖抗原である Tn 抗原を認識すること(Suzuki, N. 1996),未成熟樹状細胞は hMGL を介して O-結合型糖鎖を豊富にもつムチン様分子を認識し取り込むことが知られている(Higashi, N. 2002)。

 ムチン様分子を発現する病原体として,フィロウイルスがある。フィロウイルスは出血熱を起こす致死率の高いウイルスであり,治療法が確立していない。フィロウイルスに属するウイルスとして,エボラウイルス,Murburg ウイルスがあり,エボラウイルスには,Zaire, Sudan, Ivory Coast, 及びRestonの亜種がある。エボラウイルスの感染は単球,マクロファージ,樹状細胞などを第一標的にすると考えられている(Mahanty, S. 2004)。表面タンパク上のムチン様分子を欠くエボラウイルスは感染力が低下することから,ムチン様分子と相互作用を示す分子は感染に関与すると考えられた(Yang, Z.2000)。

 これらのことから,エボラウイルスの感染に hMGL が関与している可能性を考え,それを明らかにし,予防・治療法の開発に役立てていくことを目標として本研究を行なった。

第2章 マクロファージガラクトース型 C 型レクチン(MGL/CD301)はエボラウイルスの感染を促進する

【目的】

 hMGLを発現するhMGL(Arg35)トランスフェクタント細胞クローンを作製し,hMGLがフィロウイルスの感染を促進するか,ムチン様領域と相互作用を起こし感染が起きるか,さらに抗hMGL抗体によって、感染を阻害できるかを明らかにし,フィロウイルス感染の予防や治療に役立てることを目的とした。

【方法と結果】

hMGL 発現細胞クローンの作製

 hMGL がエボラウイルスのエントリーサイトとしての働きをしているかを明らかにするため,恒常的にhMGL を発現する K562 トランスフェクタントを作製しクローン化した。そのクローンの中で,抗 MGL 抗体mAb MLD-1 の結合性をもとに,hMGL の発現量の異なる CR4-4(低発現細胞クローン)と CR4-10(中発現細胞クローン)を選択した。

擬似ウイルスの感染

 感染実験に用いる擬似ウイルスとして,外郭タンパク(VP40及びGlycoprotein: GP)はエボラウイルスであるが内部の遺伝子をブタ水疱性口内炎ウイルス(Vesicular stomatitis virus: VSV)のGタンパクを除く部位で構成されたウイルスを用いた(VSV ΔG*-Ebola GP) 。

 Zaire 型擬似ウイルス VSV ΔG*-Zaire GP の感染は hMGL 発現細胞クローン CR4-4, CR4-10 で検出され,その感染価は hMGL の発現の高い CR4-10で高かった(図 1.)。

エボラウイルスムチン様領域との相互作用

 ムチン様領域を欠くVSV ΔG*-Zaire GP Δmucの感染はCR4-4, 4-10ともに成立した。その感染価はCR4-10の方が高く,VSV ΔG*-Zaire GPの感染価に比べ1/4以下になった(図1.)。

hMGLを介した感染であることの確認

 これらhMGL発現細胞クローンの感染がhMGLを介したものであることを確かめるために,ブロッキング抗体mAb MLD-1を用いて感染を阻害する実験を行なった。mAb MLD-1は,ウイルスと共培養を始める30分前に加えた。mAb MLD-1を加えることによって感染価が低下したこと,及びVSV ΔG*-VSV Gの感染には影響を与えなかったことから,擬似ウイルスVSV ΔG*-Zaire GPの感染には,hMGLの発現が関与していることが示された(図2)。

hMGLを介したフィロウイルスの感染

 他のフィロウイルスの感染もhMGLを介しているかを明らかにするため,フィロウイルスを用いて同様の検討を行なった。どのウイルスでもCR4-10で感染が成立しており,とりわけZaire, Sudan, Ivory Coastで感染価が高く,RestonやMarburgウイルスに比べ,著しく感染価が上昇した(P<0.05)(図3)。

第3章 マクロファージガラクトース型 C 型レクチン(MGL/CD301)の細胞内ドメインの SNP によるエボラウイルス感染に対する感受性の違い

【目的】

 hMGL の SNP は現在までに 5 箇所報告されており,そのうち第 35 番アミノ酸に関わる SNP(JSNP ID: IMS-JST119213)は Arg/Cys のアミノ酸変異を伴うことが知られている。SNP によって機能に違いを与えている可能性が考え,本実験を行なった。このため,第 35 番アミノ酸が Arg/Cys であるhMGL を導入したヒト白血病細胞株 K562 細胞のクローンを作製し,ムチン様分子の結合や取り込みの差異を検討した。また,エボラウイルスの感染が SNP によって異なる可能性を考え,それぞれのクローンに対する,エボラ擬似ウイルス感染の検討を行なった。

【方法と結果】

Arg35及びCys35-hMGL発現細胞クローンの作製

 前章で作製したArg35-hMGLを発現するトランスフェクタント細胞に加え,Cys35-hMGLを発現するK562トランスフェクタントを作製した。クローン化を行ない,Cys35-hMGL発現細胞クローンを15種類取得した。それらのクローンの中で,抗hMGL抗体 mAb MLD-1結合性の同様なクローンを,Arg35-hMGL及びCys35-hMGLを発現するクローンからそれぞれ選択した(それぞれ,KC9: Arg35-1, 4T-15: Cys35-1)。

ムチン様分子・ウイルス様粒子の結合及び取り込み

 前章で hMGL 発現細胞クローンに対して,ムチン様領域を欠く擬似ウイルスの感染価が大きく低下したことから,hMGL がムチン様領域に結合し,取り込まれることが感染を引き起こす原因になることが示唆された。このため,ムチン様分子やウイルス様粒子が Arg35-hMGL 及び Cys35-hMGL と結合し,取り込まれるかどうかを明らかにするために,ムチン様分子のモデルとしてポリアクリルアミドにα-N-acetylgalactosamine(GalNAc)が複数個結合したポリマー(α-GalNAc-PAA)を,ウイルス様粒子はウイルス様外郭タンパクに GFP が組み込まれたものを用いて,結合及び取り込みの測定を行なった。結合量及び取り込み量ともに,Arg35-1 細胞に比べ Cys35-1 細胞の方が高かった。

擬似ウイルスの感染

 SNP の違いによって見られた,ムチン様分子やウイルス様粒子の結合や取り込みの差が,エボラウイルスの感染に影響を与えるかどうかを明らかにするため,擬似ウイルスを用いて感染実験を行なった。

 擬似ウイルス VSV ΔG*-Zaire GP の感染は,どちらの細胞クローンでも見られ,Cys35-1 細胞の方がArg35-1 細胞より感染価が高くなった。Mock 細胞における感染は,ほとんど見られなかった(細胞 10000個に対し 1〜5 個)。また,VSV ΔG*-Zaire GP に比べ,VSV ΔG*-Zaire GPΔmuc の感染はほとんど見られず,VSV ΔG*-Reston GP の感染価は低かった。また,どの擬似ウイルスに対しても mAb MLD-1 によって,その感染は阻害された(図4)。

第4章 総括

 本研究によって,

1. エボラウイルスの感染が 4 亜種全てに対し,hMGL を介して起こること

2. hMGL を介した感染の大部分は,エボラウイルスのムチン様領域と相互作用によって成立すること

3. SNP による 35 番アミノ酸の変異によって,ムチン様分子及びウイルス様粒子の結合や取り込みに影響を与え,Arg 型を発現した細胞に比べ,Cys 型の hMGL を発現した細胞で多くなること

4. Arg 型を発現した細胞に比べ,Cys 型の hMGL を発現する細胞でエボラウイルスの感染が高くなること

5. エボラウイルスの感染は,抗 hMGL 抗体 mAb MLD-1 によって阻害できること

 を示した。

 エボラウイルスの治療法は確立しておらず,hMGL を介した感染を明らかにしたこと,SNP による感染性の違いを示唆したこと,抗 hMGL 抗体によって感染が阻害できることなど,本研究で得られた知見は大変重要であると考えられる。

図1. 各トランスフェクタント細胞クローンに対するZaire型擬似ウイルスの感染

図2. Zaire型擬似ウイルスの感染と抗MGL抗体による感染阻害

図3. フィロウイルスの感染

図4. 各トランスフェクタント細胞クローンに対するZaire型擬似ウイルスの感染

審査要旨 要旨を表示する

 マクロファージガラクトース型 C 型レクチン(MGL/CD301)の細胞内ドメインの SNP によるエボラウイルス感染に対する感受性の違い、と題する本研究は、高等動物の細胞表面に発現する糖鎖認識分子(レクチン)の内で、カルシウムイオンに依存的ないわゆる C 型レクチンの一つである MGL(ClecSF14、Clec10A、CD301 などとも呼ばれる)の構造と機能に関する研究であるが、特に感染性ウイルスの細胞への侵入に介在するという役割に注目している。この分子の遺伝的な多型、すなわち35番目のアミノ酸が Arg か Cys かによって感染に対する感受性が異なるという、極めて重要な結論が導かれている。

 全体は4つの章から成り第 1 章では背景と目的が述べられ、第2章ではヒト Arg35-MGL を強制発現させたヒト前赤芽球白血病細胞において MGL 依存的にエボラウイルスの感染が起こることが述べられ、第3章では、Cys35-MGL と Arg35-MGL とを発現した細胞の比較が、ムチン様糖蛋白質及びウイルス様粒子の結合、取り込み、更にウイルス感染という観点から解析されている。第4章はまとめと総括である。

 第 1 章においては、糖鎖を多数含むムチン様分子で表面がおおわれているウイルスとして、エボラウイルスを含むフィロウイルスが良く知られていること、フィロウイルスは出血熱を起こす致死率の高いウイルスであり治療法が確立していないこと、これらのウイルスが感染するのはマクロファージや樹状細胞なであることなどが述べられている。ウイルス表面の蛋白質に見られるムチン様分子を欠くエボラウイルスは感染力が低下することから、ムチン様分子が感染に必須であり、これと相互作用を示す分子は感染に関与すると考えられた。これらのことから,本研究はエボラウイルスの感染にレクチンである MGL が関与し、その遺伝的多型が感染に対する感受性を規定している可能性を追求していることが述べられている。メカニズムの解明はウイルス感染に対する予防・治療法の開発に役立つことが明解に説明されている。

 第2章ではマクロファージガラクトース型 C 型レクチン(MGL/CD301)がエボラウイルス感染に直接関与することが述べられている。ヒト MGL(Arg35-MGL)を発現するトランスフェクタント細胞クローンを作製して行った実験の結果である。MGL はウイルスの感染を促進すること、これはウイルス表面糖蛋白質のムチン様領域と MGL との相互作用によること、さらに抗ヒト MGL 抗体によって感染が阻害されること、等が見出されたことが述べられている。感染実験に用いる擬似ウイルスとしては、外郭蛋白質はエボラウイルスであるが内部の遺伝子をブタ水疱性口内炎ウイルスであるものを用いた。異なるフィロウイルスの外郭蛋白質を用いると、臨床的に知られている元のウイルスの感染性と疑似ウイルスの MGL トランスフェクタント細胞に対する感染性に相関が見られたとの結果が示されている。

 第3章では、MGL/CD301の35番目のアミノ酸に相当するSNPによるエボラウイルス感染に対する感受性の違いに関する研究成果が述べられている。先ず、Arg35-MGL及びCys35-MGL発現細胞クローンの作製が複数個準備された。抗ヒトMGL抗体で検出されるMGLの発現レベルがそれぞれ同一な高発現細胞と中発現細胞が得られた。ムチン様分子と結合及び取り込み実験、次にウイルス様粒子の結合及び取り込み実験、さらに擬似ウイルスの感染実験からが行われた。ムチン様分子のモデルとして用いられたポリアクリルアミドにα-N-acetylgalactosamine(GalNAc)が複数個結合したポリマー(α-GalNAc-PAA)の結合と取込み量は、Arg35-MGL高発現細胞に比べCys35-MGL高発現細胞の方が高かった。さらに、擬似ウイルスの感染実験から、抗体によって検出されるMGLの量が同じ場合、Cys35-MGL高発現細胞の方がArg35-MGL高発現細胞より感染価が高かった。モックトランスフェクタント細胞における感染はほとんど見られなかった。擬似ウイルスの感染に対して抗MGL抗体 (mAb MLD-1) はウイルスの種類によらず阻害効果を示した。従って、MGL分子内の特定のアミノ酸が感染効率に影響することを明かにすることに成功し、ウイルス感染に対する感受性がレセプター分子の遺伝的な多型によって決まるという、重要な発見が記述されている。

 第4章はまとめであり、1. エボラウイルスの感染が4亜種全てに対し,MGL を介して起こること、2.MGL を介した感染の大部分は、エボラウイルスのムチン様領域と相互作用によって成立すること、3. SNP による 35 番アミノ酸の変異によって、ムチン様分子及びウイルス様粒子の結合や取り込みに影響を与え,Arg 型の MGL を発現した細胞に比べ,Cys 型の MGL を発現した細胞で多くなること、4. Arg 型の MGL を発現した細胞に比べ,Cys 型のMGL を発現した細胞でエボラウイルスの感染が高くなること。5. エボラウイルスの感染は,抗ヒトMGL 抗体 (mAb MLD-1) によって阻害できること、などが明かとなったことが述べられている。エボラウイルスの治療法は確立しておらず,MGL を介した感染を明らかにしたこと,SNP による感染性の違いを示唆したこと,抗体によって感染が阻害できること、などの本研究で得られた知見は大変重要であると考えられる。

 以上のように本研究は感染生物学及び糖鎖生物学の領域において価値の高い研究成果である。よって、本研究を行なった藤岡宏樹は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

UTokyo Repositoryリンク