学位論文要旨



No 120428
著者(漢字) 船越,祐司
著者(英字)
著者(カナ) フナコシ,ユウジ
標題(和) 翻訳終結と共役したmRNA分解制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 120428
報告番号 甲20428
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1127号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 久保,健雄
 東京大学 講師 黒川,健児
 東京大学 講師 楠原,洋之
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 生物においてmRNAは蛋白質合成の鋳型として機能し、一定の翻訳を終え必要量の蛋白質を合成したのちには分解される。しかしながら、翻訳を終えたmRNAが何をきっかけに分解されるのか、その分子機構については不明であった。

真核生物のmRNA分解は、通常3'末端のpoly(A)鎖の短縮化を開始段階として進行し、この段階が律速となっている。先に当研究室では、翻訳終結因子eRF3がそのN末端領域を介して、poly(A)鎖を覆っているPab1(poly(A)-binding protein)と相互作用することで、poly(A)鎖短縮化過程においてmRNA分解を制御していることを見出した。すなわち、eRF3を介した翻訳終結がmRNA分解の引き金となっていることを明らかにした(Fig.1)。

 一方、上記のような正常なmRNAの分解の他に、生体には異常なmRNAを積極的に除去するmRNA監視機構が存在する(Fig. 2)。mRNA上の翻訳領域の途中にナンセンス変異などに由来する終止コドン(Premature Termination Codon : PTC)が挿入されたmRNAは急速に分解されることが知られており、Nonsense-mediated mRNA decay(NMD)と呼ばれている。これにより、C末端側が欠損した異常なタンパク質が合成されるのを防いでいる。また、最近新たなmRNA監視機構として、終止コドンの存在しないmRNAを特異的に急速に分解する経路Non-stop mRNAdecayも報告された。そして、両分解経路とも翻訳過程が必要であること、つまり、翻訳されることで異常と認識され、急速に分解されることが示されている。

 このように、通常のmRNA分解、mRNA監視機構ともに翻訳と密接に関連しており、その分解の鍵となっているのは終止コドンである。そこで私は、mRNA分解制御機構を理解する上で、翻訳終結反応との関係を詳細に記述することが重要と考え、1)翻訳終結と共役したpoly(A)鎖分解機構において、これまで不明であった、poly(A)鎖分解の実体である脱アデニル化酵素とeRF3との関係、2)2つのmRNA監視機構におけるeRF3の関与について、真核生物のモデル系である出芽酵母を用いて解析を行った。

【結果】

1. 翻訳終結と共役したpoly(A)鎖分解機構:脱アデニル化酵素の同定とeRF3との関係

 出芽酵母には2種の脱アデニル化酵素が存在する。Pan2とPan3からなるPAN複合体とCcr4-Caf1複合体である。両酵素を欠損する株ではpoly(A)鎖が全く分解されないことから、出芽酵母においてpoly(A)鎖分解を担っているのはこの2つであると考えられる。これらの酵素とeRF3、Pab1との関係を調べるために、eRF3とPab1との結合を阻害しその機能を阻害するeRF3のN末端領域過剰発現株、それぞれの酵素の触媒サブユニットであるPan2およびCcr4の破壊株を作製し、poly(A)鎖の分解について解析した。

1-1) Pan2破壊株、eRF3 N末過剰発現株では通常よりも長い

 poly(A)鎖が蓄積しているpoly(A)鎖分解における各因子の関係を調べるため、まず、上記の各変異株の定常状態におけるpoly(A)鎖の解析を行った(Fig. 3)。酵母より調製したtotal RNAのpoly(A)鎖の長さの分布を、polyacrylamide gelにより分離し解析した結果、pan2破壊株、eRF3 N末過剰発現株ではpoly(A)鎖分解の異常によると思われる長いpoly(A)鎖の蓄積が観察された。一方、ccr4破壊株では、短い部分が分解されないことによる短いpoly(A)鎖が消失し、Pan2破壊株とは表現型が異なっていた。さらに、pan2破壊株、ccr4破壊株にeRF3のN末端領域を過剰発現した場合には、pan2破壊株では表現型の顕著な亢進は認められず、一方のccr4破壊株ではccr4欠損とeRF3 N末過剰発現の両方に起因するような表現型を示した。この結果は、eRF3が主にPAN複合体に作用していることを示している。

1-2) Ccr4破壊株、eRF3 N末過剰発現株ではpoly(A)鎖の分解が抑制されている

 次に、転写停止後のMFA2のpoly(A)鎖の経時変化を追うことで、実際にpoly(A)鎖分解の速度を比較した(Fig. 4)。その結果、eRF3 N末過剰発現株、ccr4破壊株において、野生株と比較しpoly(A)鎖の分解が抑制されているのが観察された。しかしながら、pan2破壊株では、定常状態においてpoly(A)鎖に異常がみられたにもかかわらず、野生株と比較してpoly(A)鎖の分解速度に顕著な差は認められなかった。このPan2破壊株に対し、eRF3のN末を過剰発現させたところ、poly(A)鎖分解の抑制がみられた。これは、eRF3のN末過剰発現によって、もう一方の脱アデニル化酵素Ccr4-Caf1が阻害されたためと考えられる。

 以上の結果より、poly(A)鎖分解の律速となっているのはCcr4-Caf1による分解過程であること、および、eRF3がpoly(A)鎖分解過程においてPan2、Ccr4の両方を制御していることが明らかとなった。また、両変異株の表現型から、poly(A)鎖分解においてPAN複合体はpoly(A)鎖分解の初期段階を、Ccr4-Caf1はそれ以降の分解を主に担っていることが推測される。

1-3) eRF3はPan3、Caf1と複合体を形成する

 上記のように、eRF3はPAN複合体、Ccr4-Caf1の両方を制御していることが示されたことから、これらの因子の分子的な関係を明らかにするため、両酵素とeRF3との物理的な相互作用について検討した。内在のeRF3にMyc-tagを付加した酵母株にFlag-Pan3、あるいはFlag-Caf1を発現させた株において抗Flag抗体により免疫沈降を行ったところ、Pan3、Caf1ともにeRF3との間に相互作用が認められた(Fig. 5)。さらに、これらの株においてeRF3のN末端領域を過剰発現させたところ、Pan3およびCaf1とeRF3との結合が阻害されていた。すなわち、eRF3はそのN末端領域を介してPan3、Caf1と相互作用していると考えられる。これらの結果より、eRF3はそのN末端領域を介して両酵素と複合体を形成することでpoly(A)鎖分解を制御していることが示された。

2. mRNA監視機構におけるeRF3の関与の検討

2-1) NMDにおいてもeRF3のN末端領域を介したmRNA分解機構が機能している

 NMDでは、以前より知られていたpoly(A)鎖分解非依存のdecappingによる5'→3'方向の分解促進に加え、最近、poly(A)鎖分解の促進とそれに続く3'→5'方向の分解が促進poly(A)鎖分解が阻害されているしていることが示されている。このことから、通常のmRNA分解同様、PTCからpoly(A)鎖分解をつなぐ機構の存在が示唆される。しかしながら、NMDにおけるeRF3の関与は不明である。そこで、私は3'→5'方向のNMDにおけるeRF3の関与を検討した。そのために、eRF3の温度感受性変異株であるgst1株において5'→3'方向のエキソヌクレアーゼであるXrn1を破壊した株を作製し、PTCの入ったPGK1のmRNA動態について解析を行った(Fig. 6)。その結果、eRF3の野生型を導入した株と比較して、vectorのみ、またはeRF3のN末端領域を欠損した変異体を導入した株では、PTCの入ったmRNA分解が抑制されており、NMDに異常が認められた。この結果より、NMDにおいてもeRF3のN末端領域を介したmRNA分解機構が機能していることが示唆された。

2-2) Non-stop decayにはeRF3は関与しない。

 次に、翻訳依存でありながら、通常の終結反応のおこらないNon-stop decayへのeRF3の関与を検討するために、終止コドンの存在しないLuciferase mRNAの発現ベクターを作製し、出芽酵母に導入し、そのmRNA動態を解析した(Fig. 7)。Non-stop decayに関与することが知られているski7の破壊株では野生株と比較して、Non-stop RNAの分解が抑制されていた。しかしながら、gst1株ではこのような分解の抑制は観察されず、野生株と同様に分解されていた。この結果より、eRF3を介したmRNA分解はnon-stop decayには関与しないことが明らかとなった。すなわち、eRF3によるmRNA分解には終止コドン及び翻訳終結反応が必要と考えられた。

【まとめ】

本研究から、翻訳終結と共役したpoly(A)鎖の分解において、eRF3はPAN複合体とCcr4-Caf1の両者を制御することが明らかにされた。また、各種変異株を用いた表現型の解析から、eRF3は翻訳終結と共役して、まずPAN複合体を活性化して始めの十数塩基を分解し、その後Ccr4-Caf1を介してさらにpoly(A)鎖の分解を制御すると考えられた。また、NMDにおいてもeRF3によって制御される分解機構が存在すること、その一方で終止コドンの存在しないNon-stop decayにはeRF3は関与しないことを明らかにし、mRNA分解の鍵となっている終止コドンを介したmRNA分解においてeRF3が機能することを明らかにした。

Fig.1 翻訳終結と共役したmRNA分解

"NMD(Nonsense-mediated mRNA decay)"

"Non-Stop decay"

Fig. 2 mRNA監視機構

Fig. 3 定常状態におけるpoly(A)鎖の解析

Fig. 4 ccr4Δ,eRF3 N過剰発現株においてpoly(A)鎖分解が阻害されている

Fig. 5 eRF3はPan3,Caf1と結合する

Fig. 6 eRF3のNMDへの関与

Fig. 7 eRF3はNon-stop decayに関与しない

審査要旨 要旨を表示する

 生物において蛋白質合成の鋳型として機能するmRNAは、一定の翻訳を終えると速やかに分解される。このような翻訳とmRNA分解の共役は蛋白質を過不足なく合成する上で合理的であり、そのメカニズムを解明することは、遺伝子発現の調節機構を理解する上で重要である。G蛋白質eRF3は翻訳において終結反応を仲介するが、さらに、そのN末端領域を介してpoly(A)鎖に結合するpoly(A)結合蛋白質PABPに結合し、mRNA分解の律速段階であるpoly(A)鎖分解を制御している。このような正常なmRNA分解の機構に加えて、異常なmRNAを積極的に除去する監視機構に、翻訳領域中にナンセンス変異等による終止コドン(PTC)が挿入したmRNAを急速に分解するNMD(Nonsense-mediated mRNA decay)と、終止コドンの存在しないmRNAを急速に分解するNon-stop decayが存在する。「翻訳終結反応と共役したmRNA分解制御機構の解析」と題した本論文では、eRF3とpoly(A)鎖分解の実体である脱アデニル化酵素との関連について出芽酵母を用いて解析し、これまで不明であった翻訳終結とpoly(A)鎖分解を結ぶ分子機構を明らかにしている。また、mRNA監視機構と通常のmRNA分解との対比から、eRF3によるmRNA分解における終止コドンの役割について考察している。

1. eRF3が制御する脱アデニル化酵素の同定

 出芽酵母には、2種の脱アデニル化酵素、Pan2-Pan3(PAN)複合体とCcr4-Caf1複合体が存在する。翻訳終結と共役したpoly(A)鎖分解機構におけるeRF3と両酵素との関係を調べるために、eRF3とPABPとの結合を阻害しその機能を阻害するeRF3のN末端領域の過剰発現株、pan2の破壊株、ccr4の破壊株を作製した。まず、定常状態におけるpoly(A)鎖の比較を行ったところ、pan2破壊株、eRF3 N末過剰発現株では、通常よりも長いpoly(A)鎖の蓄積がみられ、両者はよく似た表現型を示した。一方、ccr4破壊株はこれらとは明らかに異なる表現型を示した。この結果は、eRF3が主にPAN複合体に作用していることを示している。

 次に、poly(A)鎖分解の速度について解析を行った。その結果、野生株と比較してeRF3 N末過剰発現株とccr4破壊株において、poly(A)鎖の分解が抑制されていた。しかしながら、pan2破壊株では、定常状態においてpoly(A)鎖に異常がみられたにもかかわらず、野生株と比較してpoly(A)鎖の分解速度に顕著な差は認められなかった。このPan2破壊株に対し、eRF3のN末を過剰発現させたところ、poly(A)鎖分解の抑制がみられた。これは、eRF3のN末過剰発現によって、もう一方の脱アデニル化酵素Ccr4-Caf1が阻害されたためと考えられる。以上の解析から、eRF3はPan2-Pan複合体とCcr4-Caf1複合体の両者を制御していることが明らかとなった。

2. mRNA監視機構へのeRF3の関与の検討

 NMD及びNon-stopdecayは、ともに通常のmRNA分解とは独立した経路で急速にmRNAを分解するが、翻訳と密接に関連しており、また、終止コドンが分解の鍵となる点では共通している。そこで、両分解経路へのeRF3の関与を検討した。NMDでは、以前より知られていたpoly(A)鎖分解非依存の5'→3'方向の分解促進に加え、最近、poly(A)鎖分解の促進とそれに続く3'→5'方向の分解が促進していることが示されている。このことから、通常のmRNA分解同様、PTCからpoly(A)鎖分解をつなぐ機構の存在が示唆される。そこで、5'→3'方向の分解を停止した酵母株を用いることで、3'→5'方向のNMDへのeRF3の関与を検討した。その結果、eRF3のN末端領域の変異体では、PTCをもつmRNAの分解が抑制されていた。これは3'→5'方向のNMDにもeRF3のN末端領域が関与することを示しており、NMDにおいてもeRF3を介したmRNA分解機構が機能していることが示唆された。次に、Non-stop decayにおけるeRF3の関与を検討した。終止コドンの存在しないLuciferase mRNA発現ベクターを作製し、eRF3の温度感受性変異株に導入しそのmRNA分解を解析した。その結果、この酵母株ではNon-stop decayに異常は認められなかった。これより、eRF3を介したmRNA分解はNon-stop decayには関与しないことが示された。

 以上より、eRF3は通常のmRNAにおける終止コドン、および、NMDにおける異常な終止コドンのいずれにおいても、終結反応とmRNA分解を共役させる因子として機能し、一方で、終止コドンの存在しないmRNA分解には関与せず、eRF3は終止コドンに起因するmRNA分解において機能することが明らかとなった。

 本研究は、eRF3が、機能的に異なる2種の脱アデニル化酵素、Pan2-Pan3(PAN)複合体とCcr4-Caf1複合体を制御していることを明らかにし、翻訳終結とpoly(A)鎖分解を結ぶ分子機構を提唱している。また、mRNA監視機構の解析から、eRF3は終止コドンに起因するmRNAの分解において機能することを明らかにしている。これらの研究成果は、翻訳終結とmRNA分解の共役という新たな遺伝子発現調節機構の解明に重要な知見を提供しており、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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