No | 120429 | |
著者(漢字) | 前沼,圭佐 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | マエヌマ,ケイスケ | |
標題(和) | Maackia amurensis hemagglutininを鋳型とした人工レクチンの作製と細胞の分別・同定への応用 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 120429 | |
報告番号 | 甲20429 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1128号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 機能薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | [序] レクチンは糖鎖を特異的に検出できる有用なプローブであり、特に植物レクチンは、その利便性から基礎研究および臨床研究において広く利用されてきた。しかし糖鎖側の多様性と比較して、利用できる天然由来レクチンの種類は限られている。天然由来レクチンでは検出できない糖鎖も含めた解析を行うためには、天然由来レクチンに変異を導入した人工レクチンの利用が考えられるが、実際に糖鎖解析ツールとして利用できる人工レクチンはほとんど獲得できておらず、その有用性が示された例はなかった。そこで本研究では次の3つの研究を行った。まず初めに、レクチンの糖鎖認識部位に遺伝子工学的改変を加えることで新規人工レクチンの作製を行い、多様な糖認識特異性と高い結合性を兼ね備えた有用な人工レクチンの獲得に成功した。次に、このように作製した人工レクチンの利便性を向上させることを目的に、人為的に人工レクチンを二量体化させることに取り組んだ。最後に、作製した人工レクチンを用いた実際の応用例として、複数の人工レクチンを利用した細胞のグループ分けが可能であることを証明した。 1. 新規人工レクチンの作製とその解析 当研究室では、マメ科レクチンの1種であるMaackia amurensis hemagglutinin(MAH)を鋳型にした人工レクチンライブラリーを作製し、有用な人工レクチンの獲得を試みてきた。例えば、MAHの糖鎖認識部位を形成するループCの糖鎖認識部位の6アミノ酸を改変し、ヒト赤血球に対するパニングにより選別されたヒト赤血球結合性人工レクチンは、糖認識特異性は限られるものの高い結合性を有しており、比較的有用な人工レクチンであった。しかしその他に獲得された人工レクチンは総じて結合性が低く、実用に耐えうる有用な人工レクチンは限られていた。そこで私は今までとは異なる新たな改変方法を採用することで、有用な人工レクチンを多数作製することにした。 [結果]先に述べたヒト赤血球結合性人工レクチンは、実際はすべてループCの2アミノ酸(131Gly、133Ser)のみが改変されていた。そこで私は、この2アミノ酸のみをランダムに改変することで、結合性が高く多様な糖鎖認識特異性を有する人工レクチンが多数獲得できるものと考えた。今回、site-directed mutagenesis PCR法により、2アミノ酸をランダムに改変した人工レクチンを新たに25種類作製し(clone 1-25,Table.1)、先の赤血球結合性人工レクチン10種類(clone 26-35)と合わせた計35種類の人工レクチンを、FLAGタグを付加した形で大腸菌発現用ベクターに組み込み、以下の実験に利用した。 作製した35種類の人工レクチンについて、種々の糖鎖プローブ(ビオチンと糖鎖を複数含む可溶性ポリアクリルアミドおよびビオチン化糖タンパク質)との結合実験を行い、その糖認識特異性の解析を行った(Fig.1)。人工レクチンの多くは、鋳型である野生型MAHと同様に、硫酸化ガラクトース、硫酸化ルイスC、シアリルTおよび糖タンパク質グライコフォリンに結合するが、その相対的な結合性はそれぞれ異なるものであった。これら糖鎖プローブへの結合性は、野生型MAHと同等あるいはそれ以上であり、実用に耐えうる人工レクチンが作製できたことが明らかとなった。また、今回新たに作製した人工レクチンの中には、野生型が結合しないフコース、シアル酸およびルイスA糖鎖に結合性を示すものがあり、糖鎖認識特異性も拡大できたことが示された。 2. 二量体型人工レクチンの作製とその解析 レクチンの単量体と糖鎖との結合は、抗体と抗原との結合などと比較して一般に弱いものであり、レクチン自身が多量体構造をとることで糖鎖との強い結合を実現している。MAHを鋳型として作製した人工レクチンは、基本的に単量体でしか存在しないことが示唆されており、作製した人工レクチンを糖鎖解析ツールとして利用する際の欠点になっていた。そこで人工レクチンに改良を加えることで二量体形成を促し、結合性を高めることに取り組んだ。 [結果]MAHのイソレクチン、Maackia amurensis leukoagglutinin(MAL)は、C末端付近のCys間のジスルフィド結合を介して、安定な二量体構造をとることが知られていた。そこで、野生型MAHを鋳型として、MALのCysに相当するSerをCysに変換した新たな人工レクチンCys-MAHを作製した。作製したCys-MAHは、非還元状態下でのSDS-PAGEにより、単量体MAHに相当する30kDaに加えて、60kDa付近にもバンドが確認された(Fig.2)。さらにこのバンドは還元状態下では消失することから、ジスルフィド結合を介した二量体MAHに相当すると予想された。さらにMAHが結合するグライコフォリンに対する結合性は、単量体構造しか存在しない野生型MAHと比較して、二量体構造も存在するCys-MAHの方が上昇していることが示された(Fig.3)。すべての人工レクチンは野生型MAHを鋳型として作製されているので、野生型MAH以外の他の人工レクチンについても同様の改良を行うことが可能であり、糖鎖解析ツールとして人工レクチンの利便性を高めることが可能であるものと期待される。 3. 人工レクチンを利用した細胞のグループ分け 細胞は表面に種類や量においてその細胞に特徴的な糖鎖を持つことが知られており、その違いに基づいて細胞をグループ分けすることが可能であると考えられる。しかし今まで行われてきたのは、ごく限られた種類のレクチンあるいは抗糖鎖抗体により検出された、細胞表面糖鎖の一部の情報に基づくグループ分けにすぎなかった。私は、多数のレクチンを利用することで、広範囲な細胞表面糖鎖情報を一度に検出でき、その情報に基づいて種々の細胞をより詳細にグループ分けできるものと考えた。そこで、作製した人工レクチンの応用例として、複数の人工レクチンを利用した細胞との結合実験を行い、その結合パターンに基づいて種々の細胞のグループ分けが可能かどうか検証した。 [結果]35種類の細胞株(マウス細胞7種、ヒト細胞28種)について結合実験を行い、結合した細胞数を指標に、各人工レクチンと細胞間の結合を数値化した。このようにして得られた結合シグナルは、その最大値が1になるよう規格化してレーダーチャートで表すことで、それぞれの細胞種に固有のパターンを示すことが明らかとなった(Fig.4)。メラノーマ細胞株や一部の大腸癌細胞株などについては、細胞の由来を反映した特徴的かつ類似した結合パターンを確認することができ、このような結合パターンに基づいた細胞のグループ分けが可能であると予想された。 さらに各細胞の規格化した結合シグナルに基づいたクラスター解析を行った(Fig.5)。この統計処理では、それぞれ結合パターンの類似度は横軸の距離で示され、より類似している細胞から順にグループが形成される。形成されたグループには、中に一部例外はあるが、骨髄系細胞、メラノーマ細胞、大腸癌細胞からなるグループが確認され、細胞の表面糖鎖に基づいて形成されたグループが、含まれる細胞の由来や背景を反映していることが明らかとなった。特にヒト骨髄系細胞の中で、赤芽球由来のK562細胞はヒト赤血球と最も類似しているものと判定され、細胞表面糖鎖の違いに基づいて、細胞の背景を正確に反映したグループ分けが行なわれていることが証明された。 [考察とまとめ] 今回新たな人工レクチンの作製を行い、多様な糖認識特異性と高い結合性を兼ね備えた人工レクチンを多数獲得することに成功した。また、作製した人工レクチンを人為的に二量体化することにより、人工レクチンの糖鎖解析ツールとしての利便性を向上させることが可能なことを示した。ここで作製された人工レクチンは、その糖認識特異性と結合性について、今までほとんど獲得できていなかった、糖鎖解析ツールとして有望なレクチンであり、今後種々の解析への応用が期待される。さらに、作製した人工レクチンを利用して細胞表面糖鎖情報を検出することで、細胞の由来や背景を反映したグループ分けが可能なことを明らかにした。この結果は、人工レクチンの糖鎖解析ツールとしての有用性を初めて実証した重要な知見である。また、今回作製した人工レクチンが比較的類似した糖鎖認識特異性を有していたにも関わらず、このような細胞のグループ分けが達成されたことは、作製した人工レクチンが糖鎖の種類だけでなく、糖鎖の細胞上での配置の違いなどのより高度な糖鎖情報を識別している可能性を示唆している。今後、異なる人工レクチンも追加して利用することで、より詳細な細胞のグループ分けが可能になるものと期待される。 人工レクチンを作製し利用する最大の利点は、レクチンの種類を飛躍的に増やせる点と、作成した多数のレクチンをすべて統一した規格で扱うことが出来る点である。これらのことは、作製した人工レクチンが、レクチンチップのようなハイスループットな測定系へ応用できることを意味している。将来的には、より多数の人工レクチンを扱えるようにさらなる改良を行い、多数の人工レクチンを利用した細胞診断や疾病に関わる糖鎖マーカーの網羅的検出法を開発したいと考えている。 Table 1. 人工レクチンの改変部位のアミノ酸配列 各人工レクチンの改変部位の予想されるアミノ酸配列を示した。 clone 1-25:今回新たに作製した人工レクチン clone 26-35:ヒト赤血球結合性人工レクチン Fig.1 人工レクチンと糖鎖プローブとの結合実験例 各人工レクチンとシアリルT糖鎖および糖タンパク質グライコホリンとの結合を測定した。野生型MAHと同様にほとんどの人工レクチンがシアリルT、グライコホリンに対する結合性を示したが、その相対結合強度はそれぞれ異なった。 Fig.2 SDS-PAGEによる二量体型人工レクチンの確認 野生型MAHおよびCys-MAHを2μg/laneで泳動し、銀染色を行った。 非還元状態下での泳動では、Cys-MAHではジスルフィド結合を介した 二量体に相当するバンドが検出された。 Fig.3 ELISAによる二量体型人工レクチンの活性の確認 野生型MAHおよびCys-MAHと、グライコフォリンとの結合をELISAで確認し た。単量体のみの野生型MAHと比較して、二量体も含むCys-MAHでは結 合性の上昇が確認された。 Fig.4 人工レクチンと細胞との結合パターン例 各人工レクチンと細胞との結合を測定し、それぞれの結合強度の規格化した値をレーダーチャートで表した。メラノーマ細胞株、大腸癌細胞株について、特徴的かつ類似した結合パターンを確認した。 Fig.5 結合パターンに基づくクラスター解析 各細胞の規格化した結合シグナルを用いてクラスター解析を行い、結合パターンの類似性に基づいたグループ形成を行った。その結果、メラノーマ細胞、骨髄系細胞、赤血球系細胞からなるグループが確認された。さらに大腸癌細胞からなるグループも確認された。 | |
審査要旨 | 「Maackia amurensis hemagglutininを鋳型とした人工レクチンの作製と細胞の分別・同定への応用」と題する本研究は、植物レクチンの糖鎖認識ループを遺伝子レベルで改変して多様な糖鎖認識特異性を有するものを多数作出し、これらを同時に用いることによって細胞表面のプロファイリングを行う方法を確立した経緯が述べられている。 レクチンは特定の糖鎖に特異的に結合する蛋白質であり、生体内で糖鎖が機能を発揮するためには必須の分子であるとともに、糖鎖を含む分子の同定、精製、構造推定や、表面糖鎖による細胞の選別、染色、活性化等に用いる道具として、広く用いられてきた。しかし天然由来のレクチンの種類は限られており、糖鎖の多様性に対応する多様なレクチンを創成することができれば非常に有用と考えられた。これらの背景を持つ本論文では、Maackia amurensis hemagglutininn(MAH)遺伝子を材料に、次の3つの研究を行った成果が述べられている。第1章では、レクチンの糖鎖認識部位に遺伝子工学的改変を加えることで新規な遺伝子改変レクチンの作製を行い、多様な糖認識特異性と高い結合性を兼ね備えた有用なレクチンを複数獲得した。第2章では、このように作製した人工レクチンの利便性を向上させることを目的に、人為的に人工レクチンを二量体化させた。第3章では、作製した複数の遺伝子改変レクチンを同時に用いて、細胞表面をプロファイリングすることによって、細胞のグループ分けが可能であることを証明した。 第1章ではMAHを鋳型にした新しい遺伝子改変レクチンライブラリーの作製とその特性解析の結果が述べられている。以前にMAHのループCの6アミノ酸を改変して作製したライブラリーをファージディスプレイ型とし、ヒト赤血球に対する結合性によって選別した結果、ループCの4アミノ酸は野生型と同一で、2アミノ酸(131Gly、133Ser)のみが改変されたものが得られた。そこでこの2アミノ酸をランダムに改変することで、結合性が高く多様な糖鎖認識特異性を有する人工レクチンが多数獲得できるものと仮定した。これらの2アミノ酸をランダムにsite-directed mutagenesis PCR法により改変し、2アミノ酸をランダムに改変したライブラリーからクローニングによってレクチンを25種類選択した(clone 1-25)。これらと、上記のファージライブラリーよりヒト赤血球ヘの結合性にて選別した10種類のクローン合計35種類をFLAGタグを付加した形で大腸菌発現用ベクターに組み込み、蛋白質として発現させた。 作製した35種類の改変MAHについて、種々の糖鎖を複数含む可溶性ポリアクリルアミドおよびムチン様糖タンパク質との結合実験を行い、糖鎖認識特異性を比較した。改変レクチンの多くは、鋳型である野生型MAHと同様に、硫酸化ガラクトース、硫酸化ルイスC、シアリルTおよび糖タンパク質グライコフォリンに結合し、その相対的な結合性はそれぞれ異なるものであった。改変レクチンの中には、野生型が結合しないフコース、シアル酸およびルイスA糖鎖に結合性を示すものがあり、糖鎖認識特異性も拡大できたことが示された。 第2章では、二量体型レクチンの作製とその解析について述べられている。レクチンと糖鎖との結合は、レクチン自身が多量体構造をとることで増強されているが、MAHを鋳型として作製した改変レクチンは単量体であり、糖鎖解析ツールとして利用する際の欠点であった。そこで改変レクチンにCysを導入することで二量体形成を促し、結合性を高めることに取り組んだ。非還元状態下でのSDS-PAGEにより、単量体MAHに相当する30kDaに加えて、60kDa付近にもバンドが確認され、グライコフォリンに対する結合性は、単量体構造しか存在しない野生型MAHと比較して、二量体構造も存在するCys-MAHの方が上昇していることが示された。 第3章では、改変レクチンライブラリーを利用した細胞のグループ分け、と題して、全く新しい方法による、細胞の系統と分化の段階を定義する方法を開発した経緯が述べられている。細胞は表面に種類や量においてその細胞に特徴的な糖鎖を持つことが知られており、その違いに基づいて細胞をグループ分けすることが可能であると従来から考えられていた。しかし従来は、ごく限られた種類のレクチンあるいは抗糖鎖抗体により検出された、細胞表面糖鎖の一部の情報を、補助的に用いて細胞の種類が記述されてきた。本研究では、多数のレクチンを利用することで、細胞表面糖鎖の全体像を網羅的に検出し、その情報に基づいて種々の細胞をより詳細にグループ分けすることが目指された。 35種類の細胞株(マウス細胞7種、ヒト細胞28種)について細胞の結合実験を行い、結合した細胞数を指標に、各改変レクチンと細胞間の結合を数値化した。このようにして得られたシグナルを最大値が1になるよう標準化してレーダーチャートで表すと、それぞれの細胞種に固有のパターンが示された。各細胞の規格化した結合シグナルに基づいたクラスター解析が次に行われた。この統計処理では、それぞれ結合パターンの類似度は横軸の距離で示され、より類似している細胞から順にグループが形成される。クラスター解析によって形成されたグループには、中に一部例外はあるが、骨髄系細胞、メラノーマ細胞、大腸癌細胞からなるグループが確認され、細胞の表面糖鎖に基づいて形成されたグループが、含まれる細胞の由来や背景を反映していることが明らかとなった。すなわち、作製した複数のMAH由来の改変レクチンのライブラリーが極めて有用であることが判明した。 以上のように、本研究では遺伝子改変MAHの作製を行い、多様な糖認識特異性と高い結合性を兼ね備えた遺伝子改変レクチンを多数獲得することに成功した。また、作製した改変レクチンを人為的に二量体化することにより、糖鎖解析ツールとしての利便性を向上させた。さらに、作製した改変レクチンを利用して細胞表面糖鎖情報を検出することで、細胞の由来や背景を反映したグループ分けが可能なことを明らかにした。多数の人工レクチンを利用したこの方法は細胞診断や疾病に関わる糖鎖マーカーの網羅的検出法をとても有用であることが明かとなった。以上の点に鑑み、前沼圭佐は博士(薬学)の学位を得るに相応しいと判断した。 | |
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